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「えっと、ミリアです。」
何か無言では息苦しくなり、とりあえず名前を言った。
「そういえば、話すのは初めてだった。初めまして、僕の数少ない後輩。僕はユイト、海底神殿の代表でトランプ。エレメンタリー2年です。」
やはりというかなんと言うべきか、一気に情報が入ってきた。
「君のことは一方的に見てたから話すのが初めてって気がしなかった。」
首を傾げる。
「僕のティー。」
そう言って座ったまま手を伸ばすとその指先から今まで暗闇に潜んでいたティーが色を取り戻したように姿を現す。
その姿は魚だったが知っている魚の姿よりも平たく手のような位置に短い胸びれ、そして優雅に左右ゆっくりと動かす尻尾と尾ひれからは細長い線が伸びていた。
「綺麗ですね。」
白い体に夕陽が映り込んだような柔らかなオレンジ色。
空中を自在に泳ぐその姿は風に飛ばされた絹のようで目が離せない。
「この子は豊穣の力があって、学園施設の花壇や植栽を見て回ってるんだ。だから、12号館で何度か君を見たことがあった。」
「すごいですね。」
何か得意なことがあってそれを役立てているのは素直に尊敬する。
宙を泳ぐティーも心なしか誇らしそうに胸を張る。
小さな声でそれだけじゃないんだけどと言っていたような気がしたが、あえて聞こえないふりをすることにした。
泳ぎ回るティーを見ている限り、ティーは触れていなくても問題ないようだ。
「大丈夫?もしかして具合悪い?出たほうがいい?」
優雅に泳ぐ様子を見ているとだんだんウトウトしてきていたが、声をかけられ再び意識が覚醒した。
「そうじゃないです。ただ少し眠くなったというか、私にとってこの空間は居心地がいいせいか眠くなるみたいで。昨日も移動中の半分は寝てたくらいです。」
「そう、本当に具合が悪い訳じゃないんだね?」
「大丈夫ですよ。それに今追い出されたらユイトさんも困るのでは?」
そう言うとユイトがウッと言葉にならない声を出した。
「僕は我慢すればいいから…。」
「今のところ大丈夫ですから、そのまま居てください。」
そう伝えるとユイトは少し座り直すような動きをして1つため息を吐いた。
「僕が逃げてる相手は僕の兄貴なんだ。」
ユイトが話し出した。相変わらずティーは優雅に泳いでいる。
「行事の時はいつも一緒に居ろって言われるし、住んでる場所も近いから休日なんかもよくやってくる。嫌いじゃないけど、時々息苦しく感じることがあって。」
なるほどと思った。
「何度か隠れたり逃げたりしたこともあったんだけど、兄貴のティーから逃げ切れることがなくてさ。でも君は1日逃げ切ったからすごいなって。」
それはたぶんいつの日かあった1日逃げ回った日のことを言っているのだろう。
「私はこうやって隠れてただけです。先輩たちが力を貸してくれなかったらとても逃げきれませんよ。」
影に入っても場所がわかってしまえばいくらでも対応されてしまう可能性がある。
「それでも僕にはできないことだ…。」
消えそうな声でそう言った。宙を泳いでいたユイトのティーが彼に寄り添うように降りてきた。
「クラスに友だちを作ってお兄さんの誘いを断りやすくするとか。」
「みんな兄貴が恐くて話しかけてもくれない…。」
「授業以外の時間はクラブハウスで過ごすとか。」
「兄貴、メンバーじゃないのに海底神殿のクラブハウスにも普通に来る…。」
(まぁ、今思いつくようなことはだいたいやってだいたい打破されてるか…。)
いよいよもってどうすればいいかわからなくなった。
「私がこうやってかくまうのは簡単ですけど、いつまで通用するか…。」
「ありがとう、そこまで考えてくれて。でも、君も世界樹から招待状受け取ってるでしょ?それなら兄貴は敵に回さないほうがいいかもしれない。兄貴、世界樹の代表だから。」
まさかの規格外兄弟だった。
確かにできれば今はお近づきになりたくない人物だ。
しばらくの沈黙が流れるとユイトがあくびをした。
「この空間が落ち着くってなんだかよくわかるかも。誰もいない日のクラブハウスとよく似てる。」
どうやらユイトにもこの空間は落ち着く場所と認定されたようだ。
ゴソゴソと影の中を探り大きなブランケットと追加のクッションを出す。
「今すぐに見つかることもないでしょうし、少しの間だけリラックスしませんか?」
何もないですけど、と付け足す。
「そうだね。誰かの視線も足音も気にせずいられるのは結構久しぶりかもしれない。」
そう言ってブランケットを受け取りクッションに頭を預け寝転がる様子を見る。
(たぶん私と同じなんだ…。)
もしくはそれ以上かもしれない。
守ってくれる存在が説明をしてくれてこちらの意思を確認してくれる先輩か、何からでも無条件に守ってくれる兄弟かの違いというだけだろう。
会ったこともない人物のことをあれこれ考えるのをやめようと自分の分のブランケットに包まる。
あっという間に眠気が戻ってきてスッと意識が落ちていく。




