3章21話
ヴァルトロと組まされたことは不覚だが、クリフは淡々とアダムに失踪した半神について説明をした。
失踪したのは荒人神の『嘆きの残滓』を持った半神。盲目でありながら、魔物を感知する能力に異常なまでに優れており、鴉のような翼でどこまでも飛翔できると言う。
「知ってるぜ。『羅刹鳥』だろ。アイツ、たまーにからんできて、うざったかったんだよな。死のうがどうでもいいが……」
「だとしたら、報酬はなしだぞ」
ヴァルトロはクリフを鼻で笑いながら、小ばかにしたように指輪やブレスレットが無数に光る指をひらひらと振った。
「新しい指輪がほしくてなぁ? だから、やってやるよ。荒人神として奴が暴走したら、魔物よりも迷惑だ」
ヴァルトロはアダムの腕を強引に掴んだ。
「ほら、さっさと行くぞ。チンタラしてたら時間の無駄だ」
「強引だな! まあ、任務だしやるけど!」
ヴァルトロは城外の倉庫に行き、不思議な機械の乗り物を見せた。
「さっさと済ませたいからこれ乗ってくぞ」
「乗る? それ、乗り物なの?」
「魔脳科学士たちが開発実験中の『スレイプニル』だ。魔脳技術で開発された小型騎乗式移動装置だ。有神時代なら「バイク」とか言ったみたいだな。肝心の動力源は今のルルイエのリソースにはないから、これは半神にしか使えねえ装置だ。その身に宿す『嘆きの残滓』の力を注入して、これを動かすことができる」
ヴァルトロは自分の首輪を操作し、「『嘆きの残滓』装填」とつぶやく。するとブルン!! と激しい音を立てて機械がうなった。
「神食が多少進むらしいが、歩きよりはマシだ。さっさと討伐でも導入しろっての」
「神食!? ダメだよ、歩きで行こう!」
「どうせ死ぬんだから、気にしたとこで仕方ねえだろ。ほら、後ろに乗れ」
「俺がかわりに装填するよ」
「お前、これ乗りこなせんのか? どうせ改造単車に乗ったこともねえくせに」
そしてヴァルトロはアダムの体を持ちあげて後ろに乗せる。
「おわっ、ヴァルトロ。君って背がそんなにないのに力強いよな」
「殺すぞ! 振り落としてやろうか」
「護衛なのに、いいのか?」
「フン、指輪が一つ手に入らないぐらいだ。大した事ねえよ」
ヴァルトロは皮肉ぶった口調でそう言って、スレイプニルのアクセルを乱暴に踏んだ。
アダムはヴァルトロの腰に捕まりながら、思わずつぶやく。
「なつかしいなぁ」
「は? お前とまだ二回ぐらいしか会ったことねえよ」
やっぱり、覚えてもらっていないのは寂しいものだ。そう思って、アダムは軽くヴァルトロの脇腹をつねった。
「いひゃっ!? なにしやがる!!」
「あはははっ! 意外とこういうの弱いんだ」
「次やったら本気で振り下ろすぞ」
「指輪が手に入らないよ~!!」
「ったく…」
ガイアに対してもそうだったが、ヴァルトロに対しても覚えてもらっていないことが欠落を感じさせる。だが、ヴァルトロのことを思ったら真実を言うことはできない。
自分はつくづく、ここに来てから一人ぼっちだな……。そう思ってため息をつく。
「なあ、お前……あの王をどう思う?」
「クリフのこと? 大切な弟だよ」
「話になんねえな。アイツはお前を守るためだけに、こんなイカれた軍隊を作ったんだぞ。人間を神と合体させて、寿命を短くしたうえでお前の暮らす世界だけを守ろうとしてる。どっからどう見ても気狂いだろう」
「クリフはちゃんとみんなのことを考えてるよ。これしか、国を守る方法がないわけだし」
「そうとは思えねえな。あの竜玉公国の皇帝に媚びを売り、いつか世界を救うとかいう、眉唾もんの荒人神の『嘆きの残滓』取得のために共存関係を構築した。その裏では、ルルイエに魔香産業が栄えて、スラムの状態は悪化。多くの貧困者があのクソみたいな薬物に頭を食いつぶされた」
アダムは知らない情報に背筋が粟立つのを感じた。あの炎龍という男は、クリフだけでなく、国まで蝕もうとしている。
「……止めないと」
「へえ? どうやって?」
「それは、考え中……。でもさ、君はなんで俺にこのことを話してるの?」
「お前みたいなバカは、扱いやすそうだからだ。少しでも現状をマシにすんのに使えるかは知らねえがな」
いらだって、またヴァルトロの脇腹をつねり、くすぐった。
「おい、やめろ!」
「そっちがむかつくこと言うのやめるなら、やめたげる」
「くそっ。ばーか!」
そうこうしている間に、静まり返った山林地帯に到着した。
ここで半神が失踪したと言うが、周囲は静まり返っていた。
「ここには、小さな集落があるほかには何もない」
アダムはふと、頭上を見上げると繭が密集しながら生えていた。
「孵化前の繭は、傷つけられないんだよな」
「当たり前だろ。それができりゃ、全員やってる」
「でも、不思議だ。アザトースが人類を滅ぼす気なら、どうしてこれが全部破れて壊れないんだろう」
「アザトースは通常の神とは違う。気狂いでありながら全能だと言われてる。人間が焦ってるのを見るのを楽しんでいるんじゃねえか?」
その理由は納得できなくもないが、なぜか初めて違和感を覚えた。何も知らない半神として戦地に送り込まれていたときとは、見え方が違う。
「人を試したり、脅かしたりする神もいる。でもみんな目的があるはずだ。許せない自分を消すためだったり、愛されなかった悲しみをぶつけたり。アザトースにそういう理由はないのかな?」
「上位の神がそこまで人間くさい意思を持つか? ま、自分の中のマドゥーサと対話したときは、陰険でめんどくせえ女だとは思ったが……格が上になるほど、神は人間からは離れるんじゃねえのか。やたら人間くさくてお節介だったりするやつは、しょせん三下だろ」
そのとき、頭の中がざわざわと揺れるようにノイズが入った。
『うるせえのう! 儂が三下じゃと~!! ちゃんと善神やっとるわ!!』
「ノーデンス、つっこまないで」
「は? なんだ、お前。独り言言って」
「ごめん、ヴァルトロ。続けて」
「つまり、人間の価値観で、奴らが上からやろうとしてることを慮る必要はない。だから、今起こってることの理由なんざ考えずに向き合うしかねえんだよ」
「意外とかしこいな、ヴァルトロって。勉強になるよ」
ヴァルトロはふん、と鼻を鳴らすだけだった。
――今のはまあまあ嬉しかったんだな、と思う。
そのとき、茂みから物音がした。
「誰か、いるのか……?」
子供が数人出てきた。
「お兄さんたち、『鴉様』に会いにきたの?」
よく見ると、子供たちの目には光が宿っておらず、目が合わない。
「鴉様って? まさか……」
ヴァルトロはアダムの口をふさいだ。
「ああ、そうだ。鴉様に是非とも会いたい」
「むぐっ! むぐぐぐ!」
「わかったよ、ついてきて」
子供たちの後を追いかけながら、アダムはため息をつきながら小声でヴァルトロに抗議した。
「聞いてみようとしただけだ。鴉様っていうのが、半神だとは限らないだろ」
「潜入したほうが手っ取り早い」
子供たちを追って辿り着いた集落には、ドームのように上部に黒い靄のような膜が張っていた。
「あれ、なんだ!?」
「簡易障壁か? 都市のシールドに似てるが、何か違うな」
「ようこそ、いらっしゃいました」
年配の女性の声がした。
見下ろすと、小柄な老女が立っていた。
彼女の目にはなぜか、目隠しがされている。集落内を見渡しても、目隠しをされている者ばかりだった。
「私たちは『見える者』。お若い半神の方。あなた方は鴉様に会いに来た……それは国家の命令ですね」
なぜか、見抜かれている。
アダムにわずかな恐怖が襲い、返答に詰まるが、ヴァルトロは何も言わない。
試しているようだった。
ここで否定をしたところで、結果は変わらない。
「はい。その……鴉様は俺たちの友達なんです」
「は!?」
ヴァルトロは口をあんぐりと開けてアダムを見た。
「王様も彼の友達です。俺たちは友達が心配できました。無理やり連れ戻す気はないけど、一目会いたい」
目隠しをした老女はしばらく何かを考えた後に言った。
「今のお答えが返ってくるとは見えませんでした。しかし……いいでしょう。鴉様にお話をさせていただきます。そしてひとつ、お願いがあるのです」
「なんですか?」
「この集落のことを、私達を隠す見えぬ帳のことは、ご内密に。もし、あなたがたがお帰りになられた場合のことですが」
帰さない場合もある。そう言いたいのか……?
ぞっとしながらも、老女が指さした方角を見る。
「あちらの小屋でお待ちください。鴉様がどうなさるか、決められます」
アダムとヴァルトロは通された小屋に行く前に、集落の者たちを見た。全員が目隠しか、灰色の目をしていたことを思い出す。
「目の見えない人たちが集まっているのか? でもあの人たち、俺達が見えているみたいだった。さっき会った子供達も」
「視力ではない、別の感覚で情報を得てるんだろ。忌神の半神、『羅刹鳥』と同じだ」
「羅刹鳥? それは神様の名前だろう? その人自身の名前は?」
「ヤツは人に名乗ろうとしたことがない。たまにからかってくるだけで、深く立ち入ろうとしなかったしな」
そのとき、小屋にかけられた暖簾が開いた。
顔を奇妙なマスクで覆い、白い装束を着た若い男が現れる。
だが、その灰色の髪にはわずかな既視感を覚える。
「やあ。半神が『友だち』を名乗るなんて、珍しいね」
アダムはその声にも懐かしさを覚える。
いつしか……ガイアを亡くした自分を慰めてくれた、優しくて全てを見透かすような声。
「おい、羅刹鳥! 討伐をこなすのがお前の任務だし、お前を連れ帰さないと、新しい指輪が買えねえ」
「君らしいね……ヴァルトロ」
「そのマスク、気持ち悪いからとったらどうだ? 顔を見て話したほうがまだ不気味さがましだ」
若い男はそっとマスクを取る。
アダムはその顔を見てはっとした。光の宿らない瞳、青白い、どこかやさしげな顔。
「オリオン……さん!?」




