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若宮口を通りすぎて武家屋敷へ向かったとき、城門からあの幼い少年たちが出てきた。武装して隊列を組み早足で大壇口方面へ駆け降りていく。鍛錬ではなくまぎれもない実戦だ。青ざめた顔つきをしているのは、この出兵がどんな結果になるのか薄々知っているからだろう。
胸が締め付けられた。
だからといってどうすることもできない。
後方にいた少女の兄と目が合った。健気に一礼して走り去った。殉死の意味すら知らぬであろう少年の目にも悲壮な覚悟が見てとれた。
四郎は叫びたい衝動を堪え、せめて妹を救うからと胸の内で詫びた。
刹那、轟音が轟いた。振り返ると城の石垣に砲弾が炸裂し、濛々と煙が立ち上がった。石垣が無残に吹き飛び破壊された。
なぜ、なぜここまで力を見せつけるのか。健気な少年兵を目にしただけに苛立ちが募る。同時に己の無力さを嘆いた。
「感傷に浸っている暇はありませんよ」
イズミの発破にも我を取り戻せず武家屋敷に着いた。伝八と永倉に目配せをして別れ少女の屋敷の門をくぐった。石畳を飛ぶかに走り、中へ入り込んだ。
しーんと、物音一つしなかった。
まさか、もう自刃してしまったのか。不吉な想像が頭をよぎり、死地へ赴いた少年の姿と重なる。
「しっかりなさい。腑抜けていては救える者も救えなくなりますよ」
「では、まだ?」
四郎は気を取り直し、奥の部屋へ急いだ。白装束に身を包む婦人と少女が畳に膝を突き、無言で向き合っていた。少女の目は赤く、婦人の手には懐剣が強く握られている。
おそらく自刃できぬ少女を懐剣で突き刺し、その後、自ら喉を掻っ切るつもりなのだろう。
「待たれよ!」
しぜん荒い声が飛びだしていた。
「邪魔立ては赦しませんぞ」
婦人が感情のない目で拒絶した。膝を突いたまま少女に擦り寄る。
「そなたの邪魔はせぬ。が、親の勝手で娘は死なせない」
その言葉が口を吐いたとき、忘れていた記憶の欠片が朧げに蘇った。
幼い頃、奇しくもこの少女と同じくらいの子と暮らしていた。その少女に四郎は兄と慕われ、畑仕事や料理のいろはを教えた。兎や鹿を仕留めると一緒に捌いたこともあった。しかし少女は十歳になると女衒に連れ去られた。
させない。もう金輪際、親の勝手で子の行く末を断つなど許さない。
「一人で死ね。道連れなくては死ねないのであれば、我についてくるがよい」
手痛い叱咤に、感情のなかった婦人の目に情感が宿る。だが主が消息を絶ち、嫡男が死地へ赴いた今、自分一人が生きながらえるのは耐えられないのだろう。咽びながら声を振り絞った。
「娘を、あなたに託します。どうか命を……」
拒絶が懇願に変わったとき、凄まじい衝撃音と共に砲弾が打ち込まれた。四郎は少女を抱えて飛び出した。屋敷の裏手に火の手が上がっていた。
騒然とする中、伝八と永倉が両脇に幼児を抱え駆け寄ってきた。
「これ以上ここにいるのは危険ですぞ」
火を見るよりあきらかだった。城下に打ち込まれていた砲撃は城に集中している。城下が官軍兵士で埋めつくされているからにほかならない。
もしかしたら少年らが向かった大壇口も壊滅したかもしれない。若宮口へ向けて銃弾の雨が降り注いでいる。
「西も東も抜けられぬ。北へ向かうしかないですな」
伝八に続いて永倉も声を嗄らした。
「そうしよう」
肯くと水の入った竹筒を抜き取り、肩箱を放り投げた。少女を背に乗せた。伝八と永倉も同様に一人背負い、もう一人を胸の前で抱えた。
砲弾を避けながら城門へ向かうと、各方面から逃れてきた兵士が続々と城内へ逃げ込んでいく。四郎は入らず城の北側へ急いだ。砲弾を撃ち込まれ、至る所の城壁は崩れ落ちている。逃げ込んだところで、結局は自刃するしか道が残されていないのが明白だ。
「おお、斎藤殿ではござらぬか。ご無事で何よりだ。ところで、その御子らは二本松の武家の者と見受けられるが――」
声をかけてきたのは精悍な顔つきの会津の武将。先ほどまで根崎を守備し、須賀川から伝八と共に参じた辰野源左衛門という隊長だった。
「自刃させるのには偲びないので、会津へ連れてまいります」
「殊勝な心がけ、痛み入ります。しかし……」
辰野の顔に陰が差した。
「しかしとは、どのような意味でござるか」
永倉が泣く子をあやしながら詰問した。
「我が隊が二本松に着陣した折には三百人おりました。ですがアームストロング砲八門、スペンサー銃三千丁の前に歯が立たず、今では百人も残っておりません。会津も然り。連れて来られても、このままであれば……」
聞くところによると、辰野は白河、二本松と参陣して官軍の攻撃力を最前線で実見してきたらしい。
だとしても、意地と誇りだけを前面に押し出す会津武士らしかぬ言動だ。もしかしたら筆頭家老であった西郷頼母と同じように、行く末を痛感したのかもしれない。
「不憫ですな」
と曖昧に言葉を濁し去っていく。四郎らの足取りが急に重くなった。
「さて、どうされるか」
永倉の問いかけに答えあぐねていると、どこからともなく聞き覚えのある声がした。
――見すてた時点で、私もあなたを見すてます。
もしや、この声は?
「死者の声ですよ。あなたの輩です」
イズミが耳打ちするかに呟いた。
そういえば婦人を一喝したとき、また一つ幼い頃の記憶を思いだした。温もった感覚を取り戻したような気にさせられた。
「済まぬ四郎殿、おれには何が何やらさっぱりわからぬのだが」
永倉が幼児を抱きながら眉を八の字にさせる。
「仔細は後に話すとして、この子らを龍泉寺に連れて行こうと思う」
「致し方ないかもしれませんな。もはや天涯孤独の身でありますゆえ」
伝八が同調した。永倉も抱える子の頭を撫で渋々了承する。
「だが五人しか救えませんでしたな。この先、一殿もいなくなるであろうし、このような体たらくで行為に価値はありますかな」
「その子が、もし永倉殿の御子であられたなら、それでも価値はないと思われるか」
四郎は毅然と答えた。言いつつ、いかなることがあろうとも醜い大人の争いに幼児を巻き込んではならないと戒めた。
それは幼年隊も同じだ。二本松では見過ごすことしかできなかったが、会津で同じ轍を踏んではならない。それが母から教えられた生き方、託された願いだ。
――思いだしてくれましたね。それでこそ我が輩です。
頭上で死者の声が響き渡る。
伝八と永倉も聞こえたようだ。きょろきょろ虚空を見つめ、聞き耳を立てている。その表情は抱える幼児と同じで純真だった。きっと、この輩は人の心を無垢にさせる力があるのかもしれない。精霊のように。
「何という静謐な声だ。この声の主が、まこと死者であられるのか」
「うむ。うっかりすると死者の国へ連れ去られてしまいそうだ。まさか、おれは死の国へ片足を突っ込んでいるんじゃないだろうな」
伝八が感嘆し、永倉が不安がる。
「心配なさらずに。四郎殿の輩は奥ゆかしい女人ですので」
「それにしてもイズミ殿といい四郎殿といい、驚かされることばかりですな」
「某は母が巫女でしたので、物心ついたときから死者の声が聞こえ、見えておりました」
そう断言する四郎だったが、母に関してはまだ朧げな記憶だけしか取り戻していない。
なぜ思いだせぬ。何か思い出せぬ根拠があるからなのか。あるいは今、あからさまにしてはならない都合が隠されているのか。その答えは会津にあるような気が四郎にはした。




