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 石垣沿いに格好の松の木があった。郭門まで五町ほど。四郎は足をとめ銃を点検した。スペンサー銃ではなくスナイドル銃だった。単発銃であるため隠れた場所から狙撃するぶんには問題ないが、乱戦になれば不利は否めない。

「永倉殿は、今まで銃を扱ったことはおありか」

「ある。撃ち方ぐらいは知っている」

「なら某が木の上に登るので、永倉殿は木の陰から撃ってほしい」

 足場が悪いとそれだけ命中率が下がる。弾込めにも手間がかかる。ならば木の下からでも敵陣は見渡せるし不都合はない。

 スナイドル銃を背に括り、反動をつけて濡れた幹に飛び乗った。半分ほど登ったところで枝分かれした足場のいい場所を見つけた。銃を背から抜き太い枝に腹這いになった。

 手で顔にかかる雨を拭い、前方を見つめた。郭門の争いは続いていた。敵味方隔てなく、兵士が通りで息絶えていた。濠の中にも身動き一つしない兵士が浮かんでいる。その死者たちを挟んで官軍が銃を撃ちまくっていた。

 会津兵も応戦するが、七連発と単発の差を痛感しているのか空回りをしているのが見てとれた。中には弾込めもしないで物陰に隠れる兵士もいた。

「永倉殿。郭門まで一町で、敵陣まで二町だ。楽にとどきますので撃ちますぞ」

 占いと同じで当たるのも八卦。だが敵は固まり的が大きくなっている。狙いが外れても他の者に当たる確率が高い。ましてこの場所は敵から見て西方向。鉛空とはいえ見えづらいはずだ。

 引き金を弾いた。耳元で凄まじい破裂音が響く。

 永倉も続いて撃った。目を凝らす。一人の兵士が肩を撃ち抜かれ銃を落とした。近くの兵士も膝を押さえてのたうちまわった。

「よーし!」

 永倉の弾けた声が聞こえた。四郎は浮かれることなく次の弾を込めた。

 あらぬ方向からの銃撃に敵陣が混乱を起こしている。それが郭門を守る会津兵に伝播した。俄然、勢いづき銃を撃ち出した。

 遠くの伏兵よりも息を吹き返した目の前の敵。官軍も撃ち返す。たちまち激しい銃撃戦になった。しかし三郎たちから見れば狙撃を無視する敵は隙だらけだ。

 二発、三発、四発、五発と撃ち続けた。狙いの多くは外れたが、誰かしらに当たったのは間違いない。だからといって大勢に変化がないのも事実だ。しだいに会津兵が後退しだした。

「もはやこれまでか」

 四郎は松の木から降りた。

 永倉は無言だ。それがどうしてなのかわからないが、四郎は永倉から死の匂いを感じとっていた。

 おそらく会津のために死ぬ覚悟をより強く深めたのだろう。会津を見すてた土方の非情さを、元新選組隊士として赦せなかったに違いない。

「行きますぞ。まだまだやることは多い」

 四郎は永倉の肩をぽんと叩いた。

 実際には、もう手をし尽くしている。もうやれることがないのが本音だ。この先スペンサー銃を奪いとっても同じだろう。敵は一人二人の屍など気にせずに攻め込んでくる。会津兵は虫けらのごとく踏み潰されて、死に絶える。赤々と燃えた鉄に少しぐらいの水をかけても、逆に熱り立つのと同じで勢いは変わらない。

  

 通りに出ると、城方向から水溜まりを踏みつける複数の足音がした。伝八ら十三名の新選組隊士が郭門に向かって走っていた。

 伝八が四郎と永倉に気づき、足をとめた。他の隊士も永倉を見る。

「お懐かしい」

「ここで永倉さんに会えるとは、本望です」

 かれらもまた志願して会津に残った隊士。瀕死の地で永倉の姿を見、感極まるものがあったに違いない。見る見る涙を溜め、嗚咽した。

「泣くな!」

 自らも目を熱くさせ永倉は言い捨てた。「生きてこそ本望だ」

 自らの決意を隠し、ここで死ぬことが道ではないと永倉は懸命に訴える。

「どこへ行かれる」

 四郎は伝八に訊いた。この先は甲賀口の郭門。行ったところで永倉の言うように、無駄死にとなる可能性が高い。

「甲賀町郭門へ」

「やめとけ。死ぬつもりか」

「そのために来た」

「我らも――」

 伝八の言葉に隊士も続けた。

 四郎は何も言い返せない。これまで戦局を変えられると思ってしてきた行動が何一つ身を結ばなかったのだ。決意を覆そうにも説得力がないのはわかっていた。それでも永倉は譲らない。

「一さん。あんたおれに言ったよな。白装束の義士として死んでくれと。だが、おれは死なねえ。死んだら救える者も救えねえんだ。おれは最後まで行き抜いて子供らを救うぜ。救ったら、そのときは死んでもいいと思っている。誰のためでもねえ、おれのためにだ。それが回りまわって会津のためになる。考えてみろ。新選組は人のために死んだか」

 伝八が押し黙っている。唇を噛みしめた。考えてみれば、四郎が知るだけでも新選組は醜い派閥争いや理不尽な責めで死んだ者が多い。

 一人の隊士が永倉に詰め寄る。

「隊長を責めないでください。我らは志願して会津へ残ったのに、籠城した城内へ入れてもらえませんでした。もはや死ぬしかないのです」

 百姓や商人が城へ入れないのは知っていた。入らぬという伝八の決意も聞いていた。けれど入らぬと入れぬは別問題だ。なぜ会津のために戦ってきた新選組を入城させぬ。

 永倉を見ると、隊士の意気に感極まったのか、いきなり背に括った銃を外した。

「だったら、これを持っていけ」

 永倉は、スナイドル銃と弾薬の入った革袋を隊士に渡した。四郎も伝八に手渡す。戦うしか道のない新選組の装備が、槍と大小二本の刀だけでは繋がる命もすぐ潰える。

 受けとると伝八は、他の隊士に銃を預け郭門へ向かって走っていく。生きてこそ本望、永倉の言葉が切なく耳に残った。


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