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新登場人物。

永倉新八。 米沢にいたが、何かやり残したことがあると会津へ来た。力の差を痛感し、江戸へ行こうと思ったとき四郎と出会う。白装束の一員となる。

かれもまた明治を生き抜いた新選組隊士である。

       3

 

 灰色の空から雨が落ちてきた。物憂い水滴が暗い湖面に映しだされている。四郎らは、棚倉から白河へ向かう途中にある南湖の畔で夜を過ごした。白河に見切りをつけて会津へ戻ることにしたのだ。

 三人の考えが一致したのは三春の落城から恭順。予想だにせぬ敵としての参陣だ。残る二本松に、いつ味方だった三春の兵が押し寄せるかわからないほど官軍の勢いは熾烈しれつだった。奥羽越の同盟は絵に描いた餅になる見通しが高い。善後策を立てないと早々に会津は落ちるだろう。

「何のための戦いでありますかな」

 雨空を見上げながら伝八がぼやく。かれが新選組を離脱したのはこの戦いの節操のなさにも一因があると見ていた。それは敵の布陣を見れば一目瞭然だ。今や武州諸藩は奥羽と無節操な争いを繰り広げている。

「流れでしょうな」

「それは成り行きのことですかな」

「単に時です。これだけ外国の力を見せつけられたのです。官軍であっても幕府側であっても変わらざるを得なかったと思う。ただ時は、緩やかな流れよりも濁流を選んだ」

「なるほど。堰きとめるのは至難だ。飲み込まれた味方がいつのまにか敵に成り代わっている」

 伝八が瞳を曇らせる。

 それもそのはずで、官軍が江戸へ進行し始めると幕府側は次々に恭順した。鳥羽伏見から勝沼、宇都宮で、伝八はそれを目の当たりにしてきた。白河に武州の兵が参陣しても、もはや驚きではない。

  

 重い心を映すかに雨はしとしと降り続く。

「とりあえず、腹ごしらえをしますかな。腹が減っていては考えがまとまらぬ」

 伝八が曇らせた瞳を消し湖の向こう岸を指さした。雨に煙る松の木の隙間に薄っすら寺が見える。

「あの寺は竜造寺でしたな」

「じつは何日か世話になっておりました。小僧も寺男も逃げ出して住職しかおらぬはずです。我らの知らぬ情勢も耳にしてると思われるし、雨宿りをさせてもらいましょう」

「ならば途中の百姓家で何か調達しましょうか。そのぐらいの金子ならある」

「名案だ。きっと喜ぶに違いない」

 米と野菜を何とか工面して山門をくぐった。大きな(どう)(しょう)の吊るされる古めかしい寺だった。土にも砂利にも緑色の苔が生えており、長い年月を耐え抜いてきた重厚さが感じられる。

 伝八が慣れた手つきで裏木戸を開け、声をかける。と顔を覗かせた住職が綻んだ。

「おお、何という仏の引き合わせ。たった今、あなたの噂をしていた所でした」

「拙者のことを? 奥に誰がおられるのでしょうか」

「まずは、上がりなさい」

 住職が子供のような含み笑いをする。

  

 いそいそ草鞋を脱ぐ伝八を尻目に、四郎は慇懃に挨拶を交わし米と野菜を住職に手渡した。徐に草鞋を脱いで板廊下を進んだ。イズミは無言だった。

 伝八が、御免と障子に手をかけ開けた。男が振り向いたのだろう。裏返った声が廊下に響いた。

「おう、おぬし無事だったか!」

 伝八も声を上ずらせる。

「永倉さんも息災で何よりです」

 客人とは新選組二番隊長、永倉新八だった。永倉もまた伝八同様、近藤や土方と対立して新選組を去った男だ。勝沼で別れたとは聞いたが、寡黙な伝八は新選組の内情をそれ以上話さなかった。

「いつ以来ですかな」

 住職が手を取り合う二人に声をかける。

「勝沼です。永倉さんや原田さんと行動を共にしようと迷いましたが、拙者の心は会津にしかありませんでした。それで宇都宮に参陣してから単独で会津へ向かったしだいです」

「で、こちらの御仁は……」

 永倉が四郎へ目を向ける。伝八が誇らしげに答えた。

「同志です。頼もしき輩でござる」

「水間四郎です。どうぞお見知りおきを」

 四郎は頭を下げた。

 すると永倉が、膝を突いて立ち上がり「永倉新八です」と、四郎の手を握ってきた。

 豪気で新選組きっての剣の達人と聞くが、人となりは好感が持てる。逆に、なぜこのような人間が新選組を離脱したのかと疑問に思う。

  

「土方さんが怪我をしたらしいな」

「宇都宮で足を撃たれました。心配です」

「心配なのはどっちだ。土方さんか」

 永倉が目を凄ませる。伝八は首を振った。

「新選組です」

「放っとけ。土方さんがいようといまいが新選組の命運は尽きる。西賊は強すぎるのだ。会津も時の問題だろう」

「そうはいきません。たとえ新選組の命運が尽きようとも、拙者は会津と共に滅びる所存」

「そうか。おぬしらしいな。おれは江戸に行くよ。何か力になれるかと白河へ来たが、大砲とピストルには勝てねえ。江戸で細々と剣術でも教えようと思う」

 永倉の言葉を聞き、伝八が思いつめた表情をさせた。この一月余り、続々と集まった官軍の力に気を揉んでいるのだろう。ふと妙な言葉を口にする。

「また名を変えようと思う」

「なぜだ、何か魂胆があるのか」

 永倉が、詰問にも似た口調で聞き返す。

  

 ――名を変えるのは生き方を変えるときです。伝八殿は新選組に戻る決心をしました。ですが心変わりではありませんよ。根底には会津への思いに溢れています。

 四郎は、頭の中に入り込むイズミの声を静かに聞いた。

 思い当たる節はあった。昨夕、土佐兵から新選組を目の敵にされたとき、伝八の目は燃えていた。四郎は感じた。もしかしたら会津を守るために、個ではなく将として官軍と対決したいのではないかと。

「永倉さん、何も聞かずに、うんと言ってくれませんか」

 伝八が四郎を見つめてから、身を乗りだす。押し殺した声で永倉に迫った。

 永倉は口を真一文字に結んで、伝八を見つめている。

 二人の沈黙は続く。だが四郎には、二人が無言で会話しているようにしか思えなかった。おそらくそれは、死地を共に生き抜いてきた者にだけ通じる気心なのだろう。

 永倉がぼそっと呟いた。

「まさか新選組に戻るつもりか」

「十人いた隊長が、今は誰もいません。しかも土方さんは足を怪我しております。拙者は会津の窮地に少しでも役に立ちたいのです」

「新選組としてでなければならぬのか」

「劣勢になれば、土方さんは会津に見切りをつける。あの人の心は別の所にあります」

「それで、おれにどうしろという」

「白装束の義士になってほしい」

「よもや、あなたらが白装束の義士でしたのか」

 粥を運んできた住職が言葉を耳にして立ちどまる。口を大きく開けた。

「いったい何のことだ。詳しく話してほしい」

  

 伝八はこれまでの経緯をすべて話した。それによって生じた思いの丈を永倉へ伝えた。

「要するに、おれにおぬしの代わりを務めてほしいんだな」

「代わりだなんて、そのような失礼なことは考えてもおりません」

「じゃ、どうしたいんだ」

「功なき義士として、永倉さんに死んでほしいのです」

 永倉が全身に鳥肌を立てた。ただしそれは怯えではなく図星を突かれたからだ。永倉もまた死に場所を捜していたのかもしれない。

「痛い所を突かれたな。おれが白河へ来たのは、そうさ、死に場所を求めてきたんだ。いいぜ。その山伏の服を着せてくれ」

 永倉が仲間に加わった。住職が本堂へ向かうとイズミも飛び出した。

 永倉は一瞬きょとんとさせたが、すぐに破顔し弾んだ声を上げた。

「これで、板垣殿が手を出さぬ根拠がわかりましたぞ」

「で、善後策ですがー」

 粥を口につけながら、イズミが一同を見渡した。永倉が箸をとめて真顔で聞き入る。

「二本松が落とされれば、孤立した会津は籠城策をとるしかありません。そこで私が危惧するのは兵糧です」

「イズミ殿。兵糧なら心配ありませんぞ。緊急時に備え貯蔵庫に一年分の米が蓄えられています」

 伝八は言うと粥を掻き込んだ。

「その貯蔵庫は、どこにありますか」

「三の丸ですが……」

「伝八殿。これまで私が、会津人の危機感のなさを何度も窘めたのを覚えておいでですか。今の感じであれば、領主も領民も、会津が官軍兵士で埋めつくされるのを現実として捉えていませんよ」

「そりゃそうだ。会津は長閑な片田舎にしかすぎん。まして敵に攻め込まれた経験もないだろう。城下や城内に残る者たちは、この戦いが遠い他国の話だとしか思っておらん。大砲を打たれてから慌てふためき逃げ込むことしかできまい」

 永倉が同意した。伝八も、はたと気づく。

「つまり、今のうちに兵糧を城内へ運ばねば一月と持たない」

「そうです。領主の頭の中には籠城し、雪が降りだすのを待って和睦。それが大部分を占めているはずなのですが、肝心の兵糧を未だに移し終えていない。敵を侮っている証。間抜けとしか言いようがありません」

「もしかしたら、最初から城内に小人数しか入れないのかもしれませんな」

「だとすれば多くの民が死ぬ」

 永倉の言葉を受けて、伝八が悲痛に呟いた。

「全面降伏ならともかく、和睦など長州が受け入れるとは思えませぬ。だからといって、戦っても降伏しても会津は滅びる。家臣は斬首か自刃。家族も追従するでしょうな」

 四郎の言葉に伝八も永倉も押し黙る。手に拳を作って唇を噛み、全身を小刻みに震わせた。


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