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第23話 一枚余ってるんだけど

 自室の机に置いた2枚のチケットを眺める。


 机と言っても、姉妹の二段ベッドがあるだけで手狭になっている部屋に置ける程度のものなので、テレビコマーシャルに流れるような立派な学習机とは違う。


 同じく、それほど立派ではない簡易な椅子に座りながら、私は考える。


 穂積を誘ったら、どうなるんだろう。


 春展も見に来てくれてたみたいだし、美術館なら付き合ってくれるかも知れない。


 でも、その付き合うは、恋人になるという意味の付き合う、とは違う。


 友達としての付き合い。


 幼馴染みのよしみってやつ。


 それとも、穂積も、実は私のことを想っていてくれて、別の意味の付き合うっていうことに発展しちゃったりするんだろうか。


 それはそれで望むところだったりして。


 私はそこまで考えて、ふーっ、と大きく息を吐いて、両手を頭の後ろで組む。


 好きだ、って気持ちに気付くと、こんなに大変になるもんなのか。


 階段を上ってくる音が聞こえて、私は慌ててチケットを重ねて、教科書の下に滑り込ませた。


「……どしたの?」


 怪訝そうな顔をしながら、日和が入ってきた。


「別に、何も、どうもしないけど」


 私が言うと、日和はふーんと言いながらベッドの縁に腰をかけた。


 手を組んだまま黙っていると、背中に妹の視線を感じる。


「何?」


 振り返ると、やはり日和は私をじっと見ていた。


 んー、と言いよどみ、日和は腕を組む。


 とりあえず妹の言葉を待って、私はそのままの姿勢でいる。


「お姉ちゃんさ」


 口を開いた日和に、私は短く、うん、とだけ答える。


「穂積さんのこと、どう思ってるの?」


 あまり見せたことのない真剣な視線を、私はぎくりとした。


 日和は言葉を次ぐ。


「この前、自転車で飛び出して行ったのって、穂積さんの所でしょ」


 黙って小さく頷く私を、日和はじっと見つめる。


「そんなに想ってるのに、なんで付き合わないの?

 今どき、中学生でも付き合った、別れたしてるのに、」


 言葉を失ってしまう。


 妹の目は、姉を責めるように射貫いてくる。


「急に、なんでそんなこと聞くの?」


 私はどうにか言葉を紡ぎ、日和の口を見つめる。


「別に……」


 日和はそう言って、ベッドに体を倒した。


「ただ、やっぱり、本当に好きな人と付き合えるのが一番なのに、もったいないなーって思ってるだけ」


 少し沈黙が流れてから、私ははっとして言葉を紡ぐ。


「別れたの?」


 そういえば、少し前に彼氏が出来たとはしゃいでいたっけ。


 ただ、中学生になったばかりだというのにそんな経験をしている妹の状況がうまく飲み込めなくて、忘れてしまっていた。


「私に恋は早すぎたんだよ」


 何それ、と私が言うと、日和は体を起こして口を開く。


「だって、そう言われたんだもん」


「どういう流れでそんなセリフが出てくるわけ?」


 眉をひそめて聞く私に、日和が恨めしそうな目で反撃してくる。


「俺のこと好きじゃないの、って聞かれた。

 それで、試しに付き合うっていう話だったから、好きってほどじゃない、って言った。

 そしたら、別れようって。意味わかんない」


 お試し期間が何ヶ月なのか、ちゃんと決めとけばよかったなぁ、とため息をつく日和から目を離して、私は教科書の山を見た。


 正しくは、チケットを隠している教科書の山を。


「私がお姉ちゃんだったら、それこそ穂積さんと試しに付き合うよ。

 だって、絶対両思いじゃん」


 口を尖らせているであろう日和の言葉が、私に刺さる。


 私と穂積が両思いだなんて、そんな保証はない。


 でも、確かに、試しに付き合うっていうのは、言い方としてはアリかもしれないと思った。


 私は机に置いてあったスマホのロックを外し、穂積のページを開く。


 どう切り出したらいいだろう。


「美術館のチケットが余ってるんだけど、試しに付き合ってくれない?」


 打ち込んでみて、文を読み直す。


 そして、消す。


 意味がごちゃごちゃだ。


 付き合う、の意味があっちこっちしてしまっている。


「両思いじゃなかったら、どうする?」


 ぼそっと私が呟く。


「なんとかなるんじゃない、お姉ちゃんなら」


 妹の言葉に、私はクスッと笑ってしまった。


 そう言えば、そんな言葉を、今まで自分に投げかけてきてたっけ。


 私にも、まだ恋は早すぎるかも知れないけれど、踏み込んでみなくちゃ分からないこともあるよね。


「次の週末、ヒマ?」


 私は素早く文を作って、読み返しもせずに送信をタップした。


 私のメッセージが表示された画面を開いたまま、スマホを机の上に戻す。


 胸の鼓動が痛い。


「土曜? 日曜?」


 穂積のメッセージが表示される。


 病院のときもそうだったけど、こいつ、返信早いな、と思う。


 あわててスマホをまた手に取り、どっちが正解なんだろう、と一瞬迷ったが、自分には特段の用事は無いことを思い出す。


「どっちでも」


 文をつくって送信すると、ほぼ同時に次の文が表示される。


「日曜はオフ」


 どうやら、向こうも前のメッセージからすぐに次の文を作っていたらしかった。


 にやけそうになる唇を噛んで、私は次のメッセージを考える。


「一緒に美術館行かない?」


 最期の疑問符を打ち込むと、にわかに手が震えた。


 このメッセージを、送信して大丈夫だろうか。


 別に、友達同士でもあり得る内容だとは思う。


 穂積は美術部の展覧会にも行くくらいだし、興味はあるだろう。


 いや、でも、ちょっと唐突すぎるのかな。


「チケットが一枚余ってるんだけど、美術館行ってみない?」


 カーソルを最初に戻して、言葉を付け足して、後ろもちょっと修正してみる。


 うん、これなら大丈夫、のような気がする。


 送信する。


 心臓の動きが強い。


 自分が、呼吸をしているということを意識してしまう。


 固い唾を飲み込む。


「OK」


 不意に表示されたメッセージを見て、天井を見て、もう一度画面を見る。


「何してんの?」


 背中越しの日和の言葉に、私の鼓動がまた高鳴る。


「深呼吸」


 自分でも意味の分からない答えだな、と思いながら、私は言葉を紡いだ。

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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