第十一章 裏切りの歴史
対馬の郷土料理でもあるろくべえを食べたあと、子ども達はそれぞれに食器を片付け、台所では洗い物をして、きれいにふきあげた。
片付けはいつも、みつるが率先して行う。
「みつるはいつも感心じゃのう。お母さんのしつけがいき届いとる。
みんなも片付けがよぉ出来るようになった!
今日はどこへも行かず、たまには自由にしていいぞぉ。このへんの近所なら外で遊んでもいい」
「えー、いいと? まだ秘宝は一つしか見つかっとらんよ」
「ああ、大丈夫だ。晩ごはんを食べたら、昼間の話をしながら、作戦会議をしよう!
ただし、遠くに行くのはいかん。あぶないまねもするんじゃないぞ」
「やったー。ねぇ、ゲームもしていいと?」
「ああ、もちろんだ」
「ねぇねぇ、みんな、なにする?」
「んー。ぼくはちょっと調べたいことがあるから、しばらくここにいる」
みつるは、荷物をまとめている部屋へ行き、本を取り出して読み始めた。
「みつる君、研究熱心やね~」
雄太がのぞき込むようにして、ふざけて言った。
「じゃ、外で遊ぼうか!」
「ぼくはゲームする!」
久しぶりに自由にできる時間がうれしいようで、うきうきとした表情の子ども達だ。
「晩ごはんは、いつも通り六時だ。五時までには帰ってこいよ」
「はーい」
みんな声をそろえて元気よく返事した。
「柳川事件か...。 さて、どう話すかな」
崎村老人は子ども達を見ながら、小さくつぶやいた。
子ども達は、はじめゲームをしたり、本を読んだり家にいる子もいたが、最後は全員外に出て遊んだ。
五時近くになり、はじめに真理子とワン・ルイファが戻ってきた。 それから、宗太とイ・ミンジュンが戻り、続いて雄太とたけるが帰ってきた。
「さぁ、みんな帰ったか!」
「あれ? みつる君がおらんよ」
「ほんと、みつる君、さっきまで一緒にいたよね」
「きっと、もう少ししたら帰って来るんじゃない?
みつる君、しっかりしてるから大丈夫だよ」
「そうじゃな、夕食の準備にかかるぞ。
夜はみんなでカレーを作ろう」
「わーい! カレーだカレーだ」
雄太が両手をあげ、天を突き上げるように両手を上下させ、踊るようにはねた。
「まずは、みんな手を洗って、うがいをしてこい」
「はーい」
料理作りが楽しみでしかたない真理子は、いつもより元気な声で返事した。
崎村老人は時計を見た。
五時十五分
「やはり、料理はやめだ。みつるを探しに行こう。みつるは時間をきちんと守るやつだ。こんなに遅くなるはずがない!」
崎村老人は子ども達に向かっていった。
子ども達は崎村老人の顔をじっと見た。
「ぼくもそう思う」
宗太がきっぱりとした口調で言った。
「そう言えば、みつる君、いつもと違う感じがした」
たけるがぽつりというと、崎村老人はたけるに目をやった。
「どうしてそう思う?」
「いつもより元気がなかった気がするし、雨森芳洲先生のお墓んところでおかしなことを言うたんよ」
「おかしなことって?」
「ぼくもこんな立派な人の子孫に生まれたかったって」
たけるは崎村老人の顔をじっと見た。
「ぼくにはあやまってきたよ。朝鮮通信使歴史館で」
「うむ」
「崎村んじいちゃん、柳川事件と関係あると? 昼間は言わんやったけど、本を読みよる時、みつるは泣きよったように見えた。そん時は気のせいかなち思うたけど。
じいちゃん、柳川事件ちなんやと?
みつるとどんな関係があると?」
「その話を今夜するつもりやった。話はあとだ。まずはみつるを探しに行こう」
「ぼくは、まず雨森芳洲先生のお墓に行ってみたらいいと思うとよね」
たけるがそう言うと、崎村老人は大きくうなずくと「そうしよう」とつぶやいた。
崎村老人と六人の子ども達は、昼間に行った雨森芳洲の墓へ急いだ。みんな気が焦っているのか、自然と早足になった。
「みつる君、いるとよかねー」
真理子が心配そうにいった。
「きっといるよ、真理子ちゃん」
宗太が真理子の頭をなでながら笑った。
真理子は泣きそうな顔で小さくうなずいた。
昼間は、急な山道に不満を言いながら登ったが、今はみんな文句 ひとつも言わず、「頑張れ」「頑張れ」と励ましながら昼間の倍のスピードで先を急いだ。
すぐに雨森芳洲の墓所に着いた。
「みつるくーん」
雄太が叫んだ。
「みつるくん」
「みつるくーん」
みんなもそれぞれに墓所の周辺の木々のなかを探しながら、みつるの名を呼んだ。
「ここにはおらんようだ」
「あー」
真理子が何かを思い出したように言った。
「そういえば、宗家のお墓に行った時、みつる君、なにかしてた」
崎村老人は真理子の言葉にはっとした。
「わたしが義智さまのお墓で、ロザリオを出して祈ってた時、みつる君がとなりのお墓のところにいたの。
あの時、私はママから言われていたとおり、義智さまにロザリオをみせて、有難うございますとお礼を言ってて。
自分のことで一生懸命だったから、みつる君がしてることに気づかなかったの。ごめんね」
真理子は下を向いて小さくすすり泣いた。
「真理子ちゃん、泣かんでいいぞ。じいちゃんも真理子ちゃんがお墓の前で祈っているのと、みつるが義実公の墓の前で手を合わせているのを見とった。
わしもみつるがそこまで苦しんでるとは思わなかった。みつるも同じでお母さんからそうするよう言われて、手を合わせておったんだと思った。わしが悪い。
もしかしたら、万松院の墓所かもしれんな。急いで行ってみよう」
全員がすぐさま、雨森芳洲の墓がある山をおり、万松院へと向かった。
最初は急ぎ足だった歩き方も、だんだんと小走りになった。雄太と宗太はみんなより先を走っている。
「みつるー。どこだー」
雄太は一人、涙ぐんでいたみつるの姿を思い出すと胸が詰まって、自分も涙が出そうになっていた。
万松院に着くと、受付の扉が閉まっていた。
「じいちゃん。もうしまっとる」
雄太が泣き出しそうな顔で言った。
「うん。住職にあけてもらおう」
崎村老人は、万松院の住職に事情を話し、中に入れてもらった。
「子どもが一人で墓所に来てるかもしれんというのか。ちっとも気づかんじゃったがな。
どうら、一緒に上まであがろうか」
今日の朝、登った万松院の階段を、宗太と雄太が先頭になって、かけのぼるように上へとあがっていく。
「みつる君、いるといいね」
宗太が雄太にそっと言った。
「うん。きっとおるよ!」
雄太は宗太の顔をみると、にっと笑って言った。
宗太と雄太が一番先に、宗家代々の藩主の墓がある所に着いた。
そこには、誰の姿もなかった。
「みつるー」
「みつるくーん」
二人は、あたりを見ますとみつるの名をよんだ。
「みつるはおらんか?」
次に到着した崎村老人が息をきらせながら、聞いた。
宗太と雄太は振り返り、首をうなだれた。
「いや、やっぱり、ここにきとる」
崎村老人は宗義智公の墓のとなりをみて、興奮したように言った。
「昼間、墓に何かを埋めとったんだ。たぶん...。掘り返したあとがある」
「じゃ、みつるは近くにいるってこと?」
「うん。間違いない」
「良かった! おれと宗太君は、この周りをもう少し探してくるけん、じいちゃんは、下におりて、周りを探して!」
「そうしよう!」
急に雄太が頼もしく見えた。
崎村老人は、階段を登ってきている住職と他の子ども達に、声をかけ、下におりた。
宗太と雄太は、「みつるー」と叫びながら、墓の回りのやぶや崖を見て回った。中央の階段から右手にある東霊屋から西霊屋まで一つ一つ墓石の裏も丁寧に見て回った。
「ここにはおらんね。俺たちも下に探しにいこう」
宗太と顔を見合わせてうなずきあった。 宗太と雄太が百雁木と呼ばれる階段を下り、小さな川にかかった橋を渡った時、崎村老人と住職は本堂の前に立って話をしていた。
みんな心配そうな顔をしている。
「じいちゃん、みつるは墓のまわりにはおらんやった」
雄太が首をふりながら言うと
「そうか......。ご苦労だったな。ありがとう」
今までに見たことのない気の弱い崎村老人の顔だった。
「崎村さん。今、近所の人にも応援を頼んだから。もし、見つからんようなら、警察にも届けた方がいいとやないね」
「すみません。皆さんにまで迷惑をかけてしもうて。警察には今から届けてきます」
崎村老人は申し訳なさそうに小さくなってあやまった。
「おじいちゃん、港に行ってみよう」
急に真理子が顔をあげて言った。
「みなと?」
「うん! 私なら悲しいことがあったら、長崎に帰りたくなる。帰りたくなったら船着場に行くかなーって思ったけん、みつる君もそうじゃないかなって思ったと」
「港か! 行ってみよう」
「歩いて行ったら時間がかかる。隣の宮原さんが八人乗りの車を持っとらすけん、頼んでみよう」
すぐに住職が隣の宮原さんに頼んでくれた。
八人は宮原さんの車に乗り、厳原港へ向かった。
すぐに港に着いた。皆んなは待ち構えていたようにすぐにドアをあけ、外へ飛び出した。
ターミナルの中には誰もいない。裏へ回り、船が着く岸のほうへ
と行ってみた。
「誰もおらんね......」
真理子が悲しそうにそう言った時だった。
「あ、あそこにだれかいます!」
そう言って、指をさしたイ・ミンジュンの視線の先にみんなの目が向いた。




