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3章24話

 城に戻ると、玉座にはクリフと、先回りした炎龍がいた。

 クリフの肩に手を回し、炎龍が何かを囁いていた。

 なぜかその光景を見た時、頭の中に火花のようなものが生まれた。

 ――煙の龍、彼女に触るな!

 ん……? なんだ、この感情は。危険を咎めたいわけでもなく、純粋な「嫌悪」に近いものだった。

「クリフッ!!」

 アダムはその理解不能な感情を引きずったまま、思わず咎めるかのような大きい声を出してしまった。

 クリフは少し驚きながらも、アダムに向き直る。

「アダム……。話は聞いたよ。彼は『百年の安寧』に身を委ねて、彼らの命ずるままに戦線を外れ、不可視障壁を作って、人々を唆して視力を奪い、拘束したようだね。ヴァルトロとアダムにも危害を加えようとしたと。まさか、彼が反逆者になるなんて」

 事実はその通りだ。だが、この事件の裏にあるものがすべてかき消されている。アダムは思わず苛立ってクリフにつっかかる。

「反逆者? それはそうだけど、彼は神食で死んだ。本当は……」

 だが、アダムは押し黙る。オリオンが知らないはずのヴァルトロを守ろうとしたその『真実』は告げられない。オリオンの記憶のことは、守らなければならない『真実』だ。

 クリフは眉根を寄せ、哀しげな顔で言う。

「半神たちを神食のリスクがありながらも働かせている僕に罪があるのはよくわかっているよ」

 すると炎龍は労るように優しくクリフの肩を叩いた。

「王兄殿下は何にもわかってへんな。反逆者にも理由があったやなんて、甘いことを。クリフちゃんはいつでも最善を尽くしとるのに、そのことは無視か?」

 クリフは驚いたように、そしてバツが悪そうに美しい顔を炎龍から背けた。

 こんなときでも、嘘のようにクリフの赤い唇や大きな紫の瞳は輝いている。

 瞬間的にノイズのようなものが頭に走る。

『H.O.Lによるドレナージュを開始します』

 今の機械音はなんだ!? だが、その疑問を掻き消すほどに強く、胸に引き裂かれるような痛みを覚える。

 クリフに触れている炎龍の手が、なぜかとても許せないと感じました。

 こんな感情は知らない。大好きなガイアにさえも、感じたことがないような、どろりと胸を焼くような感覚だった。

 そして魂の奥底で、自分の知らない誰かが怒りながら叫ぶ。

『誰も……私の魔女には触れさせない』

 同時にぞくりと脳が痺れた。まるで、何か自分ではない思考が入りこんでくるような……。

 今目の前にいるクリフに、黒いドレスの女性が重なる。これは、ヘレナ、さんか……。

 一体誰の叫びだ……?

 しかしアダムは頭の中に浮かんだ誰かの憤怒を持ったまま、クリフにつっかかる。

「クリフ、炎龍陛下の言いなりになるのはいい加減にしろ! 陛下も……あなたはルルイエの王ではない、部外者だ。国の問題は俺たちが解決する」

 アダムは自分でも大胆な言葉が出たと感じた。だが止められなかった。

 早く、この男をクリフから引き剥がしたい!

 自分の中の何がそうさせるかもわからないほど、狂おしい衝動が襲う。

 だが、クリフはなだめるように言った。

「アダム。そんな言い方はやめてよ。炎龍陛下は心配してここに来てくれたんだから」

 炎龍は小馬鹿にしたようにアダムを見て笑う。まるで、クリフから自分への信頼が切れることはないとわかっているようだった。

「彼のことは残念だった。だが、国家への反逆が認められたし、暴走してしまったならば、仕方ない」

「で、でも……」

クリフは淡々と言う。

「彼は『忌神』の『嘆きの残滓(ラメント)』を持ち、神との適合度も高かった。しかし、荒人神になることができなかったとは……残った者がどうにか覚醒するように手を打たなければ」

 ヴァルトロは何も言わなかった。

 オリオンを止められなかったこと、そして自分自身を襲う、理解ができない悲しみにいまだに戸惑っているのかもしれない。

 クリフはふと、アダムに投げかける。

「アダム、なぜ僕に途中で報告をしなかった?」

「それは、オリオンさんの張った障壁があったからだ」

 そう言いながらも、アダムは微妙に居心地の悪い思いになった。

 確かに、途中で報告をしなかったことは事実だ。出ようと思えば、アダム一人なら集落から出られたにも関わらず……。

 一体なぜ、あのときに考えが変わったんだ?

 自分でもわからない。

 ただ、あのときは……そうしないといけないような気がした。

 自分できちんと『決断』をしないと、と。

「心配だったよ。単なる行方不明事件だと思って追跡を頼んだけれど、こんなことになるとは思わなかった。次からは、何か危険を感じたらすぐに報告してくれ」

 こんなときでも、クリフは異常なまでにアダムを心配する。

 だが、クリフを見ていると、さっき炎龍とクリフが話しているときに感じた苛立ちと同じ、胸を熱く焼く感情が再び襲う。

 自分をまっすぐに信じている……いや、信じないと不安だから信じている、この金色の髪や紫の目。

 なぜか、『意地悪』をしたくなってしまい、チクリとした言葉が出た。

「クリフ。荒人神が大事なのはわかる。でも……今、心配するのは俺のことじゃないだろ。一人の半神の死をそんなふうに簡単に扱うのは違うんじゃないか?」

そう言うと、クリフはさすがに苛立ったように告げる。

「黙っていてくれ。君まで僕が半神を暴走へ追い詰めたと言いたいのか?」

「そうは言ってない。でも、同じように忌神の半神たちを使えば、また同じことが起こるかもしれないだろ」

「じゃあ、荒人神の生成を諦めろと? そんな綺麗事で、なにか状況が変わるのか? 」

「わかってる。けど、荒人神の前に、神食に苦しむ半神のことをどうにかしないと!」

「君と違って、親にまともに心を教えられなかった僕は確かに冷酷だ。だが、僕なりに彼を悼んでいる!」

 クリフの怒りをはらんだ声を聞いて、アダムは境界線を越えたことを悟って我に帰る。

 ここまで、反論したのははじめてだったかもしれない。

 頭の中に雪崩れ込んだ声がきっかけとなって、クリフを、炎龍に頼るクリフを責めてしまうなんて。

「……っ! ごめん、言いすぎた」

 アダムは違和感と罪悪感を覚えながらクリフに謝る。

 珍しくクリフはアダムに許しの言葉をかけなかった。

「炎龍陛下、今後について相談させてください」

 代わりに、東方の男に縋り付くように言った。

 アダムは罰の悪い思いでクリフの元を去った後、ヴァルトロと静かに廊下を歩く。

 お互いに沈黙していたが、アダムがゆっくりと口を開く。

「ヴァルトロ、あのさ……残念だったよね」

 オリオンについての真実は、きっと言ってはいけない。だが、彼の戸惑いを見ると言いたくなる。

ヴァルトロはボソリとつぶやく。

「何かがおかしい。この世界も、国も、あの王も、このもやもやも全部……ったく!! どいつもこいつも!!」

 今の叫びで何かを振り切ったように、ヴァルトロははっきりした口調で言った。

「なあ、アダム。お前はこれからもあの王につくのか?」

「もちろん。家族だからね」

「そいつが、妙なやつの言うことを聞いて、鵜呑みにしていても?」

 ヴァルトロの言葉は強い。だがアダムも決意の言葉を返した。

「どんなときでも、味方にはなるよ。クリフをもう、一人ぼっちにしたくないから」

「よく言うぜ。さっきはいきなりあいつを詰めてたじゃねーか」

「あれは……なんとなく腹が立って」

 さっき感じた、胸がヒリヒリとしたような感覚と、『彼女に触れさせない』と言う意識はもう消えていた。

「炎龍陛下がクリフに馴れ馴れしかったし……疲れてたのかな。イライラして、当たっちゃった」

「は? 嫉妬か? きもちわりい。オンナみてえな王だからって、あの皇帝だけじゃなく、兄貴のお前まで色気にやられてんのかよ」

 嫉妬。その言葉がさっき浮かんだ、自分ではないような感情を一番的確に表すものだった。だが一応、ヴァルトロの手前は否定した。

「そんなわけないだろ。変な意味じゃなくて、大切な弟だし。あの人ばかり頼られると、俺はそんなに頼りないのかなって思う。あの人は大人の男で、俺はまだまだガキだと思うし」

「ふーん。なんだかんだ言ってお前、アーサー王に似てんのかもな」

「とうさまに?」

「先王アーサーは異民族の女ルルドとは国家に反対されて結婚できないからって、正妻に迎えなかった。そのあとに政略結婚したヘレナとは形だけの夫婦だったと言うが、公務の際にはしょっちゅうアーサーがヘレナの腰を抱き寄せてたとか、ヘレナが慈善活動で貧民街の男の手を握ろうもんなら、あとでその男を手ひどい拷問に合わせたって話もある」

 あまりに想像のつかない話に、アダムは驚愕する。あの優しいとうさまが?

「えっ……ヘレナさんが、寵姫だった俺のかあさま……ルルドに嫉妬して狂ったんじゃないのか?」

「そっちの話のが有名だな。さっきの噂はあくまでオレたち貧しい庶民の間のもんだ。どっちが本当かは知らねえ。貧乏人はどんな話を聞いても、偉そうな王を信頼しないもんだからな。人望を疑う噂を流すのが趣味みたいなもんだ」

ヘレナさんが慈善活動をしていた? かあさまがやってたのは知っていたが、違和感があった。彼女は、魔女……なのに?

 すると、頭の奥で「H.O.Lによるドレナージュを開始いたします」と機械的な声が響いた。

「……!」

「アダム、どうした?」

 わずかに頭が痛みだす。

 魔脳がまた、動いているのか?

 この前と、同じ条件だ。ヘレナさんの話をすると、魔女らしくない彼女の一面について考えると、この声が聞こえてくる。

 なめらかなテノールの声が同時に響いてくる。

『おや、いけないね。アダム。彼女は『何』なのか、ちゃんと認識しないと』

 そしてゆっくりと思考が流れ込んでくる。

 ――ヘレナさんは……ヘレナは、魔女。

 ――たくさんの人を殺し、邪神との子供を産んだ、魔女。

 ――誰にも許されない、忌み嫌われた魔女……!

 あまりの頭の痛みを感じながらも、自然と流れ込んで浮かんでくる言葉を唱え続けると、それは徐々に治った。

 ヴァルトロは不審そうにアダムを見つめる。

「さっきからお前、どうしたんだよ」

「治った……ねえ、ヴァルトロ。ヘレナさんを魔女だと思う?」

「ああ、思うね。詳しい話は伝わっていないが、この世界で唯一の魔術の使い手だったし、あの女が中立政策だのなんだの言ったくせに、宗教対立を逆に引っ掻きまわして、国がほぼ内戦状態にまで陥って、持たざる者は貧しさが加速した。おまけに気が狂ったのか、魔脳信仰派と亡神信仰派の幹部を双方ともに魔術でぶっ殺したって話だ」

 とうさまについての妙な噂があったとしても、ヴァルトロから彼女へのその認識は変わらないのか。

 なおさら不思議だ。なぜ、彼女を「魔女」と思い続けなければならない?

 さっきクリフと彼女を重ねて頭の中に聞こえた『H.O.L』の声は、たしかにヘレナに独占欲を持っていたのに。

 ヴァルトロはポツリとつぶやく。

「ま……こんな話はどうでもいい。どうすんだよ。これから」

「俺は……荒人神について本当のことを知りたいし、クリフもこの国も守りたい」

「そうかよ。自分は上っ面野郎のくせに、本当のことを人に求めんのか?」

「上っ面?」

「上っ面じゃねーか。なんか気持ちわりい。口の前にものがつまったみてーに、もごもごもごもご、ためらいながら話すばっかで、本質もくそもねえ」

 アダムはその言葉には反論できなかった。

 だが、一つ一つ、言葉を絞り出す。

「みんな……どうしても言えないことってあるだろ。でも、炎龍はきっと、『忌神』の『嘆きの残滓(ラメント)』をねらってる。半神の体で育ったものが欲しいんだ」

「なんのために?」

「狙いはわからないけど、炎龍のことを探らなきゃ! それから、『忌神』の『嘆きの残滓(ラメント)』を持った人を守る!」

「炎龍はともかく、守るって? 一体どうすんだよ」

「その……神食させない!!」

ヴァルトロはぽかんとした顔をする。

「は?」

「全部! 魔物は俺が倒す!」

 誰にも本当のことを言えないなら、それしか方法がない。たった一人きりでも、戦わないと。

 ヴァルトロはぶっと吹き出した。

「ほんとお前は……それならやってみろよ。ばーか」

 そしてアダムの肩を荒々しく叩き、一言さりげなく付け加えた。

「……見ててやるから」

 去って行くヴァルトロの後ろ姿は重い足取りでありながらも、どこか、いつもとは違う、古い友と一緒に歩いているような柔らかさがあった。


************************************

クリフは炎龍と事後処理について話した後、疲れを感じて玉座へと崩れ落ちた。

貴重な荒人神の候補、オリオンが死ぬとは。

自分から記憶を消して欲しいと言ってきた半神は、彼だけだった。

クリフはオリオンと初めて会った日のことを思い出す。

 彼は自分を半神生成術の被検体として差し出すかわりに、自分と友人だったヴァルトロとグレンが持つ自分の記憶を消して欲しいと申し出た。

『なぜ、僕が人の記憶を消せるとわかる? 僕がクトゥルーの半神であることは周知の事実だが、能力については公表していないのに』

『おれにはなぜか見えるんだ。視力を失ってから、本当のことがわかるようになった。自然と頭に浮かぶんだ。目の前にいる相手が本当に思っていることも、抱えていることも』

『では……僕のこともすべてわかるの?』

『……ああ、わかるよ。なにか知りたいことがあるなら、教えようか』

『バカバカしい。どうせあてずっぽうだろう』

そう言いながらも、クリフが知りたいことがいくつも頭を巡っていた。アダムを害した者の正体、そして自分の出生の秘密。

だが、本当に素性もろくに分からない、神の『嘆きの残滓(ラメント)』さえも持たないこの男に真実が見えているとは信じられなかった。

 下手に話して、何か秘密を握られる方が恐ろしい。

軽く笑みを浮かべ、灰色の青年は呟いた。

『若い王様。あなたは、『見えないもの』のほうをもう少し信じた方がいい』

『どういう意味だ?』

『愛情も真実も、人の気持ちも、目に見えるとは限らないんだ。見えないからこそ、おれにはわかる……。『それ』は、思ってるよりずっと、あたたかくて優しい。見えないこと、決して言葉にできないことが全てなんだよ。……だから、おれは全部、消すんだ。おれが大事な人の足枷にならないために』

クリフは灰色の見えぬ目をした青年をしばらく見つめた。

 彼の言葉の真偽はわからない。何を訴えようとしているかも、未熟な自分には理解しきれない。

 だが、彼の言うとおりにはしてあげるべきなのだと感じた。

きっと、それが彼の大事なものたちに対する愛情だから――。

 クリフは心許なさから、炎龍に問いかける。

「ねえ、陛下。僕は正しかったのかな? 彼の望みを本当に叶えてあげるべきだったと思う?」

 狂おしいほどに香る紫煙をくゆらせ、炎龍が優しく答える。

「正しさは、見た人間の視点によって変わる。せやけど、クリフちゃんが、そう思うんなら、そうなんとちゃうか?」

「彼には忌神の『嘆きの残滓(ラメント)』を移植した。だが、荒人神に覚醒しないうちに神食が進んで……ああなった。あまりにも『忌神』の『嘆きの残滓(ラメント)』を宿した者の死は早い。何かほかに荒人神を覚醒させる方法はないんですか?」

「朕は神やないからなあ? 知らんわ。せやけど、こないに緊急を要してきたら何か考えんと…………せや、『神殺し』なら何かは変わるかもしれへん」

「神殺し……まさか、半神と半神を殺し合わせると?」

 炎龍は煙をくゆらせながら言う。

「殺しまではせんでええ。『嘆きの残滓(ラメント)』同士はときに共鳴し、ときに反発し合う磁力を持っとる。歴史から消された神々の聖遺物ならば、お互いが共鳴し合うはずや」

「そうか……ならば、忌神どうしを戦わせてみるしかないか」

わざとらしく目を丸くして、炎龍は言った。

「ん? そないするんか?」

「え……炎龍陛下が勧めてくれたのでは?」

クリフはふと、この光景に既視感があると気づく。いつも炎龍は助言をするとき、明らかに答えに見えることを言うが、それを受け入れた時は「そうするのか?」と必ず聞く。

その理由を聞いたら、「どんな情報を聞いたとしても、決めるのは自分や。鵜呑みにせんと考え抜くんやな」と一度だけ答えてくれた。

「間違い……ですか?」

「どやろなあ。それはクリフちゃんが決めることや」

だが、忌神の『嘆きの残滓(ラメント)』を宿した者たちの侵食が進み、シールド崩壊に耐えうる荒人神がこのまま生まれなければ、滅ぶも同然だ。

「少し……考えます」

 そのときの炎龍はなぜか、見慣れない顔で笑った気がしたが、一瞬の違和感がすぐに消えた。


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