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明かされない真実

「君は本当に俺を誤解してる」


 並んで歩き始めて、奏人は悲しげに言う。

 誤解に値するだけのことを自分がしているとは気付かないのか。


「教えてよ、あたしの何がそんなに特別なの。あいつとあんたは何なの」


 彼ならば答えを知っている。それでいて、答えないだろうとわかっていた。

 《不幸シミュレーター》の蜘蛛の巣に赤いドクロとして表示されていたのはこの男だ。

 何かあることは早い段階からわかっていた。それを認知させるだけの不可解な行動を彼自身が繰り返してきたからだ。同時に絶対に踏み込ませてもくれなかった。


「君は何で俺がここにいるのか聞いてもくれない」


 悲しんでいるつもりなのだろうが、璃沙の心は動かない。今は顔が熱くなることもない。

 元々は何の問題もなく、会話ができていたのだ。その時は今のように当て擦りのやりとりをするわけでもなかった。


「どうせ、海里でしょ。あの子があれで引き下がるはずがないもの」


 海里は絶対に行かせたくなかったはずだ。黒いタイツを渡してきても尚、納得していなかった。

 彼は璃沙のことで何かあるとすぐに奏人に連絡する。そういう意味では内通者も同然だ。悪意がないことも、スパイでないこともわかっている。ただ不安なだけなのだ。

 問題があるのは、その拠り所になる奏人の方だった。


「ご名答。でも、動くかどうかは俺の意思だと思わない? 君でなければここまでしない」

「あんたは何かを知ってるから動いた。あの子の勘は鋭くて、とても危うい。そうでしょ?」


 ただ無駄に権力を持っただけの生徒会長であったなら、どれほど良かったことか。鋭さや危うさはこの男にも言える。

 璃沙の占いが当たるなどという話になったのは、オカ研の入った祝いにと奏人がプレゼントしてくれたタロットカードが始まりだ。元々、興味があったし、絵柄が好きなイラストレーターの物だった。彼に話したことはなかったが、当時は単純に嬉しくて偶然だと信じて疑わなかった。

 彼に奇妙なものを感じてからは別のタロットを買い、そちらを使っているが、何を使っても結果は揺るがなかった。今では一人前の占い師気取りで気分によって使い分けているが、貰ったタロットは手放せずに常にお守りのように持っている。

 海里にブレスレットを作って与えてやれと言ったのも彼だった。

 そもそも、文化祭で活動資金を稼ぐためにオカ研伝統のアクセサリー販売をしようという時に、天然石を使うように言ってきたのも彼だ。

 幽霊教師のことも彼が知らないはずはない。海里のクラスメイトが行方不明になったこともそうだ。

 結果的にそれは海里を助けた。璃沙だけでは決してできなかったことだ。その支えになれて、守れて良かったとは思うが、奏人の入れ知恵であると明かすことはできなかった。


「あんたは得体が知れない」


 彼ははっきりしたことは言わないが、何かを予知しているのだと今では確信している。未来を読めると言ったのも笑えない冗談だった。


「俺は君に惚れてるただの男」

「白々しいことはやめてよ。だから、あたしは、あんたを信用できない」

「悲しいね。それでも、俺は君を嫌いになれない。残酷だよ」


 残酷なのはどっちだと罵声を浴びせてやりたい気分だ。泣き出しそうな声を出して、同情を誘おうというのか。泣き出したいのは璃沙の方だった。

 こういう時の冷たさがあるからこそ、わざとらしいまでの軽薄さになす術がない。聡明だと言われても璃沙は恋愛には疎い。愛し合う男女が何をするのか知らないような無垢さはなくとも、自分に向けられる好意には冷静に対処できない。

 奏人はそんな璃沙の冷静さを欠く方法を知り尽くしている。女慣れしているのは元々だっただろうが、その経験をフルに悪用してくる。それで全てをごまかせるなどと思っている。

 実際、それはほとんど成功している。他人の前で、彼はこちらの顔を晒さない。


「信用してほしいなら、それに値することをしてみせて。ちゃんと教えて。その気がないなら、意味深なことはやめて」


 楠田や《呪術師》が璃沙を特別だと言ったように、彼もそう思っている節がある。彼には璃沙の知らない裏の部分がある。そちらをちらつかせておきながら、踏み込ませようとはしない。

 光明が接待と称してセッティングしたデートの度に探りを入れようとはしたが、かわされるばかりだった。

 彼に立ち向かう術を知らない璃沙に対して、彼は天才的に戦い方を知っていた。時に色仕掛けの攻撃をし、さっと逃げてしまう。とんでもなくずるい男だった。

 璃沙への嫌がらせや近付いてくる男子を排除したのも奏人だ。一部の人間は奏人を恐れている。彼の怖さを知っている。けれど、それは璃沙の知る怖さとも違う。

 自分だけが知っているということが、どれだけ重荷になってきたと思っているのだろう。彼は確信犯だ。してきたことを微笑みながら愛だなどと白々しいことを囁く男の何が信用できるというのだろう。自分のためではなく、彼自身のためだと、その目的に伴うものだと気付いてしまったから辛い。

 彼の特別な優しさは、注がれる愛情は全て偽物だ。圭斗や海里に通じるようなサイキック的な本性を見てしまった時から璃沙はそう自分に言い聞かせてきた。この男に騙されるな、と。上辺だけの愛情に丸め込まれたら絶対に逃げ出せなくなる、と。

 いつも笑んで、優しく頼りになって、取り分け女子には紳士的な彼はまるで光だ。そして、光を際立たせるだけの闇を抱え込んでいる。



「さて、問題」


 急に明るい口調で彼はそう切り出してきた。クイズ番組の司会者にでもなったつもりだろうか。


「安っぽいクイズゲームに付き合うつもりはない」


 尋問せずにいるのを感謝してほしいくらいだった。


「俺が君に惚れたのと監視命令を受けたの、どっちが先でしょう」


 最早、監視のことを否定するつもりもないようだ。背景に何かがいることも。


「命令」


 璃沙は即答した。


「……残念だ。非常に残念だ」

「わざとらしく残念がってないで答えなさいよ。あんたの頭が一番残念なんだから」

「間違えても答えが得られると思っているなら、本当に残念だよ」


 話すかと思えば、はぐらかすのだろう。


「あたしがあんたに見たこと聞いたことを話すと思ってるならそれも残念なことよ」


 彼が思わせぶりの秘密主義を貫くならば璃沙も同じことだ。楠田のところで見たことを話すつもりはない。

 あの様子だと蔵重が調べた以上のことも知っているのだろう。彼が何をどれだけ調べたかはわからないが、《呪術師》自ら明かしたのだから璃沙には正解がわかる。


「……たとえ、榊圭斗が遠ざけようとしても無駄なんだ」

「あたしが自分から嬉々として首を突っ込むって?」


 誤解されがちだが、璃沙達は本来危険に身を投じることはない。自分達が足を踏み入れていい領域はわかっているつもりだ。


「君は、君自身が望まなくとも巻き込まれてしまう。そういう種の人間なんだよ」

「変態受けするって言いたいわけ?」


 そう言われたことは何度もある。海里でさえそう表現するくらいだ。


「君からしたら何でも変態なんだろうね」

「だから、あんたがあたしを監視する。薄っぺらい言葉でモノにしようとしてまで」


 気付かなければ幸せだっただろうか。気付いて良かったのだと思っている。

 彼に裏の意図がなければ幸せになれただろうか。それがなければ今のように話すこともなかった存在だったはずだ。


「君の監視を命じられたのは、俺自身が君を守ろうと決めた後のことだ」


 もう何も信じられなかった。口では何とでも言えるのだ。本当のことは彼しか知らない。


「じゃあ、あんたがあたしと関わったから、あたしは変な組織に目を付けられたわけ?」

「君は誤解をしている。俺が所属しているのは君が思うようなところじゃないよ。そんなご大層なものじゃない」


 オカ研を前身とするサイキックオフィスがあるくらいなのだから、また別の集団があっても驚かない。


「だったら、あんたが何なのか答えてみなさいよ。圭斗先輩がすることが無駄だって言うなら、今更何を知っても同じなんじゃない?」


 肩を竦めた奏人は後悔しているのかもしれない。不用意に喋って困るのは彼の方だ。黙り込んで、逃げの方法を思案しているのかもしれない。

 駅に着いて電車を待つ間、璃沙がもう何も言わないとでも思っているのだろうか。璃沙が降りるたった一駅を凌げば、彼はうやむやにすることができるだろうが、そうさせるつもりはない。こうして、近くにいる限り、璃沙は攻撃の手を休めない。


「騙されない。ごまかされない。信じない。あたしは今のあんたが大嫌いよ」

「君はその言葉がどれだけ俺にダメージを与えられるのか、知らないんだね」


 痛くも痒くもないと知って言っているつもりだった。それほどのダメージがあるなら、彼は引き下がっていただろう。


「君は俺に墓穴を掘らせるのがうまいよ」


 本当に墓穴なら、彼はもっと素直に全てを明かしているはずだ。


「それって、あんたが未熟だってことでしょ」

「はいはい、そうですよ。俺はどうしようもない未熟者。みんな、俺をそうやって笑うよ」


 みんな、とは璃沙の知らない誰かのことなのだろう。生徒会のメンバーさえこちら側の彼を知らないかもしれない。オカ研もそうだ。彼が怖い面を持っていることを知っていても、学園の権力者としてでしかないのだから本当の裏側にあるものは知らない。


「六フィート下に埋まる前に遺言は残していきなさいよ」

「君を愛してる、って何度も叫ぶよ。そうしたら、引き上げてくれる?」


 そんな言葉を望んでないことはわかっているはずだ。やはり、彼は愛などと薄っぺらなものを盾にして逃げる。紙のようなもので彼は自分の身を守れる。

 聞きたいのは真実、ただそれだけだ。それ以外の言葉は聞きたくない。


「だったら、あんたはあたしを騙したまま死ぬのね」


 彼は何かを言いたげにしていたが、駅のアナウンスに遮られ、やがて電車がやってくる。

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