第6話 見ていいよ
夜の通りを、僕は走った。
光を追うのは得意だ。五年間、この力でできたのはそれくらいだったから。
白金の光は、町の門ではなく、町外れの空き地にあった。一昨日の夜、初めて彼女と言葉を交わした場所。
草むらの端に、小さな包みが置いてある。彼女の全財産なのだろう。夜が明けて門が開いたら、そのまま出ていくつもりだったのだ。
そして空き地の真ん中で、セラは両手を前に突き出していた。
手のひらに、白い炎。
いや、炎と呼ぶには大きすぎた。それは彼女の肩幅を超え、頭上を超え、脈打つように膨らんでいく。
「だめ……だめ、小さく……っ!」
彼女が押し殺した声で呻く。でも光は止まらない。このままじゃ、彼女自身が飲まれる。
「セラ!」
叫んだ瞬間、彼女の肩が跳ねた。
振り向いた拍子に、手が空へと向く。白金の光は夜空へまっすぐに立ち昇り、雲を一つ穿って、消えた。
静寂。
それから、セラはへたりと地面に座り込んだ。
「……なんで、来たの」
「手紙、読んだから」
「読まなくてよかったのに。……ううん、読まないで寝ててほしかったのに」
彼女は膝を抱えて、顔を埋めた。
僕は少し距離を開けて、隣に座った。草の匂いがした。遠くで、夜鳥が鳴いている。
「……あたしの村ね、すごく小さいんだ」
しばらくして、セラが口を開いた。
「羊と麦と、ちっちゃい教会があるだけ。でもあたし、村で一番魔力があったの。十七歳のとき、村の人たちがみんなでお金を出し合って、王都の入学試験に送り出してくれたんだ」
「……うん」
「出発の日、お母さんが言ったの。『セラはすごい子だから、大丈夫』って」
セラの声は、不思議なほど平坦だった。
「入学試験で測定器を壊したとき、みんな騒いだ。未知の才能だって。でも、入ってみたら、何もできなかった。杖を握るたびに爆発して、先生に怒られて、みんなに笑われて――」
「……」
「だから、笑ったの。あたしも一緒に。笑ってれば、『気にしてない元気な子』でいられるから。村には毎月、手紙を書いたよ。『毎日たのしい!』って」
そこで、彼女の声が初めて揺れた。
「退学になったこと、まだ書けてないんだ。……すごくないあたしは、帰るところもない」
僕は何も言えなかった。言える言葉を、持っていなかった。
「……ねえ、ルーク」
セラが顔を上げた。涙の跡が、月明かりに光っている。
「目を見たら、才能の条件がわかるんだよね。……もっと、見えたりするの?」
不意を突かれて、心臓が跳ねた。
嘘をつくこともできた。でも、この子には、嘘をつきたくなかった。
「……触れると、心の奥まで見える。その人が隠してるものとか、才能を邪魔してるものとか」
「じゃあ、昨日握手したときも――」
「見てない。決めてるんだ。相手がいいって言ったときしか、見ないって」
昔、一度だけ、うっかり見てしまったことがある。その人が誰にも言えずにいたことを、僕は知ってしまった。それ以来、その人は二度と僕の目を見なかった。
見えることは、助けにもなる。でも、刃にもなる。
セラは、しばらく自分の手を見つめていた。
それから、ゆっくりと、その手を僕の方へ差し出した。
「……見ていいよ」
「セラ、でも――」
「あたしも、わかんないの。なんで今日、魔法がぐちゃぐちゃになったのか。自分のことなのに、全然わかんない」
差し出された手が、小さく震えている。
「ルークなら、見られてもいい」
僕は、その手をそっと握った。
――流れ込んできた。
麦の穂が風に揺れる村。教会の鐘。羊の声。馬車に乗る小さなセラを、たくさんの人が手を振って見送っている。『セラはすごい子だから』――温かい声。
場面が変わる。広い教室。破裂音。煙。『またか。欠陥品に教えることはない』――冷たい声。笑い声。その中で笑っている、自分の声。
夜の寮。ランプの下で手紙を書く小さな背中。『毎日たのしい!』――その文字の上に、ぴちょんと落ちる、一粒の水。
そして、一番奥。
真っ暗な場所で、膝を抱えた幼い少女が、ずっと同じ言葉を繰り返していた。
――すごくないと、いらない子になる。
――失敗したら、みんないなくなる。
その言葉に応えるように、白金の光が、少女を包み込もうと渦を巻いている。守ろうとしている。必死に。だからこそ、恐れが大きいほど、光は暴れる――。
「――っ、はあっ……!」
手を離した瞬間、頭の中で何かが割れるような痛みが走った。
視界が白く明滅する。後頭部を半分かち割られたような痛みだ。こんなに深く見たのは、生まれて初めてだった。
「ルーク!?」
「大丈夫……それより、わかったよ」
僕は息を整えて、彼女を見た。
「セラの魔法が乱れるのは、才能が足りないからじゃない。『すごくなきゃいけない』って思うほど、君の魔力は君を守ろうとして暴れるんだ。今日、ユリウスに会ってから、ずっとそうだったよね」
セラが、息を呑む。
「……それじゃあ、あたしは一生――」
「だから、言うよ」
僕は、五年分の勇気を全部かき集めた。
「僕には、君が必要だ」
セラの目が、大きく見開かれる。
「すごいからじゃない。……いや、すごいんだけど。それだけじゃなくて。昨日、僕の荷物を持ってくれたセラに、隣にいてほしいんだ」
「……」
「失敗してもいい。暴発してもいい。それは、君がいなくなっていい理由にはならないよ」
長い沈黙があった。
それから、セラの顔がくしゃくしゃになった。
泣いているのか、笑っているのか、たぶん両方だった。
「……ルーク、それ、ずるいよぉ……」
「ずるい?」
「ずるい! そんなこと言われたら、出ていけないじゃん!」
そう叫んでから、セラはまじまじと僕の顔を見て、突然、吹き出した。
「……って、ルーク、鼻血!」
「え?」
拭うと、手の甲が赤く染まった。さっきの代償だ。いいことを言ったつもりだったのに、皆目格好がつかない。
「もう、じっとして!」
セラは自分の袖で、乱暴に僕の鼻を拭った。痛い。でも、笑っている彼女の顔は、今日見た中で一番本物だった。
そのあと、セラはもう一度だけ、手のひらを上に向けた。
灯ったのは、小さな白い光だった。
それはふわりと浮かび上がり、二つに分かれ、四つに分かれ、気づけば、空き地いっぱいに蛍のような光の粒が漂っていた。
どれも揺れない。暴れない。
「……きれい」
自分で撃った光を見上げて、セラが呟いた。
「うん。きれいだ」
帰り道、セラは包みを抱えて、少し照れくさそうに言った。
「……パーティやめるの、やめる」
「やめるのをやめるの?」
「そう! だから銅貨も返してもらうからね!」
翌朝。
寝不足のままギルドに入ると、ホールの中央に人だかりができていた。
学院の教官と、その隣に立つユリウス。向かいには、めったに姿を見せないギルド長まで出てきている。
「――以上が、学院からの依頼です」
教官が言った。
「実地訓練の仕上げとして、東の森の奥で学生と冒険者の合同討伐を行いたい。案内と護衛を務めていただく冒険者には、通常の三倍の報酬をお支払いします」
三倍。冒険者たちがざわめく。その中には、アルベルトさんたち「暁の翼」の姿もあった。
「それと、もう一つ」
ユリウスが、一歩前に出た。
その冷たい視線が、ホールの入り口を――僕の隣に立つ少女を、まっすぐに指した。
「そこの測定不能も、参加させてもらう。――欠陥品の魔法がどれほど危険か、辺境の諸君にもよくわかるだろう」




