原初の魔女、魔法を学ぶ
セオドールと出会い、俺たちのアルケイアでの冒険は騒々しい始まりとなった。
ただ、得られたものはあまりにも多かった。
エルナが今の自分では勝てないと話すほどの、この世界最高峰の魔術や魔法の使い手と出会い、そして世界を塗り替えるような壮大な研究への招待もされた。
魔術と魔法の融合、言葉にするのはとても簡単だが、エルナもセオドールも答えがわからないほど難しいものらしい。
その日の夜は、セオドールに紹介された宿に宿泊することにした。
綺麗で大きな宿、食事も豪華で、セオドールが言っていたシンフォルツ家の力を感じた。
「ア~ベル~!暇よね?」
そんな綺麗な宿で本を読んでいる俺の部屋に、ノックもせずにエルナが入ってくる。
「暇だけど……だから今本読んでた」
「へぇ~?何読んでるのよ」
エルナは部屋の主の俺よりもくつろいだ様子で俺のベッドに腰を下ろす。
「……魔法とか魔術の凄い人の本。
セオドールの書いていた資料の内容まるで分らなかったからちょっとでも勉強しようと思ってさ」
「良い心がけね、ワタシもちょうど千年後の今の魔法について本読んで情報収集していたところなの」
そういって手を振るえば、遠くから本が飛んできて俺のベッドの上にボスボス落ちていく。
そんな魔法にもなんだか見慣れてきた。
「いっぱい持ってきたんだね」
「そうね、タイトルから腹立つのもあれば、いろいろ気になるものもあるわね」
『魔法と魔術』『簡単!主婦の味方、生活魔法』『魔物の魔法について』『四属性以外の魔法の可能性』と四冊。
エルナは魔法の可能性について書いてある本に興味津々だが
「……基礎を理解してないのに応用を学んでも意味ないものね……」
と小さく呟いて『魔法と魔術』の本を読み始める。
魔法を作ったのは彼女のはずなのに、環境が変われば自分はまるで無知であるかのように切り替え、受け入れ、貪欲に学びなおそうとする。
そんな一面がエルナという英雄を作っているのだろう。
尊敬のまなざしを向けているところに、エルナが怒った様子で本をペシペシ叩く。
「この本もやっぱり魔法の方が魔術よりも簡単で格の低いものだって書いてる!!許せない!簡単なのと格が低いのは何も関係ないのに!!」
なんて怒りながらもパラパラと読む手は止まらない、器用だな。
少しして読み終えたエルナが俺の方を向き、一言。
「アベルはこれ読まなくってもいいわ、アンタの成長の邪魔よこれ」
「そこまで……!?」
「えぇ、魔法のことを侮る発言が多いわ、これで実戦の時に魔法に対して舐めた知識で立ち向かったりなんてしたら大変なことになるわよ」
そういって本を飛ばして遠くにやる。
内容は腹立たしいものだっただろうに、本の扱いは丁寧だ。
続いて生活魔法の本を読み始める。
俺が読んでいる本はまだ半分も読めていないのに読むのが早い。
少し無言の時間が過ぎ、エルナが不意に「ん!?」と声を漏らす。
驚いて俺も読む手を止め、エルナの方を向く。
「どうかした?」
「アベル……アンタもしかしたらそんなに特別じゃないかも……!」
「へ?なんで俺主婦の生活魔法の話からアイデンティティ失いかけてるの??」
なんだかとても怖いことを言われている。
ドキドキして、俺は本を置いて、エルナが読み進めていくのを待つ。
すると、顔を上げたエルナが笑顔で告げる。
「あ、大丈夫、アンタ特別だわ」
「よかったぁ……で、なんで俺はあんなこと言われたの?」
「このページ見てごらんなさいな」
そういって開いたままの本がゆっくり飛んでくる。
「なになに~?『属性変化が苦手なあなたでも大丈夫!魔力をそのまま伸ばして遠くのものを掴もう!!』……あ、これって無垢な魔力の操作??」
「そうそう、皆当然のようにできるんだと思ったけど、アンタみたいに実戦レベルまで昇華させるには魔術回路の構造が赤ちゃん並みに新品で、それでいて一流の魔法使いの出力が求められるわ。
用は基礎ならみんなできるけど、応用クラスはアンタにしか無理ね」
「よ、よかった……」
「しかし、無垢な魔力なんてまどろっこしい言い方じゃなくって『無属性魔法』っていうみたいねそれ」
そういっていつの間にか開いていた『四属性以外の魔法の可能性』の本について話す。
こういった無垢な魔力をそのまま利用することを『無属性魔法』というらしい。
「へぇ、その人も俺と同じで魔力をそのまま扱うのに長けてるのかな」
「のようね、この属性を発展させた人物の名は……『灰色の魔女 ネネ・グレイ』ですって……あ、逮捕されてるんだ……」
「魔女?」
「そう、魔女……そっか、魔女も知らないの?」
「し、知らない……!」
そう答えれば嬉しそうに話し始める。
「魔女って言うのは、凄く簡単に言うと魔術を極めた人に贈る称号ね、男女どっちでも魔女って称号が与えられるわ。
ただこの本を見るに、昨今では魔法について一定の進歩に貢献した者や団体に贈られる栄誉みたいね」
いろいろ気になることはあったけど、難しいことはまだよくわからない。
だからすごく単純に気になったのが……
「男の人でも魔女なの?」
こんな疑問。
「そうよ、なんでかっていうと、この世界で初めてその賞を受け取ったのが女性で、以降がそれに習って魔女って称号を継いでるの」
「へぇ~!!じゃあエルナってすごい人だから魔女の称号貰ってるの?」
そう質問すると、待っていたといわんばかりにエルナが笑う。
「そうよ、ワタシも魔女よ、何ならワタシがその最初の魔女だもの!!」
そういって笑う。
この人はやっぱり歴史に深く名を刻む存在なんだと再認識した。
「エルナって……本当に俺の想像の上をいつも行くね……」
「あら、ならまだまだ超えていくわよ?」
「へ?」
「まず原初の称号として『魔女』って呼ばれてたし、空飛んでたから『大空の魔女』とか、水魔術が得意だったし『水槽の魔女』とか、あと『宝石の魔女』とか『嵐の魔女』とか……なんせ色々二つ名があったわ」
「……そ、それってそんなにいっぱい取れるものなの??」
「そんなわけないでしょ~ワタシが凄くって特別だからよ~!」
舌を出して笑うおちゃめなアピールをする彼女。
しかしそんな彼女は、確かに世界の歴史を変え、その新たな歴史の中でもいまだ彼女よりも優れた魔術師はこの世に生まれていない。って、俺が読んでいた本に書いてあった。
「アベルはさっきから何読んでるの?」
「『魔法の英雄 エルナ・カーラ』の英雄譚!」
「ワ、ワタシの英雄譚?なんだかむず痒いわね、きっと誉め言葉でいっぱいなのよね」
「確かに色々褒めてあるね……あ、称号一覧の中に確かにさっき言ってた魔女の異名も載ってる」
「でしょ、他になんて書いてあるのよ~?」
そういって俺が読んでいる横から覗き込んでくる。
「えぇっと……『フリックス・カールマンは語る。自由奔放であり、自身の容姿の良さと才能に物を言わせ、横暴に物事を進めてきた良い意味でも悪い意味でも天才だ』だってさ」
「フリックスゥ~~!!?あのクソガキ、ワタシのことそう思ってたの!?」
「く、クソガキ!?結構この日と渋い顔してるおじさんだけど!?」
「知らないわ!ワタシが昔あったときはアベルくらいの年だったくせに……ワタシの事そんな風に思ってただなんて……!!」
千年前の、エルナを知る人。
エルナは文句を言いながらも、千年ぶりに懐かしい名前を聞いたからか、嬉しそうにも見える。
「次!ワタシの事もっと教えなさい!」
「エルナがそれ言うの……!?」
そんなやり取りをしながらページをめくる。
魔法開発までのエルナの偉業について書かれており、様々な物語と、エルナの存在が千年前の魔法もない世界の住人にとっていかに規格外な存在だったかが書かれていた。
褒められていることに気分を良くしながら
「魔法なんてない~なんて言ってたくせに調子のいい奴らね、まったく……」
と文句も言っていた。
そうして読み進めていく中で、俺はあるページで手を止め「うげっ」っと声が漏れる。
エルナは逆に「あら~♡」と嬉しそうに反応している。
獅子のような胴体、人間の上半身を持つ、十五層で相まみえた強敵『アルカナイト』
鹿のような胴体、女性の人間の上半身を持つ、十九層で相まみえた強敵『シジルガード』
その二体について書かれたページだった。
『独立した思考、意志を持つ、エルナ・カーラが創造した魔術生物。
両者とも魔法への深い理解と適性を持っており、エルディオンを守る守護者として崇められている』
「……あの二体も本当にエルナが……!」
「えぇ、ワタシの初めて成功した魔術を用いて造った命。
ワタシの可愛い可愛い子供たちよ。
この子たち双子でね、同じ時期に産まれたのよ~!産まれた時から三メートルくらいあって、エルディオンの守護者として街に居てもいいって許可貰ってね、街の人たちにも大人気だったのよ~!」
自分の子供の自慢を、本当に嬉しそうにする。
その文には続きがあった。
『軍事利用すれば多くの戦果が見込めたはずだが、エルナ・カーラはそれを断固として認めず、世界中の魔術師が再現を試みた』
その文に目をやっていると、エルナが話してくれる。
「軍事利用、ね……ワタシの可愛い子供たちにそんな危険なところに行って欲しくないのもそうだったけど、敵に回収されて悪用される危険もあったからね、ワタシはそんなリスク負いたくなかったの」
そんな風に冷静に話す。確かにそうだと納得できる話だった。
「この二体も、守護者だったんだね」
「……そういえばそうね、お母さんも今はこの子たちと一緒の守護者なんだから運命的ね~」
そういって英雄譚の中の二体に暖かい慈愛の瞳を向ける。
「……って!ワタシのことはいいのよ!それより現代の魔法よ!いろいろ気になるのよ~!!」
そういってまた別のページを見せてくる。
「これ、氷属性の魔法とか」
「あ!セオドールさんが言ってたやつだ」
「そうそう『氷の魔女 アインス・シンフォルツ』男性みたいね、今から二百年前の人みたいで、もう亡くなってるみたいだけれど、水属性の派生形として氷の魔法を作ったみたいね。
『雪原地域で雪を操っていた魔法の正体は、土魔法だとされていたが、水魔法を変質させたその土地で暮らす魔物の知恵だった』ってところから着想得て研究始めたみたいね……土魔法じゃなくって土魔術なんだけど、そもそもそこに水属性も含まれてたから~ってことね、面白い着眼点よね」
「よくわかんないけど、常識を疑えるのってすごい事だよね~」
「……わかってなさげなのに、妙に的を射る発言するわねアンタ……」
そんな風に言いながら、エルナが手をかざす。
「『氷魔法の考え方は、水魔法から温度を奪い、液体の解釈を固形に変質させていく。
その様はまるで土魔法のようでいて、確かに水魔法でなくてはならない』らしいわね」
そういって掌の上に水魔法を展開する。
「……ねぇエルナ」
「なに?今ちょっと集中してるから……手短にね……!」
「これって、水魔法?」
「??氷魔法よ、さっき言ったでしょ?」
「じゃあ、土魔法でもない?」
「だからそうだってば」
困ったように俺の方を向くエルナ。
しかし俺の表情を見て、少し怪訝な顔をする。
「……どうしたの、そんな楽しそうな顔して」
「いや、だってさ、水魔法でも土魔法でもないのに、それらの感覚や要素を足して、氷になるだなんて不思議で……これこそまさに『融合』……新しいものを作るってことなんだなって」
俺がそう話していると、エルナの手の中の水がパキパキと音を立てて凍り始める。
もうコツを掴んだんだろうか、流石だ。
「……そうね、解釈としてはそれであってるわ。
もともとある二つを足して、全く違うものを作る。
そのためにはさっきアンタが言った通り常識を疑う必要もあるし、何よりゼロを一にする発想も必要。
セオドールはそれを分かっているから、ワタシたち二人の協力を求めたのよ。
一人よりも三人、ゼロから一の段階なら、セオドールもワタシも、そこまで大きな差はないわ。
そしてアベル、魔術も魔法も詳しくないアンタでも、ワタシ達魔眼持ちの存在と求められているものに違いはないの」
「……俺と、セオドールやエルナが一緒……」
「そうよ、ワタシ達は期待されているの、わかったらもうそろそろ寝ましょ、明日から頑張るわよ」
「うん……!」
* * *
次の日、俺達はセオドールの研究所に向かい、集まる。
「セオドールさん!おはよう!!」
「おはよう、元気だねアベルさん」
「うん!魔術と魔法の融合、なんとなく難しさが理解できた」
「おぉ、前向きに学んでくれてるみたいで嬉しいです」
「難しさを理解しただけじゃなくって、面白そうだとも思った!」
「そうです、面白いんです。
まだ誰も知らない現象を自分の手で起こす、これこそまさに研究者の生きる意味」
エルナは無言でセオドールの言葉に頷く。
セオドールが手を叩き、空気を纏めて今後の方針について話し始める。
「さて、今後の方針なのですが、現状の研究から、僕個人でできることは試しきったように思います。魔法と魔術の同時使用、そして維持、更に衝突による物理的な融合、生活魔法と魔術の併用、様々試しましたが、どれもダメでした」
そういって、今までの研究の成果がほとんどないことを話すセオドールの瞳は輝いていた。
自分の出来ることを全て費やしてもダメだったというのに、こんなにも嬉しそうだなんて、こういう好奇心旺盛なところもエルナによく似ている。
「なら、これからどうするのかしら?」
「やはりフィールドワーク、これに限ります。
魔物の魔術については文献のみで実物を見たことがないものも多いですし、これからひっくり返す世界の広さを僕はまだ知らない。
そこから何か学ぶことがないかと思いまして」
奇しくも氷魔法ができた流れと同じような道を辿っている。
血縁がそうさせるのか、それともセオドール自身が先祖に倣っているのか、答えはわからないが、外に出て冒険するのなら、俺は得意だ。
「冒険なら任せて、二人の事、前衛としてちゃんと守るよ」
「頼んだわよ、アベル」
「アベルさん、頼りになります。
僕、冒険に出るのは初めてなのでとても緊張していますが、二人が一緒に居るのなら少し安心です」
そういってセオドールが地図を広げ、目的地を指さす。
「僕たちの目的地は『剣王国 ヴァルガード』の中にある、千年前に隕石が落ちた街『星落ちの平原』と、同じく千年前の争いの爪痕が深く残る『灰燼戦野』の二つです。
まずは過去から洗っていきましょう」
セオドールの言葉に俺もエルナも頷く。
前衛は俺一人だが、後衛の二人が頼もしすぎるパーティが結成された。




