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数値がすべての世界で、僕にだけ『測定不能』の才能が見える 〜見捨てられた少女たちと成り上がる〜  作者: guil727


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第18話 先触れ(第2章 第8話)

フィオが先頭に立った。

僕はそのすぐ後ろで、琥珀色の光だけを見つめる。その後ろで、ダリオが僕の帯を握る。背中のカイは、声を漏らさないように、自分の袖をくわえている。

「……行きます」

フィオの声は、息より少しだけ大きいくらいだった。

「……今、あの子の頭は、右の奥。こっちには背中を向けてます。尻尾が、左の方で丸まってる。……左には寄らないで。まっすぐ、十歩」

一歩。二歩。

石の床は、足音をよく響かせた。だから、つま先からそっと下ろす。

吐く。――止める。――吸う。

生暖かい息が、左の頰を横から撫でていく。近い。今までのどの瞬間よりも。

「……止まって」

全員が、おそらく同時に息を止めた。

「……今、息を止めてる。……聞いてるんです。足音を」

長い、長い間。

経っているのかどうかもわからない。心臓の音だけが、うるさいくらいに耳の奥で鳴っていた。

そして――吸う。

「……今です。吸ってるあいだは、音が聞こえてない。三歩、速く」

三歩。そしてまた、止まる。

その繰り返しだった。

フィオの声は、一度も途切れなかった。あの子がどこを向いているか。今、どの足に力を入れているか。いつ息を吸い、いつ止めるのか。彼女はそれを、まるで目の前に見えているみたいに、小さな声で伝え続けた。

気づけば、琥珀色の光は、もう震えていなかった。

その代わりに――少しずつ、少しずつ、広がっていた。

「……半分まで来ました。あと、八歩――」

そのときだった。

フィオの光が、びりっと、弓のように左へ引き絞られた。

「――尻尾! 左から、低く! 伏せてっ!」

声が、わん、と空間に響いた。

考えるより早く、体が床に飛びついていた。背中で、ダリオがカイごと崩れ落ちるように伏せる気配。

その頭上を、何かが通り過ぎた。

巨大な何か。風を切る音。髪が、根元から引きちぎられそうなほどの風圧。それが、向こうの柱に当たって、轟音とともに砕け散った。

轟音の余韻の中で、空間が、ほんのわずかに明るくなった。

赤い光。

顔を上げる。

闇の向こうで、二つの巨大な炭火が、大きく見開かれていた。その淀んだ赤い光が、はじめて、僕たち四人の姿を、ぼんやりと床に浮かび上がらせていた。

見られている。

「……う、あ……」

カイが、袖をくわえたまま呻いた。ダリオの土色の光が、びくりと後ろへ下がりかける。

逃げる。――全員が、そう思ったはずだ。

そのとき。

「――動かないで!」

フィオの声だった。

これまで、一度も聞いたことのない声。小さくも、震えてもいない。まっすぐで、よく通る声。

彼女は、伏せたまま、あの二つの赤い光を、まっすぐに見返していた。

「……今、後ろに下がったら、右の前足の内側に入ります。そこはだめです。……あの子は今、頭を下げようとしてる。下げきったら、右の前足が浮きます」

そこで、一拍。

「――二つ数えたら、浮きます。浮いたら、足の下を、前へ。右の壁まで、一直線です」

僕は、息を呑んだ。

それは、「どこから来る」ではなかった。

「いつ、どう動き、どこが空くか」だった。

「――一つ」

琥珀色の光が、広がる。

引き絞られた弓でも、身を縮める小動物でもなかった。それは、彼女の体から、ゆったりと、温かく溢れ出していく。僕を、ダリオを、その背中のカイを、一人ずつ包み込むように。

闇の中で、一つの大きな灯りを囲むように。

――開花だ。

「――二つ! 今です!」

巨大な前足が、床から浮いた。その下に、大人がいくつもくぐれそうな闇の隙間が開く。

走った。

フィオが先を、僕がその光を、ダリオが僕の帯を。頭上で、岩の板を重ねたような足の裏が、少しずつ降りてくる。

「――背を低く! あと三歩!」

頭を下げる。一、二、三。

背後で、床が弾ける音がした。足が降りたのだ。さっきまで僕たちがいた、その場所に。

そして――右の壁に、手が届いた。

「……杭、ここです!」

フィオの声。その光の先で、錆びた鉄の杭が、上へと続いているのが、赤い光にぼんやりと浮かんでいた。

「……上る順番は――」

「わたしが、一番に。危ない杭、わかりますから」

フィオはもう、杭に手をかけていた。

「次がダリオさんとカイさん。それから……」

「僕が最後だ」

片腕を包帯で吊ったままじゃ、登れない。僕は結び目をほどき、左腕を自由にした。焦げるような痛みが肩から背中まで走る。それでも、動く。

ダリオが、カイを背負い直し、自分の帯でカイの体を己に縛りつけた。それから、杭をつかむ。

と、その手が、一つの杭の上で止まった。

「……こいつは、だめだ」

「……え?」

「鳴ってる。杭の周りの岩が。……たぶん、押したら抜ける」

そのすぐ上から、フィオの声が降ってきた。

「……はい。その杭は、抜けます。一つ飛ばして」

ダリオは一瞬だけ動きを止め、それから黙ってその杭を飛ばして登った。

その土色の光が、岩に触れるたびに、ほんのわずかに、ちらりと強くなるのを、僕は見ていた。

最後に、僕が杭をつかんだ。

右手、右足。左手は、杭にかけるだけで全身が震えるほど痛む。それでも、一つ、また一つと、上へ。

下で、重たいものが動く気配がした。

赤い光が、ゆっくりとこちらへ向きを変えていく。

「――ルークさん! 左へ! 杭を、左の列に!」

頭上から、フィオの叫び声。

考えずに、体を左へ振った。痛む左手で、隣の列の杭をつかむ。肩が悲鳴を上げ、視界が白くなる。

その瞬間、さっきまで僕がいた場所に、巨大な爪が突き刺さった。

岩が砕ける。破片が、雨のように頬を打つ。

それでも、僕は杭を離さなかった。

「――穴は、もうすぐです! そこから先は、狭くなります!」

頭上で、琥珀色の光が、岩の中へと吸い込まれていく。その後を土色の光が追う。

僕は、最後の力を振り絞って、もう二つ、杭を登った。

岩の縁を越える。周りが、きゅうっと狭くなる。人一人がやっと通れるくらいの、丸い縦穴。通気坑だ。

その縁に、小さな手が伸びてきて、僕の右手をつかんだ。

「……つかまって!」

とんでもない力だった。あの岩場の丘で、僕とセラを引っ張った、あの力。

僕は、縦穴の中へと引き上げられた。

その下で――大きな、長い息が、縦穴の底を吹き抜けていった。

吐く。――そして、それきりだった。

しばらくして、もう一度、息の音がした。でもそれは、さっきまでよりずっと遅く、ずっと遠かった。

「……追ってきません」

すぐ横で、フィオが、小さく言った。

「……あの子、怒ってなかったんです。たぶん。ただ……起こされて、ずっと、うるさかっただけで。……今は、すごく眠そうです」

その声は、不思議なほど穏やかだった。

赤い光は、もう縦穴の底には届かない。周りはまた、本当の闇だ。

でも、その闇の中で、琥珀色の光は、広がったままだった。縦穴の中にしがみつく四人を、そっと包むように。

「……フィオ」

「……はい」

「君は今、全員を連れて、逃げたんだよ」

琥珀色の光が、小さく揺れた。

それから、ずっと、ずっと長い間、その光は黙っていた。闇の中で、小さく鼻をすする音だけが、何度か聞こえた。

「……マルタさんに、返しに行けるかな」

「うん。ぜったい」

縦穴の杭は、上へと続いていた。

フィオが先を行き、「その杭、抜けます」「ここ、岩がもろいです」と途切れなく声を落とす。ダリオがカイを背負ってそれに続き、時々、自分から「こいつも鳴ってる」と低くつぶやく。そのたびに、フィオが「はい」と答える。

どれくらい登っただろう。

頭上で、フィオの声が、ふいに止まった。

「……行き止まりです」

「……え?」

「上に、木の蓋があります。その上に、すごくたくさんの土と石が……風は、その隙間から少しずつ入ってきてるだけです」

四十年放っておかれた通気坑。その上に山の土が積もり、蓋はその重さに押しつぶされているのだ。

ダリオが、片手で蓋を押し上げようとする気配がした。ちっとも動かない。

「……ここまで来て、かよ……」

カイのかすれた声。その青白い光は、さっきよりさらに弱々しくなっていた。

僕は、杭にしがみついたまま、蓋のあるはずの闇を見上げた。

――そして、気づいた。

この力は、壁も床も関係ない。近くにいる人の光は、たとえ土や石の向こうでも、ぼんやりと感じ取れる。

蓋の、その上。土と石の、その向こう。

そこに、光があった。

見間違えるはずがない。この世界で、一番まぶしい光。

白金の光が、まっすぐに、こちらへ向かって降りてくるところだった。

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