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呪いのメールパニック

 外は落ち着いたか、もう誰かが襲いかかってくるわけでもない。


「そう言えば、さっき……あーっ!」


 健心が急に叫び出した。彼の視線を追えば、ブレスレットの石が一つなくなっているらしかった。


「後で直してあげるから」

「お願いします」


 おそらく更紗の邪念のせいだろう。璃沙はそう納得した。


「あ、あの、それで、冥加先輩はどうして、ここに?」

「あんたを助けにきた。窓から担がれてるのが見えて……」


 けれど、実際は奏人から逃げる口実だったのかもしれない。


「校舎の中はまるでゾンビ映画」


 ここに来るまでに璃沙にはわかったことがある。異様な空気が漂って、誰も正常ではない。フラフラとさまよう者、更紗のようにおかしくなる者、教師達もこの状況に何も言わない。

 まるで正常なのが自分達だけのようである。


「怖かったら、ここでケダモノと隠れててもいいのよ?」


 冗談を言えば、健心はブンブンと首を横に振った。本当に更紗はケダモノだ。彼も本当に貞操の危機を感じただろう。


「行きます。冥加先輩が行くのなら」


 よろしい、と璃沙は笑む。急にこの後輩が素直で可愛く思えてきた。


「何が起きてるんですか?」

「学校丸ごと都市伝説になるのかもね」

「何で急にこんなことに……」


 そこで璃沙は思い出した。健心へとすっと手を出す。


「ケータイ、貸して。呪いのメール届いてるでしょ? あれ出して」


 言えば彼はすぐに差し出してくる。そして、受け取った璃沙は『消えろ』と念じてみる。たったそれだけだったが、璃沙は健心に携帯電話を返す。


「メールが消えてる……?」


 実験は成功だった。メールは消えたのだ。普通にやっては消えなかったのに、たかだか念じたくらいで。


「な、何したんですか?」

「神木が、やってたから真似して念じてみたら消えちゃった」


 彼は《白呪術師》だからこそ、できたのだろうと思っていた。しかしながら、案外やればできるものだ。


「メールが学校中に回った。洗脳する効果があるみたい」


 今日一日、皆、メールに振り回されていた。だが、この放課後になって急に様相が一変した。


「美空先輩がおかしくなったのも……」

「正直、あれは素だと思うけどね。邪念の塊だから」

「で、ですよね……」


 元々、ああいう悪事をかなり日常的に行っていた彼女のことだ。それを思えば、案外大人しかったようにも思える。混乱に乗じて仕掛けてきたとしても不思議ではない。


「よく誘惑に勝ったわね」

「まあ、何か俺の中で美空先輩、そういう対象から完全に外れたっていうか……」

「アウトオブ眼中? 下半身のレーダー無反応?」

「……もう、そういうことでいいですよ」


 健心は何かを諦めたらしかった。どうやら彼は正常らしい。どういう人間が正気を保っているかはわからない。


「それで、冥加先輩はどこに行くんですか?」

「どこ行ったらいいかわからないのよね。とりあえず、部室に行ってみようかしらね」


 璃沙は校舎を見据える。奏人は一番安全だと言った。他のオカ研メンバーはどうしているかわからない。健心も異論はないようで大人しく着いてくる。しかし、璃沙は足を止めるしかなかった。



「ちょっと……何でここにいるの?」


 信じられない思いで璃沙はそれを見つめる。いるはずのないものがいた。視えるはずのないものが視える。


「病院は? 圭斗先輩は?」


 しゃがみ込んで問いかけるが、答えが返ってくるはずもない。犬のように璃沙にすり寄ってくるだけだ。


「何かいるんですか?」

「榊さんの眷属が……」


 健心が不思議がるのも無理はない。やはり彼には視えないのだろう。狼がそこにいればわかるはずだ。

 圭斗は今も入院していて、動けるはずがない。彼を守っているはずなのに、なぜ、ここにいるのだろうか。


「あんたのこと、守りにきたのよ」


 声に振り返れば派手な女が立っている。そして、三人の男女が背後に控えている。

 黒羽オフィス所長の黒羽永遠子を筆頭に、精鋭が揃えられている。永遠子に似た美女は長男の久遠であり、黒髪の眼光鋭い青年は次男であり三代目のオカ研部長を務めた十夜とおやである。そして、真っ赤なスーツを来て異彩を放つ黒髪の美女は毒島鈴子ぶすじまれいこ、初代オカ研部長、魔女と呼ばれた人だ。


「……圭斗先輩は?」

「勿論、病院でおねんねしてるわよ。あの子、しぶといから全然大丈夫。女神のご加護がついたみたいだし?」


 女神とは今ここでケラケラ笑っている永遠子のことではなかったか。


「日高健心、あんたのお兄さんとは、もう話がついてんのよ」


 ネイルに彩られた爪がビシッと健心を指す。


「交渉成立よ。協定を結んだ。今、二人には外を頼んでる」


 戸惑っている健心の様子では聞かされてはいなかったのだろう。



 そこへ走り寄ってくる人影があった。髪を乱し、はぁはぁと息を切らしている。


「やっと見つけた……璃沙」


 彼は疲労がはっきりと見て取れる様子で一歩一歩と近付いてくるが、それを許さない人物がいることに気付いていなかった。


「神木奏人!」


 まるで仇のように大声で彼の名を呼んだかと思えば、璃沙は永遠子に抱き付かれていた。


「げっ……」


 奏人の目が見開かれる。


「これはね、あんただけの戦争じゃないのよ! 出てけって言うなら、この子拉致るわよ!」


 本気だと璃沙は感じた。完全に人質を取った犯人である。そして、この状況を楽しんでいる。


「……こちらの事情はもう言うまでもないんでしょうね」


 諦めたように奏人は両手を上げた。


「あんた達は厚かましく存在する腫れ物だわね。もう見てるのもうんざりしてきたわよ」

「正直なところ、その言葉そっくりそのまま返してやりたいのですが、取り繕っても仕方ありません。俺達が支配者面するのは間違いです」


 どっちもどっちだと璃沙は思う。厚かましく、面倒臭いのは同じだ。


「日高健心君、ちょっと」


 奏人が健心を見て、手招きする。その健心は戸惑ったように璃沙と永遠子を見てくる。揃った判断はゴーである。


「左のポケットに入っているものを取って、彼らに。そう全部だ」


 頭の後ろで手を組む奏人は誠意を見せているつもりなのかもしれない。そして、健心はポケットの中にあった全てのものを手の中に収めて戻ってくる。


「こちらは、かなりの窮地に陥っています」


 健心の手の中にあったのは来校者用のバッジだった。また未来が読めるとでも言うのだろうか。彼女達の人数分確かにある。それは彼なりの許可のつもりなのかもしれない。


「助けて下さい、お願いします!」

「おーけーおーけー、ジャンジャンバリバリ介入させてもらうわよ」


 実に軽い返事だった。彼女達は健心からバッジを受け取ると見えるところに付けていく。


「圭斗の弔い合戦じゃあっ!」


 美女は声を上げ、拳を突き上げる。だが、一緒にそうする者はいない。


「弔い合戦って、圭斗先輩死んでないでしょう?」


 誰もそのツッコミを入れないのが不思議なくらいだった。


「こういうのは勢いなのよ!」

「笑えないですよ」


 ノリで言っていいことと悪いことがある。しかし、この勢いについて行くしかないのだろう。


「璃沙……っ!」


 切なげに呼ぶ声に璃沙は振り返っていた。日高家と手を組んだ自分が今従うべきは彼女達なのだと当然のように思っていた。


「俺と来てくれないか? 君にちゃんと全てを話すと誓うから。だから、今は俺に力を貸してほしい。お願いだ」


 奏人が手を差し出す。そして、頭を下げる様はまるでプロポーズの返事を待つようにも見える。

 どうして、ここまで彼は自分を必要とするのか。本当に全てを話してくれるのだろうか。それが彼の見せる誠意なのだろうか。そう思うと、迷いが生まれてしまう。


「あーら、璃沙ちゃんはあたしと来るのよ! はい、この子あーげるっ!」


 永遠子は璃沙を引き寄せ、反対の腕で健心を奏人の方へと突き飛ばす。


「お、俺!? いや、俺なんて何の役にも立たないんですけど!」


 その主張を聞く人間はいなかった。


「仕方ない、行こうか。テラ?」


 奏人も諦めたようだ。そうして、奏人と健心、璃沙と永遠子、黒羽兄弟と魔女が三方に散る。それぞれが事態の収束のために。

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