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3章17話

 アダムの部屋――。

 ピピピピ、と機械的なアラームの音が鳴る。

 寮の部屋に設置された魔脳マリアの生活用端末だろう。

 眠気に襲われながらもアダムは「マリア、アラームを停止」と声をかける。

 すると、それはゆっくり音をひそめる。

「おはよう、アダム」

「ま、まだ6時じゃない?」

 にこにことしながら、イリヤは声をかけてきた。

「時間は大事に使わないと。僕たちはいつ死ぬかわからないんだからさ」

「それはごもっともだけど……もしかして毎日この時間に起きるの?」

「うん。そうしてる。規則正しい生活をしないと、気持ちが悪いから」

「へ、へえ……」

 アダムは恐ろしく綺麗に片づけられた部屋、そして寸分の乱れもなくベッドメイキングをするイリヤを眺めた。

 ――汚部屋の誰かさんとは、大違いだ。

 ――よかった! ゴミや物が散乱してない清潔な部屋で過ごせる!!

 だが、イリヤは突然しゃがんで床に落ちていた髪の毛を拾った。そして少し顔をしかめて言う。

「アダム。髪の毛が落ちたら自分の責任で拾ってくれないかな?」

「ん……? ああ、ごめん。気づかなかった」

「それから、浴室のタオルだけど、使用済みのものは絶対に緑の籠に入れて。それから、ゴミは確実に分別してほしいな。今君が開けた軍服の入っていた服はプラだから、こっちね」

「ご、ごめん。わかったよ。その……イリヤって結構、こういうところ細かいの?」

「これぐらい、共同生活を送る上では普通だと思うけど」

 ――し、しんどい……!

 一瞬で手のひらを反すようだが、息が詰まりそうだと思った。ヴァルトロと暮らしていた汚部屋が少し懐かしくなる。

 一緒に暮らしてみないとわからないことがあるものだ。気のいい先輩だと思っていたイリヤが、こんなにも潔癖症だったなんて。

 その後、アダムはすぐに戦闘能力テストを受けることになった。城の中でガイアを探すが見当たらず、先の折れた三叉槍を扱いながら、魔脳マリアの投影機能によって作られた仮想敵との戦闘を行う。

 魔脳マリアの機能はかなり有能らしく、そこは作られた仮想現実や仮想の敵とは思えないほどにリアルだった。三つ首がある牛の魔物を相手取りながらアダムは間合を取りながらリーチを活かし、慣れた様子で戦闘を行う。先の折れた攻撃力の弱い槍、だが『嘆きの残滓(ラメント)』の力が内包された聖遺物レガシーを宿したそれは扱いようでどうにでもなる。

「兄さん、なかなかやるね。見直したよ。初陣とは思えない」

 模擬戦闘を見守っていたクリフが拍手しながらそうやって声をかけた。

「でも、本番はこんなにうまくいかないかも」

 自分が『二周目』だと気づかれたら困る。そう思ってアダムは急いで誤魔化した。

「やはり、王子として父上の剣の稽古を受けていたからかな」

 クリフがそう呟いたあと、また少し寂しそうにする。

 アダムはその顔を見ると、どうにもいたたまれない気持ちになる。クリフの中の劣等感は、最強のクトゥルーの半神となっても、父アーサーとアダムの血縁やつながりの前では異様なほど無力になってしまうようだった。

 違う、最初はとても失敗をしたんだ。

 そうクリフに言えれば楽なのに。アダムは思わず、そう感じてしまう。

 クリフがしばらく模擬戦闘を見て『この調子なら、実戦は問題ない』と言って出て行ったあと、アダムは一人で自主練を何度か繰り返した。その間、ノーデンスはことある後に語りかけてきた。

『やっぱ、弱っちくて不便でないかのう?』

 頭の中でノーデンスがそう呟く。

「当たり前だよ。先がないと困るのは困るけど、仕方ないだろ」

『でも二周目なんじゃろ。儂の真の魂の名とかも知っとるんじゃろ? 超簡略バージョンで覚醒せんか? 攻撃無効が使えたらチート並じゃし』

「そんな簡単にできるの? 相変わらずゆるゆるだなあ」

『今のままだと、危険極まりないぞ!』

 確かに、ノーデンスの言う通りだ。このまま半神の異能も不十分な状態で、戦えるのか……? だがノーデンスが続けた言葉は全くアダムの思惑にないことだった。

『このまんまじゃ、あの色気むんむんの煙管男に儂の唯一無二のポジション……大人セクシー枠がとられてしまう! 次会ったらボッコボコにしてやらんとキャラ被りがひどい!』

「は!? 絶対にかぶってなんかないよ。ノーデンスには全然、ああいう胡散臭くて妖しい感じがないし、ノーデンスはおじいちゃん……いや、頼れる大人って感じだし!」

『だーれがおじいちゃんじゃ! それと変に気を使った感じの言い回しやめい! 二周目なら知っとるじゃろ! 儂はじじいしゃべりなだけで~、ほんとうは超絶イケメンの若者姿の神様じゃって!! このしゃべりだからって誤解すな! 儂は、見た目はピチピチヤングのイケメンなんじゃ!』

 ノーデンスってこんなに面倒くさい人……いや、神様だったっけ。

いや、すごく面倒くさかった。

『あーアダム! さてはようないことを思うたな!』

 でも、おせっかいで優しくて、一度も俺を見捨てずに寄り添ってくれたっけ。

「思ってないよ。ノーデンスはイケメンだ」

「なんか、適当に流された感がすごいのう……。」

「でも本当にすぐに槍を強くできるならしてほしいな。確かに困るから」

「あるから言うとんじゃ。まあ、出会い頭で儂の真の名前を呼んで、『嘆きの残滓(ラメント)』との一体感深めたところで今は儂の準備ができとらん。つーわけで、でっかい獲物を倒そうぞ!」

「なんか雑! 本当にそれで、槍が完全になるの」

『アダム。縁ってもんを知っとるか? まーすっげースピリチュアルな話になるんじゃけどびっくりせん?」

「びっくりしない。ていうか神様なんだから、ノーデンスがスピリチュアルなことを話すのは普通だろ……。むしろ普段がフランク過ぎて、そっちの方の違和感すごいんだよ」

「おっと、理解が早くてよろしい!! んじゃまあ簡単に言うと『縁』なんじゃよ、なんでもな」

「縁……?」

『縁というのはとどのつまり、人でも物でも力でも、必要な時に必要なことをもたらし、または必要のないものを手放すように働く自然の理の力じゃ。世の中は、そういう絶妙なタイミングで成り立っとるんじゃ。西方の神たちはこれを『縁』ではなく、『運命』と表現するが……つまりー! 必要な時に必要な力は湧いてくる! そうじゃなければ、全く動かんものよ。だからのう、無理にでも嘘でもいいから力が必要な状況を作るんじゃ!』

「そ、そんな無理やりでいいの……? それって『縁』って言わなくない? 自然の理なんでしょ?」

『小賢しいこと言うでない。縁なんか、ぐいぐい自分で引っ張ってナンボじゃ! 善神ノーデンスとなる前、幽世(見えぬ世界)を統治していた大国主命(テラ=エンリンク)じゃった儂が言うんじゃから間違いない!!』

「わかったよ。じゃあ強い獲物と対峙するしかないんだね。すごい無理くりな気がするけど……」

『そうとも。これぐらいの無理なら全然ええんじゃ。無理な縁を引き寄せたり、もしくは離れるべき縁を引き留めぬ限りはのう』

「……そんな人がいるの?」

『おるおる。それはもう雨後のなんちゃらってやつぐらいのう。有神時代からそんな者どもが後を絶たぬがゆえ、世界がこんだけ荒れとるんじゃ』

 ノーデンスのその言葉には含みがあった。アダムはふと浮かんだ考えを口にした。

「ヨグが俺を転生させ続けているのも、縁を無理やり繋いだことになるのか?」

『ああ。奴が神だからこそできた芸当じゃ。人間が縁を無理に繋ぎ続けることには限界がある。人の肉体はいずれ滅ぶし、神ほど人は頑強ではないからな。何より生まれ持った時間が短いこともあって、とことんせっかちじゃろ? 自然の理には本来逆らえぬ者よ。だが、あの炎龍と言う男はおそらく、それを行おうとしておる』

「えっ……なんでそんなことがわかる?」

『奴は存在しない時に坐す忌神の『嘆きの残滓(ラメント)』を集めている。そしてあの体に刻まれた刻印……。儂も所詮は宇宙神ほどの神格を持ち得ぬ地上の神ゆえ、深くは知らんが、あれは少なくとも『縁』に逆らったものに刻まれる証じゃ』

 アダムは潜在意識の中で見た夢のことを回想する。

 魔女ヘレナの青白い胸元に刻まれたものも、炎龍と同じだった。

 彼女はなぜ……? 一体どんな『縁』に逆らったのだろう……? あんな優しく、赤ん坊の俺をあやして抱いてくれた人が……。

 だが、深く考えようとしたとき、またもや激しい頭痛が襲い、思考が激しく上塗りされていく。

 違う……。

 彼女は魔女だ。

 そう……きっと悪い魔女だから、自分の欲望のために自然の理に逆らったのだろう。

 それ以上考えることをまるで何かが禁じているかのような感覚に再び陥る。

 ふと、首輪の電子盤が光り、詰めたい機械音声が流れる。

『暫定的なエラー。“H・O・L”の巡回により、ただちに復帰いたします』

 偶然のエラーなのか、何なのか……だが、そのときアダムはふと、自分の中に流れる思考回路の混乱が収まったような気がした。

 魔女ヘレナについては、これ以上考えてはいけない気がする……。

考えれば考えるほど、きっとあの美しい人に、自分は毒されてしまう。

 アダムは炎龍に思考を戻した。

「でも炎龍は一体、どんなことをしたんだろう……?」

『儂も知り得ぬな。神としては少し情けないが、この罪の刻印についても詳しくは知らんのよ。いや、正確には『知らされぬよう』になっとるのかもしれんがな……。真理に辿り着けるかどうかもまた縁じゃ。たとえ神であれ、知らされぬことは、一生知り得ぬのよ。それでよいこともある……』

 ノーデンスの言葉が続くのを待ったが、沈黙が流れ始める。ああ、そろそろ『終わり』か。

「ノーデンス。前からだけどさ、ずっとは俺に話しかけてくれないよな。気づいたら気配が消えてるって言うか……」

『神ってのは見守りがメインじゃからのう。そんなに四六時中べったりガンガン話しかけてきたら、ウザいし、儂の尊みが薄れるじゃろ?』

「その喋り方だよ、尊みが薄れる原因があるとしたら」

 くく、と軽くノーデンスは笑う。

『困った時にだけ、パッと手を貸す。それが儂のスタンスなんじゃよ。それにそなたは、儂だけではなく、他に向き合うべきことがたっくさんあるじゃろ』

「向き合うこと……」

 クリフ、それからガイア。

「でも、本当のことを言えないのに、一体どうやって?」

『何を言っとる。本当のことを思うままにぶちまけるだけが人と向き合う手段ではない。儂やお前にぞっこんのヨグ・ソトースが大体知っとるんじゃから、いったんそれで満足したらどうじゃ? みんながそなたの『真実』を知らんわけではないのだから』

 それを聞いた途端に、不思議と落ち着いた。目覚めてからずっと感じていた、改変前の世界を唯一知る者としての罪悪感と孤独がわずかにやわらいだ。

 やっぱりノーデンスは優しい。

 ふざけているけれど、いつでも神特有の大きな器で自分を受け入れてくれる。言葉の通り見守って、決して一人にはしないでいてくれる。

「わかった……向き合うよ、ちゃんと」

 そう言うと、頭の中にあったノーデンスの気配が息を潜めた。

 また必要になったら声をかけてくれるのだろうと思い、アダムは気を取り直して模擬練習を再開しようとした。

 その時、首輪に内蔵された魔脳マリアがサイレンを鳴らす。

『緊急招集。繭の破裂を確認。直ちに討伐隊を組み、迎撃せよ!!』

 さっそくだ……!

 アダムは覚悟を決め、まだ不十分な槍を握り締めた。

 

 討伐はイリヤと組になった。イリヤは初心者だと思ったアダムをあれこれと気遣ってくれたが、アダムがためらいなく魔物を討伐していくと、あっけにとられたようにそれを見つめ、褒めてくれた。

「頼もしいなぁ! 初陣からこんなに戦えるなんて」

 アダムはイリヤの言葉に応える前に、背後に現れた鳥獣型の魔物を一突きで倒す。

「たまたまだよ……。戦闘訓練とかは昔に受けたことがあったから」

 イリヤはその言葉で納得してくれたらしい。だが、少しばつが悪そうに言う。

「でも、さっきからほとんど一人で倒そうとしてないか? 討伐し過ぎると神食が進む。このままだと、王様に僕が叱られるよ」

「いいんだ! 俺は半神になりたてだから! まだ余裕あるだろ?」

 アダムは別の未来で、目の前で神食が進み、首輪の制御機能が働いて命を落としたイリヤの姿をはっきり覚えている。

 人をあんな目に遭わせるぐらいなら、自分が少し無理をすればいい。二回目のやり直しをした者の義務として、それは当然のことだと思った。

「君は変わってるな。こんな半神には会ったことがない」

 イリヤはそう言って肩を竦める。

「あ……えっと、俺の『嘆きの残滓(ラメント)』は善神ノーデンスだから。彼に応えるためにも正しいことをしなきゃいけないんだ」

 口をついて出た言葉に、きっとノーデンスは笑うと思った。

 そのうちに担当地域の魔物の討伐が全て完了した。

 ノーデンスの言う『縁』には程遠い、先がない聖遺物レガシーの槍でも討伐できるレベルだった。

 そう思いながら、討伐地域の森を出ようとすると、獣の荒々しい雄叫びが聞こえた。

「い、今の……なんだ?」

「マップを確認するよ。繭がまた割れたのかも」

 だが、特に魔物の発生情報は表示されていない。

 それじゃあ、一体……?

 だがアダムは雄叫びがした方へと急いで走って行った。


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