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 七月下旬。同盟軍の落城、恭順が相次ぐ中、伝八が新選組の隊長になったと報せが入った。総指揮は怪我から復帰した土方が執るが、軍議で忙しいせいか戦地には趣けない。

 それにより伝八は、会津の一隊と新選組を率いて須賀川へ向かった。官軍の北上を阻止せんと、仙台兵と二本松兵と合流した。須賀川を守らなければ二本松が落とされる。

 だが板垣率いる官軍は須賀川を攻めずに、間道を抜けて三春城を陥落させた。先だって棚倉で会ったとき、早々に見分へ行った帰りなのだろう。同盟軍が須賀川へ終結するのを見越して裏を掻いた。

 狙いは二本松だ。

 須賀川へ集結した新選組や会津兵は、敵が誰一人いないのを知って地団駄を踏む。急いで二本松へ向かおうとしたが、途中の三春に官軍兵がいて進めない。しかし兵の大半は白河と須賀川にいて、二本松には老兵と少年兵しか残っていなかった。

 早馬の一報は、瞬く間に会津城下へ広がる。四郎らは身支度を整えると、肩箱に水と握り飯、佐賀兵の軍服を入れて二本松へ急いだ。

 伝達によると、二本松勢は居ても立ってもいられず山間の道を抜けて二本松へ向かったという。その一行の中には憤慨する二本松勢と共に、伝八ら新選組と会津兵も加わっているらしい。

  

「板垣退助、なかなかの喰わせ者ですな」

 足を速めながら永倉が呟く。目が怒りに燃えていた。「一泡吹かせましょう。このままでは気が収まらぬ」

「同感です。高地に大砲が据えてあれば、崖下に落として使えなくしますか」

 永倉の豪気さに我が意を得、四郎は心強く思う。だがイズミの浮かぬ顔に動揺を覚えた。

「どうなされたか」

「大したことではないのですが、須賀川に佐賀兵が帯同していない気がするのです」

「では、用意した軍服が徒労になると」

「そんなことはありません。会津では総力戦が必至。必ず高地に陣を張るでしょう。それと今回、薩摩が参陣していると聞いています。ですので薩摩の軍服を奪い、四斤山砲の台車をばらばらに破壊すればいいだけです」

「簡単に言いますが、かなり余分な手間がかかると思いますぞ。だとして官軍と我ら、果たしてどちらが先に二本松へ着きますかな」

「私たちのほうが早いのは間違いありません。官軍は背後の仙台兵と睨み合いながら目指すでしょうし、他隊との合流も目論んでいます。それに、まだ落としていない小城も摘み取るはずです」

  

 ようやく戸ノ口に差しかかった。猪苗代湖から注がれる日橋川が見えてきた。橋を渡れば猪苗代城下だ。その先に母成峠がある。二本松はまだまだ先だが、憂いがないぶんいちばん早く着くのは間違いない。勢い中山、横川と宿場を通り越すが、鋸を調達して本宮に着いたときには日が暮れかけていた。

 官軍の宿舎が見えた。門前に煌々と篝火かがりびが焚かれている。さり気なく陣を覗くと兵士が軍装を解いていた。そのまま二本松へ攻め込むと思っていた四郎の思惑は見事に外れた。

「イズミ殿、どう思われる」

「三春の交渉と援軍待ちでしょう」

「と、言いますと?」

「まさか、三春が先兵をかって出ると言われるのか!」

 四郎の疑念に永倉が激高した。

「たぶん、そのまさかです」

 イズミがやるせない目をさせる。「でも、三春を責めることはできません。二本松だって会津だって、できれば恭順したいのですから」

「京では我らが尊皇でしたのに、どうしてこうなってしまったのかわからねえ」

 永倉が篝火を見ながらぼやく。

「単に名目です。智恵者の策略でしかありません」

「困ったもんだ。結局、真っ先に死んでいくのは、何も知らない末端の年寄と若者だ」

 吐きすてた永倉の言葉がずしりと胸に響く。思い起こせば岩淵宿で一緒だった年配の同心も、あの年老いた猟師もそうだ。ただ時に流されただけで、真っ先に逝った。

「永倉殿。身分の低い年寄りと若い者より先に、百姓が犠牲をこうむっていますよ。かれらは武士の都合でしかありません」

 イズミが溜息まじりに言った。「それはそうとして、今夜はここで宿泊しましょう。佐賀兵がいるかどうか確かめたいですし」

「それは佐賀兵がいなければ、薩摩兵を襲うということですな」

「ならば、腹ごなしにちょうどいいかもしれませんぞ」

 四郎の言葉に、永倉が豪胆に呼応した。

  

 日が完全に暮れると官軍兵士が勇んで村々へ繰り出した。薩摩の陣を見張っていた四郎らは夜陰に乗じて抜け出す一団を見つけた。四人組だった。

「永倉殿。かれらの身ぐるみを剥いでください」

「殺してもかまわないか」

「埋葬するのが面倒なので、手心を加えたほうがよいかと思われます」

「仕方ねえ。四郎殿、肩箱を持ってくださるか。おれ一人で十分だ」

 街道を抜けて、四人は畦道を進む。永倉は周囲に目を配り、するすると四人組に近づいた。

「奸賊、どこへ行く」

 いきなり叩きのめすかと思えば、永倉は薩摩兵に声をかけた。自信の裏付けなのだろうが四郎は心許ない気がした。自らの肩箱を地に置き、いつでも飛びだせるよう用意した。

 薩摩兵は揃って怪訝な目を向けるが、山伏一人だと知って呆気にとられている。

「何か、おはんは!」

 一人が軍刀を抜いて威嚇してきた。他の者も、軍刀に手をかけ永倉に迫る。

 永倉は動じない。まったく感情を表わさずに威嚇を跳ね返す。

「死んでもらおうか」

「せからしか!」

 薩摩兵が切れた。さっと軍刀を振り上げた。その動きに合わせ永倉が錫杖を突きだした。

 薩摩兵が軍刀の腹で錫杖を躱し、返す刀で斬り込んできた。が永倉は少しも慌てることなく、錫杖を斜に回転させて喉元を突き刺した。男が呻き声を上げて悶絶した。

  

「殺す!」

 他の薩摩兵が俄かに殺気立つ。一斉に抜刀した。恐ろしいまで憤怒に満ちている。

 すぐさま一人を畦道に残し、二人が左右に散った。正面を一人にまかせ、低い位置から足を斬りつける戦法だ。いくら錫杖が長いとはいえ目線の高さが変われば目元が狂う。下手をすれば永倉は深傷を負う。いや、殺される危険性だってある。

「まずい……」

 四郎は畦道を走った。かれらは雑兵ではない。腕に覚えのある示現流の遣い手だ。猶のこと実戦を積み重ねている。

 しかし杞憂だった。四郎が永倉の元へ駆けつけると薩摩兵は全員地に伏していた。

「どうなされた。この者らは、殺人剣の使い遣い手に見えたが――」

 困惑する四郎に、永倉も目を瞬かせて返答する。

「さすがに廻り込まれたときは、おれもまずいと思った。正面の敵は腕が立ちそうだし、側面の敵も隙がない。一人で倒すと大口を叩いたことを後悔しましたぞ。だが不思議なことに、こいつら急に手応えがなくなったのだ。打ち込んでも避けないし、まるで人形相手に戦っているようだった」

 ――金縛り?

 四郎は襟をまさぐりイズミを捜す。いないのを確認すると振り返った。いつ飛び降りたのか、月光に照らされる肩箱の上にイズミが乗っていた。


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