《白呪術師》の行き先
どこに行くかわからない。健心はただ先導する奏人についていくしかなかった。
どうにも、彼は苦手だった。何を言えばいいかもわからず、気まずい。
「入学早々こんなことに巻き込まれた気分は?」
「燃え尽きそうです」
想像もしなかった事態だ。オカ研に入れられたことでさえ予想外だったのに、こんなわけのわからないことに巻き込まれて戸惑うしかない。
身内にサイキックを持ちながら、健心自身は不可解な現象とは無縁に生きてきたのだから。
「だろうね」
笑う彼はやはり疲れている様子だった。彼の方もそうなのではないかと健心は心配になる。
「大丈夫。俺はまだ燃え尽きないよ」
まるで考えを読まれたようだった。
「……兄から神木先輩のこと、聞きました」
「一心さん、だね」
「やっぱり、ご存じなんですね」
「オフィスの方々や君のお兄さんにとっては腫れ物なんだろうけど、こっちは一族の力で調べまくってるからね。だから、嫌われるんだろうね」
一族とは《呪術師》の一族のことなのだろうか。聞いたとは言っても、正解かはわからないのだ。
「って言っても、うちも衰退しちゃってさ……いつまでも秘密主義じゃあ、こっちが潰れる。だから、どっかのオフィスみたいにオープンにしちゃえばいいんだと思うけど、汚点があるわけだから、うまくいかなくてね」
彼はもしかしたら一族の意向に従わなければならない中で、変えようともしているのかもしれなかった。
「神木先輩は、《白呪術師》ってことでいいんですよね?」
「そう、その端くれ。敵はかつて袂を分かったうちの一族の者《黒呪術師》。さすがだね」
どうやら一心の情報は正しかったようだ。
「璃沙には辛い思いをさせたと思う。彼女は賢すぎる。でも、わかってもらえるなんて、俺の勝手な希望にすぎない」
健心の脳裏に先程の璃沙の表情が蘇る。この男は彼女を本当に愛しているし、彼女もやはり彼を好きで間違いないだろう。
誰も知らない裏側に気付き、裏切りだと感じても、彼女はこれまでのことを嘘にはできなかった。互いに何らかの力を持って、惹かれ合うならば、それは運命という以外の何物でもないのかもしれない。
「神木先輩って漫画とか読みます?」
「俺だって表向きは普通の男子高校生だからね」
物凄く嘘っぽいが、権力ある生徒会長というところを除けば、そうなのかもしれない。そういうことにしておくべきなのだろう。
「よくあるじゃないですか、漫画とかで凄く長い戦いのようで実はほんの数日のことだったりして、これ終わって、俺達、日常に戻れるんですかね?」
いきなりこんなことに巻き込まれると誰が予想しただろう。
寺の息子というだけの理由でオカ研に入れられ、その上わけのわからない《呪術師》というものと戦うことになるとは誰が考えるのだろう。サイキックの兄二人を持つ健心としても初めての危機とも思える。
しかも、その原因は隣で笑っているイケメンに関係しているのだ。恨めしく思う。
「……俺、これが終わったら、彼女にプロポーズしようと思うんだ」
「それ、死亡フラグっぽくないですか?」
「死なないとも限らないからね」
その危機感は一心も訴えていたことだ。
現に圭斗が刺されて戦線を離脱した。特に《黒呪術師》と戦い続けてきたらしい彼ならばよくわかるだろう。
「案外、弱気ですね」
「俺、彼女がいないと何もできない」
「あー、ただのヘタレですか」
実は彼には才能がないのではないかとさえ思ってしまった。
「一族からは散々未熟者扱いされて、ディスクは取られる、何度も逃げられる、どうなってるんだってお説教だよ。いや、彼女ちょっとどころか、かなり普通じゃないよね。本性バレたら手に負えなくなっちゃった」
それは自業自得だと思うものの健心は黙っておくことにした。
「ペン一本で戦いますし、さっきも凄い気迫で俺のこと助けてくれましたし、先輩の見様見真似で呪いのメール消してましたし」
確かに普通でないことは否定できないのだ。これまで彼女がしてきたことなど知らないが、更紗への容赦のなさ、その立ち振る舞いは女戦士そのものだ。
「……ぶっちゃけ、君が入ってくるのに期待したよ」
「凡人で申し訳ないです」
心の中では、こいつもか、と健心は思っていた。健心の中で奏人の好感度はかなり下がっている。何かムカつくものがある。
「冥加先輩は何者なんですか?」
「一族の力で徹底的に調べたけど、わからないんだよね……突然変異? でも、俺達に近い存在だと思うよ。とんでもないパワーを秘めてる」
一心が《白魔術師》と称したことについては黙っておくことにした。彼女は彼女、冥加璃沙だ。
「だから、好きなんですか?」
「ひどいね、君。なんかグサグサくるよ。やっぱり一心さんに似てるよね」
「俺、あんなにポカスカ人のこと叩きませんし、お茶飲ませまくったりしませんよ」
一心は常識人のように見られがちだが、かなりの曲者だと健心は断言できる。
きっと、成立した交渉もかなり強気に出たに違いない。彼はなかなか折れない。通したいことは必ず通す。
「惹かれたのは、確かに彼女が持つパワーの影響かもしれない。それは否定できないよ。彼女のオーラは特別だから、みんな引き寄せられてる」
健心自身もそうなのかもしれないとは思う。
「親にもとりあえず家に連れてこいって言われるけど、絶対逃げられるし、うちの人間も必死だからさ。外堀埋まっちゃうよね」
「で、まずはプロポーズで、その後逃げられないようにするってわけですか」
「君、呆れてない?」
「うんざりしてるっていうか。爆発しろ、っていうか……爆発しませんか?」
こんな男に好かれる璃沙が本当に気の毒なくらいだ。
「君には負けたくないんだよ」
妙にライバル視されている気がしたが、彼には見抜かれているだろう。健心も否定するつもりはない。
「俺には何の望みもありませんよ。先輩が綺麗さっぱりこの世から消えたりしない限り」
あれもきっと一目惚れだったのだ。それは認める。彼女のことが好きだ。だから、更紗を好きにはならなかった。望みがないなら、と思いもしたが、やはり彼女でなければならなかった。だが、それはきっと見守っていたいのだ。本当に好きな女の子が現れるまで。
「怖いね、ほんと怖いよ、君」
「冥加先輩は自分から利用してくださいって、うちの兄に申し出てきたんです。だから、先輩にしっかりしてもらわないと困るんですよ」
肩を竦める奏人が向かっていたのはオカ研の部室だった。
周辺は妙に静かである。ノックをして入ればなぜか大所帯だった。
「あれ、皆さんお揃いですね」
「神木が、ここが安全って言うからな。とりあえず、従っておいた。今出るとやばそうだ」
そう言うのは蔵重だ。ジャーナリストだからなどと言って飛び出しそうだが、彼と奏人の間には何かありそうだった。
「ああ、そうだ。何なんだよ、お前。最近……元々だけどよ、でも、特にひでーぞ。おかしい。おかしすぎる」
「そうよそうよ。何なのよ、もうっ!」
「金で解決しようったってはそうはいきませんよ」
「どうせ、僕なんて雑用係なんですよね……」
口々に奏人に文句を言うのは生徒会のメンバーだった。
しかし、その奏人はなぜか壁に寄りかかるようにして、窓辺でキラキラ輝くものに手を翳してみたり、棚の中の天然石のクラスターや水晶玉に手を伸ばしていたりする。おそらく全て璃沙が飾ったものだろう。
「そもそも、何でここが安全なんだ?」
「まさか、その変態某女の趣味のせいとか言わねぇよな?」
奥のソファーにはいつも通り光明と星河がいる。だが、海里だけがいなかった。
「あー癒されるー」
奏人は何も聞いていなかった。そう言えば彼はフラフラだったかもしれない。
「あの、鬼海先輩は……?」
問えば、皆が首を横に振る。
彼だけどうしてしまったというのだろうか。
そう思った瞬間、ガラリと部室のドアが開く。放り込まれるように入ってきたのは、その海里だった。




