冒険都市 グランディア
朝。
目覚めて初めに思ったことは
「……昨日のこと、本当だったんだな」
記憶の無い自分、それでも心震えたあの話。
机の上には昨日握りしめたこの街の地図と金貨の入った袋。
そして、昨日までの自分にはなかった一つの目的。
――深星迷宮へ行く。
自分が何者なのか、なぜあんなところに倒れていたのか。
あの迷宮にはそのヒントがあるかもしれない。
フラムの話で多くの冒険者がこの街にやってきている。
俺も、今日その一人になる。
そのためには……まず自分の体について。
昨日二人に勧められた『白花薬房』
そこで身体を診てもらえば、記憶を失っている理由が何か分かるかもしれない。
「……行くか」
金貨の袋を懐にしまう。
地図をもって、そして向かう。
* * *
白花薬房は、グランディアの中心部から少し離れたところにあった。
店に近づくにつれて、独特の匂いがしてくる。
これは……薬草?
乾燥させた花、少し苦い香り、それらが混ざって、少し不思議な匂いになっていた。
この匂いが漂うのなら、中心部から少し離れるのもわかる。
店の扉を開く。
「いらっしゃい、どう――」
声が止まる。
奥から出てきた老婆が、俺を見て少し眉を寄せた。
「あんた……変わってるねぇ」
「そう……なんですか?その、身体診てもらいたくって」
そう言うと、老婆は俺の頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと見る。
「座りな」
言われるままに椅子に座る。
そして老婆は俺の手首を取る。
脈を測ったり、目や、舌、肩や首、服を脱いで内臓を見たり、身体に魔力を通して、流れの確認もしているらしい。
記憶喪失について話そうにも、それを許さない真剣な顔だ。
しばらくして
「あんた、魔族と人間の混血かい、珍しいねぇ」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって……あんたの両親見たら分かるだろう」
「あ……その俺……記憶喪失で、昨日目を覚ましたばっかりで」
ようやく話せたその内容を聞いて、少し困ったような顔をした。
「そうかい、そりゃ大変だね……」
そう言って少し間をおいて話を続ける。
「続きだ、あんたの身体、怪我はどこにもない。
良いことだよ、ただ身体の状態が妙に良いね、魔力流したときなんかが特に顕著だった。
あんたの魔力の量は相当な量だよ、高名な魔法使い……それもかなり研鑽を摘んだレベルの仕上がりだ、あんた記憶を失う前は相当の使い手だったろうね」
「そ、そんなことまでわかるんだ……」
「感心するのはまだ早いよ。
あんたの身体、さっきの話をひっくり返すような話だけど、魔法使いとは思えないほど頑強だね。
体内の異常な魔力が体を守っているのもあるだろうけど、筋肉もかなりしっかりついてる。
前衛で戦う剣士だねまるで」
「?……??つまり?」
「……元気に生んでくれた両親に感謝しな、ってことだよ」
「……はい」
その他にも、自分の体の魔族的特徴についても話される。
「あんたの頭、額から生えてるのが魔族の角だね。
まぁあんたがまだ若いのと、純粋な魔族じゃないからサイズは小さめだけどね」
そういいながら鏡を見せてくれる。
角にも目が行くが、何よりも……
自分の顔を、始めてみた。
「…………」
知らない顔だった。
夜闇のような真っ黒い髪。
血というには明るい赤い瞳。
我ながら整った顔立ち。
顔だけなら、普通の青年に見える。
けれど。
髪の隙間、額から伸びる、一本だけある短い角。
俺は反射的に自分の頭へ触れる。
硬い。
確かに、そこにある。
「魔族の特徴だね、その器官があるおかげで人間よりも魔法の扱いが上手い奴が多いのさ。
後それだけじゃない、耳も少し尖っているし、背中に小さな羽が生えてる」
「羽?」
自分の事なのに何もわからない様子の俺に苦笑しながら、上の服をまためくり、背中を鏡に映し、それを見せる。
小さな羽がピョコっと生えていた。
背中の肩甲骨辺りから二つで一対。
「半分とはいえ魔族だからね、翼があるのは当然さ……最もあんたのは羽サイズだけどね。
大きくなったら飛べるといいね」
「飛べる……かもしれないのか」
「どうだろうね、それはあんた次第さ。
さて、診察はお終い、薬も何もいらない健康体だよ」
「ありがとう、自分の顔も見れたし、ちょっとすっきりした」
「そうかい、それならよかったよ」
簡単な診察を終え、代金を支払いその店を後にする。
次は冒険者登録だ。
外の光が眩しかった。
もう一度空を見上げる。
普通の人間ではない、それはなぜだか少し怖く感じたが、それでも一歩進んだ気がした。
* * *
次に向かったのは、冒険者ギルド『アステル』
地図を見ながら歩いていくと、目的地についた。大きな建物。
入り口には剣と翼を組み合わせた紋章が掲げられていた。
中に入る。
ざわめき。酒の匂い。紙をめくる音。武器同士がぶつかる音。
たくさんの人間がいる。
昨日から何度も見てきた、彼らは冒険者。
俺は受付へ向かった。
「冒険者登録をしたい」
受付の女性が顔を上げる。
「はい。新規登録ですね」
必要事項をいくつか聞かれる。
名前。
年齢。
出身地。
「……分からない」
「はい?」
「全部」
受付の女性は困った顔をした。
「えっと……」
「あ、違う、名前だけはわかる、アベル」
「……分かりました」
紙に名前を書いていく。
アベル。
その文字を見ると、不思議と少しだけ安心した。
「年齢については……」
「分からない」
「種族は?」
少しだけ迷う。
「……人間と魔族の混血」
受付の女性の手が止まった。
「……珍しいですね」
「うん、俺もそう言われた」
「では、種族欄には混血と記載します」
それ以上は聞かれなかった。
冒険者ギルドの人たちは、思っていたよりずっと淡々としている。
最後に簡単な説明を受ける。
依頼や報酬。
迷宮への立ち入り、最後に死亡時の対応。
そうして冒険者証が渡された。
小さな金属板。
そこに刻まれている名前。
『アベル』
それを指で触る。
自分の名前。
今度は、ぼろきれではない。
世界に初めて刻まれた、自分自身の証だった。
「これで冒険者ですか?」
「はい」
「……ありがとう」
俺は冒険者証を大事にしまった。
そして、金貨の両替を少し頼んで、少し重くなった袋をもって、ギルドを後にする。
さて、次だ。
まず装備……剣とか防具……後薬もいるし、食料もか……あ、それ入れるバックも必要……
必要なものがいっぱいだ。
フラムの性格的に適当にお金をくれたのかと思ったけど、まさかここまで見越してこの額を……?
ギルドで渡された簡単な案内を片手に街に。
一ついいことを考えている。
武器屋や防具屋は遠いし、価格もかなりするだろう。
そこで、『星屑通り』という通りを見つけていたのだ。
何でも冒険者向けの商品を扱う店が多く並ぶらしい。
深星迷宮のこともあってかなり人も多いし、武器や防具、薬とかの欲しいものも集められそうだ。
俺にはピッタリ、そう思い通りに入っていく。
* * *
星屑通りは、ギルド以上に騒がしかった。
何もかもが立ち並ぶから、その分人も多いのだえろう。
様々な店の中、露店のものに目が引かれた。
青い石を編み込んだ腕輪。
綺麗だったのでじっと見ていれば、店主が声をかけてくる。
「あんちゃん、冒険者なりたてみたいだな、それ気になるか」
「あ、はい、綺麗だなって」
「へぇ」
「これなんですか?」
「えぇと……お守り、だよ」
少し間があった。
違和感はあったけど、特にわからなかった。
「銀貨50枚だ」
買えない額ではない……って駄目だ、こんなところで無駄遣いしちゃ、足りなくなるかも。
そんな俺の渋る様子に重ねて
「40枚にまでならまけてやる」
安くなった……せっかくそこまでしてくれるなら……
「まって」
そういいながら、この騒がしい通りの中でもよく通る女性の声。
自分の肩を掴む彼女の方を振り向く。
長い耳、風にたなびく金髪、翡翠のような綺麗な瞳。
その彼女の瞳が、自分のほうをキッと睨んでいた。
「へ?な、なに?」
「それ、買っちゃダメ、そんな価格の価値、無いわ。
魔力を通して使う魔法具だけど、編み込みが雑だし、この石だって染めただけ」
そういって俺の手にあるそれを奪い、話しだす。
「おいおいエルフの嬢ちゃん、商売の邪魔しないでくれ」
「商売、っていうならちゃんとしたの売ってよね」
この子も一切引かない。
店主がその様子に舌打ちする。
「なら買わなきゃいい」
「そうする。行こ、君」
「へ?ちょっ」
手を引いてその店から離し、少し落ち着いた路地に引き込む。
「……ごめんね急に、でも君あの店主にぼったくられるとこだったよ。
冒険者になったのは今日からでしょ、大方迷宮探索のためってとこ?」
「そう、だけど……え?俺騙されてたの?」
そういうと、少し苦笑し、目を細め
「そうよ」
と短く返す。
「そっか……ありがとう、助かった」
そういうと彼女が目を丸くする。
「……素直だね」
「俺何も知らないみたいだからさ、助かったよ」
「どういたしまして……君、魔族でしょ、魔界の物価と違うからそれでちょっと舐められたのかもね」
「魔族……まぁ半分だけだけどね」
そういうと、また彼女が目を大きくして
「へぇ……」
とだけ言って俺に興味の視線を向ける。
「君ってなんだか不思議な人ね、どこから来たの?」
「……それが記憶がなくって、深星迷宮の入り口で見つかったらしいから迷宮に行きたいんだ」
「そ……そう、記憶喪失……大変ね……それで迷宮……危ないわよ」
「うん、だから準備してる」
「あなた変わってるわね……」
そういうと、彼女は困ったように髪を掻いて、腕を組み。時計台のほうを見る。
そして何を決心したかのように組んだ腕をほどく。
「……装備整えたりするの、私も手伝うわ」
「!いいの?」
「そのままじゃよくないからね」
そう言って彼女は俺の手を取る。
ありがたい、この人は色んなこと知ってそうだし、頼りになるから助かる。
「じゃ行くわよ、こっち」
「へ?まっ、て」
そのまま引っ張られ、人の多い通りをぐんぐん進む。
「あ、そうだ」
そう言いながら前を歩いていた彼女の耳が、ぴくりと跳ねた。
そして、こちらを振り返る。
「君、名前は?覚えてるの?」
「うん、アベル」
「『アベル』」
彼女はすこし振り向き、小さく名前を復唱する。
「『アベル』良い名前ね、私は『ミーヤ』」
良い名前、そういわれて少し笑みがこぼれる。
「『ミーヤ』」
「そ、エルフの『ミーヤ・ノエル』」
ただの自己紹介……いや、初めての自己紹介。
なぜか、とてもうれしい。
「良い名前だね、ミーヤ」
「なぁに?私のま……ね……」
「?どうかした?」
振り返って、彼女の言葉が詰まる。
「ふふっ、いや、アベルがあんまりにも嬉しそうにしてたから」
そういってミーヤも嬉しそうに笑う。
* * *
ミーヤに連れてこられた店には様々な防具が並んでいた。
中にはもうすでに迷宮向けの装備まである。
「まず、君に重装備は向いてないかな……そこまでがっしりしてないし、サイズも合わなさそう」
「じゃあ軽いやつ?」
「うん、でも軽すぎてもダメ」
そういわれて、その言葉を参考に一つの皮鎧を手に取る。
「これは?軽くて、動きやすい」
「……うん、防御も胸とか肩とかにあって最低限だけどある……」
そういいながら、ミーヤが近づく。
「……アベル、あなたの身体、すごいわね、なんというか……魔力で満ちてて、不思議な力に守られてる」
「魔力じゃないの?」
「それだけじゃない……気のせいかな……けど風もあなたのことを……」
「風?」
「ううん、なんでもない、忘れて」
白花薬房の老婆とは違ったことを言うミーヤには何が見えてるのだろう。
「……アベルのその体質なら最低限でも問題ないかも、それにしよ」
価格について、提示された額に頷いて買おうとしたら、ミーヤが横から値段交渉してくれて、少しまけてくれた。
「よし!次は武器ね」
値段交渉が上手くいってなんだか元気そうな顔に……頼りになるなぁ。
「うん、武器屋に行こ」
「アベルは武器何使えるのか覚えてるの?」
「……覚えてない、けど、何故か剣を買いに行くつもりだった」
「そう、ならあなた剣士だったのかしら……」
そうだ、言われてみれば何故か剣を買いに行こうとしてた……無意識の中に自分の記憶の種があるのかも。
* * *
武器屋には様々な剣、槍、ナイフ、それらのメンテナンス用品から弓矢や杖などもあった。
「武器は結構長く使うし、戦闘中に壊れたら防具以上に不味いからちょっと良いの買うといいわよ」
「なるほど確かに……この剣、試しに振ってみる」
適当な剣を一度握ってみたいのだ。
木でできた人型の訓練用の張りぼてを用意してくれたので、剣を握り、構える。
何故か体に染みついたその動きで構え、斬る。
「おぉ……!」
そんな声がミーヤから聞こえてくる。
やっぱり剣が合うらしい。
「不思議ね、アベル」
「うん」
その後もう少し吟味して、少し良い直剣と、その予備の安い剣も買っておいた。
そこそこ重いと言われたそれも何でもないように持ち歩けることから、かなり力はあるみたいだ。ミーヤも驚いていた。
「最後に道具屋ね、傷にかけるだけでいいポーションと、あと安めの聖水」
「聖水?」
「そう、セレスティアの付近で採れる聖水、毒とか呪いとか、簡単なのならそれだけでどうにかできる」
「便利……」
「聖女様のおかげね……高くなるけど神秘の力がもっと高ければ重い病気とか呪いも治せるの」
「……ミーヤ?」
何だか一瞬、彼女の顔に影が差したような気がした。
「……何でもない、さ、買いに行こ」
そう言って彼女と道具、そしてバックを買いに行く。
準備が済んだころには日が傾き始めていた。
「ありがとうミーヤ、おかげでいい買い物ができた……準備万端だ」
「厳密にはまだまだ魔法具あると便利なのもあるけど……ひとまずこれでいいと思う」
「うん、助かったよ」
「いいの、私のおせっかいだから……時間もそろそろ、私この後仕事だからもう行くね」
「本当に、ありがとう」
そう再度礼を言うと、クールな彼女も少し微笑んで
「またね、アベル」
またね
「また会えるかな」
「この街にいるならきっとね、私たち冒険者だもの」
私『たち』
そう、俺も冒険者。
この街ならきっとこれから何度もまた会える。
手を振って、ミーヤは人混みの向こうへ消えていく。
俺はその背中をしばらく見送った。
昨日まで、俺には誰もいなかったし、何もなかった。
でも。
今は違う。
名前がある。
冒険者証がある。
迷宮へ行く理由もある。
* * *
俺は空を見上げた。
夕暮れ。
昨日と同じ色だ。
けれど。
昨日とは違って見える。
「……行こう」
深星迷宮へ。
自分が何者なのかを知るために。
俺は歩き出した。
その先にある迷宮へ。
冒険者都市グランディア。
この街で得たものを胸に。
俺は、まだ見ぬ深星迷宮へ向かった。




