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――銃は用心のためですよ。心配することはありません。
イズミが疲労困憊の優を見つつ、声をかけてきた。四郎は警戒を解いた。
「旅の者です。できましたら一晩泊めて頂きたい」
「賊軍の脱走兵か」
意味不明だ。なぜ、そう思うのか。また賊軍とは官軍なのか、それとも幕府軍なのか。四郎は惑い、竹と小一郎の顔を見た。二人は、変人と過ごすのなら野宿でも構わないと言いたげな表情をさせていた。だが病み上がりの優の顔色はよくない。
「脱走兵などではありません。我らは山伏と侍です」
「ほう」
途端、声音が変わった。「入るがよい。閂はかかっておらん」
四郎は振り向き、皆を呼び寄せた。扉を開けた。
「夜分に失礼つかまつる」
入り込むと、想像とは違い家の中は整頓されていた。壁に熊の毛皮が掛けられ、棚の上には数本の弓が矢と共に置かれている。足元の土間にも手入れされた罠が数個丁寧に積まれていた。
土間の先に板敷きの囲炉裏があり、そこへ、この小屋の主であろう老人が銃を携えたまま腰を下ろした。
「四人か。案外、大人数だな。夜具はないぞ」
「かまいませぬ。夜露を凌げれば、それで十分です」
四郎は囲炉裏の前に座った。皆も続いた。
「ところで、ここへ来る途中、山賊に出会わなかったか」
老人が傍らに銃を置き、煙管に火をつけた。
「会いました」
「で、どうした。身ぐるみを剥がされたようにも思えぬが」
煙を吐きながら、舐めまわすように皆を見た。「まさか成敗したのか。奴らは舶来の銃を持っていたはずだぞ」
四郎が黙っていると、堪らず小一郎が答えた。
「四人いましたが、推察通り成敗しましたよ」
「何だと。本当なのか」
「当然です。山伏は仮の姿、我らは剣豪なのですから」
小一郎は自慢げに鼻を膨らませる。
しかし老人は小一郎の話を信じようとしない。四郎に目を向けて「どうなんだ。この弱そうな小僧の話を鵜呑みにしていいのか」
「信じようと信じまいと勝手ですが、我らは犠牲者の弔いを済ませて――ここへ」
「おお、凄いぞ、よくやった。これで以前のように狩りができる。よし景気づけだ。酒でも飲むか」
老人は煙管を囲炉裏の傍へ置き、返事も聞かずに酒を取りに行った。嬉々として持ってきたのは、自家製の濁酒だった。
「で、戦利品はどこにある。持ってたじゃろ、大将が」
「何のことですかな」
「じれったい奴じゃな。早く見せてくれんかスペンサー銃を」
老人が忙しく皆の荷物を見た。「まさか奪ってこなかったのか……」
「ええ、我らに縁のない道具ですから」
「ばかめ。みすみすお宝を見逃しよって。売れば当分遊んで暮らせる金が手に入ったのじゃぞ」
未練がましい老人の舌打ちが室内に響く。
「まぁ、よい。まずは、これで一安心だ。あいつらは、わしの仕留めた獲物をいつも横取りしていたのだ。おかげで最近は野草の雑炊しか口に入れとらん」
老人が四郎に酒を注ぐ。侍姿の竹にしなかったのは女だと見抜いたからだろう。
「そうだ、すっかり忘れていた。あんたら腹が空いてるだろう。雑炊を喰え。米を炊いたばかりだから、土間にある山菜を入れて煮込むだけだ。鍋は好きなものを使え。ただし洗っておらんがの」
老人は、にやけながら竹と優に伝えるとぐいと酒を飲んだ。戦利品は残念だが、こんな爽快なことはないと酒を注ぎ、また飲んだ。
「猟師ですかな」
四郎が訊くと、老人は手で口を拭いながら答えた。
「鹿を知りつくした、狩りの名人よ」
普通、名人は自らを名人と呼ばないはずだが、そこは小一郎の剣豪と同様で愛嬌だと思った。
その後、老人はみずから与八と名乗り、壬生出身の貧乏百姓の八男だと言った。子沢山だけに疎まれて育ったらしい。そのせいか反発心は人一倍強く、七歳のときにぷいと家を飛び出したという。
とはいえ町に出ても盗人にしかならないと判断した与八は、手製の弓と矢を作って山の中へ入り込んだ。そこで育ての親となる猟師と出会ったのだという。以来、所帯も持たず、町にも出ていかず、鹿をしとめて生計を立ててきた。
だが、そうとう人恋しかったのだろう。与八は酔うにつれて饒舌になっていった。
「名人のわしが手こずったのは、熊だな。鹿は習性を知れば容易いが、熊はそうはいかん。なんせ一発当たっただけではしとめられんからな」
「では、どうやったのですか」
小一郎が身を乗りだして訊く。四郎は壁にかけられた熊の毛皮に目を移す。かなり大きい雄のヒグマだった。
「まずは遠くから喉を狙う。とどめは心の臓だ」
与八は沢庵を齧りながら講釈を垂れ、飲んだ。「けど、名人のわしでも狩れぬものがある」
「ほう、それは何ですかな」
四郎は関心を抱いた。
「イイヅナじゃよ。かれらは二王の化身だ。小さいくせに熊にさえ怯まぬ。そこにかけてある毛皮も半分はかれらの手柄だろうな。なんせ対決の最中だったから、熊もわしに目が行きとどかんかった」
四郎はイイヅナと聞いてどきっとしたが、懐かしさも感じていた。ちらっと懐のイズミを見ると、誇らしげな目で見返している。いよいよイズミの言葉が真実めいてくる。
注がれた酒をぐいと飲み、ところでと訊いた。老猟師にとって大切な相棒が見当たらないのだ。
「猟犬はどうなされた」
「三頭いたが、三頭とも奴らに殺されたよ。人懐っこい犬なのに、奴らには尾も振らなかった。それどころか牙を剥いて唸るしまつだ。それが気に入らなかったんだろうな。寄ってたかって蹴り飛ばした挙句、喉を一突きだ。三頭ともな」
小一郎と顔を見合わせたとき、竹と優が雑炊鍋を運んできた。四郎は受けとり、天井から吊るされた鉤棒へ引っ掛けた。
「明日、朝いちばんでごろつきたちがいた所へ戻り、銃を持ってきましょうか」
四郎は唐突に訊いた。猟犬のいなくなった老与八を心配しての言葉だった。古希を過ぎているだろうし、一人暮らしだ。売って大金になるならそれにこしたことはない。
「そんなもんいらん。わしは狩りの名人じゃぞ」
「しかし、年には勝てないのでありませぬか」
「なめるなよ」
と、与八は優の腰にさらりと触れた。「この通り、まだ現役じゃよ」
優が手をはたく。与八は悪びれずに笑う。
「わしと所帯を持って、子を産むか」
「冗談も大概にしないと刀を抜きますぞ」
竹が板の間に茶碗を置き、真顔で睨みつけた。
「すまん、大概にする。ちょっと酔ったのかもしれん。許してくれ」
与八は丁重に謝ると、顔を四郎に向けた。「ところで、あんた誰かに追われてないか」
「さて」
四郎はとぼける。唐突に言い出した与八の真意を引き出すためだ。
案の定、しばらくして与八は「じつはな」と、話し出した。
「馬に乗った官軍兵士が朝方やってきたのだよ。山伏と侍の小僧を見つけたら、教えろとな」
「如何に知らせる」
「街道沿いにいるので、見つけたら銃を三発撃てと弾薬を置いていった」
「知らせぬのか」
「あいつは信用のおけぬ男だ。目を見ればすぐにわかる」
「わかっていて、なぜ承諾をされた」
「犬がいなくなってから獲物を思うように狩れず、渡りに船だったからだよ」
「では、置いていったのは弾薬ではなく、金子ですな」
与八が決まり悪そうに舌を出した。
「お前さんは恐ろしい奴だな。何でも見通しちまう。まるで千里眼のようにな。弱そうな山伏とはまるっきり違うぞ。それにしても不思議な目をしてる。まるで夜叉のようでもあり、仏のようでもある」
「酔いましたな。某に関しては的外れも甚だしい。目もとろんとしているし、雑炊を食べずに寝るつもりかな」
「確かに酔った。すぐにでも横になりたくなった。頼むから悩ましい女侍と娘に言ってくれないか。わしを抱きかかえて床まで運べと。添い寝してくれると尚更だ」
与八は喋るだけ喋ると倒れるように横になった。四郎は小一郎と目配せして抱え、奥の部屋へ運んだ。
「ふむ、朝一でスペンサー銃か悪くないな。それはそうとやけにごつごつした女どもだ。これでは抱く気にもなれん」
与八は本音ともとれる寝言を漏らすと、鼾を掻いた。




