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       7

 

 背後の日が赤くなると、木々のかげりが増した。山道へ差しかかった場所でイズミが話しかけてきた。

 ――いよいよ、お出ましですよ。賊は四人、それぞれ銃を持っています。ただし取り込み中で、私たちにはまだ気づいていません。

「わかった」と頷き、四郎は足をとめた。気を集中させると、坂の向こうに邪な人の気配を察知した。

「どうなされました」

 竹が訝る。

「この先に追い剥ぎが潜んでおります。お竹殿は、二人と木陰に隠れてくださるか」

 途端、小一郎と優に強直が走った。だが竹は、四郎の錫杖を握り直す仕草を見て悔しそうに唇を噛む。

「案ずるな」

四郎は言い置き、イズミを肩に乗せた。忍び足で坂の向こうへ進んだ。


 呻き声のような女の声がした。口の中へ物を咥えさせられているのか言葉になっていなかった。

 さらに身を低くしながら進むと、平坦な草地に数人の男がいた。下半身を露わにさせた女を髭面の男が組み伏せていた。

 女は青白い顔をさせて観念している。横には商人風の男が俯せに絶命していた。まぎれもなく二人は、道中で見かけた夫婦だ。

 四郎は切れた。すくっと立ち上がり錫杖を掲げた。

「うぬら、赦さぬ!」

 言い捨てると、正面の男の胸を突き、返す杖で慌てて銃を構える男の頭を払った。さらに残りの一人の喉元を錫杖で突き刺した。

「熱いですね。ですが大将を頭に入れてません。撃たれますよ」

「イズミ殿、そ奴はどこにいる」

「ここからは見えにくいのですが、奥の岩に座っています。事を済ませ、酒を呷りながら一服しています」

「外道め!」

 言うやいなや四郎は裏へ走った。気配を殺し、男の背後へ回り込んだ。

 男はごろつきとは違い、濃紺の上衣と洋式の下袴を着用していた。腰にも垂直に差した外国の刀、おそらく伝習隊の脱走兵士だろう。

 官軍兵士ならまだしも、同じ幕府側の者に同心衆が殺されたのが得心いかなかった。猶のこと、無頼の振る舞いをしているのが気に入らない。結局は、尊皇を言い張っても志などない下衆げすだ。

  

 草場では息をふき返したごろつきと、女を救出した竹が睨み合っている。その様子を見て、岩に腰かけていた男が筒先に弾を込めた。竹に狙いを定め引き金に指を差し込んだ。

「撃たせてたまるか」

 しかし四郎と男は三間、錫杖を振り回してもとうてい届かない距離だ。走り込んでも間に合わないだろう。一か八か平衡に掲げ、投げた。見事、額に当たった。飛び出た弾丸は暮れなずむ空へ消えた。

 男がふらふら崩れ落ちる。四郎は駆け寄ると殴打し、銃を奪った。

「動くな、少しでも動けば撃つぞ!」

 弾を装填し、銃口を向けた。

 竹がごろつきを刀で威嚇し、蹴り飛ばす。小一郎も起き上がろうとした男の頭を踏みつけた。四郎が喉を突いた男はぴくりともしない。おそらく絶命してしまったのだろう。

 四郎は伝習隊士を牽制しながら、ごろつきらに言った。

「お前らも死で罪を償うがいい」

「どうか、ご勘弁を」

 ごろつきたちが頭を地につけて泣き喚く。

「あなたらは金を奪った挙句、同心衆と罪のない商人を殺しました。しかも姦淫を。今さら言い訳は通用しませんぞ」

 竹が刀を一閃した。逃げ出したごろつきも斬り伏せた。

 これで残るは親玉一人。四郎は吐き捨てた。

「お前は、殺すだけでは飽き足りぬ」

「待て、拙者は直参だぞ。甲州と宇都宮で薩長と戦った。そなたらと志は一緒だ。どうか見逃してほしい」

 男は四郎に懇願した。四郎は首を振り、詰め寄った。

「ならば、なぜ志を同じとする同心を殺した」

「臆病者と愚弄したからだ」

「違うのか。伝習隊の軍服を着て、ここにいるのが明白な証だ」

「何も逃げ出したのは拙者だけではないぞ。直属の小隊の長も早々と脱走した。しかも軍資を持ち出してだ。皆、奴らと力の違いを痛感した。見切りをつけるしかなかったのだ」

「己の行いを正当化するとは、見下げはてた男よ。お前ほどさもしい人間は見たことがないわ」

 四郎は有無を言わせず、声を振り絞った。

 錫杖を拾うと間合いを計り、勢いよく男の眉間に突き立てた。ぐしゃっとした感触と共に錫杖がめり込んだ。

  

 どうにも気分の悪い一件だった。

 ともあれ女と共に商人の埋葬を済ませ、別れを告げると、そのまま川沿いの小径を進んだ。ただ年頃の小一郎は、未遂であれ垣間見た光景に今なお忙然とさせている。優と目を合わそうともしない。

 竹も押し黙っている。束の間、安穏な生き方を選択した矢先にごろつきを斬り捨てたのだ。胸中は複雑だろう。にもまして、味方のはずの伝習隊の統制がここまで緩んでいるのが信じられないようだった。沈痛な面持ちで歩いている。

 煽るかに日は暮れ、星のない空からぽつりぽつりと雨も降ってきた。みな小山宿まで歩く気力も薄れてきている。たとえへ辿り着けたとしても泊まれるとは限らないのだ。雨の凌げる神社を捜して泊めてもらうか、野宿するしか選択肢は狭まっていた。

 最悪野宿すると意を伝え、神社の灯りを探しながら歩いた。やるせない空気の中、いきなり小一郎が前方を指さし声を張り上げた。

「師範。あれは家の灯りではありませぬか」

 川と山に挟まれた獣道のような山道。確かに滲んだ灯りが見える。そこだけが木々が伐採されていた。近づくにつれ人の手によって開墾された土地だと気づかされる。

 辿り着くと、太い柱で組み立てられた頑丈な家があった。とはいっても家屋とはほど遠く、小屋に近い殺伐とした住まいだ。

 扉が見えた。

 四郎は人さし指を口に当て、しっーと皆の動きをとめた。そっと気配を探った。

 刹那、「誰だ!」としゃがれれた声がし、カチッと銃に弾を込める音が聞こえた。


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