3章20話
『……で、リボン拾っただけで、もごもごして、ちょっとだけしゃべって帰ってきた……恥をしれぇっ!』
アダムは頭の中に流れてくるノーデンスの声を無視しながらベッドに横になった。
「だらしないな。シャワーを浴びる前にベッドで寝そべるなんて不潔だよ」
イリヤの声が追い打ちをかける。
「わかってる。わかってるんだ……」
「何? ちょっと言っただけで、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないか」
『落ちこめ落ちこめ。なんじゃ、あの子と縁がつながったというのに情けない』
ノーデンスはさらにアダムを責めるように言う。
あのあと、アダムはガイアが自分を『王子様』と呼んでくれても、それ以上何も言うことができなかった。
今度は君を守る。
愛……いや、それは恥ずかしすぎるけど。
たくさん、言うべき言葉が、言いたい言葉があったのに。
でも、それは彼女に真実を隠すために言うわけにはいかない。
「自分が一番、ダメだってわかってる……」
イリヤは寝そべったアダムの顔を覗き込んで言う。
「はぁ……何その言い方。過剰に落ち込まれると、こっちが悪いみたいじゃないか。君のために言ってるのに」
「それが余計なお世話なんだよ」
「ちょっと!?」
「ああごめん、イリヤに言ってるんじゃないんだ」
「じゃあさ、一体誰に言っているの?」
ノーデンスの存在は誰にもわからない。自分だけに聞こえる『嘆きの残滓』の声だ。
「独り言だよ。気にしないで」
城に帰りながら、ガイアはろくに話さないアダムの隣をただ無言で歩いた。
少し横を見てみたら、恥ずかしそうに俯かれるせいで余計にお互い、何も言えなくなる。
ノーデンスにダメだしはされ続けられたものの、彼女との間にあった沈黙さえもどこか愛おしかった。
彼女の隣にいる時間が果てしなく久しぶりで、胸がいっぱいになる。
この時間が永遠ならいいのに……そう思ってしまうほどだった。
でもそのためには、彼女の神食を止める必要がある。
もっと自分が強ければ……。
そう思っていると、ガイアが一言だけ呟いた。
「ごめんなさい。また会えたことが嬉しすぎて、うまく話せない」
「お、俺も……その、覚えてるよ。子どもの時のこと」
その途端、ガイアは下を向いた。そして沈黙したまま、すたすたと早足で去って行ってしまった。
「怒らせちゃったのかなぁ」
『どう考えても、照れ隠しってやつじゃろ。何度でも話しかけに行け』
それでも、本当のことは言えない。
あくまでも、子供の頃に一度出会った少女に再会した……という前提で関わる必要がある。
「次はするよ、プロポーズ……」
イリヤが驚いて思わずアダムのほうを見る。
「えっ!? アダム何言ってるの?」
また、ノーデンスと喋っていることを忘れてしまった。
「あっいや、魔脳端末で見た、娯楽映像の話」
「ほんとお前って変わってるよな……。一緒に暮らしてく自信なくしそう」
「俺もないよ。部屋を君ほどきれいに保てないし」
「そこは努力して。戦闘だって初陣であんなに頑張ったんだから、それぐらいできるだろ。そうだ、昨日は僕がゴミ捨てをしたから、今日は君が行ってよね」
思ったよりもイリヤは強引だ。面倒見のいい先輩だと思ったのに……。
だが、それも事実だし、単に見えていなかった一面が見えただけのことだ。
何よりも生きているから、どんな性格であろうとそれだけで十分だった。
たとえわずかな時間の関わりしかなかったと言っても、改変前の世界で最初に見たイリヤの死は、あまりにも残酷だったから。
「何ニヤニヤしてるんだよ、アダム」
「なんでもない。生きてるって素晴らしいなぁって」
「気持ち悪い……」
イリヤと能天気なやりとりをしていると、魔脳端末が震えた。
クリフからの呼び出しだった。
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クリフは玉座でチェス盤上の駒を触手で器用に操りながら、書類にサインをしている。
書類を真剣に見つめる、伏せぎみの紫の目を見ていると、わずかに頭が痛む。
そして、その姿は誰かに重なった。
まただ、自分が自分ではないような感覚が襲ってくる。
一歩、気づけば足を踏み出してしまっていた。
そして、今ここで見ていたはずの景色が消え、意識の混濁とともにあるビジョンが見えた。
陽が沈みかけの図書館で、真面目な顔つきをして本を読んでいる黒いドレスの「彼女」。
美しいのにどこか幼い顔立ちのなかに潜んだ、不安と寂しさ。だが、彼女は決してそこに「私」が立ち入ることを許さない。
うとうととして、わずかに瞳が閉じられた隙にそっと近づく。
彼女が目覚める前に、「英雄」の顔をうまく作らなくては。
「擬態」するのは、本当に骨が折れる。
だが、「私」は、彼女のために……。
彼女の髪にそっと、手を伸ばした。
ーー今なら、触れられるか?
「アダム!? どうしたの?」
「どうしたって?」
アダムはふと、我に帰る。クリフの髪の一房を指に巻き付けていると気づく。
アダムはパッと手を離す。
「あっ……! ごめん! なんで俺、こんなこと……!」
「大丈夫だけれど……びっくりしたよ」
アダムは距離を取りながら、クリフから離れた。
さっき、意識が飛んで、何か別のものが見えた気がする。クリフによく似た……あれは「魔女」……ヘレナさん?
俺は、クリフになんでこんなことを?
あれは、誰かがあの人に……ヘレナさんにしようとしたことだったのか?
「アダム?」
「あっ……いや、相変わらず器用だよな。一人チェスしながら、書類を見るなんて」
「あれ? 君にこうしているところを見られるのは二回目だっけ? どんどん横着になってしまってね」
ーーそうか、このクリフの器用な触手の使い方を見たのは改変前か。
またうっかりしてしまった――が、幸いクリフは気に留めなかったようだ。
「何か俺に用が?」
クリフはしばらく黙ったまま、何種類もの書類を処理したあとにぼそっと呟く。
「君に頼みたいことがある。正直言って、心配だし……まだ戦闘に慣れない君に依頼するのは気が引けるが、他の半神には機密的問題から難しくてね」
「そうなの? どうしたんだ?」
クリフは一旦すべての書類を箱に格納し、アダムのほうを見た。
そして、ため息をつきながら言う。
「昨日の討伐のあと、消息を絶ってしまったままの半神がいる。みなの混乱を防ぐ為にも、極秘に捜索を進めたいんだ」
「失踪したってこと……? 首輪で位置情報とかってたどれないのか?」
クリフは少し、決まりの悪そうな顔をしてから呟く。
「首輪に位置情報の追跡機能はついていない。人権保護的観点から、魔脳科学士たちに反対されてね。あくまでもあれは、魔物の討伐のための補助機能や半神の神食度……そしてそれによる暴走停止を目的としたものだ」
半神の生命を管理するものではあるが、人権までを縛ることはできない。そういった理由からか。
「ともかく、行方不明になった半神たちは二人。僕も捜索に向かいたいところだが、討伐情報の調査のためにも城内を離れるわけにはいかない。悪いが、行ってくれないか。もちろん、一人じゃない。護衛はつける」
そのとき、重いブーツの音が後ろから響いた。アダムが振り向くと、赤毛のコーンロウの長髪を垂らした青年が不機嫌そうに立っていた。
「フン。報酬は約束通りたんまり頂くぜ? 王様」




