3章25話
翌朝――。アダムは食堂で向かいの席になったガイアと向かい合っていた。
たまたま相席したが、おはようと言い合ってから、食事に集中しようにも、ガイアがじっと見つめてくるから照れて手が付かない。
それはお互い様のようで、ほとんど残った食事をもてあましてため息を着く。
「ねえアダム……私の事、どう思ってる?」
「えっ!?」
銀髪に緑の目をした美少女は顔を赤くしながら言う。
「この前、昔の約束を覚えてるって言った。あれは有効? 無効?」
「結婚しよう!!」
アダムはガイアの言葉に間髪入れず、かぶりつくように椅子から立ちあがって、そう宣言した。
美しい銀髪の少女は目を丸くする。
ざわざわとほかの半神たちの視線が集まる。ヒューヒューと囃し立てる者もいた。
「バカか。こんな状況でお花畑してんじゃねーよ」
「あら、ヴァル。嫉妬は恥ずかしいわよ?」
「はあ!? なんの嫉妬だ!」
「なんだかんだ言って、王兄さまのことを気に入ってるじゃない」
「気に入ってねえよ、あんなヤツ!」
ヴァルトロとグレンは遠くの席でそう話している。
どさっ。鈍い音が響き、隣を見ると見覚えのある、仮面の大男が座った。
「あ、アキリーズ、さん……」
「ガイア。そんな口約束を信じるな」
「大丈夫。アダムだから」
アキリーズがぎろりとアダムを睨む。
「あ……うん、大丈夫」
「広場に後で来い」
「え……」
「お前が、どの程度の器か見てやる。ガイアを託せそうもないからな」
アダムは震えながら、ごくりと唾を飲んだ。
アキリーズにみっちりと稽古でしごかれ、全ての体力を使い果たしてしまったアダムは広場で伸びる。
ガイアがアダムの隣に腰掛け、鼻歌を歌いながら言う。
「よかった。アキリーズが認めてくれて」
「死ぬかと思った……」
ガイアはアダムに水筒を手渡す。花のような香りが髪からただよい、心が踊る。
嘘のような現実だ。
あの日に失われた少女が、新たな世界で自分と共にいる。
この時間はなんて尊いんだろう。手放したくなんか、ない。
「アダム。わたし、しあわせ」
「俺も……」
ガイアがアダムに顔を近づけてきて、じっと見つめる。
沈黙が流れる。
ガイアは何か言いたげなようにも、何も言いたくないようにも見えた。
アダムはしばらくして、ある答えに行きついた。
――ま、まさか、キスしろってことか!?
そんな大胆な……。いや、天然のガイアなら有り得るかもしれない。
だが、改変前の世界ではガイアの死を前にして行ったその行動が蘇り、怖くなる。
決して思い出したくはない喪失の記憶。
ちゃんと……上書きした方がいいのかもしれない。
でも……こ、こんなの恥ずかしすぎる!!
「ほくろ」
ガイアが言った言葉に思わず拍子抜けする。
「え?」
「アダム、顔に意外と沢山ある。1、2……」
「もしかして、それで俺の顔を見てた?」
「うん」
「はあ……そうですか……」
安心していいのか、落胆すべきなのか、わからなかった。
この銀髪の少女はとても美しくて、飄々としていて、やっぱりなんだかんだで振り回されてしまう。
だが、もじもじして少し恥ずかしそうに、下を向いてガイアが言った。
「はじめてのキスは大事。もっと、ちゃんとしたときがいい」
考えが読まれてたのか!?
アダムは驚きながら、恥ずかしさに下を向いて言う。
「う、うん。だよね。俺もすごく、そう思う……」
返答が恐ろしく、しどろもどろになった。
ガイアには敵う気がしない。
でも……だからこそ、一緒にいたくなる。
「……ってわけで、クリフ。俺、結婚するよ! ガイアと!」
「却下する!」
クリフは激高しながら、早口で叩きつけるようにアダムに告げる。
「言っておくが、半神はその身を国家に捧げた緊急対策軍備兵。あらゆる法律や国家制度を逸脱して行動する必要があるから、全員、戸籍から抹消されているんだ。つまり、国の婚姻制度に則ることはできない」
「戸籍がないからって、できるものはできるっていうか、俺たちがそう思えば、OKってことなんじゃ……」
「ないっ!!」
クリフは息巻きながら被せて言った。
「大体、この状況で危機感が無さすぎる!」
「だからこそだよ! 俺たちはいつ死ぬか分からないんだ。大切な人とは……約束を果たしたい」
クリフは明らかにイライラした様子で言う。
「半神である以前に、王の血筋を持つ者は、婚姻相手を慎重に選ばなくてはいけない。できれば領土を脅かされないよう、国内の王族同士で結婚するのがいい。かと言って縁戚もいないし。ああ……もし、僕か君が女性であれば……」
「ん?」
「ちょうどいいと思ったんだけどね」
「なにが!? どういうこと!?」
「僕たちは血が繋がっていないだろう」
クリフの言っている意味は理解できたが、同時にそれを分かりたくないとも思った。
「あのー、そんなに領土とられるが心配?」
「君が心配」
「え……?」
「もし僕が女性なら、ガイアじゃなく、僕を選んだかもしれないだろう? 僕にそっくりの母は50人に結婚を申し込まれていたようだし、もし僕が女性に生まれていたならば、ガイアよりも魅力はあったはずだ」
なおさら怖い理由だった。
「それは、すごく変……かな? それでも妹だし……血が繋がってなくても、なんとなく、ぞわっとするよ」
アダムはそう言いながら、ヘレナと重ねて見えるクリフの首筋に、妙な感覚を覚える。
確かに、女の子みたいに細くて、白くて、柔らかそう――。
また、脳内に知らない感情と言葉が生まれる。
『憎らしいのに、あの魔女そっくりに……』
無意識に手を伸ばしかけて思わず、はっとする。
こんなことをクリフに思ったのは初めてだった。クリフも違和感を覚えたのか、目を丸くする。
「アダム?」
「い、いや。なんでもないよ」
クリフは皮肉げに笑った。
「そうだね、僕は邪神と番った魔女ヘレナの子供だから、倫理観がどこか狂っているのかも」
「なんでそんな事言うんだ? ヘレナさんがそんなことしたかどうか、ホントのことはわからないのに」
「ん……アダムが僕の母のことを言うなんて珍しいな」
「えっと……前に彼女の姿を夢で見たんだよ。クリフに似て綺麗で、思ったよりもずっと優しそうだし……」
だが、それ以上考えようとすると、また頭にブロックがかけられるような痛みが襲いそうになり、アダムは急いで気を反らした。
そしてクリフにもう一度懇願する。
「クリフ。結婚のことは頼むよ、いつ死んじゃうかもわからないから、早く約束を守りたいんだ」
「だめ。都市のシールドが崩壊するかもしれない中で、そんな悠長なことをされると、軍全体の士気が下がる!」
どう転んでも許す気が無さそうだった。
アダムはイライラとしてきた。
最近のクリフの行動を含めて、不満が思わずこぼれそうになる。
そして何より、衝動的にクリフのことを傷つけたくなる――。
『そうだろう? 魔女はその罪をいじめて、責めて、暴いてこそ、美しく輝くんだ』
誰だ、この声は……?
気づくと視界が白く包まれ、アダムは見知らぬ玉座に腰掛けた若い男と向かい合っていた。
アダムに似た容姿を持つ、黒っぽい栗色の髪に赤い瞳の体格のいい彼は足を組み、悠々とこちらを見下している。
「あなた……? 誰、ですか?」
『おや、初対面のようにされると寂しいね、アダム。毎度、表層上は君の記憶を消去処理しているが、君の精神空間のなかでは説明が面倒だ。ここでは私と話したことを思い出してもらうことにしよう』
パチン、と男が白い手袋に包まれた指を鳴らす。すると、どこからか機械的な音声が響いた。
『脳干渉システムの切り替え、完了いたしました』
やがて、その瞬間、目の前の男と向き合う感覚が既視感へと変わった。
そうだ……この人には前にも会った。俺と少ししか年の変わらない、ひどく若い姿だけど、この人はアーサー・ルルイエ。俺の……。
アダムは感情が堰を切って流れるままに、アーサーへと思いをぶつける。
「とう、さま……この前、あなたに言われた通りにしたけど、俺は間違ったことをしてしまったかもしれない。クリフのところにちゃんと戻って、話し合っていれば何か変わったかも」
アーサーは顎に手を当て、どこか愉しむような口調で言った。
『それにしても、『アレ』の言葉……。もし兄弟でなかったら君と結婚したかっただって? あの顔で、私によく似た君のことが大好きだなんて……きっとヘレナの遺伝に違いないね。『アレ』は絶対に許せないけれど、そこだけは評価してあげてもいい』
まったく話を聞いていない。『アレ』はクリフのことか?
とうさまは本当にクリフを嫌っていたようだ。
「あの、とうさま?」
『ああ、ほっといてゴメン。君の選択は最善だったよ。今度は間違いじゃない。よりスピーディに物事の決着がついてよかったじゃないか。それに……『分散』できたことだしね』
「分散?」
『いや、こちらの話さ。それよりも、また分岐点が現れたから、アドバイスに来たんだ』
「えっ、ガイアとの結婚のこと?」
『つくづくお花畑だな。悪いが、息子が誰と結婚しようが、興味がないんだ』
「興味ないの? 全然」
『ないね。そんなことより、私には優先すべきことが山ほどある』
清々しいまでの言い切りようだった。本当に、記憶のなかの愛情深いとうさまとは別人だ。
「はあ……そっか。なんか、喜んだりしてくれると思ったのに」
ふふ、と肩をすくめながらアーサー・ルルイエは言う。
『ガッカリした? 何事も期待のし過ぎはよくないよ。親子だから無条件に愛してもらえる、英雄は、素晴らしい真理を説いてくれる、愛した人がいつまでも一途でいてくれる……。どれも個々人の妄想であって、決して真実ではない』
アーサーは前に現れた時と同様、感情が灯らない冷酷さに満ちていたが、それを告げるときはどこか寂しげに見える。
赤い瞳の奥にある、蛇のような狡猾さがわずかに揺らいだ気がした。
「そんなことはない。期待したり、自分が信じたら、ちゃんと返してくれる人もいるよ」
ノーデンス、ガイア。そして、自分が起きるまでずっと待っていてくれたクリフ。
だが、アーサーは冷たくアダムに疑問を投げかける。
『君は『アレ』の期待を裏切ったことがあるのに? 自分を棚に置いて、虫が良すぎないか?』
「反省してる。だからやり直したんだ」
『うまくいくかな? 『アレ』を守りたいなら、もっと本音でぶつかるべきだ』
「本音……?」
『クリフのことを、本当はどう思っているの? 腹が立ったりしない? あの煙の龍に依存しきって、わざわざ大変な思いをして『時の改変』を行った君の意見を全く優先しない』
確かに、それはとても歯がゆくて不愉快だ。アーサーはアダムの心に呼応するように吐き捨てるように言った。
『『アレ』は嫌いだけど、蜂蜜色の髪と紫の目が、君の大事な計画を邪魔した竜玉公国の皇帝にいいようにされているのは不愉快だ。君も変な話だと思うだろう?』
「ああ、でも本当のことを言えない以上、我慢しないと。存在しなかった歴史を認識したら、精神が崩壊してしまうんだから」
『本当に、そうなのかな?』
「え……」
いつの間にかアーサーは、アダムの近くにきていた。近くで見ても、その顔から感じられるものは絶対的な見下しだった。
アーサーはアダムのそばで囁く。
どこかそれは電子的な響きと入り混じったような、不思議な声だった。
『たまには英雄らしい助言をあげよう。我が息子よ、もっと自分に正直になり、真実を疑うんだ。決して、あの煙の龍の好きなようにさせるな』
最後の言葉には、見下しなどという言葉では言い表せないような、胸の焼けるような響きが含まれていた――。
「許せない」
「ん? アダム? 許せないって、何が?」
えっ!? 今、俺は何を考えた?
まるで……頭の中の知らない声が、そうさせているかのようだった。
「もういい、勝手に結婚する! クリフはいつも炎龍陛下の言いなりで俺の言うことなんてろくに聞かないくせに。俺の大切なことだけは反対するんだな。半神のことも、『前』と変わらずに酷い扱いだし!!」
クリフははっとして、アダムに聞き返す。
「前……? なんのことを言ってるんだ?」
「えっ、いや……違う。今のは、違うんだ」
思わずアダムは焦る。
まただ。また、クリフを傷つけるようなことを言ってしまった。
しかも、危険な『時の改変』前の話をしようとするだなんて。
一体どうしてだ? 一瞬だけ、意識が途切れたような気がするが、その間に何があった?
クリフに、『もうひとつの存在しない世界線』があったと知られることは避けなければならないのに。
「確かに、炎龍陛下を信じすぎなのかもしれない……。でも、あの人は僕が困っているときに助けてくれた。きっと正しいんだ。それに、僕にはほかに信じるものが……」
「何言ってるんだよ、俺がいるじゃないか」
アダムは怒りをはらんだまま、クリフにそう告げる。
するとクリフは少しだけ驚いていたが、どこか安心したように微笑む。
「うん……そうだね。アダムがいる。アダムのことなら、信じられるよ」
そう言って、長いまつげをわずかな涙にうるませながら縋るクリフの姿を見ると、なぜか気分が妙に高揚した。
これは、一体誰の感情なんだ――?
そう疑わざるを得ないほどに、心の中に違和感があった。
そのとき、執務室の扉が勢いよく開いた。
「王様っ!」
狼耳の半神、ゼファーが部屋に入ってきた。だが、いつもの天真爛漫さはなかった。
「大変!! ミエルが……神食されちゃった!!」
クリフは先ほどの悲しみとは打って変わり、顔色を変える。
「忌神、バステトの半神か。一体どこに!?」
「検査を受けてた途中だから、検査室に……!」
クリフは焦りゼファーと共に走り出す。
アダムも急ぎ、追いかけていった。




