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「永倉殿、伝八殿、ここで別れよう。どうも某は人間ではなかったようだ」

 傷ついた新選組隊士を日新館へ向かわせ、旧知の者だけになったところで自らの決意を告げた。

 二人は言葉を返さない。当然だ。妖の仲間など受け入れるべくもない。四郎はイズミと目を合わせ、二人に背を向けた。その背に永倉の言葉が貼りついた。

「どこへ行かれる。お竹殿や、お優。小一郎殿を見すてるおつもりか」

「見すてぬ。心底救いたいと思っている」

「ならば行かないでくれ。あんたは同志だ。頼むから、お供させてほしい」

 振り返ると永倉が目を赤くさせていた。伝八も泣いている。

「拙者は隊士を見守らねばならぬ身、一緒には行けませぬ。けれど、あなたへの思いは生涯変わりませんぞ」

 と、強く手を握ってきた。

「妖でもかまわぬのか」

「このうえなく誇りに思います。四郎殿とイズミ殿には何度も窮地を救ってもらいました。感謝しかありませぬ」

「友よ、おれも救ってもらったぜ。人としての尊厳をな」

 永倉も手を握ってきた。気づくと目から熱いものが溢れ出てきた。襟の中も無性に熱い。

 末弟の変化を見たが、それが自身の真の姿とは感じない。イズミを見ても小人としか思えぬし、自由自在にどこへでも飛んでいけるわけでもないのだ。咆哮した記憶はあるが、金縛りも鎌鼬も使えず先見も研ぎ澄まされていない。

 ならばこれまで通り人間として生き、人間として死ぬ。どのみち心を通わせた仲間は皆人間だ。

  

 その意を二人に伝えたとき、急ぎ戻ってきた隊士から日新館が燃えていると知らされた。甲賀町口と六日町口も破られ、敵が北出丸へ向かっているとも報告を受けた。甲賀町郭門で共に戦った田中土佐は自刃、飯盛山で白虎隊士も自刃したとも聞かされた。

 刻々と会津は破滅に進んでいる。義がどちらの側にあるにせよ、時は動きを緩めない。収まるべき場所に収まり、否応なく明日が築かれる。

 だが敗れざる者に味方した意地もある。四郎と永倉は伝八らと別れ、北出丸の間裏にある天神口へ急いだ。

 日新館が燃えた今、負傷者を運ぶ場所はない。だからといって城下は阿鼻叫喚のさまを見せている。行く手を阻まれ泣き叫ぶ百姓、商人の子らがいる。

 ならば自刃を望む武士の子をあきらめ、助けを求める領民の子を助ける。まだ比較的戦闘の緩い、天神口から幼子を連れて逃げることに決めた。

「馬がほしいですな」

 ――馬なら山川邸にありますよ。小屋に三頭繋がれています。どうせ官軍に掠奪されるはずですし、拝借しても問題はないでしょう。

  

 山川邸から馬を二頭拝借した。救出した商人の子を前と後ろに二人ずつ乗せ、戦火を逃れた山奥の百姓家に預けた。日が暮れかけても、もう一組ずつ親を失った子を連れて行った。

 ――お竹殿とお優殿が、城外で果敢に戦っていますよ。数人だった娘が今や二十名に膨れ上がっています。

「今、どこにおられる」

 ――坂下にいます。

 坂下までは四里。決して近い距離ではなかった。果たして無事でいるのだろうか。妙に息苦しさを覚えながら馬を疾駆させた。

 夕闇の中、槍を手にした歩兵を先頭に銃を担いだ官軍兵士の隊列があった。二つの郭門を打ち破り、勢いを増して城へ迫っていた。気づかれたら争いは必至。四郎と永倉は一気呵成の側面突破を試みた。左手で手綱を掴んで蹴散らし、右手で錫杖を振って薙ぎ倒した。

「何事だ」

「敵か」

 苛立つ声が聞こえたが、応戦させる間も与えず駆け抜けた。

  

 四半刻がすぎ、辺りは漆黒の闇と化した。四里先の背後で城下が燃えているが、見れば焦燥が募る。振り返ることもせずに急いだ。

 坂下に着いた。神社に篝火が焚かれている。敵陣とは思えなかったが念のため馬から降りた。音も立てずに兵士の元へ近づき耳を欹てた。

「あの女子おなごだち、照姫様を捜しにきたらしいけど、それにしても勇敢だべな」

「何でも一緒に戦わせてくれと、権兵衛様に言ったらしいぞ」

「それで相手にされず、法界寺に行ったんだべ」

 竹は生きていた。ならば敗れざる者に味方した弱者の意地を見せるときだ。

「永倉殿、敵軍を、あっと言わせますか」

「どのようにですかな」

「朝方、永倉殿の言われた小田山へ行こうと思う」

「アームストロング砲を爆破させるのか」

「いえ、小田山そのものを爆破する」

「何と!」

 永倉が場もわきまえずに大声を上げた。慌てて口を押さえるが遅かった。

「何奴!」

 兵士二人に両方向から槍を向けられた。が、永倉は動じない。

「我は新選組の二番隊長、永倉新八なり。萱野権兵衛殿にお会いしたく馳せ参じた」

 その凛とした振る舞いに、たちまち兵士は卑屈になった。常は四郎の片腕だが、やはり永倉は一廉の武士だ。豪気なだけでなく他を寄せつけない威厳がある。

  

「何、小田山を爆破させるだと」

 萱野権兵衛が、驚きのあまり目を刳りむいた。四郎は、その権兵衛の姿に会津兵の一面を覗いた思いがした。兵糧も然り、煙硝蔵も然り、攻に関心が強いだけで守に疎いのだ。おそらく小田山に煙硝蔵があること自体失念している。

「城内に四斤山砲が据えられております。その四斤山砲のとどかぬ場所から、城を砲撃できるアームストロング砲を打たれたら、どうなるとお思いか」

 権兵衛は黙っている。唾を飲み込んで浮かぶ絵を想像している。

「手も足も出せずになぶり続けられる……」

「では配下の者で、火薬に詳しい者を連れてきてくださるか。我らは法界寺に顔を出してから、また来ますゆえ」

 陣を出た。すぐに竹らが身を寄せる法界寺へ向かった。

 小田山は重大な拠点。ここで二人の顔を見ておかないと二度と見られなくなる可能性もある。何より竹と優に会い、城内へ戻れと言っておきたかった。

 二十数名の女人が身を寄せ合って横になっていた。四郎と永倉が顔を出すと竹が立ち上がり、イズミの両手首が失くなっているのに憤った。普通の女人であれば涙するのに気丈な女だ。

 ともあれ、これから小田山へ行くと告げて別れた。

 竹を含めてここに集まった女人たちは長州と会津の確執を知っている。だがその中に妖が潜んでいるとまでは知らない。まして竹と優をつけ狙っているなど知る由もない。

 輩に頼み、竹と優の傍にいてもらった。そうすればあの男がやってきても竹の心に話しかけ、危険を伝えることも可能だ。何より四郎に伝播する。

 小雨が霧雨に変わった。いつまでも雨が降り続くことがないよう、今日はいずれ明日に変わる。その明日の朝がどんなふうに変わるか、竹も優も、会津の者なら皆覚悟している。男なら殺され、女なら敵兵の慰めものになる。さらに殺された者は弔われぬ屍となって道端に放りすてられる。

  

 再び陣へ戻ると兵士が一人待っていた。具足はよれよれで、いかにも徴募された民兵という雰囲気を醸し出す男だった。目に覇気もなく、四郎は一目見て危ぶんだ。それでも道具袋を背負っているので、多少とも火薬の心得はあるのかもしれない。

 さっそく行こうと促すと、権兵衛から待ったをかけられた。

「馬を、山川殿の馬を置いていってくださるか」

「何をいうか。あんたは小田山を重視してないな」

 永倉が突っかかったが、四郎は応じた。

 城方向から銃声が響いている。おそらく籠城する会津の戦法は夜襲なのだろう。そのために馬は必要だ。しかも馬は会津のもの。断る所以を四郎は見つけられなかったのだ。

 会津にとって戦いは瞬間そのものであって、明日以降の命運を左右する小田山の攻防ではないに違いない。重視していれば民兵一人ではなく小隊を向かわせるはずだ。それをしないのは重視していない証だ。

 坂下から小田山までは五里、敵陣を避けて迂回すれば六里。徒歩でも寝ずに歩けば夜明け前には着く。

「蔵には、どのていどの火薬が保管されているのか」

 民兵に尋ねた。四郎は煙硝蔵に火薬があると聞いているだけで、実際の量は知らなかった。

「よくわからねえな」

 その横柄な返答に、永倉が不満を見せたので制し「知っているだけでも教えてくれまいか」と丁寧に頼み込んだ。すると民兵は渋々答えた。

「少なくとも五百貫、俺の勘だと六百貫以上保管されている」

「凄い量だな。それだけあれば、確かに小田山が吹っ飛びそうだ」

 永倉が民兵を睨みながら、唸った。

 しかし土中に何ヶ所も仕掛け爆発させれば可能性もあるが、蔵に火をつけただけでは炎が空へ燃え上がるだけだろう。

「無理だ、飛ぶわけがない。それに権兵衛様からは、何とか蔵の火薬を爆破させろとしか聞いてねえ」

 兵糧と同じだ。敵に使われるぐらいなら燃やしてしまえ。十分すぎるほどの時があったはずなのに、その時を有効に使わなかった結果だ。愚かとしか言いようがない。

 変わらず霧雨が降っている。まる一昼夜、寝ずに戦ってきた疲れが飯盛山に踏み入ったところで限界となった。

「木陰で仮眠したいがかまわぬか」

 四郎は民兵に声をかけた。

「そうしよう。ちょうど言いだそうと思っていたところだ」

 雨は必要以上に体力を奪う。永倉の疲労も限界を越していたのかもしれない。恰好の木陰を見つけると倒れるように横になった。民兵も距離を置いて横になった。

 ときおり耳に大砲の音がこだまする。だからといって火の玉が空に飛翔するわけでもない。夜襲をかけてきた会津兵に対する威嚇の空砲だろう。その音を、無理やり子守唄に変えて四郎も眠りについた。


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