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数値がすべての世界で、僕にだけ『測定不能』の才能が見える 〜見捨てられた少女たちと成り上がる〜  作者: guil727


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第11話 逃げ足のフィオ(第2章 第1話)

琥珀色の光から、目が離せなかった。

柱の陰の少女は、周りの笑い声から身を守るように、背中の大剣ごと体を丸めている。それなのに、その光だけは少しも縮んでいなかった。むしろ、誰かの視線が向くたびに、ぴりっと張り詰めるように強くなる。

まるで、全身で何かを聞き取ろうとしているみたいに。

「……あっ。ルーク、その顔」

いつの間にか隣に来ていたセラが、依頼書の束を抱えたまま、僕の顔を覗き込んだ。

「『見つけた』顔だ。あたしのときと同じ顔してる」

「そんな顔、ある?」

「あるよ! 目がこう、きらーってなるの!」

セラは自分の目尻を指で引っ張ってみせた。たぶん、そんな顔はしていない。

「……ちょっと、話してくる」

僕は柱の方へ歩き出した。

五歩。四歩。三歩。

少女が、びくりと顔を上げた。琥珀色の光が、一瞬でぶわっと膨らむ。

そして――

「ご、ごめんなさいっ!」

消えた。

いや、消えたように見えた。少女は自分の背丈ほどもある大剣を背負ったまま、信じられない速さで冒険者たちの間をすり抜け、裏口の扉から飛び出していったのだ。

誰にもぶつからず、テーブルの角ひとつかすらずに。

ホールにどっと笑いが起きた。

「ほらな! 逃げ足だけは一級品だ!」

僕は、空っぽになった柱の陰を見つめたまま、立ち尽くしていた。

「……ルーク、もしかして怖がられた?」

「たぶん」

セラが、こらえきれずに吹き出した。

「……フィオちゃんね。十八歳」

カウンターで、ノーラさんが声を落として教えてくれた。

「半年前にこの町に来て、それから三つのパーティを渡り歩いたの。どこも長く続かなかった。理由は――みんな同じ。依頼の途中で、あの子が一人で逃げ出しちゃうんだって」

「一人で?」

「ええ。仲間を置いて。……それでついたあだ名が『逃げ足のフィオ』」

ノーラさんは、古い依頼記録の束をめくった。細い指が、いくつかの行をなぞる。

「ただ……これは窓口としてじゃなくて、わたしが勝手に気になってることなんだけど」

「はい」

「あの子が逃げた依頼って、いつもそのあとで何か起きてるのよ」

「何か?」

「崖崩れとか、予定にない魔物の群れとか。それでパーティが怪我をして、帰ってきて『あいつが逃げたせいで人手が足りなかった』って怒るの。……でもわたしには、順番が逆に見えるのよね」

逃げたから何かが起きたのではなく。何かが起きるから、逃げた。

あの光の、張り詰め方を思い出す。全身で何かを聞き取ろうとしているような。

「――おいおい、まさかあの臆病者を拾う気かよ」

後ろから、太い声が飛んできた。

振り向くと、傷だらけの鉄の胸当てをつけた大男が、にやにやと笑いながら立っていた。その後ろに、仲間らしい男たちが三人。

「ダリオさん……」

ノーラさんが、小さくその名を呼んだ。Dランクパーティ「鋼の轍」のリーダーだ。この町では、腕っぷしと声の大きさで知られている。

「あいつは先週までうちにいたんだよ。で、依頼の最中にまた逃げやがった。おかげでこっちは小鬼の群れに囲まれて、こいつなんざ腕を縫う羽目になった」

ダリオは、後ろの男の包帯を巻いた腕を叩いた。男が顔をしかめる。

「仲間を見捨てて逃げる奴を、仲間とは呼ばねえ。――そっちの『規格外』の嬢ちゃんも、せいぜい気をつけるんだな」

そう言い捨てて、ダリオたちは掲示板の前へ歩いていった。

「……なにあれ、感じ悪い!」

セラが頰を膨らませる。

でも僕には、ダリオの言葉の中に、一つだけ引っかかるものがあった。

小鬼の群れに囲まれた。――それは、フィオが逃げた、「あと」のことだ。

その日、僕たちは「灯火」として初めての依頼を受けた。

町の西、岩場の多い丘にある薬草地の見回り。最近、岩蜥蜴が出たという報告があるらしい。Dランクのセラがいるので、ようやく受けられるようになった依頼だ。

「岩蜥蜴かぁ。あたし、実物見るの初めて!」

「硬いから気をつけて。あと、丘に道を作るのは禁止だからね」

「わかってるもん! 一日一回まででしょ!」

そういう意味じゃない。

丘への登り道は、風が強かった。ごつごつした岩の間に、細い薬草がしがみつくように生えている。

そして――岩陰にしゃがみ込んで、その薬草を一本ずつ丁寧に摘んでいる小さな背中があった。

背中には、不釣り合いな大剣。

琥珀色の光。

「……フィオ?」

声をかけた瞬間、背中が猫のように跳ね上がった。

「ひゃっ!? ご、ごめんなさいっ! こ、ここ、もしかして皆さんの依頼の場所でしたか!? す、すぐにどきますっ!」

あたふたと籠を抱えて立ち上がり、もう逃げる体勢に入っている。

「待って! どかなくていいよ!」

セラが大きく手を振った。

「あたしたち、岩蜥蜴を探しに来ただけだから! 薬草は全部あげる!」

「え、えっと……」

フィオは、一歩だけ足を止めた。逃げるかどうか迷うように、体が前後に揺れている。

近くで見ると、本当に小柄だった。セラより頭一つ低い。亜麻色の髪を後ろで小さく捆ねていて、前髪が目の半分を隠している。

その目は、一度もこちらを見なかった。ずっと、僕たちの足元あたりをさまよっている。

(……目が、合わない)

これでは、素質の正体も、開花の条件も読めない。光はこんなにも強く見えているのに。

「あ、あの……『灯火』の……ルークさんと、セラさん……ですよね」

フィオが、消えそうな声で言った。

「灰角の大熊を倒したって。ギルド中の噂です……すごいです。わたしとは、全然、ちがう……」

「ちがわないよ」

セラが、あっさりと言った。

「あたしなんて、十日前まで『暴発のセラ』だったんだよ? それに最初にルークに声かけられたとき、あたしも『変な人』って思ったもん」

「……え?」

「だから、フィオちゃんがさっきギルドで逃げたのも、ちょっとわかる。ルークって急に近づいてくるから、びっくりするよね!」

「ご、ごめんなさいっ……!」

「謝らなくていいよ。……僕も、いきなりだったよね。ごめん」

そう言うと、フィオの前髪の奥で、何かが少しだけゆるんだ気がした。

彼女は、抱えていた籠をぎゅっと握りなおした。

「……あの、わたし――」

そこで、言葉が切れた。

琥珀色の光が、びりびりと音が聞こえそうなほどに張り詰めた。

ギルドで見たときより、ずっと強く。ずっと鋭く。

フィオの顔から血の気が引いていく。その足が、半歩、後ろに下がる。

逃げる。

そう思った。その瞬間、彼女は、一度だけ僕たちの方を振り返った。

迷っていた。はっきりと、迷っていた。

そして――

「――こっちですっ!」

小さな手が、セラの手首をつかんだ。もう片方の手が、僕の袖をつかんだ。

とんでもない力だった。あの小さな体のどこに、と思うほどの。僕たちは引きずられるようにして、岩場の斜面を十歩ほど駆け下りた。

「ちょ、フィオちゃん!?」

セラの声が、轟音にかき消された。

さっきまで僕たちが立っていた地面が、下から突き破られていた。

土砂と岩の破片を撒き散らして現れたのは、灰褐色の硬い鱗に覆われた、荷馬車ほどもある蜥蜴だった。岩蜥蜴。地中に潜み、上を通る獲物を下から丸呑みにする魔物だ。

あと一呼吸遅かったら、僕たちはあの口の中にいた。

「――セラ!」

「わかってる!」

セラが、フィオにつかまれていない方の手を突き出した。

指先に、細い白金の光。太さは、縫い針ほどしかない。

それが、岩蜥蜴の開いた口の奥へ、すっと吸い込まれていった。

一拍置いて、岩蜥蜴の体が内側からぼうっと白く光り、それきり動かなくなった。

丘には、道は一本もできていなかった。

「……ふぅ。細く、細く。あたし、えらい!」

セラが胸を張る。彼女なりに、約束を守ったつもりらしい。

でも僕は、その隣で小さく震えている少女から、目が離せなかった。

フィオは、僕たちの手をつかんだまま、真っ青な顔で岩蜥蜴の亡骸を見つめていた。それから、はっと我に返って、手を離した。

「ご、ごめんなさいっ! また、またわたし、逃げて……ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

頭を何度も下げる。そのたびに、背中の大剣ががちゃがちゃと鳴る。怒られると、本気で思っているのだ。

僕は、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「フィオ。違うよ」

「……え?」

「君は今、一人で逃げなかった。僕たちを連れて、逃げてくれたんだ」

フィオの動きが、止まった。

「君がいなかったら、僕もセラも、今ごろあいつのお腹の中だ。……ありがとう」

その言葉に、フィオはゆっくりと顔を上げた。

前髪の隙間から、初めて、茶色の瞳がまっすぐにこちらを見た。

――琥珀色の光が、流れ込んできた。

――素質:先触れの勘。

――開花の条件:怖いと感じたその瞬間に、逃げず、『どこから来るか』を口にすること。

こめかみが、小さく痛んだ。

やっぱりだ。この子の逃げ足は、臆病さなんかじゃない。危険が来る前に、それを知ってしまう力だ。ただ、その知らせを、彼女自身がまだ「怖い」という形でしか受け取れていない。

「……フィオ。君の逃げ足は、才能だよ」

「……さい、のう?」

フィオは、何を言われたのかわからないという顔で、瞳をまん丸にした。

そして、その瞳が、ゆらりと潤んだ。

「……そんなこと、初めて言われました」

小さな、本当に小さな声だった。

「……わたし、いつも、わかるんです。ここにいたらだめだって。背中が、ぶわってなって。でも、『危ない』って言っても、誰も信じてくれなくて……そのうち、言うのが怖くなって……気づいたら、一人で走ってて……」

だから、逃げたのだ。誰にも告げずに。告げても笑われると知っていたから。

――それは、五年間の僕と、まったく同じだった。

「……あの」

フィオが、ふいに顔を強張らせた。

「信じてもらえないと思うんですけど……でも、今なら、言える気がして。いいですか」

「うん」

「『鋼の轍』の皆さんが……明日、北の旧坑道に入るんです。奥の鉱脈を探る依頼で」

ダリオたちのことだ。自分を追い出した、あの人たちの。

フィオは、籠を抱く腕に力を込めた。琥珀色の光が、北の方角へ向かって、きりきりと引き絞られていく。

「……あそこには、行っちゃだめなんです。先週からずっと、あそこの方を向くだけで、背中が冷たくて……」

彼女は、震える唇で、それでもはっきりと言った。

「あの坑道に入ったら――たぶん、誰も帰ってこれません」

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