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道すがら、門構えのしっかりした民家が焼かれていた。火のある所に掠奪あり。きっと金は奪われ、女は犯され、男も殺されている。
立ちどまり気配を窺うと、息遣いは消えていた。どうすることもできずに四郎と永倉は素通りした。これが天皇の意を得た皇軍の仕打ち。そう胸に刻みながら坂下へ急いだ。
雨がやみ、深い霧が立ち込めている。七日町口へ近づくと、火薬と血の入り混じる不快な臭いが鼻を衝く。通りにぴくりともしない無数の兵士が転がっていた。まさに死者の国さながら血と死体の海だ。
夏に会津へ来たとき、ここらは緑溢れる一帯であった。なのに、今や悍ましいとしか形容できない光景に変わっている。近くに長州兵の宿陣があるので会津兵が夜襲をかけたに違いない。埋葬されない会津兵の死体を避け、ときに跨ぎながら坂下へ向かった。
未だ輩からの危急を知らせる伝言はない。惨たらしい光景を目の当たりにして不安は募るが、ないのは無事の証。
「四郎殿」
不意に永倉が声をかけてきた。「妖の力で、会津を救えぬものですかな」
四郎は答えようがなかった。竜の化身であれば別だが、四郎とイズミは小動物であるイイヅナの妖。金縛りや鎌鼬を使えても火を噴くことなどできないうえ、銃や大砲よりも能力は劣る。
「済まぬ永倉殿。某が妖だとしても銃や大砲の前には無力。力が及ばぬのだ。それにどうやら、某の能力は輩の力を借りた癒しが主らしい」
「滅相もない」
永倉が、がっかりしたような、安心したような複雑な表情を浮かべた。
実際そうなのだから仕方がない。四郎は妖にならずに、巫女であった母との約束を果たすべく人間として生きている。小一郎と縁を持ち、竹と優に出会った。伝八に巡り合い永倉と共に戦ってきた。それを誇りとするのみだ。
夜が白々明けてきた。潜んでいた影が露わになる時刻でもあり、光と闇、生と死の狭間でもある。そして敵味方の区別なく行動に移す時刻だ。
――お竹殿と、お優殿が、城へ向かって坂下を出ました。小一郎殿も一緒です。
輩からの報せだ。しかし、なぜ小一郎が竹と優と一緒にいる。
「イズミ殿、何が起きるのだ」
「最後の戦いが始まります」
「待ってくれ。まだまだ会津の兵力は健在だし、どういう意味であられるか」
永倉も直感で何か知覚したのだろう。イズミに食い下がる。
「あの妖と接触したことで絵が変わりました。お竹殿もお優殿も、小一郎殿も、そして永倉殿も、その橋の袂で妖に殺されてしまいます」
あまりに衝撃な話だった。さすがの永倉も唾を飲み込むだけで言葉を返せない。
「逃れる手立てはありませぬか」
四郎は途方に暮れる。このままでは誇りとしてきた仲間を失ってしまう。それは四郎の生き方を否定することでもある。
「ないことはありません」
「聞かせてほしい」
仲間を助けるためなら母との約束を破り、末弟と同じ姿の妖になってもいいとさえ思った。それで奇異な目を向けられようともかまわない。
「以前も言ったと思うのですが、消滅させてしまえばよいのです」
「消滅、末弟をか」
「四郎殿。妖といっても、しょせん有である風土から生じた存在ですよ。それ以前は土であったかもしれないし、水であったかもしれないのです。まして我らの半分はイイヅナ。魂ごといっさいを粉砕させれば甦ることもできません」
「それは、如何なる方法で」
「十丁のスペンサー銃でまさに蜂の巣、鎌鼬で再生できぬほど斬り刻めば魂ごと全組織が消滅します。魂とは、色も重さも感情すらある生命の根源なのです」
得心したが十丁のスペンサー銃を一斉に放つのは無理だ。二人しかいない。仮に会津兵に加勢してもらったとしても、一人に向けて全弾撃ちつくす愚か者はいない。
「あなたは時をとめたのを覚えていますか。迅衝隊士の手首を、私が斬り落としたときのことです」
そういえばあのとき、小一郎も竹も土佐兵士も、板垣を除いてみな動きがとまった。それもイズミがした業だと思っていたが、違うのか。
「あなたは私と違って攻撃的な旋風も鎌鼬も使えません。せいぜい咆哮による幻術だけです。水鴎流と同じで本質は和の妖ですから。その代わり輩と共に傷を癒し、時をとめられます」
「では時をとめたのは某と輩であったのか」
「いえ、時をとめたのはあなたです。ですが輩がいれば時を遡ることもできるのです」
「遡る? 遡ると、どうなる」
頭の中に望みに満ちた絵が浮かぶ。けれど錯覚だったら空しくなる。確かめたくて訊いた。
「もしかしたら我らは、死んでも生き返るかもしれぬ」
永倉が、四郎の望みを具現するかに呟いた。
「仰る通りです。ですがそのためには、あなたと私の犠牲も必要かと」
イズミが悲愴に唇を結んだ。「なぜなら、あの者はすべての面で我らを凌駕しています。そのうえ心を歪ませているのです」
イズミが死を決意した? だめだ、イズミの死だけは絶対に避けなくてはいけない。
いよいよ次回が最終話です。
ここまでありがとうございます。そしてあと一話、お付き合い願えれば幸せです。




