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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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初めての迷宮

一歩、また一歩近づくたびに迷宮の入り口がどんどんと大きくなる。


少し急ぐ胸の鼓動を抑えるように深呼吸。

夕方にもかかわらず、多くの人たちが入っていくのが見える。


迷宮の前には小さな小屋が多く立ち並ぶ。


仮設なのだろうか、大きくはないが宿や食料店、食堂、道具屋など、どれもこれも昨日見たあの『星貨商会』の紋章が入っていた。

思わず自分の所持品を確認……準備はなかなか済んだはずなのに、あれもこれもと目移りしそうになる品ぞろえの良さ……そして結構いい価格する。


換金所がすぐそこに、迷宮用のもので建てられているのは助かる。


そして迷宮入り口にも小屋が一つ。


どうやら中に入る冒険者の名前やデータを記録しているらしい。

任意だが、参加すれば食事の割引など行ってくれるようで、自分は進んで参加した。


「『アベル』さんだね、冒険者なり立てなのに勇気あるね、頑張って」


短い確認とねぎらいの言葉。

割引券を受け取り、笑顔を返し、迷宮へ足を踏み込む。


* * *


心して挑んだ迷宮。

その内部は思っていたよりずっと……ずっと静かだった。

本当に。


街にいた時は絶えず人の声がしていた。

馬車の音、店の呼び込み、剣を打つ音、笑い声や怒声。

迷宮に入る直前まで感じていたそれらが、ここにはどこにもない。


聞こえるのは

自分の足音、呼吸音、心音だけ。


コツ。


コツ。


コツ。


壁には、青白い光を放つ鉱石が一定間隔で埋め込まれてた。

そのおかげで明かりを点けなくとも、最低限の視界は確保できる。


けれど。


明るいけれど、街の明かりとは違った。

冷たさを感じる、無機質な明かりだ。


「……すごい」


思わず静かで押しつぶされそうになったからか心の中の言葉が漏れる。


壁、床、天井。


何もかもが天然の洞窟とは違う……と思う。

記憶がないが、知識としてあるそれらとはまるで違う。


精巧に彫られた模様からは誰かの魂を感じるし、そう思えば途端に無機質な顔を見せる。


誰かが作ったのか、いやまさか初めからこうだったのか?


わからない。

わからないことばかりだが、それでも俺の興味はこの迷宮の中に向けられる。

自分が目を覚ました、自分の記憶の中にある最初のヒントなのだ。


第一層の一部、まずはここから。

第二層に繋がる道を探そう。


* * *


第一層を散策している中で、しばらく進めば魔物と出会った。


灰色の毛を持つ狼のような魔物。


数は三匹、前に二匹、後ろに一匹の陣形で一番後ろの狼は体が少し大きい。

そんな小さな群れが、低く唸りながら、こちらを見る。


「魔物……」


剣を抜く。

銀色の刀身が青白い光を反射させ、妙な魔性を放つ。


身体の感覚、記憶に任せて構えてみれば……不思議だった。


初めて見た魔物なのに、初めての実践なのに。


どう動けばいいか知っている。


やはり身体が知っている。


そんな感覚に内心驚いていれば、そんな一瞬の隙を、野生の嗅覚が捉えたのか、一匹が襲い掛かってくる。


「っ――!!」


半歩身を引く。

そして誘い込んで生まれた空間に入ってきた狼へ剣を振る。


斬った。


魔物が地面へ落ちる。

そのタイミングですぐに二匹目も横から襲い掛かる。

応戦したからこそ体勢は十分に整っている。


身体を捻る。


斬る。


断末魔と、落下音が響く。


最後の三匹目は、少し距離を取り、そして勢いをつけて飛び込んでくる。

そこへ一閃。


終わった。


「…………」


終わった。

初めての戦闘は、実に簡単に、何の危なげもなく完遂した。


剣を見つめる。

自分の動きが信じられない。


何も考えていなかった。

ただ、身体が勝手に動いた。


「……本当に、剣使えるんだ」


自信はあった。

けれど実践は初めてで、記憶もないから少し不安だった。


ただ、目の前で切り捨てた骸と、剣に血が付着しているのを見て実感する。


すると、魔物の身体が黒い粒子へ変わっていく。

剣についた血も同様。


その中心に残った魔力が結晶へ凝縮され――最後に、小さな灰色の結晶が落ちた。


「……魔石、だよな」


まるで迷宮に確認でもするかのように呟き、拾い上げる。

小さい……けれど薄っすらと感じるこの力が魔力。


「これを持って帰って換金できる……ってことだよな」


そう考え、バッグへしまった。


それからまた先に進む。


* * *


その後も何度か魔物と遭遇した。


小さな獣。

羽の生えた大きな虫。

人間の子供ほどの大きさを持つ、小さな人型の魔物。


それらをどんどんと、簡単に倒していく。


人型の魔物を斬る時も、刃が鈍ったりすることはなかった。


俺は次第に歩く速度を上げていた。


身体が軽い。

まだまだ体力もある。


剣だってこんなにうまく扱える。


なら――きっと魔法も!


「……試してみよう」


遠くの方に魔物の影が見える。

手を前へ。


体内の魔力を意識する。


魔石に触れたおかげで感覚がつかめた。

俺の体の中にも、それは確かにある。


身体の奥から、絶えず何かが溢れているような感覚。


昨日、白花薬房の老婆が言っていた。

俺は、異常なほどの魔力を持っている。


その力を、火へと変える。


「——火よ」


赤い光が生まれる。

火の玉、自分の手のひらよりもずっと大きな火球。


それを前に押し出すように放つ。


轟音。


魔物が炎に包まれる。

気付かれるよりも先に、魔物たちが黒い粒子を上げ始め、魔石を落とす。


「……すごい」


自分の手を見る。

魔法も使える。


ただ、無知ゆえにか、ふと手を再度かざし、気になることを試してみる。

魔法に属性を込める前、その段階の魔力の塊に……触れられる。


透明なそれは気を抜けば蜂蜜のように蕩けてしまいそうだが、形を変えるのもその分簡単にできた。

もちろんその形を保つようにと意識しなければならないから戦闘ではまだまだ難しい。


何も考えられていないのだ。

戦闘のスピードに頭が追い付いていない。


魔法の基礎についても、浅くしか知らない。

これから学ばなければ、いつか困りそうだ。


* * *


それから。

今は二層をかなり探索し終えた後。


俺は、少し調子に乗っていたのかもしれない。


魔物は倒せる。

俺はこの迷宮のこの段階であればかなり余裕をもって通用する。


なら。


ならもっといける。


そんな気持ちが生まれていた。


ポーチには小さな魔石がどんどん入っていって、重さを感じるようになったほど。


「もう少しだけ……!!」


それでもまだまだはやる気持ちを抑えられなかった。


その時。


カチッ——


足元から。


小さな音がした。


「……?」


足を反射的に止め、下を見る。


ブロックが一つ、わずかに沈んでいた。


「……ん?」


変なところを踏んでしまったのか?

しかし背中に嫌な予感が走る。


思わず後退り。

しかしそれが不味かった。


一歩戻った瞬間、その足元の石も沈む。

しかも今度はより深く。


「へ?」


床が、消えた。


「うわっ!?」


身体が、宙に浮かび、落ちていく。


「——っ!!!」


咄嗟に手を伸ばす。


縁を掴む。


止まった、間に合った、助かった。


よかった。



そう思った。


ピシッ。


指を掛けていた石に、亀裂が入る。


「……あ」


数秒先の自分の未来を察した。

崩れ、落ちる。


「――うわああああっ!!」


そのまま、迷宮の奥底へ飲み込まれていった。


* * *


暗闇。

どれだけ落ちているのか、どこまで堕ちていくのかわからない。


身体が壁にぶつかる。

肩や背中、脚。


ぐるぐる視界が回転し、その中でも何とか生き残ろうと手を伸ばし、何かに掴まろうとしても、落下の勢いに弾かれる。


「痛っ!」


反射的に身体を丸める。

再度何かに掴まろうとして。


それでも何度も空を掴む。


そして――。


ドンッ!!


強烈な衝撃。


「――――っ!」


地面へ叩きつけられた。

しばらくその衝撃で息が詰まって上手く呼吸ができなかった。


何も考えられなかった。


「…………」


辺りは暗い。


身体を動かす。


腕は……大丈夫。


脚も動く。


でも。


右脚が痛い。


見てみれば脛から血が流れている。


「……怪我した」


俺はバッグを開き、ポーションを取り出す。

ミーヤが一緒に用意してくれたもの。


「これ……を」


蓋を開け、傷へかける。


「――っ!」


熱い。


けれど、すぐに痛みが引く。

傷が閉じていく。


「……本当に治るんだ」


……なんて感心している場合じゃない。


俺は周囲を見渡した。

階段はない。


俺が落ちてきたとこを見上げれば、第二層が遠くに見える。

こんな高さから落ちてこの程度の傷で済んでいるのならかなり幸運だ。


ただ、落ちてきた穴は遥か頭上。

梯子のような気の利いたものはないし、届くわけがない。


「…………」


戻れない。


その事実に初めて、冷たいものが背中を伝った。


「……どうしよう」


そう呟いても何か妙案が浮かんでくるわけではない。


誰かに助けを求めようにも、この迷宮に入ってから他の冒険者とすれ違っていない。

何故なのかはわからないが、あんなに多くの冒険者が入っていったのに会えないのはこの迷宮の不気味さを醸し出している。


ひとまずできるのは、上への階段を探すこと。

さっきまでもっと下へ行こうとしていたのに、今では上に行こうと頭を巡らせている事実に何だか可笑しくなった。


「……進むしかないか」


目の前には変わらず一本の通路が続いている。

俺は立ち上がった。


「……帰るために」


そう呟いて、歩き始めた。


* * *


落ちた先の魔物は、明らかに違っていた。

最初に出会った灰色の獣より、大きいし速い。


そして強い。


一匹を倒すだけで、息が上がる。


「……いったいどこまで落ちてきたんだ?」


そう呟いても答えは出ない。

しかし、壁の一部に、古い文字が刻まれている。


……読めない。


その横に、階層を示しているような数字だけがあった。


「……五?」


数字を指でなぞる。


「五……?」


まさかと思っていたその瞬間。


背中の羽がピクリと震えた。


「……?」


衣服の下にあるそれが、まるで何かに触られたかのように反応した。

警戒するように、ぴくぴくと。


廊下の奥から、その暗闇の中から音が響く。


ズシ。


ズシ。


ズシ。


大きな足音が近づいていた。


「……何かいる」


剣を抜く。


* * *


暗闇から姿を現したのは巨大な獣。


四本の脚に黒くて厚い毛皮。

身体中に黒い鉱石のような突起。

頭には二本の角。


そして。


口から黒い霧が漏れている。


「…………」


大きい。


自分の倍近くある。


濁った金色の目が、俺を捉える。


次の瞬間。


咆哮。


「――――ッ!!」


咄嗟に耳を塞ぐも、身体が震えた。


怖い。


今まで戦った魔物とは、何もかも違う。


魔物が突進する。


「――!」


横へ跳ぶ。


迷宮の壁が砕けた。


「……結構速い!」


だが目で追いきれない程ではない。

すぐにまた、爪がもう来ている。


剣で受ける。


ガキィン!


「――ぐっ!」


腕が痺れる。


その一撃の重さに身体が押し飛ばされる。

背中が壁に叩きつけられる。


「――かはっ!」


息が抜けた。

無意識に片膝ついていた状態から立ち上がろうとする。


すぐさま魔物が迫り、振るわれるその爪を避ける。


何とか回避するも次と言わんばかりに尾。


「――っ!」


避けきれない。


ドンッ!


また身体が吹き飛ばされ、床を転がる。


「痛っ……!」


それでもこのまま一方的にやられては勝てない。

剣を握り、支えにし、立つ。


爪の一撃を見切り、今度はそのまま反撃する。


刃が毛皮へ食い込む。


しかし浅い。


魔物が咆哮する。

すぐさま反撃が来る。


爪、この攻撃は目が慣れてきた、上手く見切れるようになってきた。

またこれを避ける。


また爪。

今度は受け流した。


考えろ、考えろ!

今までとはレベルが違う強敵。


次はなんだ、どこに避けようか。

皮が分厚いなら次は剣で突きにするか?魔法で攻めるか?


次の手を、考えながら戦闘を組み立てる。


でも、次は魔物の身体そのものがぶつかってくる。

攻撃面積の広さに圧倒され、回避が遅れる


「――っ!」


吹き飛ばされる。


「くそ……!」


強い。

ただ、初めに比べて悪態をつく余裕はできた。

そして空いた距離をこのまま利用する!


「――火よ!」


炎を放つ。

爆発。


けれど、魔物は怯んだだけ。

毛皮に着火した炎を振り払うように体を振る。


「……効きが弱い……!」


けどその隙に距離を取る。


炎を何度も連射し、魔物を中心に走り回る。


向こうも消耗している。

俺の身体も同じく疲れが出てきた。


振り払うことに躍起になったころ、急接近し、刃を突き刺す。


剣の根元まで深く刺さり、今までで一番の手ごたえを感じる。

叫ぶ獣に怯まず、剣の先から魔法を使い、内部で破裂させに行く。


これでトドメだ。


―― 嫌な予感。


叫ぶ魔物の口から、あの黒い霧がどんどんとあふれ出す。

霧が触れた肩から激痛が走る。


「――――ッ!!」


肩から腕へ、痛みと共に黒い紋様が浮かぶ。


「……何だ、これ……!」


力が抜ける、指が動かない。

身体の中に何かが入ってくる。

冷たくて、重い。 気持ち悪い。


魔法の使用を妨害してくる。


この霧の中に包まれていては不味いと剣を手放し、離れる。


予備の剣もあるが、それよりも先にポーチに手を伸ばす。


「……呪いか……!?」


ポーション……違う、これは傷を治すもの。

探しているのは、この聖水。


瓶を取り出すも、すでに魔物が迫る。


「まて……!」


―—いや、好機。


まだ口からあの霧を流し続けている。

また応戦するなら、どうしても呪われる。


勝機はこの予備の剣ではなく、あの魔物に刺さったままの剣。


一瞬で判断し、手を向ける。

「――火よ!!」


顔に炎を叩きつけ、こちらを見失った隙に俺も走りだす。

聖水の蓋を開ける。まだ使わない。


相手の懐に飛び込めば、足を止めた魔物の黒い霧で充満している。


「――――っ!」


黒い文様が全身に走り、思わず聖水を手放しそうになる。


それでも前に進み、空いた手で突き刺した剣の柄を掴む。

その瞬間、聖水を頭から被る。


痛みが引いていくのに加え、周囲の霧も、魔物の肉もその聖水が浄化していく。


魔力を込め、叫ぶ。


「吹っ飛べっ――!!!」


剣の先端から魔力を放出、ボコリと膨らみ、そしてそこへ炎の魔力を流し、内側から破裂させる。


魔物の肉片がべちゃべちゃと体を、この階層を汚す。


「……勝った……勝った!!」


黒い光が漏れ始めた。


あの忌々しい毛皮が崩れる。

次に角が消え、体表の黒い鉱石も砕ける。

やがて、巨体はすべて黒い粒子となって消えた。


そして最後に残ったもの、大きな黒紫色の魔石。

拾い上げてみれば、他のものよりずっと重い。


内部に濁った光が揺れている。


「……これも、換金できるのかな」


そんなことを考える余裕が、ようやく戻ってきた。


バッグへしまい、傷を確認する。


負傷部位にポーションを使う。

肩へ。 脚へ。

傷がゆっくり塞がっていく。


「……助かった」


今日、買ったばかりの道具。

まさか、こんなに早く使うことになるとは思わなかった。


そして 聖水。 あと一本。


「……これがなかったら」


言葉の先は続かなかった。


ミーヤの顔が頭に浮かぶ。


「……ありがとう」


小さく呟く。 誰もいない迷宮で、声が響く。


* * *


それから俺は、階段を見つけ、上へ上へと戻っていった。


道中、罠には細心の注意を払いながら油断せず、戦闘は最小限に地上へと帰った。


あの罠が作った大穴は見当たらなかったがどこへ消えたのか……余計に警戒させる。


やがて、遠くに外の光が見えた。


「……出口」


俺は階層にして、五層まで落ちていたようだ。

外へ出る。


夜の風が吹きつける。


星が見える。


グランディアの明かりが見える。


「…………」


俺は大きく息を吸った。


迷宮の中とは、全然違う。

空気が美味しい。


さんざんな冒険だったが、胸の中には、不思議な達成感があった。


自分で迷宮へ入った。

自分で戦った。

自分で、生きて帰ってきた。


結局何も思い出せていない。


自分が何者なのかも分からない。

けれども、達成感があった。


「……次は、ちゃんと自分の足で五層まで行こう」


今日の五層は、罠に落とされて辿り着いた場所だった。


だから次は、自分の意思で、自分の力でそこまで進んでみたい。


アベルは疲れ果てたグランディアの夜道を歩いた。


その背中で小さな羽が、夜風に触れて誰にも見えないように。


ほんの少しだけ。


揺れていた。

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