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 夜が明けかかっていた。空砲は消え、代わりに山の中腹から草を掻き分ける音がした。重い足どりだ。何かを担ぎながら慎重に山を下っている。そんな感じが足音から聞きとれた。

「起きよ。人がくる」

 殺気はないが、念のため二人を起こした。

 注視していると、喉を手拭いで巻かれた少年が婦人の肩を借りて下りてきた。羽織袴の権兵衛とは違い、上衣だけ軍服を着込んだ鉢巻き姿。推察するに自刃したとされる白虎隊士であろう。

「全滅したとばかり思っていたが、生きていたのか……」

 永倉が駆け寄った。婦人がはっとする。

「怪しい者ではございません。薪拾いをする百姓より、少年らが死んでいると聞き、それで」

 婦人の話はしどろもどろだった。そもそも武家の婦人が、なぜこのような場所にいるのかも疑問だ。

「どこへ運ばれる」

 詮索よりも、まずは傷の手当て。四郎は訊いた。

「近くに百姓家があります」

「じゃ、おれが運ぼう」

 永倉が何のてらいもなく少年を担いだ。たちまち修験服が血に染まる。

 民兵がはっとし、永倉の行為に眼差しを変える。四郎が思うには、萱野権兵衛が民兵に下した爆破命令は単なる名目。ほとんど成果を期待していない。

 そして民兵も指示通り爆破できるとは思っていないはずだ。そのため道連れに徹して、進んで意見を述べようとはしなかった。

 民兵が四郎に向き直った。

「火縄をつくれば火薬に引火するまで時を稼げ、そのうえで大爆発を起こせます。ですが敵のいないことが前提です」

 確かにその通りだ。けれど敵は必ずいる。

 官軍は郭門を突破して城に迫ったものの、会津兵の抵抗で退却した。大砲も城からの砲撃で数門破壊されたという。そこで目をつけたのが会津の大砲がとどかない小田山だ。しかも都合のいいことに煙硝蔵まである。

 おそらく見分に抜かりのない板垣は、偵察によって煙硝蔵の存在を知り、ここを砲撃の拠点に定めたのだろう。もしくは百姓や商人、僧侶などから情報を仕入れたのかもしれない。

「敵はいる。土佐兵がいるはずだ」

「いたら、すぐに火縄は消されます」

「では、どうする」

 四郎が訊き返したとき百姓家に着いた。すぐに座敷へ運び、傷口に酒を吹きかけて消毒し、血止めをした。輩がいれば気づかれないよう治すが、後は少年の生命力しだいだ。

  

 一息吐き、出された茶を啜っていると足軽が切りだした。

「今、辰の刻だとして、火縄の準備に未の刻までかかリますが、どうされる」

「火縄は必要だ」

「火薬って、もしかしてあんだらは、小田山のこどを言っでんのけ」

 聞き耳を立てていた百姓が、話に割り込んできた。

「だとしたら――」

 永倉が表情を険しくさせた。

「うんや。地ならしをしていた西軍の侍が、たくさんいたと教えたかっただけで」

「蔵と、地ならしをしていた場所の距離はどれほどか」

「二町近くあったかな。いや、もっと短けえかもしんねえ」

 だったら蔵の近辺を破壊するだけで、地ならしをした場所の破壊は無理だろう。山が険しければよかったが低くなだらかな山だ。四郎は、その妄想を頭から切り離した。

「あのう、もう小田山には入れねえぞ。さっき見てきたが、兵士の数が凄いの何のって」

  

 四郎は日が暮れてから小田山潜入を決行することにした。それまで永倉は血のついた衣服を水で拭き取り、ついでに身体の汚れを落とした。四郎は民兵の火縄作りの手伝いをした。

 民兵は明るい縁側へ移動すると、背負っていた袋を下して中から竹を取りだした。節ごとに切断された一尺ほどの竹だ。竹は油分が多く含まれていて、燃えやすくて消えない特徴があるのだと足軽は言う。

 それを台座の上に寝かし、手入れのされたなたで薄く引いて削った。何本も同じ工程を繰り返し、紙のように薄くなった竹を揃えて揉みほぐした。それを足で挟んで固定し、縄を編むようにして捩った。終わったら次に、雨で濡れないよう竹の節をくり抜き、火縄を通す。そうすることで雨が降っても消えなくなる。

 竹に連結した火縄を袋に詰め終わったとき、灰色の空は西だけが明るく東はどんより暗くなっていた。四郎らは米糠のような雨の中、婦人が作ってくれた握り飯を頬張りながら百姓家を出た。

 小田山が目前になると、鉛色の空へいっせいに鴉が飛び立った。小田山の上空だけが黒く埋めつくされる。これだけの鴉を脅かせるのは、大砲を運ぶ官軍兵士の大群が巣の近くを通過しているに違いない。

「一足、遅かったか」

 永倉が歩を緩ませぼやくが、四郎は無視した。この情勢は想定していたことだ。

 無言で濡れた草を掻き分け、道なき道を進んで一刻。ようやく官軍兵士の集まる反対側の地点に辿り着いた。雨のせいかすでに暗かった。四郎は民兵に問いかける。

「火は起こせるか」

「このぐらいの雨なら何の問題もない」

  

 ぼんやり蔵が見える。十数人の兵士が見張っていた。奥の方でざわざわ声がする。各隊の大砲を設置しているのだろう。会津には一門しかないというのに、いったい何門の大砲を運んできたのか。暗くてよく見えないが、城下に据えた数と同じぐらいあると四郎は踏んだ。

 また見張りが立っているということは、すでに中の火薬を調べたという証。ゆえに鍵は壊されている。民兵に確かめた。

「蔵を開けたら、どのくらいで火縄を設置できる」

「準備してきたので、地面に火縄を置いて火をつけるだけ。小便している間に終わります」

「よし。では永倉殿。一人、七人ずつ速攻で倒しますぞ」

「倒すのは簡単ですが、騒がれませんかな」

 ――心配無用です。ここに私がいるのを、お忘れなく。

 さっそくイズミが動き、金縛りで見張りの兵士らの動きをとめた。このままでも蔵の中へ入れるが、四郎らが去るときに業が解けたら火縄を消されてしまう。無抵抗の者を痛めつけるのは気が引けたが、それぞれの首の後ろに一撃を加え悶絶させた。

 火縄を仕掛け、燐で発火させて蔵を後にした。三町ほど山を下ったとき、突如大爆発が起きた。耳をつんざくような大音響と共に燃え上がり、空が、この世のものとは思えないほど毒々しい血の色になった。それは連続して起き、空を焼けつくした。

 永倉と民兵が満面の笑みを浮かべている。四郎は無言で林を抜け間道を進む。通りに出ると緊迫した官軍兵士で溢れていた。民家の前にも人が出て小田山を見つめている。

 しばらく様子を眺め、竹らのいる坂下へ戻ろうとしたとき、民兵が突然別れを告げてきた。

「俺はこのまま逐電します。百姓姿に身を変えて会津を離れます」

 わからないことではなかった。どんなに手柄を立てても会津にいる限り、民兵はしょせん民兵のままだ。むしろその後が生きづらくなる。

 永倉が手を握り、肩を叩いて民兵をねぎらった。四郎も会釈して踵を返す。しかしほっとしている暇など四郎にはない。安堵できるのは、竹と優と二十名いた婦女子たち、そして城内にいる小一郎の安否を確かめてからだ。


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