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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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冒険者として

迷宮へ入るのは、これで二度目だった。


ただ、前回とは違う。

あの日は、罠に気づくこともできず、足場を失って落ちた。


気がつけば、見知らぬ階層にいた。

そこから先は、ただ生きて帰るための戦いだった。


けれど今日は違う。

再度図書館に行って、今まで自分が遭遇した魔物たちについて調べる。


もう一度雑貨屋に行ってポーションや聖水を買いに行く。


図書館で調べてわかった事がある。

呪いの力を使う魔物がいる、そしてそう言った魔物は聖水を浴びるとダメージを受けるらしい。


そういった知識や道具を備えて迷宮へ進む。


「……よし」


小さく呟き、腰に差した剣を確かめる。

今回は深くまで潜るため、大量に用意した背中の荷物も確認する。

水。

食料。

回復薬。

聖水。

予備の剣。


量も質も、前回よりもずっと準備が整っている。

それだけで、なんだか少しだけ胸が高鳴った。


すぐに冒険が始まるわけではない、準備も冒険にとって大切なもの。


しっかりと睡眠もとって、怪我もだいぶ良くなって、早速足を進める。

青白い魔力鉱石の光が、暗い迷宮の中を淡く照らしている。


街の喧騒は、もう聞こえない。

あるのは自分の足音と、遠くから感じる何かの気配だけ。


今回は、以前のようなヘマはしない。

そして何かを持ち帰ってきたい。


* * *


一層。

最初に出てきたのは、前回も遭遇した灰色の狼が三匹。

こちらを見つけると、低く唸る。


「前と同じだな」


剣を抜いた。

前回なら、ただ身体に任せて動いていただろう。

けれど、今は違う。

魔物がどう動くのか。

自分がどこへ動けばいいのか。


ほんの少しだけ考えられるようになっていた。


以前よりもスムーズに戦闘を進め、最後の一匹を斬り伏せる。

魔物の身体は黒い粒子となって崩れ、その場には小さな魔石だけが残った。


「……やっぱり」


魔石を拾い上げ、手の中で転がす。

小さく、灰色。

これを見るのも二度目だ。

前回は、これが何なのかもよく分かっていなかった。


けどこれは今ならわかる

『灰魔石』という魔石で、あの狼達の残した魔力の結晶。

呪いの力を持つ魔物がこういった魔石を身体に作るらしい。

迷宮内ではこれだけ残して肉や骨は消えてしまう。

色々名前も調べてきた、あの狼は灰牙犬という名前らしい。


魔石は迷宮で魔物を倒した証であり、冒険者にとっての収入になるもの。


「少しずつ、分かってきたな」


魔石を袋へ入れる。

そして、また歩き出した。


* * *


二層の中で前回落ちた場所を探す。

かなり大きな穴だったはずなのに……どこにも見当たらない。


「……妙だな……いや、迷宮ってそういうものなのか?」


迷宮についてまだまだ無知なところも多いが、何もないように見えるということは、罠が再度どこかに仕掛けられているということになる。


「今回は落ちない」


そう言って、罠の跡を慎重に確認する。床、壁、天井。


何か不自然なところはないか。

前回なら見落としていたかもしれない小さな継ぎ目にも目を向ける。


そして、少し遠回りをすることにした。


「急ぐ必要はないしな」


気持ちを抑えながら、先へ進む冒険者らしい判断。

その判断ができたことが、少し嬉しかった。


* * *


次は三層。


魔物は少しずつ変わっていった。

さっきまでいた灰牙犬だけではない。

壁の隙間から飛び出してくる呪痕兎。


見た目の可愛さに反して、身体に着いた呪いの痕を攻撃によって移してくるらしい。

一つならまだ大したことないが、重なると身体がどんどん重くなったりする。

低い位置を走り回る魔物だから戦うのは非常に困難だった。


一度壁から不意に飛び出したこの魔物達に腕を噛まれ、呪いの痕が二つ重なった。

実際に体が少し重くなってしまったが、聖水を使うにはまだ早い。


天井に張りつき、こちらを狙っていた黒針猟虫。

長い針で毒を注入し、ギチギチと動かす牙にも毒がある。

大きさはさっきの呪痕兎よりは小さいがその分剣が当てにくい、魔法で上手く対応する。


この虫からもいくらか攻撃を食らってしまい、毒を注入されてしまった。

急いで戦闘後聖水を身体にかけて、兎に付けられた呪いも一緒に解いた。



深いところに潜ったからか、やはり前回より強い。


けれど、倒せないほどではない。

戦いながら、自分の身体のことを考えていた。


剣を振る。

身体が自然に動く。

敵の攻撃を避ける。


それも、まるで昔からそうしていたかのように身体が覚えている。


記憶はない。


けれど、身体には何かが残っている。


「……不思議だな」


魔法を使うときも同じだった。

火を生み出す時、どこか馴染んでいる。


記憶のない自分。


けれど、自分の身体は自分よりも自分のことを知っているようだった。


そのことを考えると、少しだけ不安になる。

だが。


「まあ、今はいいか」


今は、考えるのをやめた。

分からないものは、まだ分からない。

ならば、今は迷宮を進めばいい。


* * *


三層を越えたところで、迷宮内で初めて休憩を取った。

壁際に腰を下ろす。

荷物を開く。


取り出したのは、街で買ってきたパンと干し肉、それから水筒だった。


「いただきます」


誰もいない迷宮で、そう呟く。

パンを一口。


「……うまい」


特別なパンではない。

グランディアで買った、どこにでもある普通のパンだ。


干し肉もそうだ……むしろ、食堂で食べたものに比べて硬いし味も濃い。

スパイスの独特の辛味があって、胡椒を噛み潰した時に少し驚いてしまった。


水は量限りがあるからそんなに飲めないが、飲みすぎると身体がキツくなる。

ただ、水が荷物の中で一番重い。


ただ、戦ったあと、熱くなった身体と頭を冷ますように喉を鳴らして飲めば、つい飲みすぎてしまう。


静まり返った迷宮の中で食べると、これが妙に美味しく感じた。


干し肉を噛みながら、アベルは周囲を見回す。


青白い光、黒い岩。


遠くから聞こえる、魔物の鳴き声。

街とはまるで違う、安全では決してない。


それなのに、自分は今ここで食事をしている。


「……冒険者って、こういう感じなのかな」


ふと、昨日読んだ本を思い出す。


『テイル冒険譚』


そこには、旅の途中で何を食べたのか、どんな道具を使ったのか、どこで眠ったのか。


そんな細かなことまで書かれていた。

読んでいるときは、それは未来へ残した細かいメモのようなものだと思っていた。


けれど今ならメモに残した意味が少し分かる気がする。


知らない場所で、食べて、また知らない道を進む。


その一つ一つが、冒険なのだ。

そのどれもがとても楽しいのだ。


「……なるほど」


アベルは小さく笑った。

パンを食べ終え、最後の一口水を飲む。

荷物を整える。

そして立ち上がった。


「次は……四層だ」


迷宮の中で水を汲める所があればかなり助かるんだけど……


* * *


四層


ここから魔物の動きが更に変わった。

それまでよりも警戒心が強い。


単独で襲ってくることも減り、こちらの様子を窺ってから攻撃してくる。


それに呼応して俺も慎重になった。


無理に突っ込まない。


魔物を一匹ずつ誘い出す。


複数を相手にするときは、まず距離を取る。

魔法も必要以上には使わない、しかし遠距離攻撃として安全策として使う頻度が増えてきた。


魔力は有限だ。


身体を動かせば腹も減る。

傷つけば回復薬も必要になる。

街へ戻れば補給できる。


けれど、迷宮の奥ではそうはいかない。

そんな当たり前のことを、身をもって少しずつ学んでいた。


その甲斐あって、四層では一度も大きな怪我をしなかった。


最後の魔物を倒したところで、アベルは剣を拭った。


「……前より、上手くなってる」


嬉しかった。

強くなったわけではない、上手くなった。

けれど、その小さな実感が何よりも嬉しい。


それだけではない。

知らなかったことを知った。

できなかったことができるようになった。


昨日までの自分とは違う。


「これも、冒険者ってことなのか」


アベルは笑った。

そして、目の前にある階段を見る。


その先には五層がある。


* * *


階段を下りる


一段。

また一段。


空気が変わった。


五層


前回、自分が落ちてきた場所。


そして、以前あの大きな魔物と戦った場所。

後で色々調べて呪角獣という名前だと知った。


硬い毛皮のせいで剣も魔法も効きが悪いし、呪いの息が厄介な強敵だ。


階段を降りきると、ゆっくりと顔を上げた。


「……」


見覚えのある景色だった。

黒い鉱物が岩肌から突き出している。


青白い魔力鉱石の光さえ、ここではどこか弱く見える。


あの黒い霧も、ところどころに漂っていた。


呪いの痕跡。

前回の戦いを思い出す。

肩に走った黒い痕、身体を蝕んだ痛み、聖水を浴びせたときの感覚。


そして、最後に剣へ流し込んだ魔力。

あのときは、ここへ来たことを喜ぶ余裕などなかった。


罠のせいで焦り、命を賭けて生き残るために戦った。


「……やっと着いた、帰ってきた」


今回は落ちてきたわけじゃない。


一層から。

二層へ。

三層へ。

四層へ。

そして五層。


「自分の足で、来たんだ」


胸の奥が、じわりと熱くなった。

嬉しい。


思わず笑みがこぼれる。


こんなことで、と思うかもしれない。

けれど俺にとっては大きなことだった。


昨日まで、迷宮はただの謎だった。

自分の正体を知るために入ろうと思った。

そこに何か、自分の過去へ繋がるものがあるかもしれないと思った。


けれど今は、それだけではない。


そうして五層を再度歩き回る。

以前はしっかりと見れなかったこの階層、よく見れば壁の所々に文字が書かれている。


その文字は全てが読めるような状態ではなかったが、誰かが残した何気ない日常について記された日記のようなものから、何かから必死に逃げる誰かの残した言葉……そして、呪いの言葉。


内容にも興味があったが、俺が深く興味を示したのはその文字について。

俺の持っていたあの布、そこに俺の名前にしている『アベル』という文字を見つけた。


今ここに書いているのはそれと同じ言語、同じ言葉。

つまり、やはり俺のルーツとなにか関係している。


ここまで来れて本当に良かった。

まだ数日間しかグランディアにしかいなかったが、この文字を見たことはなかった。


ミーヤに言われてハッとしたが、言葉を探すなら図書館に行くのが1番だった。

この迷宮の魔物たちについて調べるついでに自分の言葉についても調べたのに、どこにも見当たらない。


一体これはなんなんだろうか……読めたフラムなら何か知っているのかも知れないが、記録すら残されていない程の昔の言葉なのかもしれない。


どこかの地域でしか使われていない言葉だったりすれば、一気に探すべき場所を狭めることができる。


そんな壁の文字を読み解きながら道を進み、襲ってくる魔物を倒していく。


その中でまた、羽がぴくぴくと反応する。

呪角獸の気配を感じる。


……あいつを倒せば、かなり高額な魔石を落とす。

が、今お金にはかなり余裕があるし、そもそもここまで来るのにかなりの量の魔石を拾っている。


「今は戦う必要はないな」


戦わず、鉢合わせないように距離を取ってこの五層を攻略していく。


時間は今までで1番かかったし、集中力もかなり持っていかれた。

ただ、怪我もなく無事に次の階層へ繋がる階段を見つけた。


ただ、かなり疲れが出てきた。

どこかで仮眠を取りたい……


いや、それなら一度戻るのも手か……?


「もっと見たい」


口から自然に言葉が出た。


五層の先を見る。


この先には何があるのだろう。

どんな魔物がいる?どんな景色がある?どんな場所へ繋がっている?


そう考えるだけで、胸が躍った。荷物を確認する。


水はまだある、食料も十分、回復薬も残っている聖水も、まだ数本ある。


魔力にも余裕がある、そして身体もまだ動く。


「……まだ行けるな」


五層まで来た。

それなのに、まだ余裕がある。


ならば。


ここで戻る必要はない。

仮眠するところもどこかで見つけて、休みながら次の階層へどんどん進めばいい。


アベルは五層の奥へ視線を向けた。

暗闇の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。


「もう少しだけ」


一歩。

足を踏み出す。


「……いや」


すぐに言い直した。


「もっと、行こう」


五層まで来られたことが嬉しい。


それに、前とは違う。

これは慢心じゃない。自分にはまだ余裕がある。


だからこそ、その先へ行ってみたい。


六層。

七層。


その先には、一体何があるのだろう。


昨日までなら、そんなことを考えることすらなかった。


けれど今は違う。


知らない場所があるなら、見てみたい。

知らないものがあるなら、触れてみたい。


冒険者になったのだから。


剣を確かめ、荷物を背負い直した。


そして、五層の奥へと歩き始めた。

まだ、帰るには早かった。

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