死神女から女神
もう一つの病室を璃沙は目指す。気乗りはしないが、仕方のないことだ。
そうして、入り口で木村の名前を見付け、足を踏み入れる。
「木村? いる? 起きてる?」
声をかけて、そっとカーテンを開ければ、ベッドの上の塊がビクリと跳ねた。
「な、ななななな何しに来たんだよっ!? ……うぐっ」
驚いたことで痛んだのか、呻いてはいたが、彼も案外元気なようだ。璃沙もそれほど心配していたわけではない。白状だと言われるかもしれないが、その程度の関係でしかない。
「お見舞い以外に何があるのよ?」
「よりによって死神女が来るなんて……!」
彼もまたそれが本心だろう。璃沙でも来てくれてありがたいとは思わないのだろう。
彼も璃沙のことをよく思っていないのは明らかだが、痛くも痒くもない。璃沙にとって彼は何でもないのだから。
「親友の田辺と大体おんなじ反応ありがとう」
予想通りとは言っても、つまらないものだった。
璃沙も暇ではない。こうして貴重な時間を割いて彼のようなろくでなしに会いに来ているのだ。せめてもう少しひねりのきいた言葉で退屈させないでもらいたいものだった。
「うわっ、何勝手に座ってんだよ! 帰れよ!」
当然のように椅子に座れば睨まれたが、怖くも何ともない。
包帯だらけでベッドの上に縫い付けられている彼はまな板の鯉にも似ている。璃沙は彼をどうにでも捌ける。
「ちょー寂しいあんたの話し相手になってやろうっていう優しいあたしの心遣いがわからないって言うの?」
「わかりたくねぇよ、んなもん! ほんと帰れよ、マジで」
「病室で大声出しちゃダメじゃない。他の患者さんの迷惑でしょ?」
クスクスと小声で笑ってやれば、大層気分が悪そうに顔を歪ませる。
だが、すぐに悪いことを企んだような笑顔に変わる。いつも彼はそうやって田辺に耳打ちしてきた。璃沙だって何度も目にしている。
「そうだ。折角来たんだから、いいもん見てけよ。そこのケータイとってくれ」
置かれていた携帯電話を手にして、璃沙は勝手にメールを開いた。
「あー、これでしょ? 田辺の病室にも行ってきたんだけど、おんなじような口振りで見せてくれたわよ」
呪いのメールを開いた状態で返してやった。彼もまたメールボックスには他のメールが残っていなかった。
「お前も道連れだ。冥加」
ニィッと彼は笑う。
不幸仲間が増えることがそんなに心強いのだろうか。誰かが道連れにされるのが嬉しいのか。自分だけが理不尽な目に遭うことを許せないのか。
「あんた達、双子だったみたいね。お揃いの仲良しさん。類友兄弟。同じ穴の何とか。あー、穴兄弟?」
「どさくさに紛れてとんでもねぇこと言ってんじゃねぇよ」
睨まれたが、仕方のないことだ。璃沙の特技は話を歪ませることである。わざと卑猥な言い回しを選ぶことも少なくない。
それによって話したくない人間のレッテルを貼られたこともあるが、むしろ好都合というものだ。
「つーか、信じてねぇだろ? 俺は帰りにそのメールもらった直後、階段から落ちた。それで、このザマなんだぜ?」
「あら、お間抜けさん。笑ってほしい? ざまあみろって言ってほしい?」
信じていないと言えば語弊がある。だが、彼に知っていることを話してやる義務はない。
「馬鹿にすんな。あれは何かに引っ張られたんだ。本当だ。急に足首を掴まれて凄い力だった」
その手の話は田辺からは聞かなかったことだ。改めて戻ってみれば何か聞けるかもしれないが、もうそっとしておいてやろうと思うのだ。
「ああ、こーゆーの、お前の専門だっけなぁ? オカルト研究同好会の冥加さん。さあ、見解をどうぞ?」
「正式名称言えて偉い偉い、って誉めてほしかったの? 残念、部になったのよ。つい先日ね」
どこまでも嫌みったらしいが、そんなのは璃沙も慣れっこだ。璃沙を傷付けるだけの言葉を彼は吐けないだろう。どこまでも気持ちを冷ややかにしてくれる。
「そりゃあおめでとう。で、実際、どうなんだ? 呪いのメールってやつなのか? だってよ、消しても消しても消えねぇし、田辺の野郎が転送してきたんじゃねぇんだよ、差出人がねーだろ?」
「あんたに教えてあげる理由がある? 道連れにしてハッピー、他人の不幸は蜜の味でしょ? 田辺なんか、あたしがここに入院したら見舞いに来るつもりらしいわよ?」
単なる虚勢だったのかもしれない。実際に松葉杖でやってくるのかは知らないが、璃沙は入院患者仲間になるつもりはない。
「冥加は怖くないのかよ?」
「全然。あたし、運はいいと思うから」
まだ全てを信じていないのかもしれない。本当はどこかで除外に安心しているのかもしれない。
《呪術師》が狙ってくるなら、そんな手は使ってこないだろうとも考えられる。また会うことになるはずだ。何かあった時に、奏人が守ってくれるのかは知らない。
また突然現れるのかはわからないが、そんなことはどうだっていいのだ。自分の身は自分で守る、それだけだ。そのために鍛えてきたのだ。騎士に守られる姫になどなりたくもない。甘い夢は見ない。
「ちなみに田辺からメール見せられた浅野は万引きで捕まって停学くらったらしいわよ」
彼はそれを聞いて笑いはしなかった。黙り込んでいる。その顔色は悪くなっている。
「まあ、死にはしないんじゃない? あんたが気を確かに持ってればね」
《チェーンソー少女》の時のこともある。襲い来る不幸と自分の中で増幅される恐怖に負けたらおしまいだろう璃沙も正しい対処方法を知るわけではないが、悪い方に考えない方が良いだろう。しかし、所詮他人事だ。彼に対する同情心もない。
「じゃあ、せいぜい明日にでもあたしが不幸になるのをお祈りしてれば? それで気が楽になるんなら、いくらでもどうぞ」
「ま、ま、待ってくれ! 悪かった。本当に悪かった。お前が呪われてるとか、魔女だとか、家に拷問器具のコレクションがあるとか言ったの、俺だ。謝る、ほんと謝るから、何か知ってるなら教えてくれ! 頼む、一生のお願いだ!」
璃沙が立ち上がれば引き留めにかかる彼は見放されると思ったのかもしれない。見放すも何も、最初から彼をどうこうするつもりが璃沙にはなかったし、もう話すこともないと思っていた。
別にどんな噂を立てられようと困らないのだから、彼自身が罪悪感に耐えきれなくなったというところだろう。
「だって、お前、占いとか当たるんだろ? 魔法のアイテム作れるんだろ? 俺にも何か作ってくれ。冥加、助けてくれよ! なぁ! 俺達、クラスメイトだろ? お前、そんな薄情な女じゃねぇだろ?」
もう泣いているような、何とも情けない声だった。
「あたし、死神女じゃなかったかしら?」
「それも謝る。謝るから! 神様仏様冥加様! 今の俺にお前が女神に見える!」
調子のいい男だというのはわかっていた。
これ以上彼には構っていられない。次に行かなければならないところがある。
「仕方ないわね……そこまで言うなら、これ、貸してあげる」
鞄を開けて、大事にしまっておいた包みを取り出し、テーブルの隅にそっと置いてやる。
「これは……?」
「水晶クラスター。魔除けの置物だとでも思っておきなさいよ。いい? あげるんじゃないからね? 絶対、大切にしなさいよ。捨てたり落としたり悪戯したり他人にあげたりしたら、あたし、あんたを呪えるかもしれないわ」
本当は部室の浄化用に置くつもりだったのだが、彼の気休めになるのならそれでもいいのかもしれない。部室には他にも浄化用のさざれ石やサンキャッチャーもある。
いくら置いても本当に浄化されてほしいものには効果がなかったし、光明もそろそろ煩わしく思っているだろう。がらくたが増えただの、無駄な散財だなどと言われるのは目に見えている。
「恩に着るよ、冥加ぁ……うぅっ、冥加、ありがとうなぁ……」
演技ではないのだろうが、なぜか泣き出した木村は璃沙が病室を出た時もずっとその石を眺めているようだった。




