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 小雨の降る早朝、戦いは突然に始まった。

 半鐘が危急を告げる。避難を急かすかのように鳴り続ける。寝静まっていた城下はたちまち大混乱に陥った。

 身支度をしていた四郎と永倉は、城下を見下ろし、しばらくその場に立ちつくした。

 眼下の町が赤く燃えていた。

 会津の人にとっては夢想だにしない出来事だ。高を括っていた武士も同じ。この地獄絵に右往左往し城に駆け込むことしかできずにいる。

 幸い砲弾は、ここ武家屋敷まではとどかない。城にも到達していない。敵兵も城下に入らず、手前で会津兵と交戦している。しかし灰色の空を焦がして次々と火の玉が城下へ着弾した。

「南東にある小田山が占拠されれば、火の玉はここにも、城にも打ち込まれますぞ」

 永倉が悲痛に漏らした。四郎は、その永倉の叫びを受け流す。

「今は小田山へは行けぬ」

「わかってるさ。二人で小田山へ行ったところで何も変わりゃしない」

 永倉が大きく息を吸い、吐いた。「でも我らのしてきたことは、人のためになったんでありましょうか」

「土方殿にも同じ言葉を返しておりましたな。敵にしてみれば、蚊に喰われたていどの痒さでしかありませんが、確実に痛手を与えておりますぞ。永倉殿の娘御と似た少女も救ったではありませぬか」

「済まん、その通りだ。力を見せつけられて気弱になってしまった。赦してもらえるか」

「では、まず三の丸へ行きますか」

「三の丸?」

 永倉が首を傾げた。城下へ行って婦人と幼児を救いだすとばかり思っていたからだろう。

「早々と城門を閉められては、救える者も救えなくなる。そのためには兵糧だ」

「よし、行こう」

 永倉が合点し、蔵のある三の丸へ急いだ。

  

 空は藍から鉛色になった。慌ただしく城へ向かう武士と行き交うが、まだ敵兵の姿はない。ところが二の丸を通りすぎたときに、濛々と煙が立ち上がっているのが見えた。

「四郎殿。煙の方向は三の丸ですぞ」

 敵は北方向から攻めてきている。砲弾はとどかなくとも、いつ北東に位置する三の丸が狙われてもおかしくはない。四郎は胸騒ぎを覚えながら走った。

 蔵が燃えていた。周りには袴姿の老会津兵。敵の姿はないし、銃弾が撃ち込まれた形跡もなかった。

「ばかな――」

 永倉が足をとめて絶句した。松明を持った老兵が、残る蔵にも火をつけようとしていた。まさか自らの手で蔵に火をつけたのか。信じられない愚行だ。自分で自分の首を絞めているのと何ら変わりがない。

「燃えているのは兵糧です」

 イズミの声がした。四郎は老兵を恫喝した。

「やめよ! 燃やしてはならぬ」

 老兵が狼狽し、飛び退る。

「誰の命で兵糧を燃やしているのか」

「我らは筆頭家老、梶原平馬様より命を受け蔵を燃やしておる。西賊に奪われては元も子もないからだ」

「なぜ、運ぼうとぜぬ」

 その問いに老兵は答えず、互いに目を見合わせた。

「蔵に飛び込み、少しでも米を城へ運べ」

 それでもきょとんとする老兵に永倉が焦れた。

「ばかやろう。会津が滅びたらお前らのせいだぞ。早く米を持ち出すんだ」

 結局老兵は、わずかな米を手押し車に乗せて城へ届けた。

  

 不手際をよそに砲撃はやむことなく続いている。城下に目を向ければ空も地も黒煙に濛々と覆われている。その中を城門に向かって急ぐ人の列があった。抱えきれないほどの手荷物を持つ武家の婦人と子供たちだ。

「小一郎殿は、無事城内におりますかな」

「いると思う」

 四郎は短く答えた。上野以来、小一郎は変わった。頼りなく見えるが小一郎には人を救うという信念がある。伝八や永倉の、見返りを求めぬ男気のある行動に感ずるものがあったからだろう。敬愛していた土方の逃亡が、よりかれを強くした。

 しかし危惧するのは閉門だ。この城に殺到する全員が城内へ入れるわけではない。いずれ門を閉ざされるであろうし主を失った家族は自刃するしかない。

 二本松と同じだ。

 違うのは、二本松は城の中に引き込む兵もいなかった。一方会津は籠城を念頭に置いて戦略を練ったせいで、準備も時も、兵も米も、十分すぎるほどあった。敵の兵力に高を括らなければ勝機を見出せたのだ。

「永倉殿、今より甲賀口へ向かいます」

「待ってくれ。そこは確か最前線のはず。戦うのか」

「城門へ向かう流れが詰まり、人が道に溢れている。きっと入城制限をかけ始めているのでしょうな。おそらく十六門すべての閉門が近いと思う。閉められたら救出先がなくなり、我らの存在価値もなくなる」

「なるほど。で、行ってどうする」

「スペンサー銃を奪う」

 錫杖で戦うには限度がある。それは最初からわかっていたことだった。そのために日中は救出と決めていた。だがそれも閉門によって閉ざされる。ならば戦うしか道は残っていない。

 二本松のときのように火矢も考えたが、近づかなくては放てないうえに、矢に火をつけた時点で狙い撃ちにされてしまう。問題はどうやってスペンサー銃を奪うかだ。鴨が葱を背負って都合よく歩くはずもない。

「やりましょう」

 怖気づくかと思いきや、永倉は唇を引き締め武者震いを見せた。望み通り上手くいくかは大きな賭けだ。けれどスペンサー銃を手に入れなければ身を潜めるしかないのも事実だ。

  

 甲賀町通りを下り、激戦地である郭門へ走った。会津兵と官軍が、至近距離で血みどろの戦いを繰り広げていた。あの男がいないことを望みながら近づいた。

 敵は薩摩兵だった。両軍入り乱れ斬り合いをしていた。スペンサー銃は使われていなかった。銃撃戦で会津兵が土嚢と門に隠れて身を潜めていたのだろう。薩摩兵の突入と同時に会津兵も飛びだした。こうなると同士討ちを怖れて銃は撃てない。

 一人の武将が敵に囲まれていた。永倉が、さっと躍り出る。錫杖を前へ横へ自在に突いて、見る間に敵を薙ぎ倒した。

「助太刀、恐れ入る」

 難を救われた武将が、永倉に会釈した。

「何のこれしき。我が輩は、おれの数倍強い」

 永倉が言い放ったとき、敵兵がいきなり背後から襲いかかってきた。四郎は動ぜず錫杖を突いた。次々と刀を振り下ろす敵に致命傷を与えた。

「頼もしい御仁らだ。二人の御尊名を聞かせてくれまいか。拙者は田中土佐と申す」

「おれは永倉新八。この御仁は水間四郎殿。同志には斎藤一と中野竹、優の姉妹。年少隊の林小一郎がおります」

「おお! では白装束の義士であったか」

 驚く土佐に、またもや敵兵が斬りかかる。

「ふざけるな」

 永倉が一喝して叩きのめした。

 隙を見て、四郎は郭門内へ敵兵を運び込む。永倉も倣った。手早く銃と弾の入った革袋を抜いて自ら装着した。装着と同時に突如敵兵が引いた。

「敵が怯んだぞ。追え、追って全滅させよ」

 土佐が大声を上げて鼓舞した。

「違う!」

 叫ぶなり、永倉が背を屈めて走った。退く敵を追いかけんとする土佐を抱え郭門内へ連れてきた。

「何をされる、永倉殿」

 土佐が憤るが、叫びは銃弾に掻き消された。

 斬り合いに業を煮やした敵兵が銃撃態勢をとったのだ。いっせいに連発のスペンサー銃を放ってきた。ばたばたと会津兵が倒れる。倒れつつも味方の屍を乗り越え兵が突っ込んでいく。

「ええい、放してくだされ。ここを突破されれば敵は城内へなだれ込む。命に代えても守りきらねば……」

 土佐が永倉の手を振りほどく。敵に向かって突進した。

 四郎は項垂れる永倉を見つめ、郭門を後にした。


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