嫌われ男の見舞い
昨晩、泣き腫らした目はきちんと対処したせいか、それとも誰も触れたくはないのか、何も言われることはなかった。
そういうところは気楽だ。寂しくも悲しくもない。
朝から、璃沙のクラスは騒然としていたが、どこか静かだった。
クラスの中心的存在を三人も欠いた結果は明らかだったが、すぐに誰かが取って代わることを予感させる。
皆、田辺の支配的な振る舞いにはうんざりしていたのは同じだ。楠田のようになりたくないから従っていただけに過ぎない。
楠田の《不幸シミュレーター》の結果通り、木村は入院し、浅野は万引きが見付かって停学になっていた。それを彼女と仲良くしていたように見えた女子達が自業自得だと笑っていた。
璃沙は上辺だけだと思ってはいたが、こうなると本当の嫌われ者は楠田ではなく、田辺達だったのではないかと思わされる。
昨日、璃沙が楠田を訪ねたことを知っているらしい蔵重は何かを聞きたそうにしていた。だが、少し睨んでやるだけで触らぬ神に祟りなしと判断したようだ。彼もようやく手にした平和をこんなことで失いたくはないだろう。
教室での星河はまるで他人だ。仲が良いと思われたくないようで、挨拶を交わすこともない。いつもお決まりのメンバーとつるんでいる。彼らの一派は何をしたわけでもないのに怖がられ、田辺の一派がアンタッチャブルとしているようだった。
昼休みに別のところで昼食を食べようと何も言わない。光明も海里もわざわざ尋ねてはこない。
璃沙には友達と心から言えるような存在はいない。皆、遠ざけてしまった。それを悔やむことはない。くだらないことは願い下げというものだった。
放課後になると星河も蔵重もさっさと教室を出て、部室へと向かう。璃沙もそうする時があるが、今日はそうするべきではないとわかっていた。
予想通り、担任は田辺と木村の見舞いを璃沙に押し付けてきた。だから、快く引き受けてやった。
璃沙には彼らに会う理由がある。自分にしか確かめられないことがあるからだ。それを使命などと言えば自分でも笑えるのだが。
二人が入院する病院は同じで璃沙が住む市内にある。大きな街で、楠田の家もそうだが、璃沙の家からは駅一つ分ほど離れているが、大した問題だとは思わないようだ。
そんなことはどうだっていいのだ。面倒なことを押し付けられる誰かがいればいいのだ。不気味なことに関して、璃沙ほどの適任はいないのだから。
病室の入り口に彼の名前があることを確認して、ベッドに近付けば、田辺伸輔はあからさまに嫌そうな顔をした。
「げぇっ、何で冥加が来るんだよ!?」
本当にそう思ったのだろう。全く予想外だったはずだ。
彼はこういったところで正直であり、璃沙のことを敬遠しているのは否定しようもないことだろう。
しかし、触れてくれば切る。アンタッチャブルとしていたことだけは賢明に思えた。
「あんたに人望がないからじゃない? 誰もあんたの見舞いになんか来たがらないわよ」
勝手に椅子に座り、璃沙もはっきり言ってやった。それもまた事実だ。皆、心配するよりも清々するといった様子だった。
「あたしだって嫌々あんたみたいな下種野郎のお見舞いにきてやったんだから感謝しなさいよね。手ぶらだなんて文句言うんじゃないわよ。互いに下手な気遣いなんて反吐が出るでしょ?」
お互いに取り繕うことはない。だが、彼に聞きたいことがあるからこそ、椅子に座ったのだ。押し付けられた面倒事を果たすだけなら、顔を見て、それで終わりだ。
「そうだ。折角、来てくれたんだからいいもん見せてやるよ」
思い出したようにニヤッと笑って、田辺は携帯電話を手にした。そうする間も何がそんなにおかしいのか、彼は壊れたように笑い続けていた。
「どうして、どいつもこいつもご自慢のブツを見せたがるかな? 露出狂?」
「まあまあ、そう言うなって、お前が大好きなもんだと思うぜ?」
絶対誤解していると思ったが、それをわざわざ解くような労力は費やしたくなかった。この手の輩とは話しが通じないことはよくわかっている。
「そう言って、とっても不愉快なもの見せられたりね」
楠田も今の彼とまるで同じだった。見せたくて仕方がないのだろう。楠田の場合は手に入れたおもちゃの自慢のようでもあったが、この男の場合は明かな悪意がある。
尤も、璃沙は田辺に身に起きたことと『不幸シミュレーター』の関連を調べる必要がある。
「俺が事故る前、届いた呪いのメールだよ」
「呪いのメール?」
画面を開いた状態で差し出されたそれを受け取れば、確かに呪いの言葉にふさわしい不気味な画面があった。それはあのドクロとクモによく似て見えた。文面は『このメールを受け取ったあなたは不幸になります。どうぞ、終わらない不幸をお楽しみください』と、ただそれだけが記されている。
「大事にとってあるのね。こういうの、すぐ消すんだと思ってた。こうやって誰かに見せるため?」
事故に遭った今もただのいたずらだと思っているのだろうか。これだけではわからないと璃沙は思う。
「消してみろよ」
消せるもんなら、と彼は言う。その表情は険しくなっていた。
璃沙は削除を選んでみる。メールを削除しましたとの文字が出る。だが、次の瞬間にはメールが復活していた。受信ボックスには、その一件だけが残っている。消そうと躍起になって全部消去してしまったのだろうか。そして、彼はこれを本物と判断したのかもしれない。恐怖はなかったのだろうか。自棄になって携帯電話を壊そうとはしなかったのか。
「なるほど」
璃沙は携帯電話を彼に返して様子を窺う。またニヤニヤと笑っているが、それは悪意に満ちた暗い笑みに思えた。
「これ、木村にも見せてやったんだ。そうしたら、仲間入りだぜ? 笑えるだろ?」
木村は一応悪友の名目上見舞いにきたのだろう。そして、彼は帰りに駅の階段から転落したらしい。同じ病院に入院したとなれば話はすぐに耳に入っただろう。
「敦美にも見せたんだけど、あいつはどうなったかな」
田辺は心底楽しそうだ。ワル仲間として浅野敦美はいつも彼の側にいたが、付き合っていないという話だった。こうして実際に話を聞いていると好きでも何でもなく、都合の問題だけだったのだと璃沙は思う。
「万引き見つかって停学」
璃沙が知っているのはそれだけだ。シミュレーション結果のどこまでが実行されたかはわからない。今も尚降りかかろうとしているのかもしれない。
それは楠田にしてもそうだ。彼が本物だと信じるまでに彼の母親に何が起きたかはわからないものだ。
「あいつも馬鹿だよなぁ。俺はやめろって言ったんだぜ? エンコーだって絶対やめてねぇよな。その内、ヤクにだって手ぇ出すんじゃねぇの?」
浅野のシミュレーション結果は悲惨なものだった。彼女に特別恨みがあったのかはわからない。けれど、女という生き物は男よりも弱く見られがちだ。だから、結果も男女では同じとも限らない。元々の性質も影響することだろう。
そして、田辺はニィッと笑う。目を細め、唇を吊り上げている。
「お前も見ちまったんだ。入院することになったら、嫌々お前みたいなイカレ女の病室に遊びに行ってやってもいいぜ? お望みならカレシのフリでもしてやろうか?」
道連れだと彼は笑う。無理をして笑っている。他人を自分と同じにするということが今の彼の救いなのだろう。
果たしてこの都市伝説の本体はどちらなのだろう。楠田のディスクにある『不幸シミュレーター』か、それともメールか、あるいは同じなのか。ドクロが増える原因は単純に関連するものが表示されていくのか、それとも中心にいる田辺がメールを見せることで広まっていくのか。
「そうならないと思うけどね」
璃沙も除外の効果を信じているわけではないが、小さな不幸などいくらでもくればいいのだ。全てはね除けてみせる。
そうして、璃沙は壊れたように笑い続ける田辺の足のギプスをサヨナラの代わりに軽く叩いて病室を後にした。




