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薩摩の軍服に着替えた四郎と永倉は、警護の薄い裏門へ廻った。寺の墓地に通じる場所だった。そこにも兵士が二人立っていた。かられに無言で笑み、一分金を一枚ずつ手渡して中へ入り込んだ。
「怪しまれたら最後、覚悟してくださいね」
「殺せばいいのですな」
イズミの警告に永倉が笑みを浮かべる。簡単に言うが、この寺には千人余りの薩摩兵がいる。寺の周りにも入りきれなかった兵士が陣を敷いている。見つかったら逃げる場もないのだ。
四郎は石の敷かれた道を避け、一旦、杉の木の脇へ身を寄せた。境内にも、ざっと百人ほどの兵士が思い思いにくつろいでいた。かれらが座る中央に井戸があった。
「あの井戸に毒を放り込めば、皆戦闘不能になる」
永倉が四郎を見た。
「だが寺の者も死ぬ。賄に駆り出された婦人も死んでしまう」
「それはまずい。では大砲を壊すことにしますか」
四郎と永倉は杉の木から離れ、薩摩兵の屯する脇を歩いて四斤山砲を探した。きょろきょろ見まわしているせいで怪訝な目を向けられることもあったが、意に関せず歩いた。まさか敵が忍び込んでいるとは誰も思っていないだろう。それでも首すじに冷や汗が染み出ていた。
本堂の外れに土蔵があり番兵が立っていた。段差もなく、かなり広いので四斤山砲が置かれているかもしれない。
「ここだな」
永倉も察知したのだろう。目元を緩ませた。
四郎は車輪の跡を見つけ、間違いないと肯いた。
「さて、気づかれずに壊す方法がありますかな」
蔵には閂だけで、鍵はかかっていなかった。しかし番兵を倒さなくては中に入り込めない。倒せば倒したで、付近にいる薩摩兵に気づかれる。結局、大騒ぎになって蔵にすら入り込めず、逃げるのが精一杯だろう。下手をすれば逃げられずに殺される可能性も高い。
永倉も緩ませた目許を険しくさせている。
「何の問題もありませんよ。私に任せてください。四郎殿と永倉殿は、気づかれないよう木陰に隠れてもらえますか」
イズミの自信たっぷりな言葉に、先ほどの一件を思いだした。手練れと思えた薩摩兵が、いとも容易く永倉に倒された。
「わからぬ。おれには、イズミ殿の言ってることがさっぱりわからぬ」
「永倉殿は、金縛りに遭われたことがお在りか」
「このような時に何を言いだされるのか」
兵士のいない場所で永倉が足をとめ、憮然と四郎を見返してきた。
「身体が強張って動けなくなったことが、一度あるにはあるが」
「イズミ殿が、番兵をそのようにさせます」
「しかし、それは寝ぼけておらぬと――まさかイズミ殿は意図してそれを?」
永倉が、先刻の薩摩兵の一件と合致させたのだろう。少年のように目を輝かせた。
「ですが蔵の中へ入り、破壊しようとすれば、大きな音がして気づかれるでしょうね」
もっともだ。具足を外していても敵地に変わりはない。いつ何どき兵士が現われるかわからないのだ。
永倉が周りを見渡しながらイズミに尋ねた。
「どう致される」
「騒ぎを起こしましょう」
「起こした時点で、我らは殺されますぞ」
「大丈夫です。じきに永倉殿が倒した薩摩兵が、裸で戻ってきますから」
イズミが正面を指さした。完全武装した兵士が十数人寝ずの警護をしていた。
「多少騒がしくなるでしょう。そこで私が、蛮行を働こうとした兵士の首を斬り落として騒ぎを大きくします」
イズミが襟から飛び降りた。一度、土蔵を向くと寺の正面に走った。暗いせいで薩摩兵は誰一人として気づかない。おそらく鎌鼬を使うのだなとわかったが、永倉は呆気にとられている。
「では、土蔵の中へ入りますか」
四郎は永倉を促した。
「しかし番兵はどう致す。騒がれたら袋の鼠ですぞ」
「心配無用、すでに術はかけられておる。目は開いてるが手足は動かせないはずだ」
半信半疑で永倉が石を拾ったとき、寺の正面からどよめきが上がった。目を当てると傷だらけで戻ってきた裸の兵士の首が真っ二つに飛んでいた。
境内で休んでいた他の兵士らが起き上がり、何事かと駈け寄っていく。悲鳴と怒声が飛び交い、たちまち大騒ぎになった。
四郎は目を泳がせる番兵を気にせず閂を外した。そっと扉を開け入り込んだ。
四斤山砲が四門あった。
イズミに言われた通り、鋸で台車を切断した。永倉と二門ずつ、計四門の台車を破壊した。
――車輪はその場に置かず、細かくして池にでも投げ込んでください。私はこのまま先ほどの畦道に戻りますので、そこで落ち合いましょう。
皆の関心が正面に向けられる中、四郎と永倉は悠々と裏門から出た。しばらくして後ろを振り返ると、寺の周りに松明の火が集まり四方に散らばった。侵入者を追って討伐隊が放たれたのだろう。
しかし、もう遅い。隠して置いた肩箱から鈴掛を取りだし、すでに山伏姿に戻っている。本道を避け、間道を抜けて二本松へ向かっている。
この破壊によって何がどれぐらい変わるかわからない。多少の狂いは生じても情勢は変わらないかもしれない。濁流は障害物があっても勢いをとめない。むしろ障害物を吞み込んで勢いを増す。砕かれるものと流されるものは最初から決まっているのだ。




