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会津へ戻ると小一郎の屋敷に、竹や優らが三々五々集まった。四郎は永倉を皆に紹介し、伝八の新撰組復帰を伝えた。
「何と伝八殿は、新選組三番隊長の斎藤一様であられたのですか。露知らず、これまでのご無礼をお許し下さい」
「そのように謝らないでほしい。戦いの場を移すとはいえ、同じ志を持つ仲間なのですから」
伝八が、しきりに恐縮する小一郎に気を配る。その所作に永倉が回顧するような目を見せた。
「おぬしが局長だったら、おれは離脱していなかった」
伝八がはにかんだ。いつもの苦笑いではなく素の仕草だと四郎は思った。
おそらく新撰組の局長は伝八のように謙虚ではなく、野望しかなかったのだろう。配慮を怠れば、軋轢は生まれるべくして生じる。
「とりあえず拙者は、明日、筆頭家老の梶原様を訪ねようと思う。そのときに白河や棚倉の兵糧の事情を伝え、会津の蔵に眠る米の話をしようと思います」
「では、一つ解決しましたね」
イズミが頷き、竹を見た。「お竹殿のほうは如何ですか」
満を持して竹が話し出す。
「あれから武家の娘に薙刀を教えています。萱野様に頼んで薙刀も揃えてもらいました。最初は戦に女を駆り出せん。武士の名折れだと憤慨しておりましたが、婦人と子供を守るためだと覚悟を示して、ようやく折れてくれました。ですが我らも白装束の義士の一員、白い袴を母に作ってもらっています。戦いになれば袴を血に染めてでも、皆を守り抜く所存です」
「これは頼もしい」
永倉が唸る。その横で小一郎が、鼻を膨らませると例のごとく茶々を入れた。
「お竹様。確かに覚悟は立派で、頼もしいとは思うのですが、縫物は母御に任せっぱなしですか。それでは行き遅れますぞ」
「言うようになりましたな、小一郎殿。では明日から袴を縫うゆえ、あなたも自分で食事の支度をなさい。妹は来させませんよ」
小一郎が慌てる。しどろもどろに言い繕った。
「て、撤回します。せめて、お優だけは……」
「なりません。あなたは山羊の面を被った狐です。いつなんどき邪な気持ちを抱くかもしれぬ。そんな所へ、大切な妹を出入りさせられません。あきらめるのですな」
竹が本気でないのは一目瞭然だが、こと妹に関してはいつだって真剣だ。
「お竹殿。そんなに心配さならずとも大丈夫ですよ。お優殿にとって、小一郎殿は何の害もありません。また色恋につながることもないでしょう。お優殿は別の方と所帯を持ち、子宝にも恵まれますから、安心して食事の世話をさせてあげてください」
イズミが淡々と話すのを見て「それは、もしや先見なるもの」と、永倉が感嘆の声を上げる。
間を置いて、忿然とした感じで小一郎がきりだした。もしかすると好意以上の気持ちを抱いているのかもしれない。
「これで、お優に対して私の潔白が明かされましたが、できたら相手が誰なのか教えて頂きたい」
「小一郎殿。狐から野次の馬になりましたな。あなたが知る必要はありませんぞ」
「お竹様、そんなひどすぎます。幼馴染ゆえ気になっただけです」
「では、この後も邪な気持ちを抱かぬと、皆の前で述べられよ」
頭を掻いて小一郎は迷いを見せたが、神妙な顔つきで竹に向き直った。
「お優は美人ゆえ、多少の好意は持っていました。しかしあきらめます。金輪際、邪な気は持ちません」
「やはり持っておったのか。危ない所であった」
永倉が合いの手を打つと一同が笑った。優が一人、顔を赤らめ俯いた。
「相手ですか……困りましたね。名は明かせませんが、永倉殿と伝八殿の知己とだけは知らせてもいいでしょう」
「ならば、新選組隊士ですか」
永倉と伝八の声が重なった
「そうであれば、お優殿の縁は伝八殿と永倉殿が導いたのかもしれませんな」
四郎が笑む。が、そのとき暮れ五ッの鐘が鳴った。
四郎は、すぐに笑みを消して永倉に鋭い目を向けた。
「城下はしばらく平穏です。となれば我ら二人、いや三人の役目は生きて帰れる保証はありませんぞ」
永倉が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「心配だな。イズミ殿に、おれの先見も見てもらうわけにはいかぬか」
「無理ですな。お優殿の先見を伝えたのは、おそらく、口にできぬほどの辛い出来事をのり超えた御褒美だと思いますゆえ」
「なぜわかる。四郎殿。よもや、あなたも……先見を?」
「まさか、そんな業が遣えるはずもありませぬ」
四郎は永倉の言葉に、はっとした。以前見た優の絵につい応じてしまったが、それも先見といえるかもしれないからだ。だとして、なぜ見えたのだろうか。
もしかしたら気配を消しているが、輩が四郎の能力を蘇らせているのかもしれない。ふっとそんな気がした。
「さて、幼年隊は小一郎殿に託すとして、残る我らの役割をはっきりさせようと思う」
四郎は話の矛先を変えた。
この一月あまり、白河と棚倉で蛮行に走る官軍兵士を懲らしめてきた。ある程度の結果を残せた。だが、戦いに背を向けてきただけに歯痒さは残る。
「もう少し、戦いの場を広げるつもりだ」
「それはつまり、敵の主力と戦うということですかな」
伝八が目を輝かせた。四郎は即答した。
「結果としてそうなる」
その返答に竹らが戸惑いを見せた。敵の主力と戦うには人数が少なすぎると気を揉んでいるのだろう。が、永倉が意気揚々と声を上げた。
「おれは賛成だ。話を聞く限り、包囲をされるまで我らのすることは何もなさそうだからな」
「では、どうされたいですか」
イズミに答を振られた永倉が「三人しかおらぬからな」と、腕を組んで考えた。そしてしばらく宙を見つめ、ふっと手を打った。
「先ほど、お竹殿の言われた、山羊と狐の戦法で行くのはどうだろう」
「聞かせてください」
「官軍兵士に化けて、敵陣を攪乱するのです」
「なるほど名案ですね。ただし、狙いは佐賀のアームストロング砲の破壊にしましょう」
イズミの言葉に皆がどよめいた。それもそのはずで、最も警護の厚い敵陣に潜り込まなければ成功しない計略だからだ。まして見たこともない最新兵器。どこをどう破壊すればいいのか誰も見当がつかない。
「言い出しっぺのおれが言うのも何ですが、可能でありますかな」
永倉が不安を覗かせる。が、イズミは意に介さない。
「大砲の破壊に関しては簡単です。最後部の尾栓を壊すだけですから。潜入は、佐賀の軍服を作るか、佐賀兵を倒して入手するか決めましょう」
「わかり申した。それにしても裏の戦いとは、かくも楽しいものでありますな。新選組の戦法とまったく違う」
永倉が決まり悪そうに笑った。その笑いはぎこちない。しかし誰も追笑する者はいなかった。失敗して当然、成功すれば奇跡。しかも誰からも称賛されないのだ。
しばらくして竹と優が唇を強く結んで帰っていく。静かに夜が更けた。




