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 ようやく銃声の鳴りやんだ夜、集合をかけたわけでもないのに小一郎の屋敷に皆が集まっていた。

「四郎殿。幼児と娘を助けるのはいいが、どこへ連れていくつもりか。竜造寺はもう無理だし、場所が見当たらぬ」

 城下の諏訪神社や興徳寺は、いずれ官軍の宿泊地になる。近隣の寺も同様だ。かといって武家に恨みを抱く百姓家にも預けられない。だとしたら預ける場所は一つしか残っていない。

「城内へ連れて行こうと思っている」

「待ってください」

 すでに斬髪し、白装束に身を包む竹が四郎に詰め寄る。「武家の女が自刃するには、もちろん辱めを受けたくないためですが、戦いの邪魔になるのが偲びないためでもあります。もし城へ入ったら、何もできぬのに限りある兵糧を無為に減らすことになりますぞ」

「兵糧なら、蔵に一年分の蓄えがある」

 四郎は傍らの伝八を見た。

「済まぬ。拙者は何度も家老に進言しましたが、結局、未だに移してくれませんでした」

「今からでも遅くはないと思うが、如何であろう」

 四郎は伝八を促した。が、伝八は首を横に振る。

「今はそれどころではないようです。先ほど、ちらっと兵糧のことを申し上げたところ、上の空でした」

「なら、助けずに戦いますか」

 永倉が拳を握って気を吐いた。

 兵糧がなければ、せっかく救った者が邪魔扱いされる。兵の士気も下がる。ほかに手立てがないのも事実だ。だが飛び道具を持たぬ我らに、どのように戦えというのか。無為無策で戦っても銃弾の餌食になるだけだ。

「見すてれば悔いが残る。助けつつ、戦う」

「如何にして――」

 永倉と伝八が声を揃えた。

「いくらスペンサー銃であろうとも、暗くなれば狙いを定められずに撃てぬはずだ。よって日中は救出のみ。夕刻以降が我らの勝負どころになる」

「歯痒いですな」

 永倉が肩を竦める。

「そうかもしれぬが、それしかすべはござらん。問題は城門がいつ閉じられるかだ。早々に閉められることも考慮して、小一郎は城から出ずに幼年を守られよ。お竹殿とお優殿は早めに城内へ入ってほしい」

 小一郎と優はすぐ肯いたが、竹は不満気に唇を噛んだ後、渋々受け入れた。

  

「我らはどう致す」

「夕刻以降、城外で」

「よし!」

 永倉が開いた拳をまた握り、胸の前で叩いた。

「拙者ら新選組も、城内へ入るつもりはござらん。残った十三名、会津と共に散る覚悟です」

「一さん、あんた熱いぜ」

 伝八の決意に皆が目頭を熱くさせる。それもそのはずで、土方と共に会津を離れた新選組隊士二百名には新天地での希望がある。一方、残留を志願した十三名には絶望しかない。あるのは恩義という頑なまでの尊厳だけなのだ。

 竹が、何やら言いたげに四郎を見つめてきた。この女人も依怙地なまで熱い。言いたいことはわかるが話を切り上げた。粗末にしていいのは意地であって命ではない。

「では、日中は我慢の戦いに臨んでくだされ。くれぐれも無茶をせぬように」

 皆が帰り、イズミは永倉と話し込んでいる。四郎は一人外へ出た。黒雲が覆い、変わらず空は泣いていた。その煙る夜空に鶴ヶ城が滲んでいる。

  

「じつに裏腹です」

 不意に死者の声がした。姿が薄っすら滲むように見えた。

「私の姿が見えるようになりましたか。ですが、まだ完全には覚醒していませんね」

「覚醒すると、どうなる」

 疑問を問い、城へ向かわずに城下へ降りた。町はひっそりとしていた。銃声も聞こえず、廃墟と見紛う町並みだ。要所要所に焚かれる篝火がなければ、戦火の只中とは思えないほどに。

「知って、如何なされるおつもりですか」

 おそらく何も変わらないのだと思う。蘇った記憶の断片に少年や少女がいて、その者らを巫女である母に守れと託された。それが四郎を突き動かす目的だ。知ったところで変えるつもりはなかった。

「知らないほうがいいのかもしれぬ。だが、知ったうえでの行動ならば言い訳をしなくて済む」

「そうですか。では、なぜ兄弟に確執が生まれたとお思いですか」

「あなたは、その子細を知っているのか」

「ええ」

「話してほしい」

「いいでしょう」

 と前置きして輩は話し出した。「最初巫女は、甘噛みをしてきたあの末弟を連れて行こうとしました。でも何の悪戯か、末弟を押しのけあなたが巫女の手のひらに乗ってしまったのです。末弟は消沈しました。なぜなら次にやってきたのは狡賢い猟師だったからです。それに気づいたイズミ殿は気配を消しました。結局、気配の消し方もわからぬ末弟が猟師に連れ去られ、イズミ殿は山伏姿に身をやつす水間殿に貰われたのです」

「もし某が乗らなかったとしたら、やはり……」

「いえ、あなたと末弟では性根が違います。あなたは猟師になってひっそりと暮らしていたでしょう。どのみち末弟とは袂を分かることになるのです。それがあなたたちの宿命なのですから」

「それはそうとして、母のことを詳しく聞かせてくれないか」

 巫女であったとしか思いだせぬ母。その母と別れ、記憶を失ったのにはどのような経緯があるのか。近づく死を前にぜひとも知っておきたかった。

「聞くに堪えられない話ですよ。それでも、お聞きになりたいですか」

「知らないほうがよいと申すか」

「いいえ。ですが知ることによって、立ち直れないほどの痛手があなたに襲いかかります。それに耐えられるなら話しましょう」

  

「あなたが十四歳のときに、巫女は水間半兵衛なる者にあなたを預けました。もちろんそれまでのあなたの記憶をいっさい消して。というのも巫女は自らの惨い死を悟っていたからです」

「死を悟ったとはいえ、なぜ某の記憶を消す必要があったのか」

「一つには兄弟で骨肉の争いをしてほしくなかったからでしょう。というのも、年を経るごとにあなたの記憶は薄れていきましたが、母に関しての記憶は魂で繋がれているので容易に消えませんでした。それで私が脳に触れ記憶を閉ざしました。今それが、しだいに解かれつつあります」

 曖昧だった輩の姿が、徐々に鮮明になっていく。肩まで垂らした黒い髪、その髪の間からほっそりとした青白い女人の顔が浮かび上がってきた。目も鼻も口も、黒髪以外はすべて透けるように青かった。

 輩は静かに話し出す。

「巫女はあなたと別れてから、ふたたび故郷へ戻りました。イタコとして先見を再開させたのです。帰還を待ちわびていたのか、地元の武将はもちろん遠方の武将、領主らがお告げを授かりにやってきました。そして十五年後の今年の春、ついにその男が屋敷を訪れたのです。不気味な従者を伴って」

「男とは、誰のことか」

「官軍の総督府参謀、世良修蔵なる者です」

 知っている。賤民の出でありながら民の気持ちを考えぬ成り上がり者だ。その高圧な言動から暗殺された長州藩士でもある。

「世良が長州であるなら、不気味な従者は……」

「そうです、猟師に連れ去られた末弟でございます」

「何と……」

 思ってもみない輩の返答だった。見る間に全身に鳥肌が立ち、しばらく消えなかった。

「末弟のことはいずれ話すとして、世良の行く末を視た巫女は、あなたは近いうちに暗殺されます。と正直に伝えました。すると短慮な世良は狂ったように怒り、従者に巫女を殺せと命じたのです」

「従者は、母を殺したのか?」

「殺すことに何の躊躇いも見せませんでした」

「赦さん――」

「どうされますか」

 輩が四郎の目を覗き込み、言葉に含みを持たせた。

「罪もない母を殺した報いは受けねばならぬ」

「では、右手の屋根の上をごらんなさい。巫女を殺した末弟がおりますよ」

 四郎は目を右に向けた。濡れた宿屋の屋根瓦の上に男が一人、片膝を突いてこちらを睥睨していた。冷徹な気配、まぎれもなく末弟、いや巫女を殺した殺人鬼だ。

  

 目が合うと男は屋根伝いに走り、突如、跳躍した。距離にして十間はあろう杉の木に水飛沫を上げて飛び移り、回転すると道に飛び降りた。怨嗟のこもった、それでいて凍りつくような目を向け、不敵に笑った。

「ふふ、死人しびとと面白い話をしていたな」

 男が軍刀を抜いた。「俺を赦さんだと、報いを受けろだと。受けるのはきさまだ。戯言は冥土でほざけ!」

 あまりの怒声にすぐにも斬りかかってくると思ったが、男は刀を前に突き出し、悠然と近づいてくる。

 だが錫杖を持たぬ四郎には刀を弾き返す手立てもなかった。組討ちしようにも、俊敏な動きを目の当たりにしただけに隙を見つけられない。

 逡巡している間に男が刀を強く握りしめた。

 まずい。

 不意に棚倉での事象を思いだし、一か八かで声を震わせた。途端、大地が揺れた。男が石畳に片膝を突いた。

「咆哮か。少しは楽しませてくれそうだな」

 男が口を歪めて笑い、刀を鞘に収めた。「小人にも伝えろ。二人まとめて斬り刻んでやるとな。いや、一味全員殺してやる」

 言い終えると踵を返し民家の屋根に飛び乗った。雨中とは思えぬ素早い身のこなしで屋根から屋根に飛び移り、消えた。

  

「戻りましょう」

 輩が、男の気配がなくなったのを察すると促してきた。

 たった半刻の間に、浮き彫りにされた様々な新事実。それによって焙り出された確執。四郎は頭を整理しきれぬまま屋敷へ戻った。今後、確執が解けようが、解けずに殺し合おうが、あと数刻で敵兵が大挙押し寄せてくる。先見通りなら、四郎の命も会津の命運もそこで尽きる。


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