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数値がすべての世界で、僕にだけ『測定不能』の才能が見える 〜見捨てられた少女たちと成り上がる〜  作者: guil727


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第31話 喰い鉄(第3章 第10話)

「……文句ある?」

煤だらけの顔が、頭の上からじろりと見下ろしていた。

炉の火を置き忘れたような、赤い瞳。その体から立ち上る燃えるような光は、近くで見ると、まぶしいというより、熱かった。本当に熱を持っているはずもないのに、頬がじりじりとする気がした。

「……あの、すみません。うるさかったですよね」

「うるさい。――で?」

短い。とにかく、短い。

「……『灯火』のルークです。こっちがセラ、こっちがフィオ」

その名前を聞いた瞬間、赤い瞳が、わずかに細められた。

「……大熊と、旧坑道の。――それで、審査で落ちた連中か」

後ろで、セラが「うっ」と言葉に詰まった。

「……そうです。その審査で、セラが手をこわして。……素手で魔法を撃つと、手が焼けるんです。杖だと、杖が砕ける。だから、手を守るものを――」

「――ゴドウィンのじじいに、無理だって言われたんだろ」

遮られた。

彼女は、扉の柱に肩でもたれて、煤で黒くなった腕を組んだ。

「で、あいつらに『破門されたトトなら、そんな馬鹿なもんを作るかも』って笑われて、ここまで来た。――違う?」

……全部、そのとおりだった。

「……違わないです」

「だろうな」

彼女は、鼻で小さく笑った。笑った、というより、息を吐いただけかもしれない。

「……帰りな。あたしの作るもんは、みんな失敗作だよ。誰にも使えねえ」

そう言って、扉を閉めかけた。

そのとき。

「……あの。その、部屋の奥の、灰色の塊。……あれだけ、すごく静かです」

フィオの声だった。

扉が、半分のところで止まった。

「……は?」

「……炉は、すごく熱いです。そこの金床も、熱い。でも、あの灰色の塊の周りだけ、何もないみたいに、静かで……」

フィオの琥珀色の光が、小屋の奥へと、やわらかく引かれていた。危険を告げる形ではない。ただ、そこだけが不思議だと言うように。

赤い瞳が、フィオをじっと見下ろした。

長い沈黙。

それから、彼女は、何も言わずに扉を全部開けて、小屋の奥へと歩いていった。

小屋の中は、熱かった。

小さな炉。金床。壁一面に掛けられた、使い込まれた金槌と金箍。床には、曲がった釘や、割れた刃や、何に使うのかわからない金属の塊が、山のように積まれている。

彼女は、その山の一番奥から、拳ほどの大きさの、くすんだ灰色の塊を、片手でつかみ上げた。

その手に――古い火傷の痕が、いくつもあった。炉でついたような小さなものじゃない。手の甲から手首まで、一度に大きく焼けたような、引きつった痕。

それを見た瞬間、セラが、自分の包帯の手を、そっと胸に引き寄せた。

「……『喰い鉄』。あたしがそう呼んでるだけだけどな」

彼女は、その灰色の塊を、金床の上にことりと置いた。

「魔鉱石を溶かすときに、少しだけ混ぜものを変えると、こうなる。――魔力を、喰うんだよ。熱も一緒にな」

そう言って、彼女は棚から、小さな赤い石を一つつまみ上げた。火打ちに使う、安物の火の魔石だ。それを、金槌の柄で軽く叩いて、小さな火を突いた。

そして――その火を、灰色の塊に近づけた。

火が、消えた。

吹き消されたのではない。まるで、塊の中に吸い込まれていくように、すっと、消えた。灰色の塊の表面が、ほんの一瞬だけ、青白くゆらめいた。

「……――」

「……わかったろ。これは、杖にも剣にもならねえ。魔法使いがこれを持ったら、自分の魔法を全部喰われて終わりだ。――だから、失敗作なんだよ」

彼女は、そう言って、塊から目をそらした。

でも――その燃えるような光は、塊の方を向いたまま、少しもそらされていなかった。

――全部、喰う。

頭の中で、何かが、かちりと音を立てた。

「……それは、普通の魔法使いなら、ですよね」

「……は?」

「セラの魔力は、普通の人の何十倍もあるんです。杖も、測定器も、あふれて壊れるくらい。……全部喰うつもりでも、たぶん、喰いきれない」

赤い瞳が、僕を見た。

「……だったら。喰いきれない分だけ、前へ飛んでいく。――あふれて手を焼く分だけを、この鉄が食べてくれたら」

そこまで言って、自分でも、少し息を飲んだ。

杖は、小さすぎた。測定器も、小さすぎた。セラの手も、小さすぎた。この子の魔力を受け止める「器」は、どこにもなかった。

でも――受け止めるんじゃなく、「喰う」なら。

小屋の中が、しんと静まり返った。炉の火が、ぱちりとはぜる音だけが響いた。

彼女の燃えるような光が――ゆらりと、大きく揺らいだ。

それは、今までに見たどんな揺らぎ方とも、少し違っていた。怒りでも、恐れでもない。炉にふいごで風を送った瞬間の、火のような揺らぎ方だった。

「……――」

彼女は、何か言いかけて、口を閉じた。

それから、灰色の塊を、もう一度、じっと見下ろした。

「……あんた、何者だよ。魔法使いでもないし、鍛冶屋でもないくせに」

「……元、荷物持ちです」

「……はっ」

今度は、本当に、少しだけ笑ったように見えた。

その赤い瞳が、セラの包帯の手へと移った。

「……おい、そこの赤いの。――あんた、あたしの失敗作に、自分の手を預けるつもりかよ。下手したら、今度は焼けるどころじゃすまねえかもしれないぞ」

セラは、包帯の手を胸に抱えたまま、少しだけ迷った。

それから、ちらりと、僕の方を見た。

そして、笑った。いつもの、あの乾いた明るい笑いじゃない。まっすぐな、笑顔だった。

「――うん。預ける」

即答だった。

赤い瞳が、大きく見開かれた。

「……は? いや、ちょっとは考えろよ。あたしは破門されたんだぞ。お前ら、あたしのこと何も知らねえだろうが」

「知らないよ。でも、ルークが、その鉄のこと、すごいって顔で見てるもん」

セラは、当たり前のことを言うように、胸を張った。

「あたしのときも、そうだったんだよ。みんなが『暴発の失敗作』って笑ってたときに、ルークだけ、あたしのこと、そういう顔で見てたの。……だから、預ける」

小屋の中に、また、沈黙が落ちた。

その沈黙の中で、燃えるような光が、もう一度、ふいごを踏まれたように大きく揺らいだ。

それから――彼女の視線が、ふいに、別のところで止まった。

フィオの背中の、大剣。

「……おい。そこのちっこいの」

「ひゃっ!? は、はいっ」

「その大剣。――持ち主に、合ってねえな」

フィオの肩が、びくりと跳ねた。琥珀色の光が、きゅうっと縮んだ。

だが――彼女は、その大剣の柄と、鞘と、刃の叩き方を、一瞬で確かめるように見てから、ぶっきらぼうに付け足した。

「……でも、いい剣だ。打った奴は、腕がいい。――大事にしてんだろ。手入れの仕方でわかる」

フィオの光が、ゆっくりと、元の大きさに戻っていった。

「……はい。……すごく、大事な人の剣です」

「……そうか」

それだけ言うと、彼女は、灰色の塊を、もう一度そっと、金床の上に戻した。

そして、僕たちに背を向けた。

「……帰れ。――考えとく」

扉は、今度は、本当に閉められた。

でも、その内側で、燃えるような光は、金床の前から、いつまでも動かなかった。

帰り道。

「……『考えとく』だって! ルーク、『考えとく』って、たぶん『いいよ』ってことだよね!?」

セラが、包帯の手を僕の左腕に、くるりと絡めながら言った。握れないから、腕ごと抱えることにしたらしい。

「……わからないよ。でも、たぶん、嫌だったら、最初の一言で閉めてたと思う」

「……わたしも、そう思います」

右側で、フィオが、僕の袖をつまんだまま言った。その光は、まだ少しだけ、あの小屋の方へと引かれている。

「……あの人。背中は、ぶわっとしないです。……でも、すごく熱くて。熱いのに、どこか、さみしそうでした」

――さみしそう。

僕は、右の手のひらを、そっと開いた。

あの小屋で、一度も、目を合わせようとはしなかった。素質を読もうとも、触れようとも。

彼女の両手の火傷の痕。破門された理由。親方の光が、彼女の名前で揺れたこと。知りたいことは、たくさんあった。

でも、それを勝手に見るのは、たぶん、違う。

――見る量を、自分で決める。

癒し手の寝台の上で、十日間、ずっと考えていたことだった。

見えるから全部見るのじゃない。見ていいと言われたものを、見ていいだけ見る。そして、自分がどれだけ見たのかを、隣にいる二人に、ちゃんと伝える。

それがたぶん、グレタさんの言う「互いの限界を、互いに知っていること」なのだ。

「――あら、三人とも。ちょうどよかったわ」

ギルドの前を通りかかると、入り口からノーラさんが手を振っていた。

その手には、一枚の貼り紙。

「さっき、領都から届いたの。――次のパーティ昇格審査は、冬の終わり。今度は、この町だけじゃなく、近くの町のパーティも集まるんですって」

冬の終わり。

それまでに、セラの手を治して。手を守るものを手に入れて。そして――三人が、互いの限界を、互いに知った「灯火」になって。

「……受けます」

答えると、左右から、同時に、うなずく気配がした。

ノーラさんは、三人の顔を一人ずつ見て、それから、少しだけ笑った。そして、いたずらっぽく、僕の両腕を見た。左腕にはセラが絡みつき、右の袖はフィオにつままれたままの、その両腕を。

「……ふふ。ルークくん、両手がふさがってて、この紙、受け取れないわね」

……そのとおりだった。

――その翌朝。

麦穂亭の食堂で、三人で朝ごはんを食べているときだった。

入り口の扉が、ばん、と、乱暴に開いた。

食堂中の目が、そちらを向く。

そこに立っていたのは、頭が扉の上の枠にぶつかりそうなほど背の高い、煤だらけの人影だった。焦げ跡だらけの革の前掛け。赤茶色のはねた髪。そして――その目の下には、くっきりと、一晩中眠らなかった人の隈があった。

その手には、粗い紙が一枚。粉炭で、何かの図が、紙の端から端までびっしりと描き込まれている。

「……トトさん?」

彼女は、食堂の中を大股で横切って、まっすぐにセラの前で立ち止まった。

そして――煤だらけの、火傷の痕だらけの手を、ぶっきらぼうに差し出した。

「……手、測らせろ」

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