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 二本松と長岡が落ちてから一月近く経った頃、ようやく官軍が動きを見せた。輩の報せによると、仙台を攻めるか会津を攻めるか軍議を重ねた末、会津進攻を決めたらしい。

 雪の降りだす冬が来る前に決着をつけるつもりだという。仙台を選ばずに会津と決めたのは風土に受け継がれる頑なさだと輩は言った。屈しない会津を叩き潰せば、おのずと周りは萎む。そういう考えなのだろう。

 会津の頑なさの典型は仲間うちでは竹だ。この所の日課となった永倉との稽古でも、達人と評される永倉を押し込んでいる。薙刀も気構えも、まさに武神に取り憑かれたとしか思えぬほどだ。

 いくら強くとも銃には勝てぬと四郎が意見しても、「接近戦になれば銃など役に立ちません」

 と竹は話を聞く素振りも見せない。江戸詰めで、今回初めて会津の土を踏んだとは思えぬ頑なさだ。それが悪いとは言わない。けれど敵にも武に長けた者がいくらでもいる。武士を越えた者もいる。

 あの男の業は血塗られている。比べると竹は稽古の域をすぎない。いくら強くとも人を斬ったことがない。その差は大きい。まして何度も死地をくぐり抜け、生き残る術を身につけている男だ。豪胆さと冷徹さを同時に持ち合わせているはず。

  

 竹と手合わせを終え、噴き出る汗を拭いながら永倉が戻ってきた。縁側に座り、様子を眺めていた四郎の横に腰かけた。

「如何なされた。たじたじでしたぞ」

「和していたと言ったら方便になるが、お竹殿の薙刀は女人の域を超えている。あれは鬼人ですな」

「そうかもしれません。剛の永倉殿の剣が柔に見えましたゆえ」

「気質ですかな。おれよりも豪胆だ」

 竹は休む間もなく小一郎と稽古をはじめる。向かい合うや否や、布を巻いた薙刀で木刀を弾き飛ばした。不用意に拾おうとした小一郎の頭をしたたか叩いた。

「卑怯ですぞ」

 と、口を尖らせて詰る小一郎の頭をまた叩いた。

 その気迫に四郎は不安を募らせる。堪らず永倉に問いかけた。

「新選組で、いちばん豪胆なのは誰でござったか」

「難しいですな。勇ましさなら平助か左之助でありましょうが、力さんも、かなりの剛の者でした。ですが、お竹殿が男で新選組隊士だとしたら敵う者はいないでしょうな」

 頭を叩かれた小一郎が左手で先端の布を掴んで、右手で木刀を振り上げた。竹は「愚か者!」と叫んで木刀を躱し、股間を蹴り上げた。小一郎がその場に蹲る。

「やや、これは手厳しい」

「いや実戦であれば刃先、掴めようもない」

 四郎は竹が間違っているとは思わなかった。ただこの豪胆さが逆に仇とならなければよいがと、不安に駆られた。もう少し臆病でもいいのにとさえ感じた。

 臆病であれば慎重にならざるを得ない。そうすれば情勢を把握し無理をしない。あの兄弟である半妖と遭遇しても逃げられる。今のままだと誰であろうと立ち向かい、殺されてしまう。

 一方、小一郎も咄嗟に左手を出し、防御したのは日頃の稽古の賜物だろう。竹を心配させるために呻いてはいるが、道化だ。羊の面を被った狐とは言い得て妙だ。できるなら実戦でも取り入れてほしいとさえ思う。

 狐が家族を守れるのは臆病だからだ。身の程を知って知恵をまわせば肉を斬られても骨を断てる。

  

 好対照の二人を見て、ひとしきり腹を抱えた永倉が突然話題を変えてきた。

「ところで何か指示を出してくれぬか。偵察は輩殿がしておるし、身体がなまっていざという時に役に立たないのでは困る」

 確かにこの一月、中庭で稽古しかしていない。だがそのせいで竹もそうだが、小一郎と優の腕は数段増した。銃には勝てないが斬り合いならば並の兵士と渡り合えるほどになっている。

「薩摩の大将が二本松へ向かいましたよ。明後日には本宮から攻めてくるはずです。報せは味方にも届いているはずですから、夕刻には各隊の長が集まり軍議されるでしょう」

 イズミが人差し指を額に当て先見を伝えてきた。永倉が目をぎらぎらさせて手を揉んだ。

「いよいよ始まるのですな」

「母成峠はすでに大鳥隊と新選組が守備しているので、十六橋へ行きますか」

「それがいい。土方さんと一緒だと何かとやりにくい。我らだけで少しでも敵を蹴散らしましょう」

 と声を大にした後、永倉が心もち表情を曇らせた。「で、策は御有りかな。いくら何でも正攻法では勝ち目はござらん」

「橋を渡れぬよう、幻術をお見せしましょう」

「そりゃ楽しみだ」

  

 永倉が目を細めたとき稽古を終えた竹がやってきた。小一郎と優もにこやかに続く。

「何のお話ですか」

「いよいよ近い」

「ならば、ついに西賊が攻め上がってくるのですか」

 小一郎が真顔で聞き返す。竹を押しのけ、四郎の返答を待った。

「我らは明日、十六橋へ向かう。周辺の村々を回って情報を集める。もし敵が城下へ来たら、小一郎は幼年を、お竹殿は婦人を城内へ頼む。決して無茶をせぬように」

「無茶をしてくるのは向こうです。我らは受けて立つだけでござります」

 竹が目力を強めた。

 道理だ。しかし竹は如何せん戦場を知らない。アームストロング砲の破壊力もスペンサー銃の殺傷力も経験したことがない。気性からして、いざ目の当たりにしたら我を忘れて憤るだろう。怒りは冷静さを損ない視野を狭くする。

「受けずに受け流せよ」

「それは、尻尾を巻いて逃げよということでしょうか」

 暗に逃げよと言葉に込めたが、気骨のある反論に何も返せなかった。むろん立ち向かうことが望ましいが、死んでは元も子もない。

 そればかりか二本松と同様、幼年の隊士までもが駆り出されている現状をかんがみれば答えは否だ。弱い者の中には竦み、自刃することも逃げることもできぬ少年や少女、婦人が必ずいる。それらは敵にとって戦利品でしかない。戦火の中で人間扱いされずに狂犬の餌となる。

 かといって、弱い者だけを見ているわけにはいかないうえに四郎も城下で死ぬ運命。それだけに不安は伴うが、命が潰えるまで戦うしかない。竹らが生き延び、少年や薙刀の娘らを救えると信じて。

  

 夕刻。雨が降る中、景気づけですと竹が酒を持ってきた。めずらしくイズミも口につけ、永倉も上機嫌で飲んだ。だが酔うほどにほろ苦い酒になった。

 また幼い頃を思いだした。母や、あの少年少女らは今頃どうしているのだろう。津軽も官軍に降ったと聞くが無事であられるのだろうか。

 やるべきことがありすぎて、今では顔も声も、姿さえも思いだせなくなっている。それなのに遠い過去の思い人の安否が気になる。

 耳を澄ますと雨は激しく雨戸を打ちつけ降り続く。このまま冬まで降り続き雨が雪に変われば、もしかしたら会津の運命も転換するかもしれない。叶うのであれば大地が白一色に埋めつくされるほど降って、この地の宿命を変えてもらいたい。


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