明かされる正体
「うちの学校に神木奏人という男がいます」
「あ、えっと、生徒会長なんだよ」
急に出た名前に戸惑ったようにしながら、健心は二人の兄に説明していた。
「彼は何者ですか?」
「それを私に聞かれましても……」
「さっき、追ってきたのも彼ですが……」
困った顔をする一心に畳みかけるように璃沙は一枚の写真を差し出した。以前に蔵重が押し付けてきたものだ。むかつくほどによく映っている。
「この男と会ったことはないですか?」
「見かけたことはあるような……いや、多分、この彼でしょうね」
「くそっ、イケメンサイキック爆発しろ!」
清心はなぜか両手を広げて写真に向かって邪念を送っている様子だった。
「これでもまだ大人しい方なんです。気にしないでください」
そっと健心が囁く。張り詰めた空気が抑制しているとでも言うのか。
「あたしが《黒呪術師》と会った時、その神木が現れたんです。二人は因縁めいた関係であるようで、白と黒がどうとか言っていました」
海里が絡んでいるのかいないかも今のところよくわからない。疑心暗鬼になるまいと思っても、奏人の存在が全てを狂わせる気がしている。
「だから、今は神木が《白呪術師》なんじゃないかって思うんです」
彼がただの生徒会長でなく、サイキックだったとして気付ける人間は少ないだろう。そして、彼はかわすのが得意だ。
「君は神木君と随分仲が良かったようですね」
「神木は学校ではただのチャラ男です。おおよそ普通の生徒会長が持たないような権力を振りかざすので、怖い時はあります。それでも、友人だったはずでした」
肯定しきる自信が今の璃沙にはなかった。仲が良かったと思えることもある。楽しかった記憶は消えてくれない。彼を心の中で嘘吐きと罵倒して、忘れようとするほどに存在感を示してくる。
本当は知りたくもなかった。気付きたくもなかった。けれど、それが運命の一言で片付けられてしまうのだろう。
「冥加先輩と神木先輩は実は両思いで……」
「テラ」
「ひぃっ!」
余計なことを囁く健心に、いつもの癖で胸に手をやるが、今日はそこにペンがない。海里に囁かれすぎて変な影響でも受けたのではないだろうか。
「あいつは、宮地達が思う以上に策士で卑怯な男。チャラいけど、あたしの占いもブレスレット作りも全部あいつが原因。あいつがくれたタロットにパワーがあるんだと思ってた。でも、あたしが自分で買ったカードでも、みんな当たったって言う」
鞄の中にはあのタロットカードが入っている。未練があるからなのかもしれない。お守りと思ってきたものを手放すのは難しい。
「最初は委員会の関係で知り合って意気投合して、タロットはあたしの好きな画家のだったし、オカ研に入ったお祝いって言うか、『やることないなら占いでも始めてみれば?』って感じだった。パワーストーンのことも、あいつお洒落だし、色々知ってたから不思議に思わなかった」
おおよそ頂点に立つにふさわしいような知識のある男だった。疑念を持つ前の当時は純粋に彼を尊敬していた。
「でも、今は、何かを感じたから近付いて、与えることで試してたって思う。あいつはその内好きだとか愛してるとか薄っぺらいことを言い始めたけど、何か違うってどこかで感じてた。あいつには何かある。みんなが知ってる怖さ以外に何か深い闇を持ってる。でも、何も言えなかった。誰も信じないから暴き立てることもできない」
彼が変に距離を縮めようなどとしなければ、気付くこともなかっただろう。もしかしたら、焦っていたのかもしれない。
「《黒呪術師》が出てきて、あいつが出てきて、ううん、それ以前に楠田の《不幸シミュレーター》の画面であいつが特別な表示だった時に確信した。あいつは、本当に何かあって、あたしを監視してきたんだって」
健心は言葉を失っているようだった。彼は神木奏人という男をよくわかっていない。
楠田は璃沙を除外したが、今はどうなっているのかはわからない。メールとの関連も一心ではわからないようだ。
「あたしを監視する命令を受けたことも認めた。組織なんて大層なものじゃないって言うけど、昨日は楠田からディスクを手に入れてたし、今日だって、あたしを妨害してきた」
落ち着いているつもりだったが、本当は混乱している。
「自分と同じ道を歩む覚悟がどうとか言ってるけど、でも、あたしには何もわかんない。あいつを理解できない。ますますわからなくなった」
溢れ出そうとする感情を押し止めるように、またぐいっとお茶を飲み干す。
「おかわり、どうぞ」
なぜか一心が急須を持って待ち構えていた。やたらとお茶を入れたがる彼は今度は自分から湯呑みをとって注いでいく。
どうやら彼は兄弟達のお茶の残量さえ把握しているらしい。飲んでも飲んでも茶が注がれるだろう。健心が妙な顔をしていたのはこういうことだったようだ。いらないと言うまで延々と注がれるのかもしれない。彼の側に置かれたポットの湯が切れるまで。
急須を置いて、一心は息を吐く。彼なりに気持ちを入れ替えようというかのように、深く深く。
そして、璃沙を見据える。逃れようのない真実をこれから突き付けようとしている。
「古くから続く《呪術師》の一族があります。雨乞いなどから始まり、祈祷師とも言えるようなもので、彼らは徹底した《白呪術師》でした」
「それが神木の……」
「ええ、もしやと思いましたが、彼は若と呼ばれているようでした。次期当主なのでしょう」
一族のことだとすれば、彼が璃沙の想像するようなものではないと言った意味がわかる気がした。未熟だと言われるのもわかる気がした。アジトも神木の親族がいるところなのだろう。だからと言って、それなら仕方がないとは思ってやれなかった。
「だったら、《黒呪術師》は?」
「かつて一族の人間が黒呪術に手を染め、袂を分かったそうです。それから今日に至るまで争いは続いているようです」
《白呪術師》の一族と《黒呪術師》の一族、元は同じだった。だから、彼らは白や黒と自分達を分け、白が正義だ黒は外道だなどと主張する。
「近年、黒の方が力を付けてきた結果、都市伝説が目立つのでしょうね。意図的に作っているというのも関係しているでしょうが、彼らは長い年月の中で人々の負の感情を利用する術を身につけてしまった。そして、白は衰え始めているのかもしれません」
奏人が動いていても、状況が変わっているようには思えない。現に《チェーンソー少女》は圭斗が関与するまで放置されていた。その理由もわからない。
「都市伝説などと言われるような奇怪なことは、ここに書いてある以上にあります。悪意を持つ感情は強いものです。どれほど都市伝説を終わらせても、次々に作られる。もしかしたら、終わりがないのかもしれません」
奏人は璃沙の周囲を黙らせることは上手だった。けれど、それだけだった。楠田の嫌がらせは続いたし、奏人には知ったことではないだろう。
「人手不足というか、手に余るというか、そういう状態でも彼らは私達のようなサイキックを介入させないので、こちらもなかなか手を出せません。まあ、彼らには彼らの歴史的なものがあるわけですし、一族の不祥事的な面もありますし、仕方ないのでしょうね」
自分達のことだから巻き込まないというのは理解できる。ある意味当然だ。
「でも、あいつがやられたんだ!」
清心がドンとテーブルを叩く。
その通りなのだ。もう皆巻き込まれていている。圭斗は今ベッドの上だ。
「どうすることが最良なのか、答えは出ません。それは、黒羽オフィスの方々も一緒でしょう。圭斗君は立ち向かうことを決めたようですが、あちらもそう簡単な相手ではありませんからね。敵の数は把握できないんですよ。冥加さんがお会いになったのも、その内の一人であり、どれほどの力を持っているかは判断しかねるところです。敢えて言うならば人類全てが敵かもしれません」
清心はあんぐりと口を開けていたし、健心も固まっているようだったが、璃沙は何となくわかっていた。人の悪意が尽きることはない。
「《黒呪術師》は都市伝説の全てを自分が作ったような口振りでした」
「言うだけならば、簡単でしょう。それに、彼らの一族の考え方というのもあるかもしれません。私達の考えの及ばない存在でもありますからね」
《黒呪術師》の言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。それはわかっている。
だが、そこで心は決まっていた。
「一心さん」
「はい?」
「あたしを利用してください」
「えっ!?」
「なっ……!!」
「あたしは《黒呪術師》と接触していますし、サイキックオフィスとも神木とも関係があります。そして、今、あなたとも繋がりができた。違いますか?」
璃沙には自信がある。これが一心の強みになると確信していた。
「私も、冥加さんがその橋渡しになると思いますが、本当によろしいのですか?」
「何でもします。あたしにできることがあるのなら」
パワーがあるとしても自分でどうこうできるわけではない。
けれど、一心が誠実で、事態を彼なりに案じていることはわかった。
「交渉はしてみましょう。こちらも相手にその気があるなら協力を惜しむ気はありません」
その言葉は本物の重みを持っている。彼ならばやってくれるだろう。あの詐欺師紛いのボス相手にも怯まずにいられるだろう。
「お前達もいいね?」
一心に問われて、清心も健心も力強く頷いていた。こうしていると三人はそれぞれタイプが違うようでやはり兄弟だと璃沙は思った。
それから、璃沙は健心と一心と共に圭斗の入院する病院へと向かった。黒羽オフィスの人間はいたが、一心がうまくかわしてくれた。
圭斗は眠っていたが、そっとテーブルの上にブレスレットを置いてきた。昨晩作り直して浄化したものだ。そうすると彼の眷属が足にすり寄ってきた。感謝されているのかもしれない。
だが、その後の彼の交渉がうまくいったかはわからなかった。




