第25話 はじめて聞いた
乃愛はカフェに併設されている売店の、少し奥まった所にあるベンチにちょこんと座っていた。
そう言えば、もっとアートの勉強をしたいというようなことを言っていたっけ、と思い出す。
声をかけたほうが、いいだろうか。
でも、せっかく穂積とふたりなんだよな、とも思う。
距離があってはっきりとは見えないが、乃愛はぼーっと座っているだけに見える。
もしかしたら、向こうは向こうで誰かとデートしているのかもしれないし、邪魔するのも悪いよね。
そう考え、私は自分の頭の中に生まれたデートという単語に今更動揺し、下を向いた。
頬から上が熱くなっていくのが分かる。
穂積は静かに座っていて、私も静かにしていた。
静かにしていると、他のお客さんが来て、私は思わずベンチにスペースをつくるために穂積の方に寄って詰めた。
ぶつからないように気をつけたつもりだったが、勢いで腕と腕が当たってしまい、また、顔が熱くなった。
触れるか触れないかの距離を保っている内に、東西さんが呼ばれて、一拍置いて私達は席に案内された。
メニューを見ながら、値段を見て、お財布の中身を思い浮かべながら、食べるものを考える。
どれも結構な価格で、私はミックスフライのライスセットに後ろ髪を引かれながら、パスタの中からボロネーゼを注文した。
穂積は、ホワイトソースのオムライスを頼んだ。
「あらためて、ありがとね。付いてきてくれて」
コップの中の氷を回しながら、私は言った。
「さすがに一人じゃ来づらくてさ」
言いながら、さっき見かけた乃愛の姿が浮かんだが、穂積が口を開いた。
「白神は?」
誘った時点で予想していた問いだったので、私は得意になって「今度、彼氏と来るって言ってた」と答える。
答えてから、コップから目を離して穂積を見る。
穂積がこっちをまっすぐ見ていたので、私は急にどぎまぎしてしまう。
「でも、バスケやってる男子高校生が美術に興味があるっていうのは、珍しいよね」
慌てて言葉を紡ぐ私に、穂積が小さく頷きながら「そうかもな」と言った。
「俺も、正確には、美術に興味があるっていうのとは、違うしな」
穂積の言葉に、へぇ、と言いながら、次の言葉を待った。
淡い期待が起き上がって、慌てて蓋をした。
「ものをつくるって、すごいよな」
話の行き先が分からなくなって、私は首を傾げて応えた。
「車椅子バスケって、見たことあるか?」
私は頷く。
通常の車椅子とは形が違って、車輪が斜めについていたような記憶があった。
「あの車椅子とか、陸上用のスポーツ義足とか、ああいうものをつくって、困ってる人に選択肢をつくってあげられたら、すごいと思ってる」
そう言いながら、穂積の視線が中空に浮いた。
見たことのない表情で、聞いたことのない話だった。
「じゃあ、ものづくりの参考として、美術作品を見てるってこと?」
私の質問に、穂積は笑った。
「参考になってるかどうか、分からないし、元から発想力があったら、別なんだろうけどな」
「お待たせしました」
穂積の言葉が終わるのとほぼ同時に、私達の注文がテーブルに届けられた。
私はほのかに香るにんにくに気付いて、しまったなぁ、とささやかな後悔をしながらフォークを繰る。
それでも食欲が刺激されて、一口、口に運ぶ。
奥に甘さのある、深い味が広がる。
まろやかで、輪郭が丸い味の濃さだった。
二口、三口と食べ進めている。
「さっきの話だけど、穂積が、その、ものづくりに興味があるってこと、はじめて聞いた気がする」
いつのまにか、既にオムライスを半分近く食べていた穂積が、口をもぐもぐさせながら、小さく何度か頷いた。
そして、飲み込んでから「そうだろうな」と言う。
「受験の面接のときしか、人に言ってないから」
次いで出てきた穂積の言葉に、私はまた驚いた。
「じゃあ、グドコーに進学したのって、バスケのためじゃないの?」
すぐオムライスを口に入れていた穂積が、また飲み込むまで、私は待つ。
「違う」
へぇ……と小さく紡いだ私をよそに、穂積はまたオムライスを食べ始めた。
てっきり、プロの選手か何かになるつもりなのだと思ってた。
たぶん、彼を知るグドコー生の誰もが、そう思い込んでいるだろう。
「どうして?」
少し間を置いて問いを紡ぐ私を、穂積が見る。
「中学のとき、何かのイベントで車椅子バスケの人たちと交流して、衝撃受けて、だな。
それから、義肢装具士になりたいって思い始めて、今でもそう思ってる。」
そう言って、穂積は紙ナプキンで口を拭った。
はっ、として私は自分のパスタを食べ始める。
「ご、ごめん、食べるの遅くって」
私が言うと、穂積は笑った。
「話ばっかりしてたもんな」
そして私は穂積の視線を感じながら、食べやすい熱さになった一皿を平らげた。
少なかったと言う穂積と、ちょっと多かったと言う私は、それぞれ会計を済ませてカフェを出る。
何気なく売店のベンチを見ると、そこにはやはり、乃愛が座っていた。
誰かを待っているのとは、少し様子が違う感じがした。
結構時間は経っているのに、どうしたんだろうか。
「ちょっと、寄り道していい?」
私の言葉を穂積は了承してくれたので、私はスマホを取り出して、乃愛の番号をコールした。
作者の成井です。
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では、また。




