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数値がすべての世界で、僕にだけ『測定不能』の才能が見える 〜見捨てられた少女たちと成り上がる〜  作者: guil727


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第13話 逆さの風(第2章 第3話)

「……下から、来ます」

霧の中で、フィオの声が、もう一度だけ繰り返された。

荷車を引いていたダリオが、足を止めて振り返る。そして、たっぷり一拍置いてから、吹き出した。

「下だと? 地面の下から何が来るってんだ。モグラか?」

仲間たちがどっと笑う。ダリオは足元の石畳を、わざとらしくどんどんと踏み鳴らしてみせた。

「ほら、何も出てこねえよ」

だが、僕は笑えなかった。

フィオの琥珀色の光は、確かに足元を向いている。でも、ただ真下を向いているのではなかった。斜め下。北の山の方角へ、地面を穿って、ずっとずっと深くへと伸びている。

ここではない。山の、その下だ。

ダリオたちは笑いながら、霧の向こうへ歩き出した。

その背中が小さくなっていくのを見送ってから、フィオの膝からふっと力が抜けた。

「――っと」

倒れる前に、セラがその体を抱きとめた。

「フィオちゃん! だいじょうぶ!?」

「……す、すみません……足が、勝手に……」

フィオの体は、小刻みに震えていた。たぶん、さっきまで全身で「逃げる」を押さえ込んでいたのだ。

僕は彼女の前にしゃがんだ。

「……フィオ。言えたね」

フィオが、前髪の奥で瞳を揺らした。

「でも……また笑われて……」

「うん。でも、僕たちは聞いたよ。下から来る。……山の、ずっと下から、だよね?」

フィオの目が、まん丸になった。

「……どうして、わかるんですか」

「君の光が、そっちを向いてるから」

彼女はしばらく、信じられないというように僕を見つめていた。それから、ゆっくりと、うなずいた。

「……はい。山の、下です。ずっと、ずっと深いところ。そこで何かが、ゆっくり、動いてて……」

自分の口から出た言葉に、彼女自身がびっくりしているようだった。

「えらい! フィオちゃん、すっごくえらい!」

セラが、抱きしめたままフィオの頭をがしがしと撫で回す。フィオは「ひゃう」と変な声を出しながら、されるがままになっていた。

その前髪が乱れて、一瞬だけ見えた口元は、今にも泣きそうで、それでいて少しだけ緩んでいた。

北の山への道は、半日かかった。

僕たちは「鋼の轍」の荷車の轍を、少し離れて追いかけた。ダリオは時々振り返っては「まだいるのか」と言う顔をしたが、追い返しはしなかった。

歩きながら、僕は彼らの光を見ていた。

ダリオの光は、乾いた土のような色をしていた。重たくて、どっしりとしている。剣士の赤とは、少し違う。目を合わせなければその正体はわからないけれど、あの人にもまた、本人が知らない何かが眠っているのだろう。

そして、荷車の後ろを押している、左腕に包帯を巻いた若い男。

あの人だけが、さっきから何度も、こちらを振り返っていた。振り返っては、フィオを見て、気まずそうに目をそらす。

「……ベンさんです」

フィオが、小声で教えてくれた。

「先週、小鬼に腕を……。……あのとき、わたし、ベンさんにだけは『ここ、嫌です』って言ったんです。小さい声だったけど……」

「……そうか」

だから、あの人は、振り返るのだ。

北の山の麓に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

岩肌に、古びた木の枠が、口を開けていた。つい最近まで打ち付けられていたらしい板が、周りに積み上げられている。鉱夫組合が、この依頼のために外したのだろう。

その暗い入り口から、風が吹いていた。

生暖かくて、かすかに生臭い風だった。湿った土と、錆びた金属と、それから――生き物の息のような何かの匂い。

セラが、鼻をつまんだ。

「……なんか、やだな、この風」

フィオは、何も言わなかった。ただ、入り口から十歩ほど離れた岩の前で、ただじっと立ち尽くしていた。その光は、入り口の奥へ――いや、もっと下へと、まっすぐに突き刺さっている。

逃げては、いなかった。

「よし、照明をつけろ。入るぞ」

ダリオが号令をかけ、四人が魔道具の灯りを掲げた。

入り口に足をかけたところで、一番後ろのベンが、ふいに立ち止まった。

彼は少し迷ってから、フィオの方へと小走りで戻ってきた。

「……フィオ」

「……は、はい」

「先週のこと、悪かった。お前、ちゃんと言ってたのにな。俺、ダリオにそれ、言えなかった」

フィオが、息を呑む。

「ベン! 何やってんだ!」

入り口から、ダリオの怒鳴り声。ベンは一瞬だけ笑って、「帰ったら、また話そう」と言い残し、仲間たちの後を追って暗闇の中へ消えていった。

四つの灯りが、少しずつ小さくなり、やがて、見えなくなった。

それから、長い時間が過ぎた。

僕たちは入り口の近くの岩陰に腰を下ろし、待ち続けた。セラは指先に蛍のような光の粒をいくつも浮かべて、練習をしている。光の粒は、もうひとつも暴れない。

「……あの」

ふいに、フィオが口を開いた。彼女の方から話しかけてきたのは、初めてだった。

「『ぶわっ』ってなるとき、音が聞こえる気がするんです。本当の音じゃないけど……遠くで、太鼓を叩いてるみたいな」

「太鼓?」

「はい。岩蜥蜴のときは、すぐ足の下で、速くて、小さかった。でも……」

フィオは、自分の足元を見つめた。

「今のは、すごく遅くて、すごく大きいんです。ずうん、ずうんって。……それが、先週より、昨日より、今朝より……だんだん、近くなってて」

その声は震えていたけれど、もう途切れはしなかった。

「……ありがとう。教えてくれて」

そう言うと、フィオは「い、いえ……」と俯いて、それから小さな声で付け足した。

「……言っても、笑われないのって、不思議ですね」

太陽が、西へ傾いていく。

岩肌の影が長く伸び、入り口の暗闇が、いっそう深く見えてくる。「鋼の轍」は、まだ戻らない。鉱脈を探る依頼なら、日暮れまで潜っていてもおかしくはない。

そう、自分に言い聞かせていたときだった。

風が、止んだ。

朝からずっと、入り口から吹き出していた、あの生暖かい風が。

ぴたりと。まるで、誰かが息を止めたみたいに。

静寂。鳥の声もしない。

そして、次の瞬間。

僕たちの髪が、前へと引かれた。

風が、逆さに吹いていた。入り口に向かって。山が、大きく息を吸い込んでいるみたいに。足元の砂が、小石が、ざらざらと音を立てて暗闇へと吸い込まれていく。

「――来ますっ!」

フィオが叫んだ。今までで一番大きな声で。

「上がってきます! 下から、まっすぐ――!」

地面が、跳ねた。

揺れたのではない。下から、何か巨大なものに突き上げられたように、一度だけ、どん、と。

岩肌から砂埃が降り注ぐ。山の奥深くで、何かが崩れるような、長く低い轟音が響いた。

そして――入り口から、吐き出されるように、分厚い土煙が噴き出した。

「フィオ! セラ!」

二人の腕をつかんで、岩の陰へ身を伏せる。土煙が、頭の上を篠突く雨のように通り過ぎていく。

やがて、それが収まると、何も聞こえなくなった。

風も、もう吹いていない。

「……ルーク、あれ」

セラが、入り口を指差した。

まだ漂う土煙の奥で、ゆらりと、何かが動いていた。

人影だった。よろめき、壁に手をつき、わずかに光るものを引きずりながら――それは、砕けた照明の魔道具だった――そして、入り口の枠をつかんだまま、どさりと崩れ落ちた。

左腕の包帯が、土と血で黒く汚れている。

「ベンさんっ!」

フィオが、誰よりも早く駆け出していた。

あの逃げ足で。今度は、危険の方へと。

僕とセラも、すぐに後を追った。ベンは地面に倒れたまま、荒い息を繰り返している。僕は荷物袋からポーションを取り出し、その口にあてがった。

半分ほど飲み下したところで、ベンはようやく目を開けた。そして、そこにいたのがフィオだとわかると、顔をくしゃくしゃに歪めた。

「……フィオ……お前の言うとおりだった……」

「ベンさん、しゃべらないで……」

「聞け、よ……奥で、床が、抜けたんだ。坑道の下に……でっかい空洞があって……ダリオも、他の二人も……落ちた」

ベンの指が、僕の袖をつかむ。その力は、怪我人とは思えないほど強かった。

「俺だけ、縁にしがみついて……這い上がって……でも、角を曲がるとき、聞こえたんだ……下から、ダリオの声が。……あいつら、まだ生きてる」

そこで、ベンの声が、ふっと震えた。

「それと……それと、空洞の奥で……何かが、動いてた。灯りが届かないくらい、奥の方で……山みたいにでかい何かが……息、してたんだ」

さっきの風だ。

吐いて、止めて、吸った。あの風は――。

ベンは、血と泥にまみれた顔で、僕をまっすぐに見上げた。

「……頼む。あいつらを、助けてくれ。俺たちが……俺たちが笑ったお前らに、こんなこと頼めた義理じゃねえのは、わかってる。でも……」

僕は、入り口の暗闇を見た。

それから、隣にしゃがみ込んだ小さな少女を。

フィオの琥珀色の光は、今までにないほど激しく震えながら――それでも、入り口の奥へ、まっすぐに突き刺さっていた。

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