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 朝霧の中、薄っすら橋が見えた。四郎と永倉は周囲に目を配りながら慎重に橋を渡った。

 渡りきってしばらくしたとき、橋の向こう側から足音が迫ってくるのを知覚した。敵軍だ。殺伐としながら、なおかつ気勢があった。

 少し遅れて反対側から会津兵がやってきた。衝鋒隊という三十人余りの一隊だった。四郎は道の真ん中で二王立ちし、行く手を遮った。

「この先に敵が待ち構えている。銃に気をつけられよ」

 伝えると、隊長の指示の下さっと隊が両方向に分かれた。取り残された列の端に、竹と優、小一郎の顔があった。しかし手を握る間も抱擁する間もない。

「すぐに木陰へ隠れよ!」

 と叫び、永倉と共に林へ身を寄せた。背後に温かい気配が覆いかぶさってきた。輩だ。四郎は橋を凝視しながら尋ねた。

「小一郎は、なぜ、ここに来たのか」

 ――あなたや永倉殿に感化されたのかもしれませんね。城内にいる少年らは大丈夫。それよりも、弱いお優が心配だと加わりましたから。

「あいつめ」

 永倉が苦笑いを見せる。それは成長を喜ぶ所作でもあったが杞憂でもある。

 その永倉と同時に後方へ目を向けると、小一郎は優を木に押しやり庇うように立ちはだかっていた。

  

 そんな空気の中、突然銃声がした。道脇で様子を窺っていた会津兵が一人地に伏した。続いて何発もの銃声が響く。苦悶の声を上げて次々と兵士が倒れていく。横で永倉が歯噛みをし、飛びだす機会を窺っている。

 突然、後方で黄色い悲鳴が上がった。銃撃で婦女子の一人が傷を負ったに違いない。

「永倉殿。某は後方に行って娘の傷の手当てをするが、決して無茶をせぬように」

 ――私がついていますので、心配せずに手当てを。

 イズミが、四郎の襟から永倉の肩へ飛び移った。

 四郎は木々の間を腰をかがめて後方へ移動した。そのとき、邪な男の近づく気配が橋の向こうからした。

 しまった! 同志が勢揃いしている。

 不安をよそに再び銃声が鳴り響く。仲間を殺され息まく会津兵士が一人二人と倒れていく。惨状に隊長がどこまで我慢できるか不安だが、このまま指を咥え続けないだろう。しかし堪忍袋の緒が切れた時点で隊は全滅する。

  

 竹がいた。四郎は訊いた。

「怪我人はどこにいる」

「その木陰に」

 木の陰を見た。胸を撃たれたのか、娘の白い衣服が血で真っ赤に染まっていた。

「今より治療を致すが、某がいいというまで戦ってはいけない」

 言い置き、娘の元へ行った。虫の息だった。年頃の娘だったが、かまわず衣服を剥いだ。右胸の乳房の上から血が溢れでていた。そこへ掌を押し当て波動を送り、血止めをした。輩が胸の中へ手を入れ弾の在りかを探りだす。

「何をするか山伏!」

 女人が四郎を諫めた。どこか見た覚えのある女だった。おそらく神保修理の妻である雪であろう。薙刀を振りかざして威嚇してきた。気持ちはわかるが煩わしさもある。四郎は頷く輩と共に、時をとめた。

 とめつつ輩が、すばやく弾を取りだした。破損した血管、細胞を修復させて傷口を塞いだ。出血したぶん体力は消耗しているが常の動きぐらいならできる。

 四郎は娘の衣服を整え、時を戻した。雪が薙刀を突きつける頃には竹の横にいた。

「まずは治療をしたが、眩暈を起こすやもしれぬ。無理をさせないように」

 唖然とする竹と雪を残して永倉の元へ戻った。変わらず銃撃は続くが、会津兵も婦女子らも身を伏せているせいか撃たれなくなった。

 業を煮やした長州兵が橋へ躍り出た。会津兵も我慢一転、飛び出した。俄かに斬り合いが始まった。竹と優も薙刀を翳して迎え打つ。

 四郎と永倉は押し寄せる敵を錫杖で突き叩いた。兵士が川へ落ちる。その素早い杖さばきに怯む他の兵士を四郎は足で蹴り上げる。永倉も片手で護摩剣を抜いて喉笛に突き刺した。

 しかし長州軍の勢いはとまらない。次から次へと押し寄せ、隙を見てはスペンサー銃を撃ち攻め上がってくる。味方が後退しだした。

 そのとき胸に――もの哀しい空洞が生じた。単独で婦女子の手当てをしていた輩の気配が、突如消えたのだ。

 まさかと思い振り返ると、姿を黒い靄に変えた末弟に輩が斬り刻まれていた。

  

 よくも、赦さん! 四郎は駆け寄った。

 末弟を見た。周囲を妖術で隔絶し、黒い靄姿のままゆらゆら宙に浮かばせイズミと向き合っていた。代わりに戦うつもりで擦り寄るが、術で障壁をつくったのか近寄れなかった。

「よせ!」

 声を軋らせると、後方から激しく叱咤する声が聞こえた。

  

「姉上、死んではなりませぬ。しっかりして!」

 優の悲痛な叫びだった。ならばそちらでは竹が撃たれたのか。声の方向へ目を向けた。修験服が血に染まっていた。

「あぁ」

 言葉にならない声が漏れる。

 治さねば。けれど輩はもういない。時を戻して輩を救おうとも一人ではそれも儘ならない。

 どうすればいいのだ。

 躊躇しているとまた銃声が聞こえ、優の横にいた小一郎が撃たれた。無防備で泣く優を守ろうと立ちはだかっていた。

 倒れつつ、小一郎が四郎に目を当てる。師範、私は全うしましたよと、言いたげに見つめ地に突っ伏した。だが、その命を懸けて守ったはずの優も、ぐふっと小さな声を漏らすと胸を押さえて小一郎に折り重なった。駆け寄る永倉も背中を撃たれて崩れ落ちた。

「うおぉぉ――」

 四郎の哀しみがほとばしる。地を伝い、空を震わせた。天と地が共鳴して大きく揺らいだ。鳥が飛べずに落下し、地が裂け、そこへ人が飲み込まれていった。

 やがて事象が収まると時が緩やかに戻されていく。

  

「きさま、それは何の業だ」

 障壁の封印を解かれた末弟が喚く。喚きながら彼方に時を巻きもどされ、姿を消していく。路上では、銃で撃たれいた会津兵がむくむく起き上がる。竹も小一郎も、優も永倉も生気を取り戻した。そのすぐ横には銃で撃たれた娘を見つめる輩がいた。

 ――時を戻せた。輩の魂が蘇った。

 四郎は頬に伝う涙を手で拭い、輩の元へ走った。走りながら小一郎に、生きて優を守れと叫び、竹にあらん限りの声を振り絞った。

「伏せよ、身を伏せるのだ!」

 惨状を再現させてはならない。ならば末弟を四郎の手で葬る。輩の前に立ち邪な気配を探った。

 空気が切り裂かれる音がした。四郎は胸の前で両手を翳すと風を押し返す。

「おのれ!」

 末弟がふたたび姿を現し、おどろおどろしい黒い靄になる。

「この期に及んで、そのような虚仮威こけおどしが通用すると思っているのか」

「何だと」

「考えてもみるがいい。うぬの本質は嫉妬だ。そんな浅はかな者に義士が負けると思うか」

「ほざけ。お前と違って、俺は金縛りも鎌鼬も幻術をも遣える。同じようにほざいた巫女も斬り刻んだ。威力は小人の比ではないぞ」

「やってみよ。通用せぬことを見せてやる」

 四郎はイズミの目を見た。目で決意を伝えた。

 末弟が鎌鼬を放つ瞬間に飛びつき、動けぬようにして、イズミに四郎ごと鎌鼬で斬り刻んでもらうつもりでいた。そうすれば四郎は消滅するが末弟も霧消する。

  

 刹那、思いもよらぬ事体が起きた。男勝りの竹が薙刀で末弟に斬りかかった。

 末弟が容赦なく手を一文字に振り抜く。咄嗟に四郎は手を伸ばして防ぐも、放たれた鎌鼬の威力は凄まじい。四郎の腕ごと斬り落として竹の首半分に損傷を与えた。首が裂け、そこから血が噴き出した。竹は目を見開いたまま、その場に崩れた。

「お竹殿を頼む」

 輩に傷の癒しを頼み、四郎は肩腕と足で男の動きをとめようとした。だが輩は、意を無視して末弟に絡み付いた。一心に叫ぶ。

 ――イズミ殿、鎌鼬を放ってください!

 ――承知。

 意を汲んだイズミが、至近距離で腕を何度も交錯させる。一寸刻みで輩と末弟の身体を切断した。

 輩の気配が消失した。末弟も呻きながら消滅した。

 竹に目を向けた。涙を溢れさせた優が懐剣を首に当てていた。気丈な竹が気力を振り絞り、妹に介錯を願ったのだろう。

  

 ふと周りを見ると、長州兵が橋の向こう側へ退いた。折り重なって息絶える双方の兵士の死体、戦いは熾烈を極め、数と火器で勝るかれらにとって完勝とは言い難い情勢だ。その膠着状態を打破するため、スペンサー銃をいっせいに撃つ狙いだろう。

 兵士らは銃を構え、将の下す命令を待っている。

 四郎は優に竹の首を持たせると「すまぬ」と詫びて、立ち上がった。痛手は計り知れないほど大きい。元凶を始末したが大切な輩を二人も失った。それは魂の一部を引きちぎられたと同じ。なのに敵は、さらに奪おうと銃を向けている。

 もはや時をとめる気力も残っていない。だからといってこれ以上この者らを死なせるわけにはいかない。

 だが、抗おうにも万策尽きている。

「そんなに自分を追い込まないでください。師範は私の命を救ってくれたではないですか」

「優も救われました」

「おれも数えきれないほど」

 永倉が、永倉らしくない純粋な目を向けてきた。優も小一郎も無垢な瞳で訴え、覗き込んでいた。ならば答は一つだ。

「では、ここで別れよう。永倉殿、お優と娘らを頼む」

 ――また会いましょう。

 イズミが感情を込めずに別れを告げた。

 永倉は、その言葉に隠された真意を悟ったようだ。

「あんたのことは絶対に忘れねえ」

 と言い残し、優と娘らを促し去っていった。一人、小一郎が残された。

 長州兵が三人に狙いを定めた。逃げる者は追わず、抵抗する者だけを撃つ。どんな形であれ決着をつけるつもりのようだ。

「そなたは行かぬのか」

「師範、始まりは我ら三人からでしたぞ。では終わりも三人で」

 終わりがどのようなことか知りつつ、小一郎は純真な目を向けてきた。このような目で、二本松と会津の少年らが死んでいったのなら――無性に切ない。

 四郎は何も言わず足を踏みだした。小一郎も背筋を伸ばし、堂々と進む。

「次は、師範の故郷へ」

「そうだな、津軽へ行こう」

 ――お連れしましょう、我らの森へ。

 イズミが四郎の肩に飛び乗った。それを合図に、四郎は高々と錫杖を掲げた。小一郎も刀を抜いた。長州兵がいっせいに銃を撃った。

 そのとき、それまで分厚く覆っていた灰色の空がわずかにきれ、青空が覗いた。砂金のようにきらめき、四郎ら三人をやわらかく照らした。

 

 

                    了


ありがとうございました。

最後まで読んで頂き心から感謝します。


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