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「たぶん、私の認識が間違ってなければテルマのティーが普段聴いてる音というか声が私にも聞こえた。」
どう伝えるべきかと考えたが、それが最善の言葉選びだった。
「えっ、どういうこと?」
そう声を上げたのはテルマだったがみんなが同じ意見という顔だった。
「遊んでるうちに超えちゃいけないところをティー同士が超えて、結果的に繋がったんだと思う。」
そうとしか説明できない。
「今までにこう言うことは?」
「…ない。」
まず影の中に物と自分以外で入れた事があるのが先輩だけ。
一緒に入ったせいか今回のようなことは起こらなかった。
「私が聴いたのはたくさんの泣き声。それがテルマのティーが日常的に聴いてるものなのか確認してほしい。」
テルマとティーが数秒見つめあう。
「そうだって言ってる。12号館の中にいるときはいつも聞こえてるって。」
その確認が取れた後、改めてみんなに何が聞こえたか説明した。
「泣き声っていうのは他のクラスのティーってことなのかな?」
「そうじゃないかな?泣いてるってそれも一つの表現だし。」
他のクラスのティーはまだ意思疎通がとれていない。
つまり伝えたいことを正しく伝える方法が乏しい。
それはこちら側からもティーからも同じだ。
「ここからが本題なんだけど、その中にハッキリ聞こえる声があった。」
確かにハッキリと聞こえたがその意味はわからないこと、その直後にテルマのティーが影から離れて聞こえなくなったこと。
「ほしいって何を?」
当たり前の疑問をコナミが口にする。
「それがわかればよかったんだけどね…。」
目を閉じもう一度思い出す。
(声が聞こえた状況…。声以外に聞こえてたもの…。)
「ミリア、休んだほうがいい。」
コウヤがそう言ったのをきいてハッと顔を上げる。
周りを見回せばみんなが不安そうな顔でこちらを見ていた。
「ミリア、無理しないほうがいいよ。今意識を失ったばっかりなんだよ。」
「それにミリアは無意識かも知れないけど、影がすごいことになってる。」
ユウガがそう言いながら指を指す。
指し示す方向は背後に向いている。
振り返れば背からのびる影が明らかに大きく波打ちながらどんどんと広がりその端は部屋の外まで出て行っているようだ。
「私は大丈夫だから、戻って。」
影にそう声をかけると、どこまで行ったのかわからないが影が戻ってくる。
さすがに一瞬で元通りとはいかずその様子を見ていると、何かが触れたような感覚が伝わってくる。
「ミリア、どうしたの!?」
立ち上がり部屋の外に走り出す。
何が起こったのか理解が一瞬遅れたミチカが声を上げる。
1212室の外に出たところで足を止める。
「ミリア!」
数秒遅れてみんなも出てくる。
「何があった?」
「間違えなく、私のティーが触れた。」
「何に?」
深呼吸する。
バクバクと早鐘を打つ心臓の音が今はとてもうるさく感じる。
「床を這う手、いやたぶん腕だった。」
感覚から推察するしかないが、5本の指をたてるように床につき手のひらや手首より後ろの腕まで引きずるようにして移動していた。
偶然なのか影を伸ばしていた先ではあわなかったが、影を戻す時に偶然出会い頭にでも触れてしまったのだろう。
「ミリア、ちょっと!!」
再び慌てるミチカの声が聞こえたかと思うと、顔にテッシュを押しつけられる。
「鼻血が出てるの!落ち着いて!!」
ミチカの言い聞かせるような言葉と共に、コウヤとユウガから両脇を抱えられるようにして教職員室に向かった。
「先生、ミリアが鼻血出しちゃって!」
先に小走りで向かったミチカが先生たちに状況を説明している。
ミチカより少し遅れて教職員室に入ると、ノオギ以外にも先客がいた。
(あぁ、そうか…。)
無数の泣き声と謎の声、その声が聞こえた時に一緒に聞こえてきたかすかな音。
どこかで聞いたことがあるが思い出せなかったその音の正体がわかった。
教職員室を入るとすぐに大きな机と無数の椅子が乱雑に置かれていてそのさらに奥が先生たち個人の机になるわけだが、比較的入ってすぐの所にいた女子生徒が驚いた顔のままこちらを見ていた。
コウヤとユウガが支えてくれていた手を振り解き、その女子生徒に近寄る。
女子生徒はその様子を見ながら驚いた顔から恐怖の顔に変わる。
「はじめまして。名前を聞いてもいいですか?」
できるだけ笑顔でそう言いながら近寄る。
女子生徒の服装は制服の上に羽織というかポンチョのようなものを着込んでおり大きなフードは今かぶっていない。
「突然入って来て驚かせてごめんなさい、よければお友達になりませんか?」
ミチカやコウヤとユウガ、それにノオギまで突然の状況に動くことができず固まってこちらを凝視している。




