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願いの果てで、英雄は笑う  作者: サングラス
英雄とは、居場所を作る者である
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3/53

世界最強の英雄

部屋を出て、地図を片手に、フラム・アイオーンを目指して歩く。

宿を出る前に見えた受付には、いつもならいるはずの店員の姿もなかった。


今日という日は、この街の誰もがフラムの元へ向かっているらしい。

俺も、少しだけ空腹を感じながら、街の人々と同じように歩き出した。


夕日が傾きつつも、この街には人通りがどんどんと増えていく。

商人らしき人間も、この盛り上がりに乗じた人間も店先で声を張り、この世界各地の冒険者は腰に剣を差したまま、目的地へと急いでいる様子だ。


街の中の人間の話を耳に挟めば、みな口々に


『フラム・アイオーン』の話で持ちきりだった。

冒険者はみな口々に話を盛り上げる。


「もうすぐ始まるらしいぞ」


「どこでやるんだ?」


「中央広場らしい、星貨商会が場所を準備したって話だ」


「そうか……あのフラムが直接話すんだろ?」


「あぁ、噂の深星迷宮についてだ」


「聖女様も来るらしいぜ」


「剣聖様もだってさ」


「魔王までくるって噂だせ」


知らない名前たち。

しかし知っている名前もある。


だがどれも遠い存在の話。

聖女も剣聖も魔王も、その名前に聞き覚えはなくとも、その話題の中心にいる存在の名前は、なぜか知っていた。

何度も聞いたからだろうか。


フラム・アイオーン。


世界最強の冒険者。


俺を助けてくれた人、そして俺が倒れていた迷宮を発見した人。

人の波に流されるように歩いていく。

この流れに沿って行けば、きっと目的地だ。


やがて、流れが止まる。

顔を上げれば、大きな通りを抜けた先、巨大な広場があった。


噴水を中心に円形に広がるそこには、急ごしらえなのだろうか、大きな壇上が設置されていた。

デカデカと書かれた『星貨商会』の文字は準備万端そうだ。


既に多くの人が集まり、自分は一番後ろに立たされる。

背伸びすれば、少し前まで見える……そういえば、俺は周りの人と比べても大きいな。


自分のことも何もわからず、ここにいることに何だか可笑しくなった。


自分の身長と比べるために周りの人を見渡す。

そこには冒険者だけではなく、子連れの夫婦や老人、商人らしき人もいた。


そんな、この街に住んでいそうな人だけでなく、怪我をしたまま、服が汚れたまま、疲労を隠せない表情の、遠くから来たとしか思えない格好のものまで。


これほどの人数が集まるのか。

ふと壇上を見上げ、言葉が漏れる。


「……すごい」


その声に反応したのか、近くにいた男がこちらを見る。


「兄ちゃん、この街に来るのは初めてか?」


「うん……」


記憶がないのだからそりゃそうだ。


「そうか、いっつもこんな感じってわけじゃないんだけどなぁ。

だから俺も驚いてる、今日まで半信半疑だったよ」


そういいながら、眼前の盛り上がりようを見て楽しそうに男が笑う。


「何しろ、あのフラムが自分から話をするんだ、自分の見つけた迷宮の」


「珍しいことなの?」


「そりゃあ珍しいさ!

そもそも、あの人は自分が見つけた者を人前で話したりとか、名声とか進歩とかそういうのには全く興味がないんだ。

好き勝手に旅して、好き勝手に飯食って、好き勝手に魔物をぶった斬るような男だからな」


そんな話を聞いて、彼の姿を想像してみた。

けれど、どんな人かと想像しても、まるで思いつかない。


「そんな人が、わざわざ話に来るってことは……なんで?」


「さぁね、だーれにもわからんさ、あの人の考えることなんて。

ただ、それだけあの迷宮が面白いのか、危険なのかね」


男はそういうと、壇上のほうへ視界を移す。

もうすぐ始まるのか、再度視線を向ければ壇上には数人の人影が見えた。


瞬間、パッと明かりが壇上を照らし、恰幅の良い男性が派手な衣服の装飾をキラキラ反射させながら舞台に現れる。

両腕を大きく広げ、この広場に集まった人たちを抱え込まんとしているようだ。


その背後には金髪の女性や、剣を立てかけている男、大きな翼をもつ男も座っていた。


「皆さまっ!!本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます!」


大きな声が、広場に響く。

そういう魔法だろうか、遠くの俺にもよく聞こえる。


「本日のこの素晴らしい会を主催しておりますのは、皆様ご存意──『星貨商会』!!」


わっ、と歓声が上がる。

男は満足そうに笑みを浮かべ、胸を張る。


「本日の司会を務めますは、星貨商会の代表、皆様とこの街を共に発展させてまいりました『グラハム・ヴァルディア』でございます。どうぞよろしくお願い致します。」


そういいながら頭を下げれば、周りから拍手が沸き上がる。

自分も気が付けば同じように手を叩いていた。


「ではですね、このグランディア最大の換金所を誇り、冒険者の皆様と素材を結び、武器に防具、魔法具に薬草まで様々な分野で皆様と繋がり、支えあってきた我々星貨商会がーーー」


「長い!!」「フラムさんをだせ~!!」


どこかから笑い交じりのヤジが飛ぶ。

グラハムはそれを軽く笑い、いなしながら


「いやはや、これは失敬。

やはり人気者ですなぁ、フラム殿は……それでは!ならば話を本題へ!!」


ざわめきも、ヤジも一瞬で止む。


「『深星迷宮』!!!

皆様がここに集まられたその最大の理由!!」


腕を大きく広げ、広場の人間の気持ちを煽る。


「そして、その発見者!!」


男が振り返る。


「世界最高にして、最強の冒険者、フラム・アイオーン殿より直接お聞き願いましょう!!!」


堪えられず、今日一番の歓声が。


「……ん?」


けれど


「……あら?フラム・アイオーン殿?」


これまた今日一番の困った顔をしたグラハムが辺りをきょろきょろと見渡す。

返事がないのだ。


「……」


歓声の熱が、一気にどこかへ消えていく沈黙。

皆が心の中で思う。

まさか、と


あの人、すっぽかしてどっかに行ったんじゃないか?と



「……っぷふ……クックハ……アーーッハッハハハハ!!!グラハム!お前スベってやんの!!」


その沈黙を破る笑い声。

皆が困惑する中、笑う男が、最後尾の自分の更に後ろから。


皆の視線を一気に強奪する。

串に刺さった肉を齧りながら、羽織った上着を夜風にたなびかせながら大股で、マイペースに歩く。


整えていない、自然体の灰色の髪。

萎縮させるような、それでいて引き込まれそうな金の瞳。

わかる、きっとこの人だ。


周りの空気が固まる中、グラハムが一番に大声を上げる。


「っどこに行ってたんですか!!『フラム殿』!!」


皆が固まった理由は、まさにそのフラムが、遅れて後ろから現れたから。

俺のすぐ目の前に、その男がいる。


「どこだって?腹減ったから飯食いに行ってたんだよ!!」


「それなら使いにでも……というか直前に去らないでください!!」


「るっせえぞグラハム!!!自分の足で買いに行ってこそだろうがこういうのはよ!!それに俺はできたてが喰いてぇんだ!!

ってかお前らがこんなに集まるから買うのにも時間かかったんだぞ!!!!」


魔法も使わずに、ただただ大きな声で、逆ギレする。

こ、この男が、フラム・アイオーン……?


周りからはブーイングが殺到する。


「お前が集めたんだろうが!!」「遅れてくるのはちげぇだろ!!」


しかし当人は全く意にも介さず、ハンッと鼻を鳴らし笑っている。

周囲を見渡すその眼が、すぐそばにいる俺と目が合って止まる。


そして、ニヤリと笑い、気安く手を上げ、寄ってくる。


「よぉ、ガキ。生きてやがったか」


「うん、フラム、こんばんは」


「おう、元気そーだな、何より何より、腹減ってねぇか?」


「へ?腹?……ちょ、ちょっと減ってるけど」


「そっか、そんならこれ喰えよ、うめぇぞ」


そう言って自分の食べていたのと同じものを俺に渡す。

香ばしい匂い、おなかが鳴る。

それを聞いて、また笑い、俺に押し付けるように渡す。


「よく聞いとけ、そんなに難しくねぇから安心しろ?」


「あ、うん!」


そういうと、頭をポン、と撫で、そのまま歩き出す。

全員がそれを避ければ、一番後ろからあの輝かしい壇上に道ができた。


軽口に応えたり、大人気なく暴言で返したり、小さな子に屈んでハイタッチしてあげたり、どんな人なのかまるで分らない。

ただ、最後尾から壇上の光を受けて歩くその姿は、カッコいいってシンプルにそう思った。


壇上までの段差をピョンっと軽く飛んで壇上に立つ。


「お待ちしておりました」


「あ?嫌味か?おぉ??」


「ち、違いますとも!その自由奔放さもあなた様の魅力!!」


「変に持ち上げんな、気持ちワリィ」


「酷い!どうしろと!!?」


そう話していれば、広場の人間は文句も言わずに笑っていた。

それを見ながら一口串を齧れば、カリッとした表面にたっぷりついたソースが美味しい。


世界最強の英雄も、こんな庶民的な味のためにわざわざ用事をすっぽかして買い食いしに行く。

それを糾弾されたら理不尽なぐらい逆ギレする。


思ってたより、ずっと気安い人だった。

そして腹が減った俺に飯をくれる、思ってた通りの優しい人だ。


「んじゃさっそく話すぞ~?」


そう言って、自分のペースで本題に入ろうとする。

会場が一気に静まる。


「深星迷宮は、百層ある」


それだけ。

……それだけ??


「フラム殿?もう少し説明を」


「あぁ?……っとだなぁ……」


そう言って考え込む。

まさか何も考えていなかったのだろうか。


「深い、んで広い……あと敵が強い、どんどん強くなる」


それで終わりか?

そう思ったのは周りの人たちも同じようで、どよめきや、もっとしっかり説明しろというものもいる。


その声であふれたころ、口を再度開く。


「あ~そうだ、大事なことあった」


また全員言葉の続きを聞きたくって黙り込む。


「迷宮の最深部、そこにはある秘宝がある」


そして今度はフラムが黙る。

皆の期待の眼差しや、我慢ならないといった顔を見て嬉しそうに笑う。


「……その秘宝とは?」


堪えられなくなったグラハムが、皆の気持ちを代弁する。


「『願いを叶える秘宝』」


その言葉に皆がざわめき始める。


「だがいいか!?浮かれ野郎共!!深星迷宮は危険だ!文字通り死ぬほど、な!!

だがそれでも願いを叶えたいっていう強欲で、叶えられるような強い奴に俺は会いたい!」


そういった後、一つ息を大きく吸って口を開く。


「今日!俺がここにお前らを集めた理由は!!全部俺の『願い』の為だ!!

俺は!『俺より強い奴と戦いたい』!!」


自分勝手なその話。

だが目は真剣で、そしてまだ見ぬ強敵を思い浮かべているのか、笑っていた。

それがどこか恐ろしい。こんなに離れているのに飲み込まれそうな金の光。


フラムが振り返り、壇上の後ろに座る三人のほうを向く。


「これまで、世界中を旅して、探してきた!!

『聖女』も!『剣聖』も!『魔王』も!!けど、足りねぇ!!

だからお前らがそれになれ!じゃねぇとあの秘宝使って俺がこの願いが『未練』になる前に叶えちまうぞ!!」


「なんて自分勝手な……」


グラハムの言葉に笑う。


「そーだな、俺は自分勝手だ」


会場から苦笑が漏れる。

『そうだそうだ』『今更だ』とでも言いたげに。


「だから、お前らも勝手にしろ」


「……」


「俺は別に、誰も誘ってねぇ」


「………」


「ただ、俺は待ってる」


フラムが笑う。


「強い奴が来るのを、待ってる」


歓声が上がる。

フラムよりも早く迷宮を制覇して、自分も世界最強の冒険者になれるかもしれない。

自分も英雄になれるかもしれない、その思いが、願いがこの大歓声を生んだ。


誰もが、それぞれの願いを胸に迷宮へ向かおうとしている。

俺にはまだ願いなんて分からない。


けれど……一つだけ、知りたいことがある。


『自分は何者なのか』


その答えが、あの迷宮の中にあるかもしれない。

俺は、こぶしを握った。


* * *


歓声が止んだ後、グラハムは一つ咳払いをして進行する。

フラムは後ろの席にドカッと座る。


「では、ここからは本日来ていただいたゲストの方々からお話しいただきましょう。

まずは、この世界でもっとも多くの人々を守り続けた聖女様!

『聖国セレスティア』より、『フレア・メイ・テンス』様です」


拍手が響く。

割れるような先ほどと違い、優しい音が迎える。


白を基調とした衣服。

穏やかな笑顔。


彼女が立つだけで、周囲の空気が静まった。


「皆さん、こんばんは」


柔らかな声だった。


「私は、今回の深星迷宮について、少しだけ皆さんにお伝えしたいことがあります」


会場が静かになる。


「迷宮は、決して遊びに行く場所ではありません」


当然のことを言っている。


でも。

その声には、説得力があった。


「未知を目指し、亡くなった冒険者がいることを、私は知っています」


「…………」


「どうか、命を軽く考えないでください」


一人一人に言い聞かせるように。


「それでも――」


聖女はフラムを見る。


「自分の意思で挑むことを、私は否定しません」


フラムが少しだけ笑った。


「ありがとうございました、では続きまして『剣王国ヴァルガード』最強の剣士、剣聖『アルバナ・ナルグ』様」


拍手が響く。

鉄のような男だった。


静まらせたのは彼の持つ独特の威圧感にも似た鋭い眼差し。

眼鏡越しでも、その眼力には息を飲む。


「未知への探求は、単純な強さだけでは成し得ない」


短く、簡潔な言葉だった。


「必要なのは技術。判断力。仲間。そして何より、帰る意思だと私は思う……以上」


それだけ言って、剣聖は壇上から降りる。

早々に帰ってきた彼に茶々を入れられるのはフラムくらいだろう……いやもう一人、その男が次に前にでる。


「最後になりました。おまたせしました。

『魔界ゼルディア』を力で統べる魔王『ノックス』様です」


大きな翼と、捻じれた歪な角。

浅黒い肌に伸びた黒髪と血のような赤い瞳。

先に話を終えた三人に気安く手を振れば、全員から振り返され、満足げな顔で壇上から広場を見下ろす。


圧倒的な存在感、圧力にも似た重い空気。


「我が同胞たちの中にも、先の話を聞いて興味が沸いたものがいるだろう」


前に立てば、種の長として威厳ある落ち着いた声で話す。


「我々魔族は現在、人間との争いは無用、千年前の戦争を繰り返さぬよう、そう決めている」


千年前の……戦争……?


「こうして魔族と人の英雄が同じ壇上で上下無く立つことができている。

迷宮に危険はあるだろう、だが人間よ、安心してくれ。

迷宮内で我ら魔族と出会おうとも、警戒する必要はない。

未知を前にしたのならば、同じ立場なのだ。

互いに手を取り合う方が生き残る可能性は高いだろう」


その圧力からは想像できないほどの温かい言葉。


「あの迷宮を君たちが解き明かすことを楽しみにしている。以上」


その言葉からは慈愛に満ちた優しさを感じた。


同時に不思議と、この人には、自分自身のために叶えたい願いがないようにも感じた。


* * *


最後にまたフラムが壇上に上がる。


「誰よりも強くなってこい、その果てで俺は待ってる」


それは挑発だった。

そして何よりも甘く抗いがたい誘惑。


星貨商会が話を締めくくる。


「それでは本日はここまで! 皆様、迷宮へ向かう前に装備の点検を! 命は一つですが、武器と薬はいくらあっても困りません!!

深星迷宮探索の装備、魔法薬、食料、その他各種商品につきましては、星貨商会各支店にて――」


「宣伝すんのかよ!」


フラムが突っ込む。


「商人ですから!」


商会代表は満面の笑みだった。

全て終わっても、自分は立ち尽くしていた。

少しして離れた丘で空を見上げて、先の話を思い返した。


「来てよかった」


フラムに会えた。

そして、自分がこれから何をすればいいのかも分かった。


俺は、迷宮へ行こう。


自分が何者なのか、その答えを探すために。

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