第24話 東西
「行ってきまーす」
私は居間の両親と妹に聞こえるように言って、玄関を出た。
まだ早めの時間帯だというのに、既にセミは元気いっぱいに鳴いていて、暑さのアクセントを陽射しに付け足している。
七分丈のボトムに、風通しの良いトップスにしたけれど、あっという間に額に汗が滲む。
私はちらっと穂積の家を見て、すぐ向き直って駅の方に歩き始めた。
駅で合流する、ということにしていたからだった。
家を出てすぐ合流して、それを家族に見られるのはなんだか気恥ずかしかった。
そういう風になったらいいな、と思うけれど、今はまだ幼馴染みで、友達だ。
昨夜、合流する時間と場所を伝えると、穂積はOKとだけ返信して寄越してきた。
家から一緒に行けばいいじゃん、と言われなくて良かったような、少し残念だったような、複雑な感じがした。
駅に入って、日陰のありがたさを実感する。
きょろきょろ見渡してみても、穂積の姿はなかった。
ふーっ、っと長く息を吐く。
二人で一緒にいるところを知っている人に見られたら、なんと思われるだろう。
幼馴染みだから普通、で終わるだろうか。
でも、知らない人が見たら、恋人同士に見えるかも。
緩みそうになる口をこらえて、私は小さめのショルダーバッグからスマホを取り出し、画面を点けた。
「小麦」
不意に後ろから声がして、慌てて向き直る。
「穂積。もう来てたの」
襟付の青いシャツに黒いタイトなボトムを着た穂積の姿は、見慣れた制服ともジャージとも違って、私の目を奪った。
「後から来て、お待たせ、って言った方が良かったか」
穂積の言葉で照れる本音を、私はぎゅっと押さえ込む。
「もしそう言われたら、ううん今来たとこ、って言ってあげたのに」
私の言葉に、穂積が笑う。
「さっき着いて、トイレに行ってたよ」
そっか、と言ってから、私は美術館までの道について説明した。
どこどこ高校の近くだろ、と言われ、私は詳しいね、と感心して答える。
「練習試合であちこち行くからな」
そう言って柔らかく微笑む穂積から、私はつい目を伏せてしまった。
こんな顔してたかな。
ほどなく到着した電車に乗って、私達は腰を下ろした。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
私は、昨日から準備していたセリフのひとつを口にした。
「いや、俺も行ってみたかったから」
穂積が前を見ながら言う。
「迷惑かな、とも思ったんだけどさ。ほら、一応、女子と二人で出かけるわけだし」
私も前を向きながら言う。
顔を見なくて済む座席が、今はありがたい。
「昔は、よくふたりで遊んでたけどな」
そうだっけ、と言いながら、思わず穂積の方を向いてしまった。
穂積が横目で私を見る、というよりも、見下ろす。
「俺が引っ越してきたばかりのとき、いっつも近所の公園に連れ出してたろ」
あ~、と言いながら私はまた前を向く。
白い床に、その頃の光景が映像のように浮かんでくる感じがした。
そこに浮かんできた穂積に、記憶が蘇ってきた。
「そういえば、昔は分厚いメガネかけてたっけ」
すっかり忘れていた。
穂積は先天的に視力が弱く、小さい頃はコンタクトをつけられないということで、レンズもフレームも厚い専用のメガネをかけていた。
「で、それが原因でいじめられて、引っ越してきたんだっけ……」
それも、すっかり忘れていた。
言ってしまってから、私の表情がひきつる。
はは、と穂積が小さく笑った。
「今となっては、いい思い出だけどな」
ほっとして私は穂積を見る。
穂積も私を見ていたせいで、目が合う。
ごく、と唾を飲み込む音が自分の耳の奥で鳴って、どうか気付かれていませんようにと小さく祈った。
穂積がまた視線を前に戻して、言葉を紡ぐ。
「感謝してる」
私はそのまま穂積を横目で見て、口を次ぐ。
「何に?」
少し間が空いて、電車の音が二人の間を走る。
「そのメガネ見て、映画のヒーローみたいでカッコイイ、って言ったの、覚えてないか」
穂積の口から届いた言葉に、私は首を傾げた。
「言ったような、言っていないような……」
あはは、と笑う私に、穂積は「あれで随分救われたのに、こういうのって、言った方は覚えてないもんなんだな」と苦笑しながら言った。
お目当ての駅に着いて電車を降り、私達は美術館に向かった。
真っ直ぐの木の板を無造作にたくさん取り付けたような外観の美術館は、距離が離れたところからでもすぐにそれだと分かった。
受付で二人分のチケットを提示して、私達は観覧用のパンフレットや何やらを受け取って中に入る。
中標津先生が薦めるのもよく分かるような、バラエティに富んだ展示内容だった。
私も穂積も立体造形に足を止める時間が長かったけれど、トリックアートの特別展示の方が私達を長く引き留めた。
目の錯覚で私の方が穂積よりも大きく見える仕掛けは、私がおおいに気に入ってしまい、係の方にスマホで写真を撮ってもらった。
穂積はと言えば、天井にリアルに再現された空を見るのに集中しすぎて、床に大きく穴が空いているように見えるトリックに気付かず、私が指摘すると大きく後ろに飛び上がってしまった。
声を出して笑いそうになる私を、恨めしそうに見る穂積に、なんだか昔一緒に遊んでいた頃のようなあどけなさが見えた気がした。
開館時間に合わせて来たはずなのに、時計を見ると昼を過ぎてしまっていた。
「カフェがあるんだって」
パンフレットを見ながら言う私に、穂積は行ってみるかと誘った。
時間的に仕方なかったが、カフェは結構な人数で、すぐには座れなさそうだった。
私はウェイティングボードに「東西」と書いて、待合のベンチに座った。
「なんだよ、東西って」
鼻で笑う穂積に、私も笑って返す。
「東と西のふたりなんだから、間違ってはいないでしょ」
言いながら視線を前に移す。
遠くに、どこかで見たような顔の人物が目に入った。
縁の丸い大きなめがねに、くせっ毛のロングヘア。
ルカデンのホープ、乃愛だった。
作者の成井です。
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では、また。




