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数値がすべての世界で、僕にだけ『測定不能』の才能が見える 〜見捨てられた少女たちと成り上がる〜  作者: guil727


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第3話 はじめての一撃

「セラ!」

考えるより先に、体が動いていた。

鎧猪が地面を蹴る。僕は荷物袋から煙玉をつかみ、鼻先めがけて投げつけた。白煙が弾け、巨体がわずかに向きをそらす。その隙にセラの袖を引いて、大木の陰に転がり込んだ。

五年間の荷物持ちで覚えたのは、戦うことじゃない。逃げる時間を稼ぐことだ。

「セラ、怪我は」

「へ、平気……ちょっと手がひりひりするだけ」

彼女は笑おうとした。でも唇が震えていて、うまく形にならなかった。

煙の向こうで、鎧猪が鼻を鳴らす。煙玉はあと一つ。走っても逃げきれない。あの巨体は、森の木を薙ぎ倒しながら追ってくる。

鎧猪の癖は、知っていた。荷物持ちとして、アルベルトさんたちの討伐に何度もついていったから。あの魔物は、突進すると真っ直ぐにしか走れない。曲がれない。

だから――

煙を突き破って、灰色の巨体が飛び込んできた。

「伏せて!」

セラの頭を抱えて、横へ跳ぶ。鉄の外殻が、僕たちのいた場所の大木に激突した。幹が裂け、木っ端が雨のように降り注ぐ。

避けきれなかった。外殻の端が、僕の脇腹をかすめた。

「――っ!」

息が詰まる。熱い痛みが、肋骨のあたりに広がった。

「ルーク!?」

「大丈夫……かすっただけ」

本当は、かすっただけでは済んでいない。息を吸うたびに、脇腹がきしむ。でも、セラの前で顔に出すわけにはいかなかった。

鎧猪は、大木に刺さった牙を引き抜こうと首を振っている。今の一撃で、少し頭がふらついているようだ。でも、それも時間の問題だ。

次は、避けられない。

「ルーク、逃げて」

セラが言った。

「あたしが引きつける。あたしがしくじったんだし。ルークまで巻き込んだら、あたし――」

「逃げない」

自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。

「僕はもう、見えてるのに逃げるのはやめたんだ」

セラが目を見開く。

僕は地面に落ちた杖の破片を拾い上げ、遠くへ放り投げた。

「杖は、もうない」

「……っ」

「セラの手から撃つんだ。君の魔力は、君の手なら受け止められる」

「で、でも……もし腕が吹き飛んだら」

「吹き飛ばない」

「なんで言い切れるの!」

「見えてるから」

僕はまっすぐ彼女の目を見た。怖がって縮こまっているのに、彼女の体からは、それでも白金の光があふれている。

「大丈夫。君ならできるよ」

「……」

「もし失敗しても、僕が隣にいる。一人じゃない」

煙が晴れた。

鎧猪がこちらを見つけ、前脚で地面をかく。来る。

セラが、ゆっくりと立ち上がった。両手を前に突き出す。指先が震えている。

「……学院の先生はね、あたしに言ったの。『測れないものは、存在しないのと同じだ』って」

鎧猪が突進を始める。地響き。木々が揺れる。

「みんな、そう言った。だからあたし、笑ってたの。笑ってれば、気にしてないふりができるから」

二十歩。十五歩。

「でも、ルークは」

セラの手のひらに、光が灯った。

小さな火じゃない。白金の光そのものが、彼女の両手に集まっていく。

「ルークは、まぶしいって言った!」

十歩。

「いっ――けええええっ!!」

世界が、白く染まった。

音が消えた。風も、木々のざわめきも、すべてが光に飲み込まれた。

目を開けると――森に、一本の道ができていた。

セラの手の先から、まっすぐに。木々がなぎ倒され、地面がえぐれ、その先には森の外の空が見えている。

鎧猪の姿は、どこにもなかった。焦げた地面に、巨大な牙が一本だけ突き刺さっていた。

静寂。

セラは、両手を突き出したまま固まっていた。自分の手を見る。焦げ跡ひとつない、小さな手。

「……あたしの腕、ついてる」

「ついてるよ」

「魔法……撃てた」

「撃てたね」

セラの顔が、くしゃりと歪んだ。笑おうとしている。いつものように「えへへ」とごまかそうとしている。でも、うまくいかなかった。

「すごいよ、セラ」

僕がそう言った瞬間、彼女の目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。

「……はじめて、言われた」

「え?」

「すごいって。生まれてはじめて、言われた……っ」

セラは両手で顔を覆って、子どものように泣いた。僕はどうしていいかわからず、ただ隣に座っていた。森を抜ける風が、焦げた匂いを運んでいく。

しばらくして、セラが顔を上げた。目は真っ赤で、鼻も赤くて、それでも――今までで一番いい顔で笑っていた。

「ルーク」

「うん」

「お試しは、おしまい」

彼女は、煤で汚れた手を差し出した。

「あたしと、本当のパーティ、組んでくれる?」

僕は、その手を握った。

触れた瞬間、彼女の心の奥がふっと見えそうになって、慰てて意識をそらす。それを見ていいのは、彼女が許してくれたときだけだ。

「よろしく、セラ」

「よろしくね、ルーク!」

帰り道。

「見て見て、ルーク!」

セラが人差し指を立てる。指先に、蠟燭ほどの小さな白い炎がぽっと灯った。揺れもしない、静かな炎。

「暴発しない……! 小さいのも出せる!」

「すごいな」

「えへへ、でしょ!」

セラは炎を消したりつけたりしながら、跳ねるように歩いた。さっきまで泣いていたのが嘘みたいだ。

つられて笑うと、脇腹がずきりと痛んだ。思わず足が止まる。

「……ルーク?」

セラの顔から、笑みが消えた。

「さっきの、かすっただけじゃないでしょ」

「いや、本当に――」

「うそ。顔、真っ青だよ」

有無を言わさず、セラは僕の荷物袋を奪い取った。中からポーションを見つけ出し、栓を抜いて押しつけてくる。

「飲んで。あと、荷物はあたしが持つ」

「それは僕の仕事で――」

「今日からは、パーティの仕事!」

セラは自分の体の半分ほどもある荷物袋を背負い、ふらつきながら歩き出した。

ポーションの苦い味が、喉を落ちていく。痛みが少しずつ引いていく。

五年間、荷物を誰かに持ってもらったことは、一度もなかった。

「……ねえ、ルーク」

前を歩くセラが、振り返らずに言った。

「ルークの才能、ひとつ見つけたかも」

「え?」

「ないしょ!」

夕日の中で、赤い髪が揺れた。その耳が少し赤かったのは、たぶん夕日のせいだけじゃなかった。

夕方。ベルナのギルドに戻ると、ノーラさんが籠を受け取って微笑んだ。

「薬草、ちゃんと集めてきたのね。えらいわ。……それで、その大きな包みは?」

僕は布をほどき、森で拾った牙をカウンターに置いた。

ノーラさんの笑顔が、凍りついた。

周りの冒険者たちが、ざわめき始める。

「おい……あれ、鎧猪の牙じゃねえか?」

「嘘だろ、Cランクの討伐対象だぞ」

「暴発女と荷物持ちが? 冗談だろ!」

ざわめきは、あっという間にギルド中に広がっていく。セラが「えへへ、また有名人!」と小声で笑う。今度の笑顔は、もう震えていなかった。

その人垣の向こう。酒場の奥のテーブルから、聞き覚えのある声がした。

「……ルーク?」

振り向くと、アルベルトさんがジョッキを持ったまま、立ち上がっていた。

いつもの爽やかな笑顔は、そこになかった。

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