災害を超え、世界は強く
あの一件から無事に帰ってきて三日間、俺は療養を余儀なくされた。
怪我についてもすぐに治療してくれた二人の腕が高いこともあってそこまで酷いものにはならなかった。
ヘリナ村の傍にあった山は爆発の影響で擦り減って平らになって、上部分が消えてしまった。
それでも無事に魔法が使えるようになって村の皆は嬉しそうだった。
沢山ご飯をくれたし、滞在費についても全て背負ってくれた。
おかげで安心して眠れた。
破損した防具についても新調して貰って、剣も研いでくれたり、寝て覚めたら身の回りがすごく整っていた。
しかし思い出の魔法具や、エルナから借りたお守りは壊れてしまった。
遅れて到着したアルケイアの人たちが、セオドールと話し合っているようで、色々情報を交換していた。
実際に戦った俺も話を聞かれ、その中で怪物の絵を描いて説明した。
話を聞いてくれたのは、紫の毛並みの猫の獣人。
「こんにちは、アベル君……だったわよね?わたくしは『ゼファリオン・ヴェルク』と申します」
テーブル越しに席に座る彼女は自己紹介を簡潔に行う。
「ゼファリオンさん……アベルです、お願いします」
壁に掛けられた剣に少し視線を送りながら、俺も席に着く。
魔法使い……じゃないのかな?不思議な気配のある剣だ。
紫……というかもう少し高級感のある紫紺の毛色。
同じ紫のセオドールには悪いけれど、比べ物にならないぐらい綺麗な毛並みだ。
昼の太陽を思わせるキラキラとした黄色の瞳がジッと俺の方を興味深そうに見ている。
「はい、よろしくね。
それで……君たちが戦ってたのが、この……なんていえばいいのかしらね?」
何とも形容しがたいその見た目に、初見のときの俺と同じような反応をしている。
「ははは、わかります。
俺は光るナメクジみたいだな~って思いました」
「ナメクジ……確かに、言えてるわね……ナメクジ……」
俺の感想を聞いて、何度か自分の中で反芻しながらコクコク頷いている。
そんなゼファリオンさんに質問を投げかける。
「ゼファリオンさんってそういった怪物に詳しいんですか?」
「ん?ん~そうね、こういったものに興味があって、今回顔を出したの。
魔法を上手く扱えない現象だなんて生まれて初めて出くわしたけど、まさかこんな怪物がいるだなんて思わなかったわ……どうやって討伐したかは二人に聞いたけど、本当にお疲れ様ね」
「あ、ありがとうございます」
褒められて素直に嬉しい。
ゼファリオンさんも俺の反応に少し微笑み、言葉を続ける。
「アベル君、若いのに凄いわね、迷宮探索も頑張ってるみたいだし、今回の件もお手柄ね。
本当は手配されたわたくし達の仕事なのに、代わりにやってくれたし報酬を払わせて欲しいわ」
「え!いいんですか!?」
話に食いつく俺にまた微笑んで頷く。
「もちろんよ、アベル君の命を賭けた頑張りだもの、それにあの怪物についても知れたんだから大きな働きね。
あの怪物、色々文献探してみたところ、似たような事象が過去に起きていたのよね」
「あんなのが昔にもあったんですか?」
コクリと頷き、ゼファリオンさんは紙を広げる。
そこには様々な容姿の怪物が描かれていた。
どれかは虫のような見た目、どれかは魚のような見た目、どれもこれも鈍重そうな印象を受ける結晶の鎧を身に纏っていた。
「そう、これがどれも見た目は違うけれど『地脈喰い』って呼ばれている魔物……って言えばいいのかしら?わたくしは『目に見える災害』だって思ってるわ」
「目に見える災害、地脈喰い……」
「えぇ、アベル君が確認したように、魔力の流れが狂って、それを大きな口?みたいなのを使って吸収して、一定期間たつとどこかに消えていくみたいだわ。
目的も不明、ただどれも『地脈』の付近に現れる記録があるわ」
不気味で、迷惑な奴なんだな……けれどそもそも……
「……あの~、地脈って何ですか?」
「あら、ごめんなさい、説明不足だったわね。
『地脈』ってのはつまり魔力を流す世界の血管みたいなものだを思って。
世界に満ちている魔力は、この世界の中心からその地脈を通って世界に巡っていくの。
だからその魔力を喰らうために地脈喰いはそこに現れるって説が出てるの」
「あ~……確かに、世界が魔力で満ちてるの、なんとなく当然だと思ってたから……そう言う理由があるんですね……」
「えぇ、当たり前のことをなんで当たり前か調べるって言うのは、今までの常識を理解できて意外と楽しいのよね」
そう言って目を細めて微笑むゼファリオンさんは楽しげだ。
「自分の周りにはそう言う研究が好きな人が多いから、なんだか俺もその楽しみ少しわかります」
「そう?そう言ってくれて嬉しいわ」
ピンと伸びた背筋、アイスコーヒーを口に運ぶ仕草もなんだか品がある。
「ゼファリオンさんってなんだかこう……気品があって素敵ですね」
そう話すと、耳をピンと立てて驚いた顔をした後、口元に手をやって笑う。
「あら、そんなに素直に褒められるとなんだか照れちゃうわ。
でもそうね、実家がかなりしっかりしたところだからかしら、そう言う作法は大事にするよう教育されてるわ」
「へぇ~……その剣も何か特別な代物なんですか?」
「えぇ、よくわかったわね。
この剣は宝石剣って呼ばれる『魔剣』よ。
土属性の魔術の扱える特別な剣なの」
「剣士なんですか?勝手に魔法使いだと思ってました」
そう言うと、立ち上がり、剣を抜き、その美しい刀身を見せてくれる。
空を思わせる青と、彼女の紫の混ざった品のある剣。
「わたくしは『魔剣士』よ」
剣の持ち方に慣れた様子から、その説明がストンと入ってきた。
「……格好良い……」
「アベル君、気持ちいいぐらい素直な子ねぇ」
パチンと軽快な音を立てて剣を収め、席に戻る。
そして、テーブルに肩ひじを突き、さっきまでの彼女の上品さから少し離れた印象を感じる猫背になって顔を寄せてくる。
「そんな素直なアベル君に質問。今回の地脈喰いとの一件、味わって貴方はどうだった?」
「どうだった……なんというか……」
頭の中で戦いの記憶を振り返る。
仲間と協力して掴んだ勝利、爆発、未知との遭遇、様々な思い出があるが、最も強く覚えている感覚は……
「……不謹慎かもですけど『楽しかった』」
「楽しかった……どうして?」
ゼファリオンさんは咎めず、そう質問を重ねる。
「……戦いの中で、自分の力を振るって、自由で爽快な万能感に包まれて……主人公になったような感覚があって……自分がどんどん成長していくのを感じて楽しかったです」
その発言に、瞳の奥を覗き込んでいたゼファリオンさんが、その眼を細めて、声を出して笑う。
「っふふ、ありがとう。
ただ怖いだけの思い出じゃなくって、アベル君はあの『災害を乗り越えて成長した』のね」
彼女の瞳の奥が少し輝く。
「はい!それいい表現ですね!まさにそんな感じです!」
頷き返せば、彼女は満足したように笑い、メモ帳を閉じて、話を終える。
「それで、報酬の件なんだけど、どうしましょうかしら、いくらにするか……」
「それなんですけど、俺たちまだ旅の途中なので、また後で貰ったりできますか?」
「……そうだったわね、それじゃあ、またアルケイアに戻ってきたら……ここにおいで」
そう言ってさらさらとメモに書いた住所を渡してくれる。
「ありがとうございます!」
そのあと少し雑談をした後、別れた。
怪我もだいぶ良くなってきて、エルナにもセオドールにも心配されなくなった頃、馬車まで村の人が手配してくれた。
行き先は星落ちの平原にある『華の街 フローラリア』へ向けて進んでいった。
* * *
「見えてきたわね!」
エルナの声で、馬車の中で魔術の勉強をしていた俺とセオドールが車窓から顔を出す。
その瞬間、風が顔を叩く。
冷たい冬の風に、春を思わせるような花の香が乗っている。
「「おぉ~!!」」
薄桃色、青白、紫に黄色、色とりどりの花弁が舞い散るその街は、まるでそこだけ冬を忘れたような華の街。
「綺麗だ……!」
「凄いわね~!冬とは思えない絶景だわ!」
「やっぱり綺麗ですねぇ、花の香りもこんなに……!」
年中花が咲き誇る街、フローラリア。
千年前に星が落ちてきたと言われる災害の中心地で、万年花が咲いてることから、被災者への追悼の意味を込め、そこに街を発展させた歴史がある。
「……寒い」
「そうね、季節はやっぱり冬だわ……」
魔法を使って風を退けていないからやっぱり寒い。
荷物の中から黒いマフラーを取り出して自分の首に巻いて耳も隠して温まる。
「あら、可愛いマフラーね」
「……へへっ、でしょ?」
何だかミーヤまで褒められたみたいで嬉しい。
温かいからやっぱり持ってきてよかった。
「防寒具も、魔法で代用できますよ?」
「ん……いや、いいかな、これはこれで冬の旅って感じだし」
「そ、そうですか?」
少しわからない様子のセオドールからまた魔術を学ぶ。
そうして馬車に揺られた後、ついにフローラリアに到着する。
礼を言って、帰っていく馬車を見送った後、宿に荷物を置いて、自由時間になった。
「それじゃ!夕方の時報がなったらここに帰ってくるってことで……解散!!」
「はーーい」
「はい!色々見てきます!」
三人とも笑顔で一度解散する。
俺もこの街に興味があったから自由時間は嬉しい。
この街に来てから羽が少しピクピク反応している。
嫌な感じじゃなくって、なんというか嬉しそうな反応だ。
そのせいか俺も少しテンションが上がっている。
街の地図を見て、面白いことに気が付いた。
この街の周辺は小高い丘と切り立った崖に囲まれている。
それは千年前の災害で、地表が捲れて生まれた地形らしい。
上から見た地図は、まるで花のように咲いているようにも見える。
花で言うめしべの部分に街がある、華の街にふさわしい見た目だ。
花と言えば、リラに貰った白環花を思い出す。
こんなに寒い冬でも力強く咲いている花を見ていると、強い花だと言われていた白環花を探してしまう。
街には花を売る店が多く、お土産として人気なのかどこの店員も忙しそうにしている。
そんな様子にこの街が千年前の災害からこうして強く生きてきているんだ。
ゼファリオンさんの言っていた『災害を乗り越えて成長した』という言葉を思い出した。
* * *
賑わっている街から離れて、花弁の一枚ともいえる小高い丘に歩いていく。
花が風に乗って、寒いのに外に出たくなる魅力がある。
温かくて甘い紅茶を飲みながら、掌を温めつつ歩く。
小高い丘の先、用意されたベンチの方へ向かって、一息つこうとしたとき、一人の女性が見えた。
普通なら何とも思わないが、その後ろ姿に見覚えがあった。
高い位置でくくられた金髪のポニーテール。
エルフの尖った耳、背格好から、一人の友人の姿を連想させた。
「……ミーヤ?」
ボソッと呟くと、耳をピクッを反応させて、驚いた顔で振り向く。
「へ?」
ミーヤよりも少し低い声、凛とした眉毛、翡翠の瞳、似ているけどどこか違う姿。
「あ、すみません、友達に似てて」
「……いや、いいわよ」
そう言って彼女はまた遠くを眺めている。
しかし近くに座った俺の方をチラチラ見ながら、気にしているらしい。
……申し訳ないな、それに変な人だと思われてるかな……
なんて思っていたら向こうから声をかけられる。
「……あのぉ」
「へ?はい」
「……貴方、ミーヤの友達?」
「へ?あ、はい、友達……です」
「……そっか……私、ミーヤの……ミーヤ・ノエルのお姉ちゃんなの」
「ん!?あ、お姉ちゃん!?あ~~!!だから似てたんですね!」
納得だ。
「似てたの?よかった……そう……あの子元気?」
「うん、元気でしたよ」
「そうなんだ……ふふっ」
彼女が嬉しそうに微笑んで、その言葉を味わうように何度も頷く。
……実家が嫌いだって言ってたもんな……けれどお姉さんはミーヤの無事が本当に嬉しいらしい。
「……そういえば、お名前なんて言うんですか?」
「あ、ごめんなさい、申し遅れたわね、私は『リーリャ・ノエル』って言うの、よろしくね」
「お願いします」
リーリャさん……か、やっぱりミーヤと本当によく似てる。
そんなことを思っていると、言いにくそうに彼女が口を開く。
「……今日会ったこと、ミーヤには言わないで貰えると嬉しいわ」
「?わ、わかりました……?」
「……ごめんなさいね、変なお願いだけど、あの子の人生の邪魔になりたくないの」
「こんなに想ってくれるお姉さんがいるのに?」
「……想ってるだけで、あの子の事守ってあげられなかったから、私はきっと恨まれてるわ」
実家が嫌い……って、お姉さんと仲が悪いからなのかな……?
「そう……ですか……わかりました、それじゃこのことは黙っておきます」
「ありがとう……け、けれども……あの子って今どこで暮らしてるの?何してるの?皆と馴染めてる?というかアベルさんはミーヤとどんな関係なの??」
「お、おおぉ!?」
自分から関わらないようにしているのに、ミーヤの事は凄く気になるらしい。すごい勢いだ。
「ミーヤは今、グランディアで冒険者してますね……友達は居るって言ってましたし、楽しくやってると思いますよ?
俺はミーヤに冒険者始めた頃に助けてもらって、それから仲良くなって……そうだ、この前の聖日にこのマフラー貰ったんです」
「え!!アベルさんってミーヤと本当に仲良いのね!?冒険者として頑張ってるんだ……元気そうでよかったわ」
音符が飛び出しそうなくらい嬉しそうに話を聞いて、根掘り葉掘り話を聞かれる。
「──で、マフラーの代わりに俺も髪飾り送って、海に憧れあるって感じだったんで、今度一緒に行こうって──」
「海!!へ!ミーヤなんて言ってたの!?」
「……なんかすごく慌ててた?cですね」
「でしょうね!アベルさん意味知ってるの!?」
「それミーヤにも言われたんです、海行きたい意外に理由あるのかって聞いてもまた今度って言われたし……」
「え~~!!そうなの!へぇ~~アベルさんと……」
俺を見る目が少し変わって、俺のことを少し観察する。
「……私がどうこう言える立場じゃないもんね……アベルさん、これからも妹をよろしくお願いします……」
「?は、はい、もちろん……?」
ぺこりと小さく頭を下げられる。
相変わらず意味はよく分からない。
その後、リーリャさんについても少し話してもらえた。
「私は精霊魔術って言う、エルフの魔術について色々勉強しながらこの世界を冒険してるの」
「精霊魔術……?」
「えぇ、魔力とは違う世界の力を使った魔術で、この街にはその『精霊』がたくさんいるの」
そう言われて周りを見て見るも、精霊なんて見えない。
キョロキョロしている俺に微笑みかけて話す。
「ふふっ、私にもしっかり目に見えることはないわ。
感じる……て言う方がいいのかな?不思議な力だからこそ、私もまだまだ勉強中よ」
「へぇ……」
そう感心した様子の俺に、リーリャさんは懐から小さなブレスレットを取り出す。
「……これ、精霊魔術を刻んだ……魔法具って言えばいいのかしら?よかったらあげるわ」
そう言って投げてくれたものを受け取る。
「へ、いいんですか!?」
「えぇ、いいわよ、アベルさんは妹の大事な人なんだし、無事でいて欲しいわ」
何だか優しい施しもミーヤと似ている。
「ありがとうございます……でも、これどうやって?」
「そうね、簡単に使い方説明するわ。
これをもって、周囲の精霊に助けてってお願いしながら、魔術の名前を呼ぶの。
《風霊圧撃放射魔術》とかってね」
そう言うと、力を抑えたのか、小さな風の渦が花弁を巻き上げる。
「……おぉ!」
背中の羽が喜ぶように反応する。
今までのどの魔力を使った攻撃とも違う。
「ほかにも色々使えるから、説明書も……ま、精霊は気まぐれだから一日に何回も使えるわけじゃないわ。
慣れてないなら一日一回が無難なところ……頑張って上手く使ってあげて?」
そう言って微笑む。
「……はい、ありがとうございます」
「どういたしまして。
私この街中心に冒険者してるから……よかったらまたミーヤの事聞かせて?」
「えぇ、この街綺麗ですし、また会いに来ます」
そんな約束をしていると、夕方の時報が鳴る。
別れを告げ、手にした小さな精霊の力を大事にしまって、宿に帰っていった。




