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瞼が重い。
まだ寝ていたいという気持ちもあるが今寝ている場所が決して寝心地がいいわけじゃない。
仕方なく目を開ける。
「おはよう。」
ぼんやりとしていた意識が、かけられた声で覚醒した。
「おはよう、姉さん。」
今日2度目の挨拶。
でも外はだいぶ日が傾いているようだ。
「3時間くらい寝てたかな。気分はどう?」
「問題ないです。頭もスッキリした気がします。」
「さすがに急ぎすぎた気はするわね。次からは少しずつできることとできないことを探していきましょう。」
うなずいた。
確かにいきなり人を入れるのは結構危なかったかもなどと、今更ながらに思う。
結果的に2人とも無事だったが、もしかしたらティーに異物と判断されていれば2人は2度と帰っれなかったかもと今更思い背筋に嫌な汗が流れる。
「さて、私もそろそろ帰らなきゃいけないんだけどミリア。」
姉さんはそう言って立ち上がる。
「さっき3人でやったことはとりあえず内緒ね。無理したことがバレて怒られるのも嫌だし。」
きっとそれだけじゃないことは何と無く察したが、言わないことにして頷いた。
「それから明日は教材とか色々届くと思うから、たぶん一日ここを離れられないくらい忙しくなると思うわ。」
私も授業があるから来れないし、と姉さんが付け足した。
「そういえば姉さんは昨日も今日も授業出なくて大丈夫だったの?」
「そっか、ミリアには言って無かったわね。この学園はAとSクラスに限るんだけど、基本的に出席点は評価されないのよ。」
「そうなの?」
「そう、基本的には課題の提出と実技の評価さえ良ければ問題ないわ。それはミリアも同じだからね。」
そういえば、私もクラスはSだったと思い出した。
「ミリアもはやく授業を受けてテストして評価されるっていう学習方法から、課題をしながらわからないところを見つける学習方法に切り替えなきゃね。」
それは確かに大変そうだ。
今までみたいにみんなで同じ事をやって一定のライン以上を目指すのではなく、自分で考えて何をするべきかを常に問われる学習になると言うことだった。
「特にミリアは卒業までS確定だからね。」
首を傾げる。
「あっ、そういえば言って無かったわね。クラブに入っててもDに落ちることがあるけど、トランプはSクラス固定よ。」
トランプの影響はこんなところにまであるのかと痛感した。
「クラス分けがどんな物なのかは通い始めれば徐々に見えてくると思うわ。とりあえず今週末は生活を整えることで忙しいと思うから頑張りなさい。」
そう言って玄関に向かう姉さん。それを見送るために追いかける。
「じゃあ、ミリアまたね。」
外に出たところでバクが軽い音を立てながら煙を吐き出していた。
その煙に乗るような動きをしたと思ったら言葉だけを残して見えなくなっていた。
しばらくその場で空を見ていたが、風の冷たさを感じ家の中に入った。
静かになった家の中は何だか寂しさを感じたがそれを察したのか彼女が袖を引っ張ってきた。
「私はもう大丈夫だよ。」
そう伝えるとニコッと笑って一回奥の方を指差した。
「今日はもうすることないし、風呂に入ったほうがいい?」
そう聞くと頷いた。
「ありがとう。」
時間を気にせずゆっくりと湯船に浸かるのはどれくらいぶりだろうか。
などと年寄り臭いことを考えてしまうくらいには疲れているようだ。
浴槽の外に手の先から伝うように水滴が落ちれば、それに喜んでいるのか驚いているのかわからないが影が跳ねる。
(いろいろやってるけど、私のティーの意思を感じたことはないなぁ…。)
ふとそう思う。
残念ながら呼びかけに答えてくれる喉がない。
残念ながらこちらの意思を受諾した事を示してくれる像がない。
それはとても寂しいことに感じた。
でもそれは生き物ではないティーを持つ人でも同じこと。
(神様は一体何を伝えたいんだろう…。)
そんな事を考えていると影が延びて手を包んだ、包まれた感覚の中には人に握られているのに近い力のバラつきを感じた。
手から手首に、腕を飲み込み肩。
コンコンッ
浴室の扉がノックされる。
ずいぶんと長い時間出てこないので心配させてしまったようだ。
「もう上がります。」
影は元の通り床を滑るようについてきていた。
遅めに昼食を食べてその後寝ていたためかお腹が空かない事を彼女に伝えたら、少し残念そうな顔をしていた。
早めに休みたいと伝えて、2階の寝室に入る。
勉強用の広めな机が入ってすぐの場所にあり、奥にはベッド。
反対側にはクローゼットがある。
いつの間にか姿を見なくなっていたと思っていた書類は勉強机の上に置かれていた。
手にとりパラパラとめくる。
ほとんどの内容はここに来るまでの車内で読んでしまったため、何か探しているわけではなく手持ち無沙汰の衝動的な行動が出てしまっただけだ。
見回してみれば何もない。
最低限の家具はあるが、中身はほぼ空っぽ。
一度部屋を薄暗くしてベッドに横になってみたが、当たり前のことで眠くない。
ゴロゴロと過ごすのにも飽きて一度トイレに向かう。
階段の下を覗いてみると一階もとっくに灯りを消しているのだろう、物音ひとつしなかった。
何と無く部屋に帰るのをためらい、奥の部屋に入った。
真っ暗の闇の中、頭上に広がる星空。
たくさんの宝石の粒を出鱈目にばら撒いたように瞬いている。
扉を閉め数歩横に移動し、床に座る。
星を眺めていることは飽きないが、だんだんと体が冷えてくる。
寒いと自覚してきた頃、音を立てないようにゆっくり静かに扉が開いた。
腰に小さなランタンを下げた彼女が片手に小さなトレーを持って入ってきた。
扉を閉めすぐ横に座ると、まずは小脇に挟んでいたブランケットを渡してくる。
受け取り広げてみると両肩をすっぽり覆いまだ余裕のあるほど大きな物だった。
ちゃんと肩や腰回りが出ていない状態でブランケットをかぶった事を確認すると次にトレーの上のマグカップを渡してきた。
湯気の上がるそれは蜂蜜でほんのり甘く仕上げたココアだった。
両手でしっかり持ったのを確認すると腰につけたランタンの火を吹き消した。
ランタンの火の光に慣れてしまっていた目が、再び星の光を受け取れるようになると
彼女はトレーを横に置いたままゆっくりと部屋を出て行っていた。
指先に伝わる温かさで全身がほんのり暖かく感じる。
一口、口に入れれば温かさと独特の苦味が口の中に広がり舌の上にはちみつの甘さが残る。
飲み終わる頃には十分に体が温まり、今度は心地よい眠気が襲ってくる。
マグを乗せたトレーを持って部屋を出ると簡易キッチンで小さな椅子に座り彼女が待っていてくれた。
トレーを受け取るとブランケットの合わせをしめるように整え一階に降りていった。
今度はベッドの中に入ってすぐに意識が落ちていく。




