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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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初めての報酬

朝、目を覚ました瞬間、身体中に痛みが走った。


「……痛ぇ……!」


思わず、そんな声が漏れる。


寝台から身体を起こすだけで、肩が軋んだ。

右の脛にはまだ鈍い痛みが残っているし、肩にも傷の名残がある。


昨日、初めて迷宮に入った。

そして、初日から五層まで落ちた。


我ながら、ずいぶん無茶をしたものだと思う。


ただ、特に印象に残ったのは、あの黒い魔物との戦いだ。


振るわれた爪。

降りかかる呪い、身体を蝕む黒い痕。

そして、最後に剣を通して放った魔力。


あのときは夢中だった。

戦いの中でどんどんと次の手を考えて、必死に戦った。


勝たなければ死ぬ。

ただ、それだけだった。


ベッドの横に置いていた鞄へ手を伸ばす。

中には、昨日持ち帰ったものが入っている。


その中でもひときわ大きいのが、あの黒紫色の魔石だった。


「……これ」


手に取る。

陽の光を受けると、奥で紫色の光が微かに揺れた。


昨日見たときも思ったが、普通の魔石とは少し違う気がする。

でも、俺にはこれが何なのか分からない。


「売れるのかな」


そもそも、魔石そのものを売ったことがない。

冒険者とは、魔物を倒して、こういうものを持ち帰る仕事なのだろうか。


考えていても仕方がない。

まだ残る傷に包帯を巻き、身支度を整えると、街へ向かった。


* * *


朝のグランディアは活気に満ちていた。


露店から食欲をそそる匂いが漂い、冒険者たちが武器を持って歩いている。

昨日まではただ賑やかな街にしか見えなかったが、今日は少し違って見えた。


昨日までの俺には、冒険者というものが何なのかすら分からなかった。

だが今は、その一人なのだ。


……まだ登録したばかりの新人に過ぎないけれど。


「……星貨商会に行ってみよう」


地図を確認して、歩いていくその道はどこか見覚えのあるところ。

ほどなくして、見慣れた大きな建物が見えてきた。


大広間、噴水のすぐそばに立ちそびえる星貨商会。


昨日は報告会が開かれていた場所でもある。

中へ入ると、朝だというのに多くの人間が行き交っていた。


「いらっしゃいませ!」


受付の一人が声をかける。


「魔石を売りたいんだけど」


「魔石の換金ですね。かしこまりました。少々お待ちください」


そう言って、別の窓口へ案内される。


俺は鞄から魔石を取り出した。

昨日頑張って取ってきた鞄いっぱいの魔石たち。


そして最後。

ゴロン、と大きな魔石を机の上へ置いた瞬間。


向かいに座っていた男の手が止まった。


「……これは?」


「昨日、迷宮で手に入れた」


「昨日?」


「ああ」


男は魔石を手に取り、光に透かすようにして眺める。

そして、少しだけ眉を寄せた。


「迷宮の、何層で?」


「五層」


「……五層?」


男の声が一段低くなる。


「そう」


俺が頷くと、男はしばらく黙った。


「……かなり深いところまで行かれましたね……五層……そんなペースで潜って仲間は大丈夫でしたか?あなたは見たところかなりの怪我を負っていますが……」


昨日の怪我、ポーションをかけただけで完治とはいかなかったので包帯を巻いたりしているのが目立つのだろう。


「迷宮探索は一人で生きました。

五層まで行けたのは……罠にかかってしまって……落下して……」


「お一人で……それはそれは……大変な大冒険でしたね」


そう言って男は何とも言えない顔をしていた。


「五層の巨大な魔石……私の知るところでは初めてのものになりますね……しかも見たところ呪いの気配もあります」


その言葉を聞いて喜びと恐怖が同時に来た。

初めて聞く、ということは俺があの魔物に勝てたのは凄いことなのかもしれない。


ただ……同時に昨日戦った時にやられた呪いの事を思い出して嫌な汗が垂れる。


「の、呪い……あの、それ昨日から持ってたんですけど、俺呪われたりとかって……」


そういうと、男は魔石から俺に目を移し、俺の怯えように少し苦笑しながら話す。


「呪いでかなり痛い目を見たようですね……ご心配なく、これを持っているからと言って呪われたりなんて話はありません。

むしろ、こういった状態で発見されるのは珍しいですから、一部のマニアには喜ばれたり、特殊な魔法具の作成、解呪の実験に使われたりと、なかなか価値のあるものです。

……これはかなり良い……」


魔石をこちらに見せながら話してくれる。

最後の方には男は独り言を呟きながら鑑定をどんどん進めていった。


しかし、あの大きな魔石や、五層で手に入れたもの以外は殆ど時間もかからず鑑定を終え、額を提示される。


「細かい小さな闇魔石と灰魔石がそこそこの量で、中くらいの大きさの灰魔石が6個に大きめの闇魔石が一個。

小銀貨が3枚に大銀貨が5枚、小金貨が6枚だね、これでこちらに売ってくれますかな」


その額を聞いて驚いた。

頭の中でぐるぐる計算を始める。


小銅貨1枚、それが十枚分の価値がある大銅貨1枚程度ではなかなか買えるものはないけれど……


さらにその大銅貨十枚分の価値がある小銀貨、これがあれば簡単な軽食や屋台の飯なら大体食べられる。


貰えるって言う大銀貨はそれの十倍……5枚あれば今の宿を三日ほど借りられるし、小金貨は更にその十倍……ひと月は何もしなくてもあの宿に泊まれる……!?


この間約二秒、現実に頭がやっと戻ってきた俺は笑顔で一言


「お願いします!」


* * *


換金を終え、金貨と銀貨を受け取る。

自分で迷宮に入り、魔物を倒し、生きて持ち帰ってきたもの。


この小さな袋の中に詰まっているのが初めて自分の力で得た報酬だった。

そして今その報酬でギルド併設の食堂で昼食をとっている。

自分の金で食べる飯は美味い。


……しかし……フラムに貰ったあの金貨たちがいかに高額だったか今になって思い知った。

あれだけの金貨を手に入れるにはあの大きな魔物を……何体倒せばいいんだ……?

と、途方もない金額に頭を回していると、声を掛けられた。


「アベル?」


聞き覚えのある声……声の主を頭に思い浮かべながら振り返る。


「ミーヤ!」


「やっぱりあなたね……って何その怪我」


金色の髪を揺らしながら、ミーヤが近づいてくる。

そして俺の姿を見るなり、眉を寄せた。


「……昨日、迷宮に行った?」


「ああ」


「その傷」


「大丈夫」


「本当に?」


「うん」


訝しむような顔でこちらを見て、ミーヤも俺の隣に腰かける。

そしてその視点を再度俺の目に戻し


「ポーションは?」


「使ったよ」


「残ってる?」


「うん、また買い足さなきゃだけど」


「使ってるならいいけど……」


そういいながら自分の食事に手を付け始める。

それ以降大した会話はなかった。


「ミーヤは元気?」


「私は元気よ、あなたみたいに怪我も無いし」


「そっか、昨日の依頼上手くいったんだ」


「まーね」


そう話した後、また黙々と食事の時間が進む。


「……アベル」


「ん?」


「今日も迷宮行くの?」


「流石に今日は休みかな、明日にはまた行く予定」


「そっか」


「うん、ミーヤは?」


「私はこの後依頼」


「そっか、頑張って」


食事が口の中に入っていたからかコクリと小さく頷きを返される。

また沈黙が続く。


不思議と居心地は悪くない。

周りが騒がしいからなのかもしれないけど……


俺は早々に食事を終え、席を立つ準備を進める。


「もう行くよ……そうだ、ミーヤ、それいくらぐらいしたの?」


そう言って食べかけのミーヤのサンドイッチとオレンジジュースを指さす。


「これ?700ゴールド……結構美味しいから次頼んでみたら?」


700ゴールド……ってことは小銀貨七枚か……


「そうだね、そうしてみる。

それよりさ、昨日一緒に見て回って助けてもらったからさ、恩返ししたくって……今日初めて換金して報酬貰ったんだ、だからここ奢らせて?」


そう言って大銀貨を一枚机に置く。

それを見て、ミーヤは少し困った顔をして


「それは……駆け出しなら大事なお金でしょ、それに昨日のは私のおせっかいだから気にしないで」


そう言って机の上の銀貨をこちらに滑らせ、返そうとする。


「いや……お願いだ、昨日ミーヤのおかげで助かったんだ。

ポーションもだけど、持って行った聖水のおかげで何とか生きて帰れた。

しかもそれを使って勝った魔物の魔石が高く売れてさ、だから尚更、ね??」


俺も譲らない。

しかし、命を助けられた、という話を聞いて、少しミーヤの目が変わった。


「そう……なんだ……あなたの命、救えた……のね」


「?あぁ、そうだよ、だから貰って欲しい」


そういうと彼女はついに銀貨を受け取り、指で摘まんで、俺を見て少し微笑む。


「分かった、なら貰うわ。

私があなたの命を助けたお代って言うのと、あなたからの初めての報酬ってことで」


「うん、ありがとう」


「こっちこそ、ありがと……そうだ、今日暇なら一つ。

その怪我とか酷いし、冒険者について勉強したいなら『テイル冒険譚』っていう本読んでみたら?」


「『テイル冒険譚』?何それ」


「簡単に言うと冒険者の教科書みたいなものね。

アベルみたいに迷宮を調べる話もあるし、魔物を倒したりして世界を旅する冒険譚よ。

千年前からずっと今でも親しまれてて、私も読んだことあるけど結構おすすめかも、今でも通じる知恵から、意味あるかわからない昔のおまじないとかもあったよ」


「冒険者の教科書……どこでそれ読めるの?」


「本屋さんにいったらあると思うし、図書館とかにもあるんじゃないかしら」


「へぇ……ありがとう、今日この後することなかったし、ちょっと見に行ってくる」


そう言うと、彼女はまた少し微笑んで


「アベルってホント素直ね……いってらっしゃい」


「うん、いってくる」


そう言ってギルドを後にする。

『いってらっしゃい』の言葉が何だか浮かれた気持ちに俺をさせた。


* * *


ミーヤから話を聞いた通り、図書館に向かい、本を探す。

この街で道に迷うことはあまりなくなったが、まだここにきて二日程度、歩きなれるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。


英雄譚なんて今では沢山あるらしく、目当てのものを見つけるのは大変そう……だと思っていたのだが、噂のテイルという英雄の話は思いのほか簡単に見つかった。


図書館側で用意している冊数が多いのもあるし、四部構成のためそもそも目に留まりやすい。

その中の第一章を開き、読み始めてみる。



第一章『旅立ち』


英雄テイルの旅立ちから、華々しい大冒険の始まりが書かれていた。

当時16歳だったテイルが旅立ちを決意したのは「知らない場所に行ってみたかった」というもの。


英雄譚にしてはきっと珍しい、世界を救うためだとか、伝説を残すといったものではなく、何とも俗っぽいもので……どこかフラムを彷彿とさせた。


王都へ向かい、冒険者登録を行い、初めての依頼も難なくこなす。

その際に細かく記された野営の術や野盗が身を潜めやすい地域などについて事細かに書かれていた。

この旅の細部の話については実際に彼の遺した手記などを参考にしているらしい。


この章では、初めての依頼として野盗の一団をたった一人で蹴散らし、山を越え、この世界を見て回る第一歩を華々しく踏み出したところで物語はひとまず幕を下ろした。


この初めての依頼について記されるまで、冒険を始めるにあたって必要な準備や、道具の見極めについての話が殆どで、冒険譚と言いつつ冒険について記されたのはほんの少ししかなかった。


ただ、それでも参考になる話は、今でも通じる話は多くあった。

その章の最後には、テイルからの言葉が短く残されていた。


『冒険者になったからと言って、いきなり冒険が始まるわけじゃない』


それには夢を叶えるために意気揚々と飛び出した自分の後に続く者たちを窘める、英雄の視座の高さが垣間見えた。

そして同時に、冒険の楽しさや、これからの期待が高まるような言葉。


第一章を読んだだけでもわかる。

この男が歴史に名を残せたその理由は、もちろんこれから冒険者になる者たちへ、安全に進めるように、と自身の歩んできた道を書き示したからなのだろう。


ただ、それよりなにより、この冒険譚は読んでいてワクワクする。

どこまでも広がる海

雲を突き抜ける白銀の山

どこまでも深く沈む生きた迷宮

空に浮かぶ島

歌う森

星が降る花畑のある丘


そして、そんな世界の『果て』を目指す物語。


俺はこの街から出たことはない。

ただ、この男が自分で書いたわけではないこの冒険譚越しでも伝わる『熱』が『俺も冒険に出たい』と思わせる。


これこそが、彼が一介の冒険者でありながら歴史に名を遺した理由なのだろう。


誰よりも自由で、誰よりも楽しそうな冒険の日々、これを冒険者と人々は呼ぶんだろう。


世界を救ったわけでもないが、こんな形で千年生きている英雄もいるのか……


まだ一章なのに深く味わって読んでいれば、日がすっかり沈み、閉館時間が迫っていた。

続きはまた今度、本をぱたりと閉じる。


明日からはまた迷宮に行こう。

すぐにでも冒険に行きたくなってしまったんだから。

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