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島がおどるよ  作者: わたなべみゆき
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第十二章 防人の島 国境の島 その一

 イ・ミンジュンの指さした先には船のロープをくくる杭があり、その側によりかかるように座る人影があった。

「あ! みつるだ。

じいちゃん、みつるだ。みつるがいたよ」

「みつるくーん」

 そう言いながら、みんなはみつるがいるところに走っていった。

「みんな......。なんでここにいるってわかったの」

「みんな、おんなじ気持ちだから。みつる君の気持ちが、みんなよくわかるから」

「宗太くん......」

「みつる。とにかく無事でいてくれて良かった。おまえを苦しめてしもうて、すまんやったな」

 崎村老人は声をつまらせながら、頭を下げた。

「おれも! みつるに悪いこと言った。ごめん」

 雄太も頭を下げた。

「ぼくも、みつる君の気持ちをちっともわかってなかった」

 宗太もゆっくりと頭を下げた。

「わたしも。みつる君が帰ってないのに、カレー作るのを楽しみにしてしまった......」

 真理子もあやまった。

 みんながみつるの前で頭を下げたまま動かなかった。

「おじいちゃん! みんな! やめてくれー。

 僕が悪いのに。勝手な行動をして心配かけたのに」

 みつるは、メガネを押し上げて涙をぬぐった。

「いいや。お前を苦しめていたことに気づいてやれんやったわしのせいだ」


「崎村さん、とにかく帰りましょう。みんな、心配してるだろうから」

 宮原さんの言葉で、みんなは車に乗りこみ、万松院へもどった。

「ご心配をおかけして、すみませんでした」

 みつるは、きちんと頭を下げ、探してくれた近所の人たちに謝った。

 住職はニコニコして、

「とにかく無事に見つかって良かった。

 歴史は過去のドラマだ。参考にして生きなければならないが、そうひきずってはいかんぞ。今をどう生きるかが大事だ」

「ん? 住職の話もじいちゃんの話と一緒でむずかしいなあ」

雄太が頭をポリポリかきながら、むずかしい顔をするので、真理子がふきだした。 みんなもつられて笑った。

 やっと明るい風が吹き出した。

「さぁ、家へ帰ろう」

 

 崎村老人は、帰り道、ティアラの中にあるスーパーに寄った。

「今日は特別だ! 家に帰ってもご飯がないから、弁当にしよう。

 みんな、好きなものを選んでいいぞ」

「えー。ほんとにいいと?」

「わーい。弁当どこー?」

 子ども達はスーパーの中を小走りで弁当売り場を探した。

「ここだよー。いろいろあるよ。どれにする?」

 急にスーパーの中が賑やかになった。

家につき、みんな嬉しそうに自分で選んだ弁当を食べた。

 食事のあと、大きな皿に入った真っ赤にうれたスイカが運ばれた。よく冷えて美味しそうだ。

「今日は特別だ! うまいぞー。じいちゃんが畑で作ったスイカだ」

「すごーい。おじいちゃん、スイカ作るの上手だねー」

 真理子が目を丸めて言った。

「さぁ、食べてごらん」

 一つ手にとるとサクッとかじった。

「甘くておいしー」

「ほらほら、真理子ちゃん。ワンピースに汁がつくと、色がとれんぞ」

 真理子は薄いブルーのワンピースを着ていて、スイカの汁が胸のあたりにこぼれていた。

「きゃー。ママにおこられるー」

「どうら、いますぐそこだけつまんで洗ったらとれるじゃろ。洗面所で着替えておいで。じいちゃんが洗ってあげるから」

「真理子ちゃん、あわてて食べたっちゃろー。ははは......」

 雄太がスイカにかぶりつきながら笑った。

「雄太くんのほうがいっぱい汁がこぼれとる!」

 真理子がベーと舌を出して笑った。

 みんなにこやかな顔だ。おいしいスイカを食べながら、なにか言い合ってはケタケタと良く笑った。


 スイカを食べ終わり、テーブルも片付けられた。

「さぁ、話をしようか。みつる。もう大丈夫か?」

「はい! もう大丈夫です。みんな、今日は本当にごめんなさい」

みつるは、改まったように立ち上がり、みんなに深々と頭を下げた。

 六人の子どもたちは、みな、うんうんとうなずきあった。

「もういいぞ、みつる。すわんなさい。

 柳川事件について話をする前に、今日、八幡様で真理子ちゃんがみんなに話したことを思い出してほしい。

 義智公とマリア様の話だ。豊臣秀吉の命で、朝鮮に攻め入り、結果的には秀吉の死で退陣することになった。

 そして、さらに豊臣家に変わって徳川家が日本をおさめることになり、様々なやり方も変わった。

 朝鮮王朝や明国に対しても、けんかするのではなく、仲良くしていくぞとなった。

 しかしだ。国の都合で、昨日までは、攻め入って殺し合いをした相手に、今日からは、仲良くしましょうと言っても、相手が納得するわけはないよな。

 田畑の少ない対馬は、もともと古くから朝鮮半島の人々と、貿易をしたり物のやりとりをして潤ってきた島だ。

 縄文とか弥生とか古い時代のいろいろな遺跡がそれを物語っておる。

 だんだんと国というのが整ってくると、良いこともあるが人々の生業だけではすまいこともでてくる。

 政治というものが入ってきて、気持ちだけではやれないことが多くなったのが、対馬が抱える悩みでもある。

 国から守られるかわりに、大きな使命もかせられた。

今も同じかもしれんな。

 対馬藩もずっとその板挟みで苦しんできたんだと思う」


「じいちゃん、まただんだんむずかしくなりよるよ」

 雄太がぼそっと言った。

「おー、そうだな。

 とにかく、義智公は、徳川から朝鮮との関係を良くするようにと命を受け、一度断絶した朝鮮に信用をこぎつけようと苦労したんじゃ。

 そんな中で、朝鮮との信頼を回復させるために、朝鮮からの要望に応えようと、悩みながらも、なりふり構わずやったんじゃ。

 対馬藩は、朝鮮との戦いの時に対馬に連れてきた捕虜の返還を積極的に行った。一度失った信頼を取り戻すのは容易なことではないからな。

 和平を結ぶために、朝鮮から無理難題のようなことを突き付けられていた。

一つは、朝鮮国王の墓を荒らした犯人を差し出せという朝鮮側の要望だ。

 これに対して、対馬藩は、全く別の罪で囚われていた罪人に銀を飲ませ、のどをつぶして、犯人だと偽ってさしだした。

 もう一つ、日本側に謝罪の手紙をよこすようにと要求した。

 ところがこの時、徳川からは徳川が政権を握ったことに対するお祝いのご挨拶にくるようにと、朝鮮に手紙を渡すお役目を与えられていた。

 徳川幕府と朝鮮王朝。この二つに大きな体制の間で翻弄されたのが対馬藩だ」

「それで、義智公はどうしたの?」

「うむ。その時の対馬藩の中枢である義智公と、福岡から対馬に招かれた僧侶、景轍玄蘇けいてつげんそ 、みつるの祖先である家老柳川調信やながわしげのぶ氏の三人で策を練った。

 その結果、互いの文書を書き換えて、和平が結ばれるようにしたのだ」

「えーっ、それって今だったら大変なこと!」

「そうだ。もし、書き換えたことがわかったら、殺されてしまうほどのことだ! それくらいの覚悟を持って臨んだ対馬藩の瀬戸際の行動だった」

「じいちゃん、そう言えば、今、みつるの祖先ち言うたよね」

 雄太が崎村老人をじっと見た。

「そうだ。柳川事件の柳川家がみつるの祖先だ。それがみつるを苦しめた。しかし、みつるが気にすることじゃない」

 うつむき加減だったみつるは崎村老人を見て、深くうなずいた。


「それで、柳川事件はどうしておきたの?」

 落ちついた宗太の声にみんなの視線が崎村老人に集まった。

「それは、義智公のつぎの時代、義成公のときにおきた。

 柳川調信の孫にあたる柳川調興やながわしげおきは、とても頭がよく野心家でもあった。

 調興は、小さい時は江戸で育ったんだが、とても優秀で、幕府からも一目おかれた存在だったらしい。

 柳川家は、祖父の代から対馬藩からの信頼もあり、重要な役職についていた。功績もあったので多くの土地ももっておった。 義成公に対して、かなりの対抗心があったと言われておる。

 調興は土地を得て、幕府直属の旗本になることを望んでいたようだ。

 しかし、それが、なかなか思うようにいかぬことに腹をすえかねて、とうとう対馬藩が行った文書偽造を幕府に訴えたのだ」

「それで? それでどうなったと?」

「いろいろと協議がなされ、時間はかかったが、三代将軍、徳川家光によって裁かれ、宗家は無罪。柳川調興は津軽、今の青森に流された」

「あおもりー! みつる君が住んでるところね!」

「しかしな。いいか! 調興氏が悪いということでもない。そういう時代だったんだ。実力のあるものが、次にとってかわる。 阿比留一族に代わり、宗家が対馬を治めるようになったのもそうだ。力が重要視され、力がものいう時代だった。

 ただな、調興氏には七人の家臣が同行し、弘前に広大な屋敷も与えられた。一流の文化人として、大切に扱われておったようだ。それだけ重要な人材であったんだ思う。

 正義は人の数だけあるからな。自分の正義だけをおしつけると争いになる。

 今は、過去のそういうことを変えんといかん」

「僕は、強くないといけないと小さい時から、剣道を習わせられた。

 勉強も人より努力しろと言われてきた。いつか、また世にでる時がくるからと。

 意味が分からなかったけど、対馬にきて、本を読んで小さい時からのことがすーっとつながった。

 だけど、対馬の人からすると、ぼくたちの祖先は裏切り者なんだと、かなりショックだったよ。でもね、今は大丈夫」

「みつる君は、宗家のお墓で何してたの? 何を埋めてたの?」

 宗太が尋ねた。

「お母さんから預かってきたもの。柳川一族に代々伝わる秘宝」

「ひ、ひほう?」

雄太がのけぞるように驚いてみせた。

「どういうこと?」

「僕の家には代々伝わってきた秘宝があって、対馬に行く前にお母さんが僕に渡した。

新潟でとれたヒスイの石の最高級みたいだ。七つのブルーの光を

発すると言われてる」

「言われてるって......。みつる、見てないの?」

「うん、開けちゃダメって言われてるから」

「なんだよ、それ」

「なんでそれをお墓に埋めたの?」

 みんな身を乗り出して、みつるの一言一言に集中していた。

「この秘宝は、お母さんが義成公のお墓の側に埋めなさいって言っ て、僕にわたしたんだ。だから、今日、万松院に行った時に埋めた」

「じゃあ、なんでまた掘り返しに行ったと?」

「それは......」

「それは?」

 みんなそろって同じ言葉を発した。

「それは、今夜、柳川事件について話をするから、その時にみんなに秘宝を見せたかった。

 柳川事件のことを知って、ずっとぼくは宗太くんやみんなにあやまりたかったんだ。僕の祖先のせいで......」

 みつるは言葉に詰まった。

「みつる、おまえのせいではない。それよりも、おまえを対馬に行かせてくれたお母さんに感謝しないとな。この旅の意味をちゃんとわかっておられるお母さんに。

 それより、みつる、なんで港に行ったんだ?」

「うん。みんなが探しに来てくれてた時、僕は帰り道で金石庭園にいたんだ。万松院の方から入って歩いていたら、みんなの声がして、僕を呼ぶ声がきこえた。

 大騒ぎになってるってわかったら、急に怖くなって、おじいちゃんの家と反対側に走って行ってしまった。

 気がついたら港のところに来てた。どうしようかと思ってあそこに座っていたんだ」

「そうか......。みつるに何かおこったのかと思って、大騒ぎにしてしまったからな」

 崎村老人が優しい顔で言った。

「みつる君、秘宝は?」

「もってる!」

 にこっと笑ってファスナーがついたポケットから小さな袋を取り出した。

みんながごくりと唾を飲み込んだ時、

「ちょっと待って」

みんな驚いて宗太のほうを振り返った。

「僕ももってる」

「えー。宗太くん、何をもってると?」

 雄太が叫ぶように言った。

「ぼくもお母さんから預かったものがあるんだ。宗家に伝わる大切なもので、崎村さんに渡しなさいって、預かった」

「えーーー」

全員の声が重なり響いた。

「ぼくも今夜、みんなに秘宝のことを言おうと思ってた」

 そう言うと、荷物をおいている部屋へ行き、バックの中から袋を取り出し戻って来た。

 テーブルの上に置かれた二つの袋。

「宗太、みつる、みんなに見せてごらん」

 宗太の袋は、緑のサテンの布。みつるが出した袋は黒いサテンだった。

 二人は、袋から中のものを取り出した。

「わぁ 」

 みんなは目を見開き、袋から取り出された二つの石に見入っていた。

「じいちゃん、この石は何?」

「二つともおんなじだ」

 二つの石は、折り重なる美しいブルーできらきらと光輝いている。大きさは五、六センチくらいだろうか、何面にもカットされ、ま るでダイヤモンドのような光を放っていた。ブルーの色は薄い色から濃いブルーまで何色にも見えた。

「うむ。はたしてこれはヒスイなのか......。ヒスイのようでもある が、ヒスイとは違うようにも見える。

 対馬は大陸との交流の島だ から、世界の珍しいものが入ってきていたとは思うが。 こんな石が伝わっていたことは、誰からも聞いたことがない!」


 子ども達が取り囲むテーブルの上で二つの石はさらに輝きを増して光輝いた。

「大事なものだ。もうしまっておきなさい」

 崎村老人は、考え込むようにつぶやいた。

「さぁ、風呂に入って休む準備をしよう」

 お風呂も入り、布団をひきながら、雄太がたずねた。

「じいちゃん、明日はどこに行くと?」

「明日は、対馬が大陸との懸け橋であったことがよくわかる場所にいくぞ! みんな今日は疲れているから早く寝なさい」

「はーい」

 子どもたちは、テーブルの上で見た二つの石の輝きがなかなか頭から離れず、しばらく寝付けない夜を過ごした。

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