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拙い作品を読んでいただき心から感謝します。
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「四郎殿、起きていますか」
驚愕の事実を聞かされた竹が、傷心のまま部屋に戻って数刻後。四郎の空ろな頭にイズミの言葉が響く。
「寝ようにも、目が冴えて眠れませぬ」
「では」と、イズミがむっくり起き上がり、四郎の枕元で胡坐を掻いた。
「用件は、先ほどのことですかな」
「そうです。そして、あの女人の死に様です」
「やはり此度の戦いで、我らの兄弟にお竹殿は殺されると仰るか」
「残念ですが、いくら薙刀が達者でも宿命には勝てません」
イズミが虚空を見つめ瞳を曇らせる。四郎も落胆した。いっときでも心を通わせた同志であれば尚更である。
「会津へ小一郎を送り届け、その足で津軽へ向かうが、それでも兄弟は会津へとどまるのか」
「絵の背景は会津ですから」
「それは、某が津軽へ行かぬとも聞き取れるが」
「十中八九」
なぜかそうだろうと四郎も思っていた。小一郎や竹が運命に導かれた同士なら会津で為すべきことが必ずある。それが何かはわからないが、きっと大切な人との約束なのだと漠然と感じている。
「だとして、助ける手立てはないのか」
「ありません。あなたも、その前に死なれてしまいます。助けたくとも助けられないのです」
「何と、某が死ぬー」
思ってもみない返答だった。どう心を整理していいのか答を見つけられない。
「あなたは、小一郎と薙刀の女人たちの盾となって息絶えます。ですが……」
「ですが? 何を躊躇う」
「失言です。お忘れになってください。敵の力が強大すぎて、正直……打開策が私にはわかりかねるのです」
「わからないのであれば、先見は曖昧だということだ。つまり用心すれば事体を避けられる、そうなのだな」
「無理です。今の私たちでは宿命は変えられません」
「異なことを。我らなら無理を可能にできよう」
いくら兄弟が妖術に長けているとしても、イズミは先見と鎌鼬の遣い手であるし、四郎も水鴎流の免許皆伝の腕前だ。それと眉唾かもしれないが、イズミと同等の力を秘めていると伝え聞く。
「思い違いなさらないでください。あなたはまだ覚醒していません。実体が半妖だとしても、失くした記憶を少しでも取り戻さない限り、人間のままです」
昨夜、あなたも私も半妖ですと、イズミから聞かされたが、四郎はそれを鵜吞みにはしていなかった。実際兆候もないのだ。戯れ言の可能性だって否定できない。
とはいえ、わざわざイズミがそのような虚言を吐くとは思えなかった。
いずれにしても竹の死が事実であってはならない。四郎の死も。
「お竹殿の死を、そなたの先見で何とか回避できぬか」
「それは、あなたしだいです」
イズミは答をはぐらかし、夜具の中へ潜り込んだ。遠くで鐘が、眠りを誘うように間延びして鳴った。
その夜、四郎は夢を見た。
蕩けるような甘美なときの中で、女人と絡み合っている夢だ。手に胸の膨らみや、背中から尻にかけての柔らかい肌の感触も生々しく残っている。まるで現実のように。
翌朝の出立の際、竹が嫌に恥じらいの表情を見せていた。まさかと思いつつ草鞋を履いていると、寄り添うように近づいてきた。
「決心をしましたぞ。四郎殿が妖でもかまいませぬ」
何のことだ? もしや……まだ夢の続きなのかと頬をつねってみた。ちくりと痛みが走った。ならば、昨夜の蕩けるような夢は現実だと言える。
四郎は優と小一郎の顔を気まずく見た。
「正気であられるか」
「嘘は言いませぬ。お優にも、その旨を伝えました」
「姉からすべて聞きました。信じられない話ですが、今、水間様はまぎれもなく人間です。仮に妖だとしても聖なる妖だと私は思っています。なら、ぜひとも女の幸せを、姉に味合わせてやってください。そして、どうか命を」
死の待ち受ける会津へ赴く、妹の本心なのだろう。イズミの言葉が出まかせであろうと真実であろうと、憤死を免れないほど会津を取り巻く情勢は厳しい。ならば道中だけでもいいから、束の間の幸せを姉に感じさせてほしいと思っているのかもしれない。
四郎が決意を固めようとすると、宿の女将が突然、先行きの不安を暗示するような言葉を口にした。
「取り込み中、済まないんだけど、夜遅くに目つきの悪い官軍の兵隊さんが二人、馬に乗ってやってきたんだよ。山伏は泊っているかと凄んでさ。そんな客は知らないと突っぱねたけど、怖い人だったよ」
山伏を捜している官軍の兵士? 四郎には特に心当たりはなかった。しいて挙げるとすれば稽古場へ乱入してきた迅衝隊兵士だ。
――推測通り、その男です。履物を見たはずですから、この先で待ち伏せしているでしょう。
あのときは夜で狭い場所だったから凌げた。が、見通しの良い場所で狙撃されたら防ぎようがない。それにしても、なぜ隊を離脱してまで恨みを抱くのか。
――もう一人は、あの者ですよ。
イズミの声が、昨夜の話は出まかせではないと告げている。
「あんたら会津へ行くんだろ。その人も、そっちへ行ったよ。そうじゃなくとも、この先は追い剥ぎが出るから気をつけておくれよ。昨日も、お侍さんが殺されたばかりなんだからさ」
「妙なことを」
相手が官軍兵士ならわかるが、追い剥ぎに殺されるはずがない。案の定、小一郎が聞き返した。
「侍が、追い剥ぎに殺されたというのですか」
あってはならない事体だと思っているのだ。
だが時代は、町人の営みを置き去りにして奇妙に変革している。その町人の一部も、双方の戦いに兵士として加担していた。したがって銃の扱いに慣れれば、武士など怖れなくなる。
「殺された人たちは奉行所の同心だったらしいんだけど、ピストルには勝てないんだろうね」
まさか殺されたというのは、御堂で同宿した同心衆なのか。
竹が四郎の目を見る。小一郎も優も見つめてきた。疑念は同じだ。ただかれらは、もう一人の脅威を知らない。
宿を出た。街道のあちこちに目つきの悪い男が旅人の様子を見ている。銃こそ携えていないが、武士を真似た身なりで刀を差しているが、あきらかにごろつきだ。彰義隊士も官軍兵士もそうだったが、昨今、侍と町人の区別が薄まってきていた。
「四郎殿。卑劣な追い剥ぎに情けをかけてはなりませぬぞ」
「心がけます。できれば関わりを持ちたくありませんが、その類が飛び道具を持っていないことを願うばかりです」
「では急ぎましょう」
竹が先頭を行く。四郎は、憂える優と小一郎を促し宿場を後にした。




