寺の息子達
通された部屋で璃沙は正座していた。畳の部屋に座布団を置き、一心は楽にしていいと言ったが、正座ができないわけではない。
目の前のテーブルの上にはお茶と菓子が置かれている。正面には一心と清心、角を挟んだところには健心が座っている。
「テラ……健心君から」
兄弟の前で、寺の息子だからという理由で付けたあだ名を呼ぶのは気が引けたが、一心は微笑んでいる。
「私達のことは気にせず、テラでどうぞ。何なら私達のこともテラ一、テラ二、テラ三とかでも構いませんし。一心、二心、三心でもいいですよ」
「俺はそんなのやだぞっ! いてっ!」
清心は声を上げたが、一心がポカッと叩く。
「もうご存じだとは思いますが、これは弟の清心です」
「俺達は昨日運命の出会いを……ぐはっ!」
今度は脇腹に肘が入ったようだった。
「あの、気にしないでください。うちの基本の状態なので」
横から健心がそっと囁いてくる。一心がツッコミで清心がボケだとでも言うのか。さながら、健心はオカ研における海里のポジションだった。
「それで、《呪術師》のことで話があるということでしたね?」
「はい、お忙しいところお時間を作っていただいて、ありがとうございます」
健心を通してこの面会を申し出たところ、彼は快く応じてくれたようだった。
「追われてまで、どうしてここにきたのか、聞いていいですか?」
自分達でなくとも良いはずだと彼は思っているだろうか。
彼は圭斗や黒羽オフィスのこと、オカ研のことを知っている。璃沙のことも含まれているらしかった。だからこそ、ここへ来るのは不自然だと思うのだろうか。
普通ならば黒羽オフィスの方へ行くべきかもしれないが、はっきり言ってしまえば信用できない。
「あなたはテラを通じて私達に《呪術師》のことを警告してくれました」
だから、彼は信用できると璃沙は思ったのだ。
実際に会っても、確かにそう感じる。この男はきちんと情報交換に応じるはずだ。
「でも、君は結果的に深いところに入ってしまったようですね」
「すみません……ある男が言うには、私は巻き込まれる種の人間だったようですが」
「どうやら、そのようですね」
一心は既に何かを見抜いている様子だ。璃沙も言い訳はしない。
楠田の件が《呪術師》と繋がるとは想像もつかなかったし、実際接触してしまうなどとは微塵も考えなかった。
「あなたは、きっと隠さない。首を突っ込むなと言うばかりで何も教えてはくれず、情報だけは得ようとする人達とは違うと思います」
「買い被りすぎだとは思いますがね」
一心は肩を竦めているが、自分だけ情報を得ようとするならばわざわざ兄弟を揃えたりはしないだろう。特に健心はサイキックではない。
「私の首にも鎌、かかってますよね?」
「圭斗君の次は君かもしれないぐらいに」
問えばすぐにはっきりと答える彼は、どこまでも誠実な男に見えた。璃沙にも自覚があることだ。自分の立ち位置の危うさはよくわかった。
「こうなった以上、知らないでいる方が危ないでしょう」
「あたしは得た情報全てを開示しようと思います。あなたが話してくれるのなら」
「勿論です。君の力になると誓います。私が知っている限りのことは全て話しましょう」
お互いには全貌をわかっているわけではない。だからこそ、補えるものがあるだろう。
そして、一心は真剣な表情で二人の弟を順に見た。
「清心、健心、お前達は覚悟がなければ席を外しなさい。聞けば、必ず戦うことになる」
「き、聞くに決まってんだろ!」
清心は即答だった。こうしていると馬鹿に見えるが、優秀なサイキックという言葉は一心だけにかかる言葉ではない気がした。彼からもパワーを感じるように思う。だが、戸惑っているのは健心だった。
「お、俺も……?」
「お前は必ず巻き込まれる。お前の周囲の者全てが巻き込まれる」
「……聞くよ」
健心の覚悟も決まったようだった。彼は平凡なようで妙に男らしいことがあるようだ。更紗のことでもそうだった。流されて堕ちると璃沙も思ったくらいだったが、見事にはねのけて見せた。更紗には今まで感じたことのない屈辱らしかった。
璃沙はまず楠田のことから説明を始めた。そして、彼の《不幸シミュレーター》のこと、その結果の通りのことが起きて、どうやら被害者が同じ呪いのメールを受け取っているかもしれないということ、璃沙自身も彼らのメールを見せられた後、同じ物を受信したことを話した。差出人がなく、消しても消えない不気味なメールを彼の希望で見せもした。彼も消そうとしたようだったが、できなかった。《不幸シミュレーター》の入ったディスクは手に入れたが、何もなかったことを告げれば、一心は難しい顔で顎に手を当てていた。
「でも、君が本当に話したいこと、聞きたいことはそこじゃないですね」
ここまでは璃沙が見た都市伝説の始まりでしかない。
「一心さんは《呪術師》に会ったことがありますか?」
「見た、くらいの方が正しいかもしれないですね。力が及ばないこと、私一人が無闇に手を出すべきではないと悟りました」
無責任ではない。責任があるからこそ、彼は静観を続けた。
圭斗が馬鹿だったわけではないはずだ。彼も責任があるからこそ、踏み込んで、そして消されかけた。
「あたしは会いました。《不幸シミュレーター》を見たその日の帰りに」
急に空気が張り詰めたものに変わったのがわかる。健心と清心の顔は明らかに驚愕で強ばっている。
「一心さんが見た者とは違うかもしれません」
「《呪術師》は一人ではないですから」
やはり一心は知っていた。璃沙も複数系で話していたからそうだと思ったくらいだ。清心と健心は一人だと思い込んでいたようだが。
「顔を変えることができるようで、最初は同級生の顔でした。傷を負わせてもすぐに治りました。中身はまるで子供みたいに無邪気で、悪質でした」
璃沙は探るように慎重に話した。まだ彼のことを話すのには躊躇もあった。
「自慢げに自分が作った都市伝説の話をしていました。その内容はこのメモと一致します」
差し出したメモは蔵重と星河のメモだ。彼らも近付いてしまっていることがわかる。もしかしたら、彼らは新たに作られた都市伝説の語り手になるかもしれない。
「それで、君が気になることは何ですか?」
「呪術というものについて」
彼のことについて訪ねるのは、それを明らかにしてからにすべきだと思った。
「確かに私は《呪術師》という曖昧な存在についての警告しかしていません。まずはそこから話すべきなのかもしれませんね。冥加さんは調べてきた上で聞いているのでしょうが、ここの二人は明らかに勉強不足だ」
勉強も何も……、と言いたげな顔をしたのは健心だ。健心はまさか当事者になるとは思っていなかっただろう。
「健心、呪術とは何です?」
「え、呪い……?」
答えてから健心は視線に耐えられなくなったのか、さっと顔を背けた。
「清心」
「い、いや、呪いだろ。妖術とか邪術とか……ぎゃっ!」
清心には、どうにも手が出てしまうらしい。一心は穏やかに笑んでいるように見えるが、右手はいつでも攻撃できるようになっているようだ。
「呪術には、白と黒があるんですよね?」
「白い呪いがあるってこと?」
《呪術師》が言っていた白と黒、呪術について調べれば確かに白と黒があることがわかった。答えが、そんなに単純なことかはわからないのだが。
「魔術、魔法の白と黒と言えば少し身近なんじゃないでしょうか」
「げ、ゲームではよく出てくるよね」
「あたしは、人数合わせで暇潰しに神話の本読んでるだけなんで、多分誤解されてますよ」
黒魔術が好きそうだと噂される璃沙だが、人をよくわからない力によって貶めることに興味はない。誰かを呪おうとしたこともない。
「いえ、私からすれば君は白魔術師と言ってもいいくらいですよ」
否定の言葉を彼は紡がせてくれなかった。
「話を聞く限り、君は占いが得意で、パワーのこもったブレスレットを作る。立派な白魔術師のようです。健心のブレスレットから確かに力を感じました。そして、君自身からも不思議なオーラを感じます」
清心までもが頷く。彼は何か余計なことを言いそうだったが、一心が警戒していた。
「あ、一兄に言われて、ちゃんと浄化っていうの、してるんですよ。剣山みたいなので」
「それは良かった」
水晶クラスターのことだろう。一心はそちらにも詳しいのかもしれない。
「霊感があるなんて思ったことなくて……でも、昨日、圭斗先輩の眷属が見えたんです。その圭斗先輩の力で見せてもらったこともあるんですけど」
「君が必要とするから見えたんでしょうね」
そんなことがあるのだろうか、と思わずにはいられない。けれど、確かにあったことだ。
冷めたお茶を飲み干せば、一心が急須を掲げて見せた。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「いただきます」
湯呑みを差し出す時、健心が妙な顔をしているのに気付いたが、その意味はわからない。
「呪術と言うと邪術や妖術と言うような悪いことを想像しがちですが、必ずしもそうではなく、善意があれば白呪術と呼ばれます。悪意があれば黒呪術ということになります」
「噂の《呪術師》は」
「間違いなく、黒の方ですね」
彼は白こそ正義だと言った。だから、《呪術師》は黒だった。
「噂の《呪術師》を《黒呪術師》と定義するとすれば、一心さんは《白呪術師》には会っていますか?」
「それも、見た、くらいかもしれませんね」
君子危うきに近寄らず、縄張りのようなものを意識しているのかもしれない。ただし、敵対心や対抗心などというよりはお互いに背負っているものが違うようだ。




