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試しに人差し指をたててみる。
指先からほんの少しゆらめくように影が出て、ゆっくりと地面に向かっていく。
しばらく見守っていれば地面に着いて広がらない。
指を振ってみれば、紐を振り回した時のように指先からのびる影がついてくる。
パッと手を開けば、影が途切れて地面に落ち消えていく。
(これは、難しい。)
今は指1本でやったが、これが例えば2本になったら。
反対の手でやったら。両手でやったら。
いくらでもサインの種類を増やすことができる。
それこそ決めたことを忘れていてもティーが覚えていた場合は発動するのか。
考えるだけで自分の頭の中だけでは足りない。
(とりあえず簡単に3種類くらいを決めて、とっさの時でも出るように練習しよう。)
手のひらを正面に向けて上げれば自分を守るように壁を出す。
人差し指と中指をそろえて振れば細く伸びた影が降った先にあるものを捕まえる。
人差し指1本だけをたてた時は指先から影を伸ばし意識した方へ動かす。
その3つだけだって使い続けるにはかなり集中しなければすぐに崩れたり目的を達成できなかったりする。
(これは日々の練習だなぁ…。)
そんな事を考えているうちに授業時間が終わった。
「じゃあ、私はここで待ってるから気をつけて行ってくるのよ。」
「お願いしてた物を受け取ってくるだけですよね。」
姉さんのあまりの心配のしように対して不安視していなかったのに緊張してきた。
前回出ては来たが入るのは初めての花園のクラブハウス。
入ってすぐ左手の扉を3回ノックする。
「どうぞ。」
中から返事が聞こえたので扉を開けて中に入る。
「いらっしゃい、リリー様。」
「お招きありがとうございます。」
部屋の中にはクチナシが1人で待っていた。
机の上にはたくさんの段ボールが置かれている。
「あなたはユリ殿だから、配布物はこれ。あと申請してたものの中でこの場でわたせる分はこれ。」
そう言って段ボールを3つ指し示す。
「ありがとうございます。」
段ボール3つそれぞれに触れて影の中に入れる。
クチナシの方を見ると驚いたように目を見開いていたが、すぐに普段の顔に戻り説明を続ける。
「申請されていたもので設営が必要なものに関しては月曜日の14時にユリ殿に業者の方が伺います。なのでその時間は必ずユリ殿で設営に立ち会ってください。」
「わかりました。」
その後もいくつか諸注意と連絡事項を受けていると、廊下の方が少し賑やかになった。
「それでは私はこれで失礼します。」
そう言って部屋を出た。
「あら、ミリアじゃない。」
「ミリア、元気にしてた?」
外にいたのはシモミとチヨミの双子だった。
「こんにちは。」
「ミリアはもう受け取ったのね。」
「私たちは今からなんだけど、よければ私たちの部屋でお茶していかない?」
挨拶をしたらすぐに立ち去ろうと目論んでいたが、双子の連携により退路を物理的に塞がれた。
「でも、姉さんを待たせてますので。」
「それなら、アズハも呼べばいいわ。」
「私が荷物を受け取った後に呼んできてあげる。」
待ち人がいるという一手も簡単にかわされてしまった。
「私たちあなたともっとお話ししたいと思ってたの。」
「特に最近賑やかなんでしょ?」
さてどうしたものかと短い思考をしている間に、甘い匂いを感じた。
「2人とも、入らないなら先を譲ってくれる?」
「あら、ホズミ。」
「お先にどうぞ、ダリア。」
新たにやってきた女子生徒はどうやら双子の知り合いのようだ。
2人が道を開けると、フンっと鼻を鳴らしながら扉をノックして中に入って行った。
(…怖。)
横を通る時、確かにこちらを睨みつけていた。
そして通るその瞬間甘い匂いは甘いものに火を直接つけたような苦味ともなんとも言えない臭いに変わった。
「今日もご機嫌ななめね。」
「最近はいつもご機嫌ななめよ。」
「なんかすごい匂いでしたね。」
「ホズミは香炉のティーなの。」
香炉と言われてどんなものか想像ができなかった。
「気分によって匂いが変わるんだって。」
「後相手の好きな匂いとか眠りに誘導する匂いとかいろんなことができるみたいよ。」
匂いに関するティー。
特殊なのはそのもの自体なのかそれとも中身なのか。
「さて、いつまでもここで話してたら確かに迷惑ね。」
「さあ、ミリア行きましょう。」
緑の髪飾りをつけたシモミに手を引かれ館の奥に連れて行かれる。
「アズハはチヨミがちゃんと連れてくるから心配しないで。」
そう言われながら、建物中央の大階段を上る。
「1階は入ってすぐの部屋が会議室。大階段の奥がバラ姫様とその補佐クチナシ様の部屋。」
2階にたどり着くと左右に分かれた廊下。
階段を中心に左右対称に造られているように見える。
「2階は8部屋、3、4階は10部屋。屋上にはガーデンテラスがあるわ。」
2階は左右に4部屋ずつ。
通り抜け奥の階段を上ると3階は正面に2部屋。
双子の部屋は3階正面、階段を上がってすぐの部屋だった。
「ようこそ私たちの花園へ。」




